Suspicion
「んで?」
「ん~?」
「何かわかったのか?」
手元の野菜を特製の包丁で刻みつつ、隣の部屋でソファに寝転がってゴロゴロしているであろうメメヤに問いかける。いつものように自分の特等席でテレビを見ているのだろう、返事が返ってくる間にもかすかにだあれかの話し声が聞こえてくる。
「何が~?」
相変わらずとぼけているのか何なのか……
「”ジャック”についてだよ」
「ん~、あ、"自称"絵札さんの話ね」
「なんだその呼び方」
「Jackって言ったら”トランプ”の絵札の呼び方じゃないか」
言われ、ルドは内心手を打つことになった。実際にはしてないが。
「道理でどこかで聞いたことがあるなと思ったら、そういう事か」
野菜を刻み終え、用意しておいた鍋にぶち込んで、火を掛ける。このご時世、こんなことをする人などほとんどいないだろう。何せ、設定さえすれば勝手に料理は出てくる時代なのだから。いまや料理は、一部を除けば料理人ではなく、職人の仕事になっていた。
「まあ、そうだね~……はっきり言って分かったことはほとんどないんだよね。何せ相手は凄腕の空間移動の能力者、逃げられてしまったらほとんど追うことは不可能だと思うわけよ~」
投げやりなメメヤの言葉ではあるが、彼女が本当に何の成果もなし、で満足するとは思えなかった。
「……もしかして、トランプの件は覚えていたからじゃないのか?」
鍋の中身を見て火加減を微妙に加減しつつ、ルドはメメヤの言葉を掘り下げる。
「……そうだね~、さすがに私も覚えていた訳じゃないよ。専門の学者でもなければ、ずっと覚えているなんてほとんど無理でしょ?だからね、調べたわけよ取り敢えず、数少ないヒントである、【ジャック】という名前をね」
「それで?」
冷蔵保管庫を開け、中身を物色しつつ、ルドはメメヤに相槌を打つ。
「少なくとも、ジャックなんて名前は『グスタム』でも使われていないってことが分かったよ。あの国の名前の雰囲気とも合わない。つまり【ジャック】は完全に偽名。少なくとも何かを意識して名乗ったのは間違いないね」
「結局、何もわかっていないも同然じゃないか」
手を洗って台所を出て、その隣のリビングルームに入る。予想通り、メメヤはゴロゴロとソファに寝転がり、テレビを眺めていた。今日の髪形はポニーテール風である彼女は、ルドが来たことに気が付いてニヤリと笑う。
「そう思うでしょ~?」
その笑い方は何と言うか、いたずらっぽいものだった。
「じゃあ、何が分かったっていうんだ?」
まさかとは思うが……
「ずばり!分からないことが分かったのさ!!」
「そんなことだろうと思ったよ」
ルドは半ば以上予想していたことに、思わずため息をつかずにはいられなかった。
「いや~、言ってくれるじゃないか。確かに何もわかっちゃいないけどさ。でも少なくとも彼は”イクアラ”では無いんだ。それは私たちがよく分かっていることじゃない?」
「確かにそうかもしれないが……正直その分厄介だとも言えるんだ」
ルドはやれやれと首を横に振り、ソファのメメヤの隣に座り込む。メメヤは背が高くないため、少し大きいこのソファならば、メメヤが寝転がっていても十分座ることができた。
メメヤは横目でルドを見て、それ自体には何も言わなかったが、しかしルドの嘆きにはやんわりと無駄なことだと述べた。
「それはほら、敵になって出てきたら考えるべきじゃないかな~?」
言いつつもテレビを見続けているメメヤは足をぶらぶらと揺らしてルドの肩をゲシゲシと蹴り始める。
「まあ、それもそうか。一気に全部分かっても退屈になるだけだしな」
ルドは手でその足を受け止めつつ、ポケットの中身から一つの機械を取り出し、翳す様に眺め見た。
「この機械を使えば、捜査の手は増えるだろうか?」
「ん……あぁ、それね。確かにそれは能力者を増やすことはできるけど……はっきり言って実用レベルにもっていくのは難しいと思うよ~?それこそ実験が必要な程度にするにはね」
メメヤは、自分の造った機械についてはよく分かっているようで、その欠点を述べ始めた。
「そんなものなのか?」
「うん、そんなもんだよ。あの力はそんなに単純なものじゃないよ。その機械はただ能力を”解放”するだけ。つまり、自在に操れるようになる訳ではないのさ」
