Welcome-1
余裕が出来たので、この前の続きを書こうと思う。
まず、結論から言うと、先日見たあの流星のような光、あれは、人だった。これは人に見せるように作っちゃいないが、もし誰かが見るようであれば、この事実を知っておくべきだと思う。
あれは狂気だ。思い出しただけで冷や汗が吹き出す。ああ、普通の戦争が正気に見えるほどに、我らの神は正気の戦争に狂気を持ち込んだんだ。
〜〜とある新米軍人の日記丁寧に記された4ページ目〜〜
ルドは運ばれてきた女性の看病をしていた。彼女はどうやら昨晩、ジェーンの戦いに巻き込まれたらしい。
ジェーンからのその旨の手紙をクロウから受け取った時、どうしたものかと悩んだものだ。結局今は目が覚めるまで家に置くことにした。
どうしてそんな場所にいたのかとか、訊きたいことは腐るほどあるのだが、気を失っている、というか寝ているうちは訊きようもない。
彼女…ルドのよく知る女性、アリサは朝の六時頃となった今もスヤスヤと寝息を立てている。
無理矢理起こすことも考えたが、そこまでする必要も無いと考え直し、アリサの寝ているソファのあるリビングを離れ、隣りの台所で朝飯を作り始めた。
朝飯が出来上がって食卓に並べていた時、やっと目を覚ましたのか、アリサは少し乱れた髪に、半眼でルドの姿を暫く見つめているようだった。
わざわざ起こす手間が省けた。とルドは密かに喜んだ。
「おはようございます、アリサ先生」
「……ぇ?ん……?」
声を掛けても、二秒くらい返事は無く、それからハッとしたような顔をした。
「あ……ハイ!おはようございます!?」
急速に意識を覚醒させたらしい彼女は、目の前に"男"がいることに混乱したらしい、無駄に大きな声で反応を示した。
ルドは彼女が眠り易いように、と羽織っていたコートを脱がせてソファの背もたれに掛けておいたのだが、よく見るとコートの下の薄手の服は、寝返りの時に引っ張られたのだろう、ところどころ乱れていて、下着がチラリと見えたりしてなかなかに色気がある。
それに気がついたのか顔を赤らめて俯く彼女から、自然に目を逸らし、ルドは朝食の準備を再開する。
「訊きたいことも有るでしょうが、それはこっちも同じです。まずは朝食でも食べましょう。顔、洗ってきたら目も覚めると思いますよ。洗面所の場所は分かりますよね」
ますます顔を赤くしたアリサは小さな消えそうな声で「はい……」とだけ答えて、部屋を出ていった。
『昨日未明、原因不明の爆発が有りったと見られ……朝出勤した職員が…………警察は目下調査中とのことで………』
十分程しただろうか、テレビを見ていたルドは彼女が戻ってきたことに気がついた。戻ってきた彼女は未だ少し頬を染めたまま、ルドの前に腰掛けた。
「あ……これって……」
と、そこでニュースの内容に気がついたアリサはまだ若干頬を染めたまま、呟いた。
「今日訊きたいのはこれについてです。いや、正確にはなんでアリサ先生があの場にいたのか、です。」
それを聞いてアリサは拍子抜けしたような顔をした。ことの他真面目な雰囲気のルドに気圧されたのかもしれない。
「……なんでルド先生がそんな事を気にするのかは分かりませんけど、隠す必要も無いので話しますよ。信じてもらえないかもしれないですけど」
「……信じるかどうかは聞いてから決めますよ」
「意地悪ですね」
アリサに言われ、ルドは今、自分がどんな顔をしているのか考えてみた。少し顔を動かしてみて口角が少し持ち上がっているのを認識したことで、やっと気がつく。
あぁ、笑っているのか
と。確かに意地悪な顔をしていたかもしれない。長年の風習で無意識のうちにこんな顔になっていたのかと、少し反省する。
「これは失礼……いや」
しかし、今さら取り繕う必要も無いと感じ、そのまま言葉を紡ぐ。
「俺にとっては、これが普通なんですよ。話してくれますか?」
笑みはあえて意識することで、深くする。
「何か特別なことをしていたわけでもありません。ただ、リクアク先生に引っ張られて噂の確認に行っていただけですよ」
「その、噂というのは?」
「幽霊です」
自分で話していてばかばかしくなったのか、アリサの言葉はため息交じりだ。
「学校の怪談ですか。肝試しでも?」
「いえ、最近生徒間で噂になっていて、誰か侵入しているのかも知れないから、と」
「それを発案したのがリクアク先生な訳ですか」
聞くまでもなくそうなのだろうなと思いつつも、確認を込めてルドは訊ねた。
「はい、あと、ラシマシ……ララシイがそれに賛同して」
