Jealous-1
今日見たものが信じられない
あんなものがあっていいのか
ただの人間があんな力を持っていい筈がない
あれは正真正銘の化物だ
人の形をした悪魔に違いない
神なのか
いや、神ならあんな所業を許すはずがない
また土塊が飛んできやがった
続きは明日書こう
〜〜とある新米軍人の日記書き殴られた二ページ目〜〜
今日は珍しく隣に彼が居ない。
明日は休むと連絡があったのが昨日、そして連絡を受けて返事をして、その返信があったのが今朝だ。
「仕事ってなんなんだろ?」
アリサは車の中で独白する。いつもは連絡すると直ぐに返事を返してくれる彼がこんなに遅れて連絡を返すと言うのはアリサにとって、とても意外なことだった。
まあ、夜中に連絡が来たので、そのまま寝てしまっていたという可能性もあるが、彼女は何となく、そうではない気がしていた。
考えても分かるものではないが、一度疑問に思ってしまえば考えないことが出来ない質の彼女にとって、答えの出ない疑問というのは苦痛でしかなかった。
考えているうちに職場へとたどり着く、今日は別に早く学校に来る意味もなかったが、長い間染み付いた習性か、今日も7時半に学校に着いていた。
車を降りると、外は家を出た時よりは暖かい空気で満ちていた。とは言え、まだ冷たい外気を受けると自然と目が冴えるような気がしてくる。いつもならそのままいそいそと小走りで校舎に入るのだが、今日のアリサには少し思うことがあって、何時もよりものんびりと歩いて校舎へと入っていった。
校舎は風が無いおかげか、心做しか暖かい。廊下には窓が張り巡らされていて、そこから差し込む人口陽光は柔らかな温もりを届けてくれる。因みに窓ガラスはマジックミラーのような構造になっており、外から除くことは出来ない。外から見た時に反射光で目を焼くことがないような反射光の少ない構造になっている。
人口の陽光とは言えど、暖かいことに変わりはなく、じんわりと熱を放っている。まあ、それが普通のこととなった彼女が、そんな事に思い至ることは無いのだが、代わりに誰もが思うように、いつまで晴れているのだろうかということに考えを巡らせている。
発達した天気予報の上に、擬似天候であるにも関わらず、なぜ天気を気にしなくてはならないのか、一見すると意外に思うかもしれない。しかし、不思議な事に、この国の天候は一度たりとも管理下に置かれたことはないのである。正確に言えば、操作できないだけだが、使えない事に変わりはない。
いつものように階段を降り、職員室へと足を踏み入れる。相も変わらぬ様々な匂いの入り混じったその空間に、アリサは思わず窓を開けたくなる衝動を抑えた。どうもこの臭いは慣れない。部屋にずっといる時はいいのだが、一度部屋を出てしまうと、どうしてもまた気になってしまう。
自席に手持ちカバンを置いて、少し屈んで、ボタンを押す事で備え付けの端末に起動を命じる。自分の携帯端末と接続し、昨日考えた授業の内容を移す。こうすることで、授業中にそれぞれの教室で備え付けの端末を使う事で、データを共有することが出来る。
授業には何でもかんでも端末を使う現代。それ故に情報社会と呼ばれる世の中。時に歴史家は過去の文献も踏まえ、『超情報社会』と呼ぶ。それ程あらゆる情報に溢れた世界。そんな中に暮らしている事に違和感を覚えないでもない。まるで、自分達を自分達たらしめるモノが全てデータで出来ているかのような。
とまあ、時々そんな思いに囚われるのだが、そんなことを常に気にしていられるほど、アリサには、というかこの世界の住人には余裕はなかった。皆、この事実を当然の事として受け入れるのである。
「はぁ〜、頑張りましょー」
彼女はコーヒーサーバーからコーヒーを持ってきてから、大してやる気のない自分に対する独白を終え、自席に座った。
今日の授業は二限からだ。それまでに色々準備しなくてはならない。
「オハヨー」
そんなやる気のない彼女以上にやる気のない声が聞こえ、顔を向けると、もはや馴染みとなった顔がある。彼女は『ラワメヤ・ラシマシィ』少しポッチャリとした女性で、同じ教師。自分よりも三つくらい年上だった気もするが、正直よく分からない。
「おはようご…ぁ……おはよう」
本人からの要望で、タメ口で話すことにしているのだが、彼女が自身より先輩であるのには変わりない。だから、アリサはいつも多少の抵抗感を抱いていて、思わず敬語を使いそうになるのだ。そして毎回、そのことで彼女に詰られる。
「まーた、敬語使おうとしたな?」
「そんな事言ったって、仕方ないでしょ…ララシィ(あだ名)は私の先輩なんだから」
「近い年の子がいないんだから、仲良くしたいじゃないか。先輩とか後輩とか関係無くさ」
確かに、彼女の言いたいことは分からないでもない。この職場には彼女達と歳が近い人はいないのだ。人見知りならば気が詰まる職場だろう。
だが、敬語を使ってしまうのはアリサの性格の問題だから、どうしょうもない。
「頑張りますよ」
皮肉も交えて、敢えて敬語で受け応えする。
「おっと?今使ったじゃぁないか」
すぐさま返ってきた、お叱りの言葉。
「いや、今のはいいでしょ…」
意図を汲んだ反応なのか、通じなかったのかよく分からない彼女の反応に、アリサは呆れたようにツッコミを入れるしかなかった。
ーー
「へぇ……ルド先生、休みなんだ」
昼休み。
授業を終えたアリサは、机上を片付け、お昼ご飯となる弁当を広げている。
「うん、そうなの、珍しいよね」
