Sacred-4
彼が飛び出して行った時、彼の身体の周りには、もう見慣れた黒い霞が大量に漂っているのが見えた。その霞は恐らく、ルドが言っていた。『異能力』に関するものだろう。つまり、彼は今――――。
「テルフィさん!」
アリサは下敷きにされているテルフィに気が付き、それに駆け寄る。たどり着くと、物凄い破壊音が聞こえてくる。思わず目をやると、それはレチユが、あの黒い塊を地面に叩き落とした音だった。
「……っ!」
物凄い風圧に顔を背ける。
「……テルフィさん!」
アリサはテルフィに手を当てる。すると、何か違和感に襲われた。
「……これは?」
「アリサ先生、これはどういう事ですか?」
違和感の内容について考えていると、いつの間に隣に来ていたのか、ルドが立っていてアリサを見下ろしていた。
別に冷たい表情でも、口調でもなかったのだが、その姿に何故か威圧される。
「……あ、すみません」
「いや……なんで謝っちゃいますかね……」
「えと――――」
説明をしようと口を開きかけた所に、また強風に煽られて、アリサは思わず顔を逸らす。
「"イクアラ"……」
ルドの呟きを聞き、目を向けるとそこにはレチユがこちらを背にして立っていた。しかし、様子がおかしい。
「……レチユさん?」
アリサが声をかけても返事は疎か、反応すらしない。
「……無駄です」
そんなにアリサを見てか、ルドはそう言った。何か知っているかのような口振りだが、それを聞くのは憚られた。
「テルフィ・ルミエ!出てきなさい」
ルドが突然、怒鳴った。その唐突さもそうだが、何より驚いたのはその内容である。
テルフィなら今ここで潰されているではないか……
しかし、ルドのその行動が引き金となって、アリサは先程の違和感の正体に気がつく。
「"異能力"?」
そうだ、テルフィの周りに本当に薄くだが黒い靄が纒わり付くように漂っている。あれはレチユや、あの黒い塊のものかと思っていたが、今思えば……
「……こ、ここで……す」
掠れるような声で、木陰から聞こえてきた声に、ルドとアリサは顔を見合わせて駆け寄る。
レチユは依然として、黒い塊が叩きつけられた場所を睨むように立っている。
声の聞こえた場所に駆け寄ると真っ白な顔色をして汗を滴らせているテルフィが、木に寄りかかるように座り込んでいた。
「テルフィさん?」
「――――流石に……潰されるというのは……痛いものですね」
「そうだろうな、自身の分身であっても、な。なぁ、テルフィ、お前、"いつから"なんだ?」
やけに冷静なルドの声は優しい口調であっても冷たい刃のようであった。
彼が言った『分身』が本当の意味なら、彼女は能力者と言うことになる。それも、ある程度使いこなしているということになる。まさか影武者がいる訳でも無いだろう。
「……多分、中学生の時……です」
「そうか。よく隠し通せたものだ。当時から賢かったと見える」
「光栄……です」
「それで、疲労している所悪いんだが……」
ルドは後ろを肩越しに睨みつけるように見てから、テルフィへと視線を戻した。
「今、お前のお父さんを止められるのはお前だけなんだが」
「お父さんを……止める……と……言うのは?」
口にこそ出さなかったが、アリサも同じような疑問を抱いていた。
彼は別に今、暴れているようには見えない。止めなきゃならないような状況にはないと思うのだが
「お前の父さんな、たぶん今、自我がないんだ」
「え?」
「このままじゃ、エネルギーを捻出しすぎて最悪、死にかねない。戻ってこれなくなる」
「……どうすれば……いいんですか」
テルフィは掠れた声でルドに問い掛ける。木を支えにして身体を半ば持ち上げようとしている。
「ルド先生、何をさせる気ですか?こんなフラフラしているのに」
アリサは思わず、テルフィを庇うようにルドに物申す。だが、それに答えたのはテルフィだった。
「……問題ありませんよ、先生。身体には……傷一つありませんから」
「じゃあ何で……」
「分身と感覚を共有していたんでしょうね。だから、分身が潰された時、痛覚が彼女を襲ったんでしょう」
ルドが推測を述べると、テルフィが得意げに頷く。
「その通り……です。流石ルド先生」
「させることは別に難しい事じゃないんですよ、アリサ先生。」
ルドは少し笑ってそう言った。
「ただ、彼女が生きてさえいれば、それで済むんです。つまり、テルフィ本人が彼の前で動いてさえいれば……あのままじゃ、テルフィのお父上は、例えあの女を倒せたとしても、人間に戻れなくなってしまうんですよ」
確かに、レチユがあんな風になってしまったのはテルフィが潰されているのを見た時からだと思われる。実際は能力で作られた分身だった訳だが、レチユはそんな事を知る由もない。
「……それなら、急ぎましょう」
アリサはテルフィが立ち上がるのを支える。少し嫌な顔をされたような気がしたが、素直に支えられているので気のせいだと思い直し、一緒に歩き始める。
「さあ、勝利の凱旋といきましょうか」
ルドの声はその内容とは裏腹に、冷たいままであった。