わざわざ言い直して、彼女は自分の先輩の名前を出した。すっかりアリサは彼女の餌食になっているらしい。
「なる程」
確認を取ればすぐに真偽がわかる嘘は、彼女はつくまい。つくとすればもっと起点の聞いた面白い嘘だ。
「それでは、なんで林へと?」
「……何かが見えたんです」
「見えた?」
「ええ、上手く言葉には出来ないんですが、確かに何かが見えたんです。それで気になって行ってみたら、突然爆発にあったんです」
「……なる程」
ルドは思考を巡らせた。おそらく彼女は、無意識ながらも、もう既に"こちら側"に脚を踏み入れつつある。もし、彼女の目に映ったものが『異能』に関するものだとしたら…
「分かりました」
「もういいんですか?」
「ええ、これは別に事情聴取でもありませんから。それより冷めないうちに食べましょう」
朝ご飯はまだ何とか湯気を立ち上らせていたが、冷めるのは時間の問題だろう。
「そうですね」と言ってアリサが食べ始めたのを確認してから、ルドは自分で作った朝食に手を伸ばした。
ーー
「ところで、なんであんな事知りたがっていたんですか?」
車の操縦が一段落したところで、アリサは急に切り出してきた。朝食を食べてる最中や、アリサが家に車を取りに行く間には話している暇が無かったからだろうが、なんのクッションもない、直球の質問にルドは思わず苦笑する。
「直球ですね」
「洒落の才能が無いものですから」
自嘲気味の言葉で反撃をくらいつつ、ルドはどう答えるべきかと考えを巡らせた。
「言いたくない……では通りませんね」
「ええ、勿論。……私は話しましたからね」
明らかにそれが原因じゃないような怒り方をしている気がするのは気のせいではあるまい。少し頬が赤いからだ。
「……言葉を返すようですが、俺の話を信じろとは言いません。それ位突拍子もない話ですから」
ルドは前置きにそんな事を言って、異能力者について、そして自分の所属する組織、そこが狙われているという事情について掻い摘んで話した。
「―――だから、あなたはそれに巻き込まれて、俺の仲間に助けられた」
話し終えて、しばらくの間車内には沈黙が広がる。
「……信じられません」
ぽっつりと、アリサが呟く。まあ、当然の反応だろう。いきなりそんな話を信じろという方が無理な話だ。ルドにとってその反応は何度も見てきたものだった。
「それが事実です。信じるも何も無いですよ」
「……なんで私にそんな話をしてくれたんですか?」
「先生が聞いたんですよ、忘れたんですか?」
思わず苦笑を含んだ声で、ルドはアリサの疑問に答える。
「……そうでした。忘れてました」
「それに……あなたには資質があるようですしね」
「……どういう事ですか?」
これは本来、訊かなくて良いものだ。自分の"力"について知っているだけでも、その人生は確実に捻じ曲がる。
「いや、まんまの意味ですよ。先生は"異能力"を使えるかもしれない……と」
「……冗談はよしてくださいよ」
「冗談ではありませんよ。あなたは実際、何か妙なものを見たと仰ったじゃないですか」
「それは……」
アリサは返答に詰まる。或いはそれは何か否定の材料を探していたのかもしれない。
「実際、あなたにはそんな片鱗がありましたしね。鮮度の良いものを見ただけで見分けたり、人の気配を感じたりね」
「いわれてみれば……自分でも説明できないこともあります」
自信がなさそうにつぶやく彼女は確かに、一見だと異能力者には見えない。ただ、見えないだけで確実に彼女は能力者だろう。少なくともルドはそう確信していた。
「おそらくですけど、あなたの能力は感知とか、それに準ずるものであると思います」
「感知……ですか?」
「推測なんですけどね」
車が徐々に下降を始めたところで、ルドは彼女の異能力について軽い説明を加えた。
「視たものの性質を見破る、とか力量を測るとか……そういう力なのではないでしょうか」
解放してみない限り、本当の事は決して分からない。
そして、今のところルドは彼女の力を解放してやるつもりもない。
車は滑らかにスライドして駐車場へと入り込んだ。
「確かめる術はないんですか?」
「さあ、俺には分かりません。異能力には謎が多い」
ルド達には少なくとも、異能力の解放の術がある。つまり確かめる事は実際には出来る。それでも今はそれについて話すつもりはない。
「さ、行きましょう。そろそろ他の先生方も出勤してきますよ」
話を逸らす目的も兼ねて、アリサを促し、ルド達二人は校舎の中に入っていった。




