Act-2
夜は彼女の時間だ。誰にもバレないよう、ジェーンは宙を舞い、地を駆る。音は無く、彼女は目立つ事はない。流石に明かりに照らされると見られてしまうので、なるべく暗い場所を選んで行動する。暗くても彼女の目が惑わされることは無い。彼女はそういう"異能力者"だからだ。
例の場所へと向かう途中、いつもと同じように学校のそばを通る。学校は夜になると人がいないからだ。コソコる必要がなくて都合が良い。しかし、今回ばかりは少し、いつもとは違っていた。奇妙な事に、明かりが点っている。
「………」
それを見た彼女は学校のそばに降り立つ。目的地は別だったが一応、何なのか把握しておこうと思ったのだ。
三階の窓の縁に跳び乗って中をのぞき込む。勿論誰にも見られないように、慎重に。
中には三人の男女がいた。男一人に女二人。格好からしてこの学校の職員に違いない。というか、そのうちの一人には見覚えがあった。
「………『異能持ち』だっけ」
まあ、今は関係ない
そう判断し、窓の縁から身体を離し、目的地へと再度移動しようと身体を宙に投げる。頭から落ちていく最中、何かの視線を感じる。それは掴みどころのないようなもので、まるで自分を至近距離から眺めているかのような、そんな感覚だ。しかし、当然空中にいる彼女の近くに人が居ることは無い。
嫌な感じだ
その感覚を気の所為…とすることは出来なかったが、危害を加えてくる様子もないので一旦無視する。地面に接触する寸前に、手を伸ばして地面に手をつく、そのまま弾かれるように彼女は再度地面から舞い上がった。目的地はすぐ側の人工林である。
大跳躍の後もしばらく、あの視線はこちらを目で追って来ているかのようにまとわりついたが、距離が離れ次に地面に降り立った時にはその視線を感じることは無かった。まだ葉の生えそろっていない木の太い枝に着地し、今度は少し低く、滑空するように跳ぶ。
管理所が見えてくる。しかし、今回ばかりはそこに向かうのは不味い。だから、少し離れた(と言っても歩いて行くにはそれなりに時間がかかる)場所にある大きな木の側に向かった。
この程度の距離ならば、小屋まででも彼女の領域に収めることが出来る。
今回の目的は監視だ、この場所が暴かれないように。彼女は以前、社長を脅して強盗をやらせた一味だと思われる『異能持ち』の男とここで接触している。
普通ならそれだけで決定的な証拠になったりはしないが、残念ながら彼女は普通ではない。能力者だというだけでこの場所は怪しまれたに違いない。
あの時、完全に仕留めて持って帰ることしか頭に無かったことが今の事態を引き起こしている。捕らえてしまえばバレないからだ。しかしそれは完全に慢心であった。
せめて能力を使わなければ、バレなかったかもしれない
そうも思ったが、良く考えると、最初からバレていたような気がしなくもない。そうすると、結局時間の問題だったのではないか。
そういう結論に至ったので、彼女は思考を中断する。
考えるだけ無駄だと気が付いたからだ。
時間は緩やかに流れ、特に異変もなく三十分ほどの時間が過ぎようとしていた。
やっぱり来ないのだろうか。半ばそう思い始めていたところで、ジェーンは自分のいるところとは少し離れたところ、つまりあの管理所があるところへと向かう人影を感知する。
「…来たわね」
呟くことで自分の気分を切り替え、感覚を尖らせていく。監視とはいっても、闘わない訳では無い。むしろ、こういう場面で戦わない選択肢はない。
これから始まるのは、紛れもない殺し合いだ。
「四人…ね…」
腰のケースに入っている、メメヤに用意してもらったナイフの柄を利き手である左手に充てがい、いつでも飛び出せるように、脚を撓める。
一対四というのは、今の彼女としてはキツイものがあったが、それはまあ仕方がない。
