Jealous-2
結局、リクアクは校長から許可を貰ってきて(何かそれっぽいことを力説したに違いない)、アリサとララシィ、そしてリクアクは放課後も学校に残り、何か、或いは誰かがやって来るのをひたすら待つ事になった。正直、そんなのどうでも良いから早く帰りたかったのだが、ララシィだけ置いて帰るわけにもいかない。
廊下を歩きながら、ひたすらつまらない話を聞きながら待っていることにいい加減嫌気がさしてきた頃、ララシィはトイレに行くと言って、トイレに行ってしまった。つまり、リクアクと二人きりになってしまった訳である。
「いやー、でないね。やっぱりただの噂だったのかな」
呑気にそんなことを言って笑っているリクアクを尻目に見つつ、アリサはこれからどうするかを考えた。夕ご飯はリクアクの「いい店を知っている」という強い押しを受け、ララシィとアリサは彼の奢りで食べに行った。正直、ああいう店は得意ではなかったし、もっと家庭的な料理の方が食べたかった。
それはさておき、夕ご飯は済ませてはいるとは言え、帰らなくてもいい理由にはならず、ずっとこのまま何かが出るのを待っているとおそらく絶対帰れない。帰るための、何かいい口実があればいいのだが、アリサにはそれも思いつかない。
「ソヨヤユ先生、苦手みたいだったけど、だいじょうぶ?」
「…え?」
ついに人の考えを読み始めたか!上手く隠せたはずなのに!と一瞬本気で考えたがリクアクの次の言葉でそんなことは無いなと直ぐに考え直した。そもそも、本当にそうならばこんな風に話しかけてくるはずがない…いや、分からない、この男に関しては。
「いや、幽霊ですよ、怖くないんですか」
「え?あぁ、はい。まあ、得意ではないけど」
苦手と言ってしまえばそれだけで面倒くさそうなので、アリサは語尾を濁して答えた。
早く帰ってきてくれ。もしくは帰らせてくれ。とリクアクとの会話開始から三十秒で思うアリサである。
しかしまあ、現実は非常なもので、そんなに上手く事が運ぶ訳もなく。
「さっきも言ったけど、何かあっても俺がなんとかするから」
先程から全く的外れな彼の言葉は、アリサにとっては応えるのももどかしく、ただ頷くだけにとどめた。
確かに苦手なのは認めるが、今気にしているのはそういう事ではない。
「…うーん、幽霊でないにしても何かしらの噂の元となった人物が居るはずなんだけどなぁ」
リクアクは残念そうに呟くが、そもそも毎日絶対に居るとも限らない。そういう可能性を全く視野に入れていないところは実に彼らしい。
これだから、今まで全てが順調に進んできた人は…
こういう調査とかそういうのは普通、何日も時間をかけて行うものなのだ。
まあ、確かに一日目では絶対見つからないなんてことはないのだが、そもそもいるのか分からないモノだとしたらまた、話は変わってくる。言ってしまえば、この世の全ての仮定は全て"ない"事にはできないのだ。これは悪魔の証明と言われ、太古の昔からの矛盾として人類を煩わせてきた。無いものをないと証明することは何者にもできない。それは恐らく"神"ですら例外ではないのだろう。全知全能だと思っていて…そうだと認識しているからこそ、その認識外の事実があるのかもしれない。ないとも言いきれない。
つまり、いない訳では無いのだから見つける事も出来るはずなのだ。全くもって厄介な話である。例えこれが頭の片隅にも無くとも、誰だって考えるはずだ。もしかしたら出てくるんじゃないか?と、誰も絶対いないとは言わないはずだ、いや、言えないはずなのだ、そんな軽々しくは。
だからこそ、アリサは困り果てていた。そういう考えを持っているが故に、「いない」と切り捨てて、帰ろうとは言い出せず、かと言って、証明はできないだけで、ここに本当に幽霊がいる理由がないとも思っていた。
そういう板挟みの中で、彼女はただ、上の空でリクアクの話を聞くことしか出来なかった。
ララシィが戻ってこない、そう思い始めたのは、彼女がトイレに行って三十分以上の時が経った時だった。化粧直しかとも思ったが、端末に連絡を入れても返事すら返ってこない。彼女がそういう事に疎い人間であるならまだしも、アリサは彼女がそういうのとはむしろ真逆に位置するような人間であることを知っていた。
「……遅いですね。ララシィ先生、何かあったんでしょうか」
「さてね、女性ってのはそういうものじゃないの?ほら、化粧とかさ」
「あのですね、それは偏見ですよ。それに、仮にそうだとしても、あの人がメールを返さないなんておかしいんですよ」
「……確かに怪しいね。探しに行ってみようか」
