Welcome-3
「どうしたんですかい、元気ないですなぁ」
ルドという、謎の男の話を聞いて、暫く取り留めもなく分裂する思考を何とか纏めようと苦悩していた所に、その真ん前の席に腰掛けた中年の体格のいい男が話しかけてきた。確か、ルドはガリグ先生と呼んでいた。ここの教師であるのに違いはないだろう。
「あー、いや……」
話しかけられて気がついたが、考えてみれば、自分は今、人に聞かれて何か気の利いた言い訳を言えない、考えていない。周りから見たら、自分の今の様子はかなり奇妙に映るに違いない。
「…………」
「何か、言えないような事ですかい」
「まあ、そんな所です」
今の彼にはそんなことしか言えなかった。
「少し、話しませんか?そういう時には少しでも気を紛らわした方がいいですよ。考えるだけじゃどうせ、根本的な問題の解決にはなりませんからね」
自分よりも年上に見えるこの男の言葉は、どこか説得力があって、レチユはその言葉に従う事にした。自分でもどこか思考に行き詰まりを感じていたからだろう。
「そうですね……少し頭を休める事にしま……す?」
言いかけたところに、急に自分の端末が何かしらを受信した。
それを見たレチユは、落ち着き始めていた頭が再度混乱して、取り乱されていくことが分かった。
ーー
「あれ?レチユさんはどこに行ったんですか?」
ルドは二限目を終え、社会科教室に戻ってくるとレチユが部屋にいないことに気がついた。それについて、ガリグに訊ねてみるが、はっきりとした答えが返ってきたわけではなかった。
「いや、なんか、端末見てから血相を変えて出ていったよ。何かあったのかね?」
流石にそれでは、彼がどこに行ったのかが分からない。
「どうでしょうね、何かがあったのは確かみたいですけど私が知っている範囲のことではありませんね」
「ま、正直、他人事だからなぁ……」
ガリグの薄情なようなこの台詞も、彼の『心配していても自分にはどうする事もできない』という無力感からくる、諦念のようなものだとルドは知っていた。
彼も自分の力の小ささを知っている貴重な一人である。
「そうですね、他人事なら」
「なんだ、お前は他人事ではないとでも言いたげじゃないか」
実際、ルトにとっては他人事ではない可能性の方が高いのだ。たがら、ルドは苦笑いを浮かべて答えた。
「まだ、なんとも言えませんけどね。もしかしたら関係しているかもしれないってだけで」
「もしそうなら、頑張れよ」
それこそ他人事だな、とルドは苦笑する。多分彼は分かって言っているのだから、タチが悪い。
「まずは三限を頑張ることにしますよ」
「三限ねぇ……ま、取り返しがつかなくなる前にな」
「心配しないでください、嫌になるくらい分かってますから」
ーー
ーーーー
ーーーーーー
「本当は知っているんですよね?」
「……まあ、そうなりますよね」
ルドはアリサに呼び出され、校庭に来ていた。そこはルドのお気に入りスポットより少し学校寄りの場所で、人口河川はないが、低めの木々が等間隔に並んでいる。
三限が終わって、レチユを探しに行こうと思っていた矢先の話だった。
「ルド先生は本当は異能力について少なくとも確認の方法くらいら知っているのでしょう?」
アリサの指摘は鋭いもので、確かに能力の確認の方法、また発動の手段をルドは知っている。
「……知ってても話したくはなかったんですよ」
彼女はまだ、巻き込まれただけで、コチラ側に引きずり込まなければならない理由がない。まだ、戻れる。コチラ側に来る人間はなるべく少なくていい。
それが、ルドの持つ一つの決め事であった。大昔に決めた事だったが、未だにルドはその考えに支配されている。ただ、それは感情がどうこうという話ではない。
「昔、知ってしまったが為に後悔しながら死んだ人間を知っているんです。初めは知りたかった事も、実際に知ってしまってから知らなければと思うこともある。後悔してからでは遅いのですよ?」
「…………」
流石にここまで言われて即答はし兼ねたようだが、ルドは何となく、それでも彼女は、聞きたいと答えるだろうとなんとなく分かっていた。
「それでも好奇心は抑えられません。たとえ後悔するとしても知ることができることを知らないままでいる、なんてそんなことはしたくありません。実は私、昔から世界の謎に迫るのが夢だったんです。」
「超能力ならそれに迫ることができると?」
「はい、だって少なくとも、私たちが知っている、”日常”ではありませんよね?」
「………そうですか」
止めることは出来ない。人の生き方に文句を言うつもりは無い。ただ、絶対にこの後の彼女の人生は大きく変わることになるそして、それはおそらく元には戻らない。
似てるな……