今回ばかりは本気を出しましょう
ジェーンは文字通り音の速度でその場を飛び出した。
風を切り、木々の隙間を飛び跳ねる。まともに目に捉えることすらできない速度なのに関わらず、その移動速度を出すために使われた枝や幹はびくともしていない。
地面ならば足跡を残さず、水面なら波紋も残さず。風は起きていても葉は散らさない。
彼女はナイフをホルダーから引き抜き、それを狙いに向かって凪いだ。
もし、彼女の姿を見ることが出来たなら、その身体が黒いモヤで覆われていたのが、見えたかもしれない。
「んぅっ!!!」
驚いた事に、その女はそれに対応して見せた。
首筋を狙った一撃を腕で庇い、音速の一撃をその腕たった一本で凌ぎきった。
ただ、いつまでも驚いていたジェーンではない。男だか女だかよく分からない女に突き刺さったナイフを蹴りとともにその勢いで引き抜き、更なる加速を経て、その隣の男の懐へと潜り込む。
一瞬目を上げると、その顔にはあの真っ黒な仮面が装着されていた。
人体を真っ二つにするはずの一撃は又しても不発に終わった。黒い霞を残して消え去った男は、そのままジェーンの視界から消える。
「チッ」
舌打ちとともに後方へと大きく跳び退り、彼ら4人が視界に入る距離まで下がる。仮面の男はさっきまでジェーンがいた場所にいた。
深く切りつけた女の腕からの出血が、少しずつ弱くなっているのを見ながら、ジェーンは彼女の血糊が付いたナイフを振って血糊を落とす。ジェーンは返り血を浴びて赤い斑点のついた白いコートを見下ろし、軽く手で払う。
赤い斑点は消え、払い落とされたかのように地面に赤い雫が飛び散り、染み入る。
再生系、後は硬化かしら
仮面の男の方は言うまでもなく移動系能力、と言うよりも、間違えなくジェーンがここに来ることになった原因である。
残り二人はよく分からないが、少なくとも一方は爆発の能力の筈だ。もう一方は、こちらの接近がバレたことから、情報系の能力だと仮定する。
彼女はナイフを握り直す。
彼女の速度は明らかに人間の知覚の範疇を超えている。音よりも早いが、そもそも音もたてない彼女の移動術は、知覚されないという点において瞬間移動と言っても差し支えない…と彼女は自負している。
そんなモノを彼らは見事に凌いで見せたのだ。
そんな彼らに手加減ができるほど、彼女は
「流石ね」
優しくなかった。
自分の口角が上がっていくのが分かる。
ナイフを空へと突き立てるかのように、正眼に構える。
視野は広くなり、荒くなるはずの視界は、細部までその像を目に映し出す。
右脚を軽く引き、左手は自由に遊ばせる。
消える
彼らの目にはそう見えた筈だ。実際、対応して見せたのは(それだけでも驚きだが)あの仮面の男のみで、それさえも恐らく、彼女の動きを見てから行動した訳では無いだろう。
何にせよ、男は対応して見せた。彼は文字通り消えた。その場からはいなくなった。
その際、他の三人も連れて、一緒にジェーンの後ろへと回り込んでいたようだ。
というのも、後ろから銃弾が飛んできたから気が付いたのである。銃弾は背中に当たったが、当たる寸前に気が付いたので、銃弾は勢いを失ってそのままポトリと地面に落ちた。
安心したのも束の間。銃弾から黒い霞が溢れ出ているのが視え…
爆発した。
爆風を軽く手で払い、彼女はそのまま彼らへと歩みを進める。
流石にそれには驚愕したようで、目を見開くオールバックの男。恐らくそれがさっきの銃弾を打ち込んできたのだろう。
仮面の男の表情は読めないが、他の二人は警戒心を顕にした。ジェーンが足を踏み出すにつれ、ジリジリと後退りし始める。
「鬱陶しいわね」
苛立ちを孕んだ口調に、彼らは顔を引き攣らせる。本能的に危機感を感じているのだろう。彼女と対峙する敵は大体そうだ。