彼女が行ったであろうトイレへと行き、中に呼び掛けてみたが、薄々予想していた通り、返事はない。
「先生…!」
手洗い場の外からリクアクの呼び声が聞こえ、急いで外へと出る。
「何かありましたか」
「これ…」
その手には、明らかに女性物のリップがのっていた。アリサは彼女がこれを使っているところを見たことがあった。
「彼女の物かもしれません。やっぱり何かあったのかも……」
「それじゃあ…………」
リクアクが何かを言いかけたが、それを遮るような形で、甲高い悲鳴が聞こえてきた。その悲鳴の主は…
「ララシィ先生だ!」
悲鳴が聞こえたのは一階層下の方だ。急いでそこへと向かうと、尻もちをついている彼女の姿が目に入った。
周りに黒いものが見えるような気がするが、気のせいだろうか。
「大丈夫ですか!」
「大丈夫、少し驚いただけ」
急いできた二人とは裏腹に、彼女は非常に落ち着いていた。
「何があったんです?」
リクアクはワクワクを抑えられない子供のような顔をして、ララシィに話し掛けた。まあ確かに、アリサも知りたいところだったので、それについては文句はないのだが。
「……それがよく分からないんだよ。何かが『ブワッ』て来たような気がした途端、足下が浮ついて気付いたら尻もちついちゃったってわけ」
「姿は見てないんですね?」
リクアクは尚も質問を重ねる。
「うむ」
ララシィはゆっくりと立ち上がって、頷いた。
「何でコッチのトイレに来たんですか?」
「アリサ、また敬語…」
「そんなのいいから」
さり気なく直しつつ、ララシィの換言をバッサリと切り捨て、話の先を促す。
「いや、何でってことはないよ、ただ、何となく君たちが見てる前でトイレに入りたくなかっただけ」
「そう……」
「ああ、そう言えばこれ落ちてましたよ」
「お?ありがとう。慌てていて落としたのかな」
彼女がリップを鞄に入れるのを見届けて、アリサは口を開いた。こう言ってはなんだが、彼女が被害にあったおかげで帰る事がさらに難しくなった。
つまり、何かがいる、という事が証明されてしまったのだ。
「……何かいるみたいですし…危ないと思うんですけど、帰りませんか?」
取り敢えず、控え目に帰りたいことを主張してみる。
「いや、せっかく何かいるって分かったんだから、行ってみようよ。ラシマシイ先生もいいですよね」
「ええ」
当然、リクアクはアリサの主張を聞き入れない。一応の多数決ということだろう、リクアクはララシィに賛同を求めた。
ここで少し意外だったのは、ララシィが普通にそれに賛同したことだ。
「驚いたけど、何が起こったのか分からなかったし、気になるじゃないか」
……まあ、何となくそんな気はしていた
彼女があのくらいで怖気づいてしまうとは到底考えられない。
「まあ……先生がいいならいいけど……」
「まあまあ、何も起こんないって」
渋って答えたからか、ララシイは半分呆れが入ったような声でアリサに応えた。
「起こらなきゃいいってものでもないんだけど…」
些細な抵抗だがしないよりはいい。結局は同じ結果になるとしても。と言うか、人数差的にこのまま幽霊探しを続けることになるのは確定的である。
アリサは、こうして話している間にも、何か嫌な予感がして落ち着かない気がしていた。こう言っては何だが、すぐにでも二人を置いて帰りたいくらいだ。
そうはしないのが彼女のお人好しなところかもしれない。
「うーん、とは言ってもどうやって探そうか?実質手掛かりなんてないわけだろ」
リクアクが言ったように探すにしても手掛かりがない。ただララシイがそれっぽいのに遭遇した(かもしれない)だけである。それが手掛かりになるかと言われると「いいえ」としか言えない。
「取り敢えず歩こうじゃないか、偶然会うってこともあり得るだろ?」
「そうですよね」
ノリノリで話し始めるララシィとリクアクを尻目に、アリサは頻りにあたりを見渡していた。
結論から言うと、何も見つからなかった。
時間で言うと夜の十時くらい、その位になってやっと二人も帰る算段を始めた。
流石に明日も学校がある身での夜更しはしたくない。
リクアクも残念そうではあったが、帰ること自体に反対したりはしなかった。腐っても社会人の端くれなのだろう。
「流石に寒いね」
構内の施錠を全て済ませ、駐車場についた三人は夜の寒さに身を震わせた。ララシィなどはそそくさと車まで走りよって行ってしまった。
「そうですね。でも、悪くは無いですよ」
「あれ?寒いの苦手じゃなかった?」
リクアクはいつ知ったのかそんな事を聞いてくる。
