Double
結局あの後、私達は何事もなく学校へと戻った。いや、何事も無かった訳では無い。お父さんは私を見た途端に力が抜けたように倒れ込んだ。そして、あの、先生を叩き潰そうとしていたあの女は、地面にめり込んで気を失っていたところを、先生によって捕獲された。そしてその時、林の管理所の方から何人も兵士みたいな人が出てきたのだが、その先頭に立っていた初老の男性が先生の知り合いらしく、私達は何をされるでも無く、学校に戻ったのだ。
あの黒い女は何だったのだろうか、そもそもお父さんに起こったあの変化は何なんだろう。そして何より、ルド先生は本当はどんな人なのだろうか。あの女との関係は?
友達に軽い挨拶を交わしながら、机に座った私は考え続けていた。集まってきた友だち達と世間話を始めても、その事を考え続けていた。
「……マジですか?それ凄いウケますね――――。」「でしょー?ホントあの――――」
正直に言って興味は無いし、実際どうでもいい話なのだが、このお友達はお喋りで話し出すと止まらない。
「ところで、テルちゃん、昨日は大丈夫だった?」
そのお友達は急に、私の事に話を切り替えた。
「え?」
「いや、テルが遅刻してくるなんて珍しいじゃん?そんな事あるんだなーって皆で噂してたんだよ」
「ああ、あれはただの寝坊ですよ」
流石に一つの思考だけで完全にごまかすのは難しいと思って、昨日のことについて考えることを中断する。嘘を考えるのと、怪しまれない動作、その両方を同時に考える。
「へぇ、寝坊なんてするんだね」
「少し疲れてましたからね」
「あ、テスト勉強でしょ?」
「うそ、もう始めてるの!?」
「……当たりです」
嘘は言っていない。もう期末テストのテスト勉強は始めていたし、そのせいで多少は疲れていたのも事実だ。まあ、テストがない時とある時のほんの些細な違いでしかないが。だが、ここは丁度いいので乗っかっておく。
「うわ、やっぱり!?早いなぁ」
それには直接は答えず、微笑んで受け流す。すると、友達から次の質問が投げかけられるよりも早く、意外な声が自分にかけられた。
「テルフィ・ルミエはいるか?」
その声は紛れもなく、テルフィが憧れている人物の声であった。
「あ、ルド先生」
「ん、いたいた。少し話があるんだが、昼休み、そうだな……例の場所に10分以内に来てくれないか?」
「あ、はいっ!分かりました!」
「よろしく頼むよ」
そしてルドはそれだけ言って去っていってしまった。
そして……
「え?なになに?どうしたの?」
まあ、こうなるのは必然というものだろう。次の瞬間にはテルフィはお喋りなクラスメイトの質問攻めに合うことになった。
昼休み、テルフィはルドに頼まれた通り、昨日の事件があった場所に来ていた。地面にでっかい穴が空いてるから目印としては丁度いい。わざわざ彼が指示ではなく、お願い、の形で訪ねてきたのは多分、話の内容が能力について関係しているのだろう。"別に来なくても構わない"そんな風に言っているようにテルフィには思えた。もちろん、深読みのし過ぎという可能性もあるが、ルドならばそのくらいするだろうと、テルフィは勝手に信じていた。
「やっぱり、来たか」
するとどこから現れたのか、穴を覗いていたテルフィの横にルドが立っていた。
「先生のお願いとあれば、断る理由は無いです」
即答すると、ルドは苦笑を浮かべる。
「君は理解してて、それでも尚、ここに来たわけだ」
「お願い……ですか?」
「あぁ。君は別に来なくても良かった……むしろその方が幸せだったかもしれない、君ならね」
「話の内容も分からないのにその話を蹴れるほど、私は慢心も、達観もしてません。」
テルフィは本心からの言葉を口にする。すると、ルドは愉快そうに小さく笑った。
「や、済まない。君は本当に賢いなと……確かに、この話は君にとって"善い話"ではないが"悪い話"な訳でもない、善し悪しは君が決めることだからな。内容を知ってから決めると言うのも、時には"有り"だ」
「今回はそうはいかないとでも仰りたげな口振りですね」
「いやいや、そうでも無いさ」
ルドはそう言うと、指でこちらに来いと示し、歩き出した。テルフィはそれに従って後ろをついて行く。隣を歩くなどテルフィには烏滸がましい。ふと、あの女のことが思い浮かんだが、頭を振ってそれを追い出す。今は真面目な話をしているのだ。
「どこへ?」
テルフィが聞くと、ルドはチラと後ろを振り返って「研究所さ」とだけ答えた。
塗装された道を進みながらテルフィは考える。研究所と言うからには能力でも研究しているのだろうか。いやしかし、それは違法では?もし仮にそれが実際にあるとして、それはこんな塗装された道を歩いて行けるほど、大っぴらな場所にあると言うのか?否、何かしらの仕掛けがある筈だ。例えば――――
「着いた」
そう言ってルドが指を指したので、テルフィもその場所を見る。
「造林管理局……」
――――偽装とか。
「お疲れ様です」
ルドは何食わぬ顔で正面入口からそこに入っていく。途中、スタッフと思われる人達と挨拶を交わしながら、受付カウンターの前にまで歩いて行った。