メメヤは体勢を起こし、ソファの上で膝立ちになってやれやれと肩をすくめて首を横に振る。
「そういえばマフニさんに聞いたんだが、彼のところに行ったらしいな。何をしていたんだ?」
ルドは彼との会話を思い出し、メメヤに問いかける。
「彼から聞いたんだったら、聞いてるんじゃないの~?」
「いんや、彼に聞いたのはお前に会ったってことだけさ。詳しくは本人に直接訊けとよ」
その時、台所の方からアラームが鳴り響き、料理が出来上がったことをルドに知らせた。
「さて、そろそろ飯にするか……」
ルドがゆっくりと立ち上がると、メメヤはいつもの笑みを消し、一瞬だけ真面目な顔になった。
「私、あの人”キライ”だからさ”なるべく”私たちを巻き込まなくても済むようにした。それだけ」
すぐにいつもの表情に戻り、定位置に戻りまたテレビを見始めた。
メメヤが何でそこまで彼を嫌っているのかは知らない。だが、確かに彼らは最近ルド達に頼りきりであるような気はする。それはこちらにとっては悪いことではないのだが、少しだけでもこちらで気を付けることとしよう。
「おい、そろそろ飯にするんだから、その体勢に戻るのやめてくれよ」
「え~?どうせ用意にもう少し時間かかるんでしょ、出来たら呼んでよ」
「相変わらずだな……」
部屋を出るころには完全にくつろぐ姿勢で、手伝う気は全くないようである。料理は出来ずとも運ぶくらいはできるだろうにそうしないのはやはり、彼女の性格なのだ。台所に入ると、しっかりと煮込まれた料理の心地よい香りが漂っている。あとは適当に皿に盛って食卓に並べるだけである。
「マフニが嫌い……ね」
ルドは呟いて、今後のことを少し考える。
本当の意味でメメヤが望むような結果を出す為には、少なくとももう少し、ルドたちは彼らに協力することが不可欠だ。それが望むと望まないに限らず。
「少なくとも今は、暇つぶしとして存分に利用させてもらうことにしようか」
皿に料理を盛り、食卓へと運ぶ。
「おい、出来たぞ」
一応、頼まれた通りにメメヤを呼ぶ。
「へぃ~」
そして彼女は気の抜けるような返事とともにテーブルまでやって来た。
「さぁて?今日の料理は何かな~?」
「今日はただのキャベートの肉詰めだ」
「ただのって、聞く人が聞いたらぶち切れされそうだよね」
そう言って、メメヤは席に座った。
「そんなことはないだろ、特に最近なんて自動でいろんなものを作ってくれる世の中なんだから」
ルドもその目の前の席に腰を下ろし、食器を手に取る。
メメヤはテレビの内容に興味があるようで、テレビの音量を少し上げた。
「さて、食べるか」
「うむ」
食べ始めるとメメヤは特に面白みのないテレビの内容に注意深く耳を傾けているようだった。
「なあ、そんなに面白いか、これ?」
「いや~?これ自体は面白くはないよ。ただねぇ、予告になーんか面白そうなのがあったからさ」
「……ふーん」
言われ、ルドもその”気になるもの”が放映されるのを、キャベートやら他の野菜を突きながら待った。
『さあ、次はお待ちかね。都市伝説コーーーーナ!!』
「お、でたでた」
メメヤのその言葉で、メメヤが何を待っていたか分かった。
「都市伝説?」
「そうそう、大体は適当なことしか言わない番組なんだけどね。偶に気になるような話をしてくれるんだよね~」
メメヤは口元に笑みを浮かべて、テレビを見つめている。
「ああ、そういえばこういう番組のほうがニュースなんかよりも”不確定な”噂話なんかを取り上げてくれるんだったな」
「ん、そうそう、ま、今日は元から予告で気になるものがあったから見ているんだけどね~」
「ふむ?」
ルドとしてはテレビの内容よりもメメヤがそこまで惹かれるわけの方が気になる。彼女は見た目や普段の態度とは裏腹に、実に大人らしい人物である。ちょっとやそっとのことで動じることはない。おまけに知識はそこらの大人なんかは相手にもならない。
『怪奇!実在した?学校の怪談!』
物々しい効果音とともにテレビにテロップが流れ、題材をルドに示した。こういったものは視聴者を惹きつけるために工夫されているもので、それはまた、いつの時代も変わらないものであった。
