Act-3
男達が萎縮する中、ジェーンは敵側の方から何やら音を聞いた。
これは、人の歩く音だ。
ジェーンがそう思ったのと、仮面の男が動いたのが同時だった。しかも、仮面の男の走る速度はジェーンが能力を使っても追いつき難い程の速度だった。
まさか私の強化領域内で能力行使できるとは…!
ジェーンは舌を巻きつつ、男を追いかける。しかし、ジェーンが動き出すまでに男はその突如現れた第三者の元にたどり着いていた。
「動かない方がいい、この女の首がねじ切れる事になる」
男の静かな脅しに、ジェーンは男とその人質となった女性の目の前でフワリと動きを止める。別に人質が死のうがジェーンとしては何とも思わないのだが。世間は別だ。片付けるにしても手間がかかりすぎるし、かと言って放置しておくわけにもいかない。何より場所が悪い。いくら警察に太いパイプがあろうとも、この場所で一般死人がでれば、大事になるのは必至だ。
だから、殺させる訳にはいかない。
「人質とは手段を選ばないのね」
ジェーンは落ち着き払って仮面の男に問をかける。答えを期待した訳では無い、殆ど嫌味でできた質問だ。
「……お互い様だ」
しかし、相手側も相当に図太いのか、慌てるでもなく、憤るでもなく、言い訳するでもなく、ただ嫌味を返してきただけである。
人質となった女性は突然の出来事に動揺しているのか、さっきから口ひとつ開かない。悲鳴の上げ方すらも忘れてしまったかのような顔で固まっている。ジェーンは人質となった女性を知っている。と言うか、さっき見たばかりだ。
「なんでここまで来てしまったのかしら」
少なくともここまで来なければ巻き込まれることもなかっただろうに
ジェーンは呟いてこれからどうするか考える。現状では何が最適か。
確か、彼女は『異能持ち』である。では、ここで死んでしまってもこちらで処理できるだろうか……。いや、それは難しいだろう、彼女は少なくともまだ自分の能力には気が付いていない。能力者と断定することはできないし、そもそもこちらのデータバンクに登録すらされていないのだ。ここで死なれるのはリスクが高すぎる。
それに、彼女の所属する組織は百歩譲って暗殺組織であっても、無秩序な殺し屋はないのだ。あんまりやりすぎると、痛い目を見るのはこちらだろう。
「要求は?」
だからこそジェーンは取引に持ち込むしかない。最悪の場合、切り捨てることも考えるが、まずは最善を尽くすことを考えるべきだ。
「…この拘束を一瞬でも解いてくれれば、それでいい。この女の命は保証しよう」
「まあ!随分と謙虚な押し込み強盗ですこと」
彼の一言だけの要求に、皮肉で返しつつも、ジェーンは内心でかなり迷っていた。
ジェーンは、いざとなればあの人質となった女性は殺されても構わないと考えていた。ただ、それは本当に最終手段である。要求によってはやむ無い犠牲と考えていた。しかし、今回彼が持ち出してきた要求は「この拘束をとけ」。
確かに、ジェーンは彼らの能力など封じずとも、圧倒はできると自負している。故に本来ならば迷う必要も無い要求。
だか今回に関して言えば、相手が逃走する可能性…或いはできる可能性がある。こうなると話は別になってくる。
あの空間移動の能力者なら、一瞬の解除でも逃げ果せるに違いない。ともすれば、彼女はあの場の全員をみすみす逃す事になる。
彼女は人質となった女性を見た。
蒼くなって震えている。
彼女は悩んだ。気持ちの問題ではなく、今の立場を考えて、最善の選択を果たそうと……
上司の顔を思い浮かべた、彼は研究者なだけで、無慈悲な暗殺者ではない。関係の無い人への殺人行為はおそらく許容しない。避けられるなら尚更だ。それなら同時に彼の作り上げる集団も、それを許しはしないだろう。
「まあいいわ、そうね、解いてあげるわ。半秒だけね。まあ、貴方はそれだけで十分なんでしょうけど」
