Sacred-3
「危ないっ!」
少女の声と突き飛ばされる衝撃、ゴロゴロと地面を転がって、その最中、湿っぽい物を打つ鈍い音がルドの耳に届く。
「…………は?」
受け身とともに即座に立ち上がり、そこを見ると、背中にメイスを打ち付けられたテルフィが転がっていた。
ルドは、目線をそれから、女(だったもの)に向ける。
「…………ハァ」
何でこんなところにいるのだろうか。わざわざ逃がしてやったというのに。レチユ達はどうしたのだろうか。
いや、そもそも
「……なんで俺はなんにも感じないんだろうな」
自嘲気味にルドは薄く笑う。
しかし、その笑みに実は無く、湧き出るのは一種の虚しさだけだ。
喜びは無く、恐怖も無く……怒りもない。そんな自分の心に、虚しく自分の思考だけが流れ出る。
普通は怒るべきだろうに……
「さて、どうするかな」
虚しさを振払うために、独白する。
無理をした結果、"力"は底を尽きた。オマケに女は今黒い化物と化している。常人が近付ける代物じゃない。
武器は無い。木の枝はさっき試した、拳はあまり効果的ではなかった、蹴りも同じだろう。
「あ……あぁああアアアァあぁアっ!」
「詰んでるよなぁ」
ルドにはもうやる気などかけらも残っていなかった。
実際に彼女が戻ってきていたということは、他の二人も来ているに違いない。つまりもう、ルドが時間を稼ぐ必要は全くなくなったということである。ルドはもとから、彼女を倒すことなど考えていない。それは少なくとも、ルドの仕事ではないからだ。彼には能力者を制圧できるだけの能力がない。
構えも解いてルドはその場に立ち止まる。
あとはアイツに任せよう――――
――――
まず目に入ったのは棒立ちしている彼の姿だった。真っ黒な物に今にも襲いかかられそうになっているにも関わらず、身動ぎ一つしない。真っ黒な物は辛うじて人とわかるような形を動かして、物凄い勢いで彼へと迫っている。
そして、二番目に目に入ったのが、大きな鈍器の下敷きにされた少女の姿。その姿にレチユには見覚えがあった。いや、あり過ぎた。
テル……フィ?
その瞬間、レチユの中で何かが弾けたのを感じた。まるで、何かが流れ込んでくるかのような感覚。それととともに、自分から何かが消えるのを。
それは――――。
レチユは走った。脚をたわめ、地面を踏みしめ、流れ出した何かに身を任せて、地面を蹴った。地面が陥没するのを感じ、同時に自分の身体が有り得ない速度で吹き飛ぶ。背後の女教師は置き去りに、代わりに黒い者に肉薄したのを何となく理解する。拳を振りかぶる。
「おおおおおおぉぉぉぉっ!」
「……は?」
地面が抉れるほど力を込めて踏み込み、それに拳を打ち込む。隣からはルドのものと思われる、呆けた声が聞こえてきた。初めてこの男のこんな声を聞いた気がする。
「あああああああアアァアぁぁあアアァッ!」
この世の物とは思えないような悲鳴を上げ、それは、宙をきりきり舞いに吹き飛んだ。
意識が半ば遠のくのを感じながら、レチユはもう一歩足を踏み出した。再度猛烈な加速感。そして、さっき吹き飛ばしたそれに再度肉薄する。
「死ねっ!」
「あぁあっ!」
頭上で指を組み、振り下ろす。頭部と思われる部位にそれは直撃し、地面に叩き落ちる。
もういい加減、意識が殆ど無くなったが、地面に降りたいとだけ意識する。すると慣性を完全に無視したような動きで地面に落下する。
地面に着地したのと同時に、レチユの意識は無くなった。




