Welcome-2
「お?今日のは美味しいですね。どうしたんですか?」
社会科教室、いつもの様に珈琲(?)の試飲をしていたルドとガリグは、普段と違うその普通の美味しさの珈琲に首を捻る。
「いや、珍しく美味いなぁ……なんか逆に不気味だぜ」
選んだ本人がそんな事を言い始める始末である。それ程彼は当たりを持ってくることがない、と言うか当たりを引いたことがない。そんなガリグの珈琲に、初めて当たりが来た瞬間である。
なんと言うか彼の言葉を借りると、本当に逆に不気味だ。何か良くないことが起こるのでは無いだろうかとさえ思えてくる。
「明日は雨ですね」
冗談めかしてそんな事を言ってみるが、正直不安感はそんな事では拭えない。
「いや、雪かもしれんぞ」
ガリグもカラカラと笑いながらそんな事を言うのである。
「ま、取り敢えず、今日も頑張りますか」
珈琲を一息に飲み干し、机の上にコップをカツンと載せる。同じようにコップを置いたガリグもルドの言葉に同調した。
「何が起こるにせよ、まずは一限目からこなすことを考えなきゃだな……」
「あれ?今日一限目入ってましたっけ?」
「振替だよ、面倒なことにな」
「へぇ、そりゃ、何でまた?」
「部活の大会がなぁ……これでも結構、気合い入ってんだわ。俺も、アイツらも」
「いい事じゃないですか、頑張ってくださいよ」
「そりゃあ、頑張るがよ……」
「まあ、疲れるのに違いはありませんよね」
歯切れの悪いガリグに笑いかけ、ルドは今日一日の予定を思い返した。
確か、一限は何も入っていなくて、二限、三限に授業が入っていて六限にもはいっていた筈だ。今日は割と入っている。と言うか昨日休んでしまった分の振替がきょうの五限に入ってしまっているせいだ。
校長は、こういう時に仕事が早くて、いいんだか悪いんだか分からない。
「さぁて……行くかぁ……」
ガリグはため息をついて席から立ち上がると、フラフラと社会科準備室から出ていった。半分以上、戯けただけの演技だろうが、彼にしては珍しく、ひどく疲れているらしい。
「頑張ってくださいねー」
その疲れた背中に適当な声援を送り、ルドは自分の机へと向き直る。今は情報が全く無いため、普段通りの日常を享受する他ない。
「……さて、と」
端末を取り出し、授業で配布する資料を整理し始める。すると、学校固定の自分用端末に着信が入った。しかも、普段はほとんど使わない機能である、校内通信での連絡である。
「はい、ルドです」
『おはようございます、ルド先生。お客様がいらしておりますが。』
通話の主は事務課の教員、アナウンサーばりの滑らかで流暢な言葉で話す三十代の女性だ。因みに、二人の子持ちだ。
「了解しました。すぐ行きますね」
通信を切って、作業を中断する。お客様、という事だが、わざわざルドを訪ねてくるお客様など心当たりがない。何かの間違いかも知れないが、行かないわけにもいかず、部屋をすぐに出る。
事務室は一階の正面玄関の真ん前にある。扉の脇にあるインターフォンの役目を果たす機械を作動させ、声をかける。
「ルドです。入りますよ」
扉に手を当てて扉を開ける。中に入ると、待合用の椅子に見知った男が腰掛けていた。
「……なるほど」
男もこちらに気がついた様子で、コチラを認めると、明らかに表情を引き締めた。少なくとも、敵対する意思を宿したような顔ではない。
「初めまして、ルド先生。私は一年のテルフィ・ルミエの父のレチユです。娘がお世話になっております。」
そういうスタンスで行くのか
どうやら、ルドの秘密を暴いてやろうとか、そういう事ではなく、本当に何らかの用があって来たようだ。
「……あぁ、彼女の!私の見立てでは彼女はかなり優秀な生徒ですよ」
少なからず、その娘の名前にルドには覚えがあって、話を合わせることにする。ルドが彼女を知っているのには幾つか訳があるのだが、一つは、レチユの事を調べたためで、後はただの偶然なのだが、彼女がか自分の授業を受けている為だ。それはもう、熱心に。
「さ、ここでは何ですから、移動しましょう。サーリャ(用務員)さん、ありがとうございました」
なるべく自然な流れで、二人きりになれる場所へと移動する算段に出来たと思う。
レチユもルドの言葉にどこかホットした顔をして、ルドに従ってサーリャさんに軽く頭を下げて部屋を出た。
「さて、こういうのも何ですけど、何のようです?」
廊下に出て、誰もいないことを確認し、歩きながらルドは小さめな声でレチユに訊ねた。
「……いや、その、なんだ、訊きたいことがあって来た。あんたがここにいることを知ったのは偶然だが、あんたに訊けばいろいろ教えてもらえるかもしれないと……」
「そうですか、何が知りたいんですか?」
「あんたにも都合があるだろう?もっと安全な場所で話した方がいいんじゃないか?俺も頭がおかしいやつだとは思われたくない」
「それもそうですね」
ソミエは少なくとも、"常識"の範囲内の話をしたい訳ではないようなので、ルドは一旦話を区切る。
さっき降りたばかりの階段をまた登り、最早(ガリグとルド以外)誰も使っていない社会科準備室に入る。隠れる場所もなく、防音にも優れた部屋なので、盗聴器でもない限り盗み聞きの心配はないだろう。
「さて、ここなら安全です。話をしましょうか」
適当にガリグの椅子を勧め、レチユを座らせてから、ルドは話を切り出した。
「あ、ああ。さっきも言ったのだが、訊きたいことがあって来た」