ならば、彼女が今成すべきなのは、彼女を生かすことが出来る方法を選ぶだけ。
逃しても、彼女達には直接は関係しない。
………少々面倒だが。
約束通り、彼女は自分の能力を解いた。
ただ、約束を反故にされて、女性が殺されてしまっては、アレなので、いつでも能力を使える準備をしておく。
半秒と言わず半々秒にしても良かったかも知れない
彼女がそう思うほど、彼らは一瞬のうちに、黒いモヤだけを残して消えてしまった。実に厄介な能力である。こと、離脱に関しては最強ではないだろうか。
ジェーンは女性へと歩み寄る。
「そこのお嬢さん。大丈夫かしら?」
彼女はその場にへたり込んでいた。放心状態という奴だろう、暫く黙り込んだまま動かなかった。
「お嬢さん?」
「………え、あっ、はい!」
二度目の呼び掛けでやっと反応を示す。
「大丈夫なようね」
診たところ、怪我はしていないようだし
「………あ、上っ!」
「防御っ」
突然、何かを見つけた彼女が叫び、それに何とか反応し咄嗟に防護領域を作り上げる。いい加減こんな無理を続けていればいくら彼女でもガス切れになってしまう。
だが、今回に関しては言えば、それは正解だった。
空から飛来してきたのは一発の銃弾、それはジェーンの領域によって速度が手のひらから零れる小石並みの速度になって地に落ちる。
よって、ジェーンには考える時間が出来た。この銃弾は爆発の能力者によるもの。そして、この爆発が本当の威力を発揮するためには近くに弾けるものが必要だということ。
熱量は大したことがないということはジェーンは既に把握していた。いや、あるいは破裂させるもの、物質によって変わるのかもしれないが、今回は質量によって変わると仮定、先程と同じ銃弾の為、威力の上昇はないと判断。
「少し、ごめんなさいね」
一言、声を掛け(つつ)、彼女は女性を空へと放り投げる。
「………!!!!!?」
驚きに息を詰まらせている気配を感じたが、心を鬼にして無視。……元々気にしていなかったのは、それこそ気にしてはいけない。
次の瞬間、爆弾は起爆し、破片が飛び散る。
同時に、彼女は再度、領域を形成した。
彼女は自分の異能力を『節約』と呼んでいる。
彼女の力は、文字通り、彼女の拡げた領域内のあらゆるものを『節約』する能力である。自分に掛かる力から、自分が掛ける力まで、物理的な事象に限らず、節約する。
だから、こんなこともできるのである。
「は!?」
男は絶句した。それもそうだ、爆発で吹き飛ばしたはずの女が自分のほうに飛んでくるのだから。間の抜けた声も出るというものだろう。
それを狙ってやったのだから、この結果は上々だ。
ジェーンは先に投げ飛ばした女性を追い越してそのまま、予想通り、空中で自由落下中の男たちと切迫する。
「一人は貰うわ」
すれ違いざま、ジェーンは深々と爆発男の腹部にナイフを突き立て、自分の吹き飛ぶ推進力をそのまま、ナイフをそこで滑らせる。赤黒い血が顔に飛び散る。だが、ジェーンのナイフは腹を裂き、脇腹の方から抜ける。その深々とした傷は明らかに致命傷だ。
男達の真上にまで飛び上がったジェーンは能力を使ってこれ以上の上昇を止める。
自由落下の途中、男達の姿を探したジェーンだったが、男達は既に、黒い霞と化して消えた後だった。
その後、ジェーンは投げあげた女性を探す。
見つけた。
まだ地面に着いていないが、落下の最中だ。あと一秒もすれば地面に激突するだろう。最悪死に至る。折角助けたんだから、そんな事は許されない。
幸い、と言うか、彼女の力は『節約』だ。地面との接触の際にかかるエネルギーを『節約』して、衝撃を減らす。
彼女はろくに傷を負うこともなく、地面に横たえられることとなった。
「さて、これからどうしようかしらね」
一段落したところでジェーンは誰ともなく呟くのだった。
まじぃ、ガードしきれねぇ…