「分かりました」
結局、ルドは折れた。こういうタイプの人間は言い始めると聞かない。それは良く分かっていた。
「存在を知っているだけだったなら」
あなたは人生を狂わせる事は無かったでしょうに
最後の言葉は無理やりに飲み下し、ルドは一つの機械をポケットから取り出した。
それは、メメヤが作り上げた、武器で凶器で兵器だ。人の人生を狂わせ、代わりに力を授ける、悪魔の道具。それは、手のひらにすっぽりと収まる程の大きさで、耳にかけられるように、曲線を描くような形になっている。
「それは?」
アリサの質問に、ルドは簡潔に答える。
「能力を発生させる道具です」
「発生?発動ではなく?」
「えぇ、あくまで力を解放するものですから」
「コントロール出来ないってことですか?」
「その通り」
異能力は魔法ではない。
つまり、異能力は魔力的な存在を補助に必要としない。神や精霊、霊といった、所謂非科学的な存在は必要としない。何かに忠誠を誓ったり触媒を必要としない分、自由度が高いと言えるだろう。
代わりに、魔法とは違い、発動に明確な法則がある訳では無い。つまり、素質があっても、発動できるかどうかは分からないという事だ。
だから、メメヤはある機械を作り上げた。異能力を無理やり引っ張り出す機械だ。
「ハッキリ言いましょう。これは非常に危険です。何せ、あなたの身体の中に他人のエネルギーを大量に注ぎこんで、その拒絶反応によるあなたの"力"の暴走で、あなたの力を溢れさせるわけですから」
異能力は反発し合う。これは、異能力者を名乗るものは皆知っている事実である。異能力を持つものに直接介入しようとすると、そこに意思がなくとも自然とそれを跳ね除けようとする力が働く。その力は、異能に気がついていようが、いなかろうと関係がない。あたかも免疫機構のようなものだ。
つまり、場合によっては生命にも関わることになる。ウイルスを殺すための熱が逆に人間を殺すように、大きすぎる異能を放出した人間は、その生命を保つことが出来なくなる。精神が……言わば魂が、その力の出力に崩れ去ってしまう。魂がその形を失えば、身体に留まることは出来ず、流れ出てしまう。それが少なくとも、この世界での異能力と魂のあり方だ。
「もし、ですよ、もし私にそれで後遺症が残ったり、死んじゃったりしたら、どうなるんですか?」
「責任を取りましょう……と、本来ならば言うところなのでしょうが、軽度な後遺症ならともかく、重度な……例えば魂が崩壊して、意思の疎通が不可能になったりした場合、或いは死亡してしまった場合は、あなたはおそらく"事故死"もしくは"事故での障害を負った者"として処理されるでしょうね」
ルドは敢えて流れるようにサラリと述べた。そして、こう付け加えるのも忘れない。
「まあ、アイツが作った機械なことですから、危険性は低くなってるとは思いますけどね」
「そうですか……」
「それでも、危険は有ります。十二分に。それでもやりますか?」
最後の警告を込めた確認を行う。
「……はい、そうすれば、色々教えてもらえるんですよね?"魂"についてとか」
自分の思考で当然の事だったが故に"魂"と口にしていたことに、アリサに言われやっと気がついた。これは完全に失言である。他の人間ならともかく、ルドが"魂"などと語ってしまえば、それがあると公言しているようなものになるではないか。
まあ、何にせよ、あんな説得くらいで諦めてくれるようなら最初からここまでルドから話を引き出せたりはしないという事か。
しかして彼女はあっさりと、危険性を承知した上でルドに能力解放を求めたのである。
「はぁ……感服しますよ。その知識欲はどっかの誰かさんに似てて、俺には拒絶できませんね」
「……?」
「いや、忘れてください。それより、能力についてですが」
「はい!」
ワクワクとした顔で待っているアリサには悪いが、これは当然の措置なので伝えておく。
「今すぐはできません」
「……え?でも機械は……」
目に見えてテンションが下がった彼女に苦笑しつつ、ルドは言葉を選んで言い聞かせる。
「単純な話ですよ、何かあったとしたら、次の日が休日の方が都合がいいでしょう?」
もし、倒れられたとしても次の日に仕事がなければ、まだ、少しは楽に対応ができるはずだ。
「そう、ですね……そういう事なら週末まで待ちますけど……反故にはしないで下さいね!」
「……しませんよ。暴れられても困りますし」
「しませんよ!私をなんだと思ってるんですか!?」
その返答に少し声を上げて笑い、笑ったまま軽く謝る。
「しませんよね、すみません」
ルドは揶揄い甲斐のある同僚の女性に珍しく本当の意味で笑っていた。どこか、懐かしさを感じながら。