「ええ確かに、でも、考え方が変わったんですよ」
それだけ言って、アリサは暗い夜空に息を吹き、腕を掻き合わせて歩き始めた。
「…………また、アイツか」
ーー
車の中は外とは違って暖かい。いや、毎回そんなことを思ってる気がする。
今日は散々だった…
学校でのことを思い出してため息をついた。
アリサは別に幽霊がいようがいまいがどうでもいい。それであんなことに付き合わされる身にもなって欲しいものだ。
帰りの車は快適なものだ。夕ご飯を食べさせてもらった時は彼の車に三人で乗ったのだが、正直、息苦しく、いい思いはしなかった。というか、先輩と苦手な同僚と一緒の車など息が詰まるに決まっている。
窓のそとを眺めていた彼女だったが、学校を出てすぐ、いや正確には飛び立って五分くらいした後、その近くで何かが見えた気がした。
アリサはそれを全く初めて見たにも関わらず、どこか懐かしいような気がした。そして何より、その原因を探してみたいと思ったのだ。
後は一直線に家に帰るだけ。アリサは車に乗りながら、そう思っていたのに、今日はとことん予定通りにはならないらしい。
あの辺りは学校近くの人工林だっただろうか。
そう思って、アリサは目的地を変更する。備え付けの端末に位置情報を打ち込み、変更をそのまま実行する。
すると車は、今まで走っていたラインを抜け、逆方向のラインへとスルリと入り込み、そのまま飛び始めた。目的地は学校のそばにある人工林だ。
学校を出てからだいたい十分くらいして、アリサは人工林に来ていた。夜遅い時間に一人でこんな所にいるということに少なからず不安も覚えてはいたが、ここまで来てしまった以上、あの感覚の原因を突き止めなければならない、というある種の意地がアリサを支配していた。
幽霊探しに否定的だったアリサらしくない、自分でもそれは自覚していた、だがこれはどうしても気になったのである。
何かが見えたのは林の中、かと言ってそこまで奥深くもない場所だ。
林の中は暗く、林道に備えられた外灯の明かりが辺りを照らしていようと、その明かりの間隔の切れ目は暗く、殆どものも見ることが出来ない。
しかし、今の技術力で、そんな不便な事が起こるとは考え難い。
彼女はそこに何か、人為的なものを感じた。わざとそうなるように作ったのではないか、と。思えば空から見た林も全体的に薄暗く、目立たない。そんな中に何か派手…なものが見えたから彼女はここが気になったのだ。
何かないかと、あたりを見渡すも、さっき見たモノは見えない。それにここは、暗い。
当然ながら、暗いと視界が効きにくい。管理されたこの国に危険な動物がいるとも思えないが、どこか薄気味の悪さも感じる。アリサは自然と脚を早め、森の奥へと進んで行く。
いつ切り上げるか、そんな事は考えもせず、彼女はただ、警戒しながら道なりに歩いていく。十分も歩いただろうか、林の管理所が見えてきた。アリサは以前ここに来たことはあったが、どこか雰囲気が違って見える。何が、とか、具体的にどこが、とか訊かれると答えに困る。だが、確かに違う。何かが。
「なんだろ……」
ザワザワと木の葉が風でこすれる音の中に、場違いな音が聞こえた気がして、はたと立ち止まる。
規則正しい音だ、そして感覚は狭い。何かを踏み抜くような音も混じっている。
これは……走っているのだろうか
「!?」
ぼうっと考えていたところに、急に手を叩いたかのような音が聞こえ、驚いてその方向を見つめる。
すると、そこにさっき見た違和感の正体が視えて……
「!!!!!!!」
爆発した。
巻き込まれてはいない、かなり離れていたからだ。だが、微かに当たる風が熱を帯びて感じられた。
逃げなくてはならない
その言葉が頭をよぎる。しかしどうすればいいのだろうかが分からない。こんな時にも変に冷静な自分の思考が、逆に正常な判断力を失わせた。
いや、もうテンパっていたのだ。
走っては、音でバレるのでは?
歩いていては、バレて追われてしまうでは?
ここに立っていてはそのうち見つかるに違いない。
じゃあ、動かない?いや、動かなくてはダメだ。
どのくらいそうやって迷っていたのだろうか。それは致命的な遅れとなっていた。
彼女は気が付かなかったが、その音の持ち主がこちらへと猛スピードで迫ってきていたからだ。
或いは、すぐに走り出していれば、気付かれることなく、車に乗って帰れていたかもしれない。
しかし、そうはならなかった今、彼女は明らかに、何か、大きな流れの本流に呑み込まれることになったのである。
もしかしたら不定期になるかもしれない。あぁ、なんてことだ。