異能力は万能ではない。それは彼女にも当てはまる事だが、この場合においてはその限りではない。
少なくとも、彼らの力量に比べたら、彼女の力は万能であった。
「何者だ…!あの男に女と言い、この国の戦略兵はいかれてんのか!」
オールバックの男は、一歩一歩近づいてくるジェーンに思わず叫んだようだ。そして、その中の言葉に聞き覚えがある単語があった。
「戦略兵…ね。『グスタム』の方々かしら」
「っ!」
男は自分の失言に気が付いて言葉に詰まる。なんの返事もないが、その態度そのものが肯定に他ならない。
『戦略兵』その名の通り、戦略に組み込める力を持った兵士の事だ。そしてこの呼称はある国でしか使われていない。
そもそも能力者は未だに世界に浸透してはいない。それは意図的にそうなるようにしたものであり、かつ、意図していた自体とは別方向に向いたものであるが、世界中の人々が『異能力』について知らないという"結果"は同じである。
唯一、それを本気で研究している国…いや、それでは正しい呼び名ではない。本気で研究しているのは恐らく、どの国でも同じだろう。
少なくとも『異能力』は存在するのだから。
だから、この場合は一番"大っぴらに研究している"が正しい。
つまり『戦略兵』の呼び名を使っている国はただ一つである。それを軍事に組み込んだ国『グスタム』。
グスタムの言葉で『戦略兵』と言わなかったのはまあ、褒めてやってもいいところだが、実際には、言葉選びに失敗してバレているから、そこはマイナスだ。
ただの『異能力者』とでも言えば良かったものを。
「まあ、そんな気はしてたのだけど」
彼女自身が分かったとはいえ、実際には、根拠となる証拠などない。ただ、それらしい言葉を使った、と言うだけだ。
それに、可能性だけで言うならば、彼のあれは演技の可能性もあるのだ。演技だとしたら相当なものだと感心する。
という訳で結局は現状、どうする事も出来ないのである。
まあ、どうしようというわけでもないのだけど
「さて、あなたたちが何者かは分かったし、それに現状、私にできることなんてないわね。と言う訳で、やること自体は変わらないわね」
腕を前に突出し指向性を持たせ、相手へと焦点を合わせる。
領域の縮小、濃度の上昇。
狙いは当然、目の前の4人。
「さて、あなた方が消えたと知ったら、あなた方の上司はさぞ悲しむでしょうね」
ジェーンの力場によって創られた領域は、格下の能力者の自由を奪う。
危機感を感じたのか、男たちのうちの一人……おそらく感知系だと思われるオールバックでも仮面もない方の男が身じろぎしたが、もう遅い。
領域は彼ら4人を包み込み、その能力を封じた。一瞬、一味の女からは黒い煙のようなものが立ち上り、力が抜けたかのように地面に膝をついた。
「馬鹿なっ」
それを見た感知系の男は絶叫する。いや、実際はそうなる前から叫びそうな顔はしていた。
「なぜそんなめちゃくちゃなことができる!?」
ジェーンからしたら、わざわざ答えてやる義理はない。だが、なんの気まぐれか、彼女は少しだけ教えてあげる気になった。慢心していた、というのも否定できはしないだろう。それ以上に、勿体ないと感じていたのかもしれない。彼女にとって彼らのような存在は、大事な暇潰しの相手だったのだ。
「私はあなた達とは、文字通り"格が違う"のよ」
仮に格が同等でも、あなた達が私に適う道理は無いのだけど
「私は非生物だけど、あなた方は生物ですもの」
生き物とそうでないものの差は大きい。
「扱える出力が違っても」
それはある意味で、自然の摂理、絶対の法則だ。
「おかしくはないでしょう?」
生き物は、殺せば死ぬのだから。
「もう一度言うわ」
だから肉体を滅ぼしかねないほどのエネルギーは出力できない。
『あなた方とは格が違う。諦めて洗いざらい吐いた方が身のためよ』




