Pride
ルドがそこを訪ねるのはいつもまだ明るい時間帯である。この日も例に漏れず、まだ日が沈みきっていない明るい時間帯にルドはそこを訪れた。
その本来隠されている筈の部屋は最早、ルドの訪問によって”秘密”ではなくなっている。中にはルドに挨拶をし始める従業員まで出てくる始末だ。
最も、仮にその部屋の存在に気が付いていたとしても、ルドや彼の上司に当たる、マフニの許可がなければその奥にまでたどり着くことはできないのだが。
しかし、今日は少し状況が違った。管理室の窓ガラスは割れ、隠し扉は吹き飛び、従業員も全くいなかった。それでもルドは隠し扉だった場所をくぐって、目的の場所まで向かった。
梯子を下り、その下の階段を降りる。その先の白い扉は、開けるまでも無かったのでそのまま通り抜ける。
面会時によく使われる展望室にたどり着くと、難しい顔をした初老の男『マフニ・エルタゴ』が、いつものようにソファに腰を下ろして座っていた。
「こんにちは、マフニさん。あの扉、どうしたんですか、ぶっ壊れてましたけど」
ルドはマフニに声を掛けた。彼は疲れたように苦笑してルドへと向き直り、自分の目の前の席を薦めた。
ルドはそこに座り、マフニが話し出すまで待った。
「……逃げられたんですよ」
やっていた仕事がある程度片付いたのか、マフニは苦笑と共に言った。
「逃げられた?」
ルドは少なからず意外に思い、その言葉を繰り返した。
「ええ、女の……なんと言いましたか、『ソーラ』?とその仲間の……首が座ってないヤツです。監視カメラの映像によると、女の方が、男の方を担いで扉を打ち破って出ていきましたよ」
マフニは何処と無く面白そうにしているが、実際は貴重な資料を逃した事になる。大損害とは言わないが、勿体無い状況とは言えるだろう。
それに、逃げ出したのだとしたら危険もある。捉えた時のあの状態が異常だったことも考えると、早く見つけて排除しなくてはならない。
「それで、どうなさるんです」
ルドが呼ばれた理由は分かった。ここの修繕が全く進んでいない事を考えると、こうなったのも今日か昨日の、本当に最近であることは分かる。しかし、この先どう言う行動をとるかは、自分の上司であるマフニが決めることであった。
「排除一択でしょう。要らぬ欲をかいて同じ轍を踏みたくはありません」
「了解です。ジェーンの奴にも伝えておきますよ。むしろアイツに働いてもらう事になるんですから」
ルドもマフニの応えには概ね賛成だった。余計な手間を増やして、その上失敗などと、そんな面倒は御免だった。"二兎を追う者は一兎をも得ず"だ。
「ええ、お願いしますね」
「そう言えば……」
「なんです?」
「彼らには逃げられた訳ですけど、実験には何か成果は得られたんですか」
ルドの質問に、マフニは苦笑する。
「このままでは何を得られたのか分からない。奴らがいい検体だったのか、それともメメヤさんの装置が良かったのか、全く分からない。馬鹿らしい話ですが、何も得られなかったってことですよ。
我々にはメメヤさんの造った装置の原理すら、理解できていない」
ルドはそれを聞いて、当然だと思った。彼女の用いている原則はこの世の原理で測れるものではない。
「……まあ、頑張ってください」
ルドはさっさと立ち上がって、彼に背を向ける。
ルドには彼に協力してやる気はなかった。それは、その善悪に関わらず、興味のある無しには関わらない。
しかし、立ち去る直前、ルドの背中にマフ二から声が掛けられる。
「何故我々の成果を?