『これは最近、ある学校で噂になっているものだそうです』『○○ちゃん、○○ちゃんは最近まで学校に通っていたけど、こういう噂は聞いたことがある?』
女性が司会をして芸能人らしき男性が一人の若い女性タレントに話を振ったことで番組は始まった。
『いやぁ……、あんまり聞いたことはないですね——————』『——————○○さんは幸運にも体験がないようですが、しかしこの世にはこんな不思議な話があるんです。レッツ不思議!』
いかにもテレビのキャッチフレーズのような言葉とともに、VTRが流れ始めた。
肝心の内容は確かにいかにも都市伝説っぽいものではある。しかし問題はその内容ではなく……
「これは……うちの学校の話じゃないか?」
ルドは流れてくる内容から判断して、これは自分のよく知る学校であると分かったのだ。
「あ、気が付いた?そうだよ~これはたぶんあんたが務めている学校の噂だよ」
「なんだってそんな噂が……いや、そういやアリサ先生が言ってたな。生徒の間で噂になってるって話」
「あら?彼女が?」
「あぁ、同僚と見に行ったんだんだとさ」
「へぇ……?まあ、私は幽霊についてはジェーンに教えてもらったから知ってるんだけどね~、ちなみに同僚って男?女?」
メメヤは何故かルドの話の方に興味が移ったようで、自然と話が逸れる。
「なんでそこに喰いつく……両方だよ、男一人に女一人、アリサ先生を含めば全部で三人だ」
ルドは何となく彼女が何を言いたいのか分かっていた。だからこそルドは気怠くでも律義に答える羽目になったのだが、まあ、気にしていても仕方がない。
「へぇ、気を付けないと彼女、その男に取られちゃうかもよ~?」
そしてやはりというか、彼女が言い始めたのはこれである。メメヤも女の子という事なのであろうか?
「そんな関係ではないと……つーかお前、分かってんだろ、そんな関係にはなりえないなんて」
「偶には揶揄っておかないとね」
ほんとにこいつは相変わらずである。
『——————実はこれ、証拠映像があるんです』『えぇっ!?』『こちらです、どうぞ』
テレビは二人で話していく間にも確実に進んでいた。今は証拠映像として実写の映像を映していた。モザイクなどを掛けてどこの場所なのか分からないようにはなっていたが、見る人が見れば分かるのではないだろうか。そして肝心の映像の内容は、一瞬、黒い影がカメラの前を横切った(かな?)くらいである。正直、気のせいとしまうことは簡単であった。しかし、それは明らかに……
『心霊現象研究家の△△教授の話では————』
今や番組には胡散臭い心霊現象の研究家が出てきて、的外れな推論を国中に広めている。
「能力者……」
「う~ん、多分そうだよねぇ。幽霊は否定しないけれどこれは明らかに能力者のそれだよねぇ」
メメヤもルドと同じような感想を抱いており、それは謀らずとも彼らの考えの信憑性を上げていた。
「まあ、正直何かがいるのはジェーンの話からも明らかだったんだけどさあ。幽霊じゃないのかぁ……」
ルドはメメヤの言葉に引っ掛かりを覚える。
「なあ、まさかお前これに興味があったのって、この前造ってた『非実体干渉装置』の研究対象にしたかったからじゃないよな?」
「ぎくぅ~」
ろくに隠す気もないのであろう、彼女は実際に口に出しもしたし、取り繕う為の物ではないのだろう、異常なほど軽い口調だった。
「はぁ……、まあいいあの学校にいることは確実になった訳だからな」
ルドも学校で何か見られているような気配を感じていたので、その確証が得られた事は大きかった。
「あ、そうだ。話は変わるんだが……」
ルドはふとある事を思い出し、メメヤに言った。
「な~に?」
「いやな、学校で思い出したんだがな、お前が嫌いな人から頼まれてな」
それだけで、メメヤは見るからにいやそうな顔をした。そんなに嫌いなのか。
「…………」
「俺たちの代わりとなる人間を、俺たちで”教育”することになった」
その後のメメヤの笑みは、実に良いものであった。結果としてメメヤはマフニに一本取られたわけなのだが、その後のメメヤがルドにした八つ当たりは、彼にとって実に理不尽なものであった。