「マフニからの伝言にあったものですが」
「わざわざそんなこと言わなくたって、あなたのことはここの誰もが知っていますよ。どうぞお通りください」
その男性の職員は苦笑気味にルドのためにカウンターの出入り口の扉を開けた。
「一応だよ、ありがとう」
ルドは礼を言ってその中に入った。テルフィもそのあとに続く。
そこでルドは一つの座席の裏側に指をあてて何事か呟いた。するとかちりと音が聞こえる。
「ちょっといいかな?」
ルドはこちらを振り返り、そこを退くようにと手振りをする。
「あ、すみません」
慌ててその場から二歩くらい下がる。ルドは先ほどまでテルフィが立っていた場所に手を添え、床を引き上げた。
「隠し扉……ですか?」
「ん、気をつけて降りてくれよ」
「深い……ですね」
そこには梯子がついていて、灯りのついていないその暗い縦穴は無限に続いているかのような錯覚さえ覚えさせられる。
「待ってろ。今、灯りをつける」
テルフィの躊躇いを見て取ったのか、ルドはそう言って事務カウンターに備え付けられていたスイッチを押した。バツンと音を立ててその穴の奥にほのかに明りが灯る。
「まだ少し暗いだろうが我慢してくれ、本来はここを照らすものではないんだ。なんなら、俺が先に降りているから、最悪落ちても受け止めてやるから安心してな」
「はい!お願いします」
「……元気だな」
案の定、彼は苦笑して梯子を下り始めた。
「ぇ……はや……」
その梯子を下りる速さにテルフィは目を見張ることになった。いや、正確には彼は梯子を下っていない。ほとんど飛び降りるように降りていくのだ。まるで曲芸師化のようにするすると地下へと降りていく。
「おーーーい!降りてこーい!」
時間にして5秒程度であろうか、下から声が掛けられてきた。
「は、はい!今すぐ」
とは言え、テルフィはルドのようにはいかない。自然と薄暗い梯子を一つ一つゆっくりと降りてゆくことになる。
「すみません、遅くなりました」
やっとの思いで梯子を下り切ると、ルドは壁にもたれ掛ってこちらを見て待っていた。そういえば、自分んの服が制服でスカートだったことを忘れていた。
別に彼になら見られてもいい気はするけど。
「別にいいさ」
しかしルドはまったく気にしている様子もなく、さっさと階段を下り始めた。テルフィも急いで彼について階段を下りる。階段も薄暗くはあったが、灯りがついている分まだ歩きやすい。
「ここはどこなんですか?ただの研究所にしてはあまりにも秘密基地じみて……」
「うん、そのその通りだここは”ただの研究所”ではないよ」
彼はあっさりとここが訳ありであることを暴露した。
「それは————」
いったいどういう事であろうか。
「そうだな……君に少なからず関係がある場所であるのは確かだ、とだけ言っておこうか。君なら賢いから、これだけでも十分わかるはずだ」
薄く笑みを浮かべた彼は、テルフィに意味ありげに言った。正直、テルフィにとって自分に関係があるという事は最初から分かり切っていた。そうでなければ自分をここまで連れてくる理由が思い浮かばない。
であれば、自分の人とは違う能力に関することである事はほとんど確実。そして大々的に研究できないという事は、少なくとも非難を受けうる研究をしているという事。この国で最大の特徴と言えば……
「武力に絡むというのは間違えていますか?」
「いや、間違えてはいない」
彼はテルフィの質問に直接答えはくれなかったが、その方向性が間違えていないことを教えてくれた。
「非合法の異能武力開発機関……とか?」
「うーん惜しいな。半分は当たりだ」
「は、半分ですか」
「そう、少し違う」
しかしルドの答えはテルフィにとって意外なものであった。
「では、ただの異能武力開発機関なんですか?」
「いや、そうじゃない。異能力の時点で”武力”なんだ。確かに、武力開発に目を付けたのはいい。でもここで勘違いしてはいけないのは、ただの能力開発の機関であっても国際法的には異能力はそれだけで問題な訳だ」
「?」
言っていることがよくわからず、首をかしげるとルドは「例えば」と続ける。
「この国では武力は持てない、そうだろう?だから拳銃なんかを持っているだけでも重罪だ。場合によっては国際問題になりかねない。そんなものの”開発”なんて以ての外だ」
「はい、そうですね」
「つまり、兵力でなくても、この国では武器となりうる”もの”があるだけで問題になるわけだ」
「あ、じゃあ、異能力者というだけで武力とみなされるという事ですか?」
「うん、そういう事さ、つまり君に関係するというのは君は自分の能力を隠していなければ……仮にそれが世界に知れてしまったら」
「私はどうなっていたかも分からないという事ですか?」
ぞっとする話だ。
二人は階段の最後の段を降りる。やけに広い広間に立ったルドはそこで、テルフィに向き直る。
「そう、だから、半分違うのさ。ここは何も、武力開発機関じゃない。」
彼は何故か少し笑う。
「ここは単に国家の異能力者開発機関なのさ」
不定期にシフトチェンジ!