「それは、コチラ側の話、と言うことでいいんでしょうか?娘さんの進路の話とかなら、俺ではなくて担任の教師を紹介しますよ?」
「いや、結構だ。あんたの言う"コチラ側"と言うのがどういう意味かはよく分からないが、少なくとも娘の進路について話したい訳では無い」
「それでは?」
「……アンタらはなんなんだ?」
少しの間を開けて口を開いたレチユは、単刀直入な疑問を口にした。
「俺達を利用したヤツらは瞬間移動やら訳の分からない技術やらを持ってきた。アンタらは我々の動きを封じたばかりか、あの爆発男と鈍器の女を念力と格闘で撃退した。あまつさえ、あんたは自分を"継承者"などと言い始める……俺は何に巻き込まれた?」
せき止めていた言葉が決壊して溢れ出したかのように、様々な言葉がレチユの口から、とめどなく紡がれた。
それは、今まで誰にも訊けなかった胸中にわだかまっていたモノが一気に解放された結果だろう。彼の口は止まらない。
「そもそも、なぜ俺達なんだ?他にも会社はあるだろうに、何故脅されたのは俺達なんだ、なぜ俺がこんな目にあわなくてはならなかった!」
「………」
「教えてくれ!アンタらは一体、なんなんだ?」
最後には立ち上がって声を荒らげていたレチユは、肩で息をするようにしていたが、疲れきったように椅子にドッサリと座り直した。
「もう、何が何だか分からないんだよ……」
呟かれたその声は、全く力のこもっていない弱々しいものだった。
「……あなたは、完全にコチラ側の世界に巻き込まれています。」
ルドはため息と共に語り始める。
「それはあなたが望んだ結果ではないでしょうし、俺もコチラ側なんてろくなものでは無いと思いますよ」
「…………」
「我々は……いや、少なくとも俺達は『継承者』、そう名乗っています。その名の由来はあなたもご存知の通り、昔話や伝承として代々引き継がれて行く英雄を指す言葉です」
「……ああ」
「まあ、正確な訳にあたる言葉がこの国にないので『継承者』なんて少しずれた訳でこの国で話されているということはまあ、興味無いですよね」
「……そうだな」
「一応言っておきますけど、元々、外国の英雄の呼び名なんですよ、継承者って。我々……というかこの国にある、そうですね……グスタムの呼称を借りるなら『戦略兵』の開発を行う組織『側面』が……あなたも見たでしょうけど『超能力者』の開発を行っています」
「……突拍子もないな」
「ですが、あなたも見たでしょう?」
「……あぁ、嫌な程な」
「そして、あなた方を脅してこき使ったのがおそらくグスタムの『戦略兵』でしょうね」
「……最悪だな、それで?アンタら継承者さん達は何のためにいるんだ?」
「『継承者』は言ってしまえば、この国での『戦略兵』の呼び名です。正確には『側面』に属する異能力者ですかね。『側面』は、この国が危機に陥った際、一時的にでも国の防衛が可能となるように秘密裏に設立された組織です。つまり、違法兵力ですよ」
「…………なんてこった。じゃあ、俺達は国の争いに巻き込まれたってことか?」
「……近々、環境世界首脳会議が開かれることはご存知ですか?」
「……ああ、この国も何十年ぶりかの出席が決まったとかで話題に上がったからな」
「そう、そしてそれがあなた方を巻き込んだ直接の原因です」
「なんだと?」
「早い話、その会議はこの国を貶める為の罠なんですよ」
「……はっ、そういう事かよ」
レチユはそれを鼻で笑うが、空元気なのは明らかだ。彼は彼一人の力は国を前に全くの無力だ。頭のいい人間は好ましい。それが分かる大人というのは意外と少ないものだ。
「あなたは、碌でもない、どうしょうもない、糞みたいな国の駆け引きに巻き込まれた。それだけです」
彼は誰かに訴えることも出来ないし、復讐することすらも出来ない。復讐しようとするならば、少なくとも二つの国を相手にする必要がある。
彼は無力だ。
「まあ、少なくとも、この国には復讐はできるかもしれませんね。そうするとあっちの国を助けることになるわけですけど」
「復讐なんて、元からそんなこと考えちゃいねぇよ……あんな『異能力者』相手に、どうやって戦えっていうんだ?」
彼は自嘲気味に笑った。
「奴らに貰った技術を使って、奴らを撃ち殺すか?それとも簡素に爆弾でも作って吹き飛ばすか?尖った工具でも直接突き立てるか?銃弾を避けるようなヤツら相手に?突然目の前から消えるようなヤツら相手にか?」
彼は手を顔の前に翳して暫く見つめていた。
「幸い、俺の家族は生きてる。だが、俺は多くの罪のない人間を殺した。いや、罪はあったのかもしれないが、少なくとも直接被害を受けてもいないのに、そいつらを殺した。俺はもう、普通には暮らせない……人殺しだ。俺はそんな風にした奴らが許せない……許せないが」
「力があれば?」
ルドは敢えて薄ら笑いを浮かべて訊ねる。
「力があれば、だと?」
「今だから言いますけど、多分、あなたには『異能力者』としての素質がありますよ?」
ルドの言葉は偽りではない。彼は実際に、ルドの異能力を打ち破っているのだ。
「………………」
長い沈黙が部屋に流れる。レチユは口を開く様子もなく、ルドが見守る中ただ時が過ぎる。チャイムが鳴ってガリグが戻ってきた時、ルドはまだ何も言おうとしないレチユに話し掛けた。
「俺は授業があるので行きますが、それまでに色々と考えておいてくださいね。もしだったら、ここのガリグ先生と話していても構いませんよ。彼はコチラ側ではありませんが……あ、それと連絡先を教えてもらいますね、何かあった時のために」