今までそんな事に興味を示した事はなかったでは無いですか」
その言葉に、ルドは立ち止まり、少し思考を動作させる。その程度には、その質問はルドの興味をひいたのである。
「……なぜ、でしょうね。ただ、何となく、と言うのが一番近いのかも知れません」
それを最後に、ルドは彼の前から立ち去った。
ーーーー
「ふむ、幼馴染がオルトの存在に気がついていた……ねぇ」
ルドはテルフィを前にして、そう呟いた。
確かに、テルフィという例がある以上、有り得ないとは言えないのだが、少し信じられない話である。
「"レオ・ブラヌート"だったか
彼はどんな奴なんだ。能力なんかは分かるのか」
言いながら、ルドは久しぶりに持った長めの片刃の剣を振る。もちろん模造剣なので、当たっても鈍器以上の効果はない。
「多分ですけど……」
言いつつ、テルフィは自分に振られた模造剣を身を後ろに下がって何とか避けて、次の瞬間に大きく踏み込んできた。
「"獣化"なのではないかと」
テルフィが突き出した、ルドから見ると勢いの足りない拳を剣を離して空けた方の手で受け止める。受け止められた手はペチンと情けない音をたててルドの手に収まった。
「まだまだだな、技術もそうだが、状況判断も甘い。あと、オルトで身体強化も出来てない。やっぱり話しながらではきついか」
ルドとテルフィは訓練として手合わせを行っていた。昨夜のマフニとの話しの事もあって、能力者同士の争いが起こる可能性があると考えたルドは、せめて護身術くらいは身につかせておこうと思い、テルフィとアリサに護身の術を教えていた。
因みに、これはルドの肩慣らしも兼ねていた。
「……はい。出来ると思ってたんですけど、思ったより難しいです」
テルフィは、タオルで顔の汗を拭いながら言った。
ルド達はテルフィの特性である『分身』の能力を強化するため、思考の分離をより高度なものに仕上げようとしていた。
これは本人から聞いた話なのだが、彼女は"一つの事をしながらもう一つの事ができる人間"らしい。謂わばマルチタスクというやつだ。それが彼女の異能力の特性である『分身』を形成していると考え、ルドはその強化、正確には最適化を測ろうとしていた。無駄を捨てることで彼女の力はもっと便利なものになるだろう。
「はい、ここまでにしよーかー」
少し離れた所で、メメヤがアリサの相手をしており、あちらの方でもひと段落が着いた事をメメヤの明るい声が物語っていた。
「つ、疲れた……」
アリサは相当疲れているようだ。大方、メメヤに色々と無理難題を吹っかけられているのだろう。ただ、それを素直にこなしていた辺りは、アリサの非凡さを物語っている。
テルフィに少し休んでいるように伝え、ルドはメメヤと合流する。やはり享受している身としては、進行具合などの確認はしておきたいものだ。
「どうだった」
「いやー、いいね、あの子。飲み込みが早いし、オルトの出力も悪くないよ。ただ、やっぱりと言えばそうなんだけど、彼女の力に身体の方が追いつかないみたい」
メメヤは今日は後ろで結わえた髪を肩から前に回して、ニンマリと笑った。
「……テルフィといい、アリサ先生といい、なんであんなに上手いんだか」
ルドは嘆息気味に呟き、二人を振り返る。二人とも地面に座り込んではいるが、何処と無くエネルギーに溢れているように感じる。
「……異変、なのかなー?」
メメヤも思う所があるようで、ルドに同調気味に呟いた。
今日はここまでとし、二人を家に帰したあと。ルドは一人で地下室で模造剣を振り回していた。
どうにも勘が戻らない。
「あら、何でそんなに気を張ってるのさ」
何度剣を振ったか分からなくなった頃、赤い髪を揺らして、メメヤがルドの脇に寄ってきた。
「いんや、武闘大会の件も切っ掛けではあるんだが、それよりも何か、予感がしてな。
それもあって、勘が戻らないのがどうにも気に食わない」
すると、メメヤは何時もとは違う、どこか黒いものをすら感じさせる笑を口元に浮かべた。
「そんじゃ、久しぶりに、やる?」
「…………そうだな」
「そんじゃ、本気で行くから〜、下手すりゃ死んじゃうよ〜」
言下に、メメヤは何も無い空間から大きな槌を創り出した。それを片手で方に担ぎ上げ、ルドを睨みつけた。
「お前に殺されるほど、鈍ってはいないさ」
メメヤがルド用の刀を創り出し、それを投げ渡すのを受け取ってから、挑発し返す。
「言うじゃない!」
その言葉と共に、メメヤの白衣は見えない力で浮かび上がり、地下室は黒い靄で覆い尽くされた。