オカズを口に運びながら、アリサはララシィの質問に頷いて答える。
ララシィは『ブレッドー』に色々な食材を挟み込んだ『サンドゥチ』を頻りに口に運んでいる。体格のとおり…と言ったら失礼だが、どちらにせよそれなりの量がある。
「確かに珍しいね。この学校に来たのは私の方が早いから、年月で言ったら私の方が付き合いは長いと思うけど。学校を休むなんて聞いたこと、ないなぁ」
彼女の意見はよかったのだが、最後に
「あ、勿論、一番付き合いが長いのはアリサだと思うけどね」
などと、余計な事を言ってくれた。
「それはそれとしてさあ、ねえ、聞いた?」
聞いた?と聞かれても何のことか分からないのでは答えようがない。
「何を?」
「幽霊だって」
「どこに?」
「この学校に……出るらしいよ?」
「それって、都市伝説とか、七不思議とか、そういう類のものでしょ」
否定的なアリサは、呆れ気味に訊き返す。
「いや、それがさぁ、ウチのクラスの子達がみんな噂してるのよ」
「へぇ……」
「へぇ……って、全然信じてないでしょ」
やる気のないアリサの返事を不満に思ったのか、ララシィは横目で睨んでくる。
取り敢えず、口の中の食べ物を咀嚼してから、口を開いた。
「いや、信じるも何も、ララシィは見てないじゃん。そんなの噂を真実としているようなものでしょ?」
「確かにそうだけどね、でも面白いじゃん」
幽霊、太古の昔から存在しているとされる、大きな謎の一つ。科学では認識出来ない代表例として挙げられ、世界的に有名な非科学的存在。存在自体があやふやで、そもそも本当に存在しているのかどうかすら分かっていない。見たと言い張る者がいる限り、いない事すらも証明できない厄介な存在。
面白いという事までは否定しないが…
「あれー?もしかしてそういうの苦手なの?」
眉を顰め考え込んでいたのを勘違いしたのか、ララシィはからかう様に笑った。
確かに、アリサは小さい頃からそういった類の話は苦手だった。だが、それとこれとでは話は別だ。
「いや、確かに得意ではないけど…」
「あ、やっぱり?だよねぇ、アリサちゃん儚げな印象受けるから」
「…え?いや、関係ないですよね?」
「はい、また敬語」
思わず口をついて出たアリサの敬語にララシィはやはりツッコミを入れた。
「へぇ、ソヨヤユ(アリサ)先生、そういうの苦手だったんだ」
「げ…」
「あ、リクアク先生、どうもー」
「ラシマシイ(ララシィ)先生、どうもです」
唐突に話に入ってきたのはリクアクだ。彼女達と歳の近い男性教師で、その、時に少年のような所がある性格は生徒達に非常に受けがいい。顔も良く、実際、女子生徒の中にはファンクラブなんてモノがあるくらいだ。ただ、アリサはこの男が苦手だった。
「ソヨヤユ先生も、どうも」
「あ、はい、どうも」
半ばボロが出ているが、アリサはそこまで達観していない。ルドならそつ無くこなしそうだが。
「幽霊の話ですよね?僕も聞きましたよ、生徒達が凄く噂してましたよね」
「だよねー?」
ノリノリで話し始める二人。しかし、アリサはそれには付いて行けず…ついて行く気がなく、一人で残った弁当を黙々と口に放り込んだ。
だから、突然話を振られた時は、驚いた。
「ソヨヤユ先生はどうですか?」
そっとしておいてくれればいいのに
「…え?あ、はい?何ですか」
「話聞いてなかったなー」
「あ、はいすみません」
ララシィに言われ、咄嗟に謝るが、それが敬語になっていることに彼女は気が付かなかった。いい加減面倒になったのか、今回は彼女も触れないでくれた。あるいは彼女も気が付かなかったのかもしれない。
「今度、我々で噂の真偽を確かめようかって話になったんだよ」
リクアクは、アリサにはどうしてそういう流れになるのか全く理解のできないような話をしていたようだ。
一体全体、どういう流れでそうなるというのだ。大体、学生じゃないのだ、本来はそういうことは注意する立場にあるのが我々ではないか。
「え?本気で言ってるの?」
口調がきつくなり過ぎないように気を付けて、それでもハッキリと否定気味な問を投げかける。
「うん」
ララシィはララシィで逆になんでそんなことを聞くのかとでも言いたげな顔で頷いた。
「え?それって、夜に学校に来るってことでしょ?普通、そういうのって、私達が注意する立場にあると思うんだけど…?」
「大丈夫だって、それを見たってことは少なくとも学生がここに来たってことだろ?それを注意するっていう名目もできる。いっその事、校長に許可をもらいに行ってもいいんじゃない?」
「え…えぇ……」
アリサの問に答えたリクアクはあっけらかんとめちゃくちゃな事を言い出す。確かに言わんとしていることは分からないでもないのだが、やってる事は生徒と大して変わらない。いや、むしろ、職権を乱用しようとしている辺り、生徒より悪い。
そんな事を自慢げに言うなんて…
弁当を食べ終えて、それを片付ける。
「そう言えば、ソヨヤユ先生弁当、手作りなんですか?」
「え?……あ、そうだよ。せっかくルド先生に習ったんだから少しくらい作ろうかと思って」
あの人みたいに凝ったものは作れないけど
「へぇ……」
露骨に機嫌が悪くなるリクアクを尻目に、アリサはララシィに話を向ける。
「本当に行くつもりなの?」
「え?いいじゃないか、偶にはさ」
どうやら、彼女は行く気満々らしい。今から説得するというのは骨が折れそうだ。それに、彼女だけで行かせるのもなんだ、特にやる事もある訳では無し。
「………行くのか。それなら、しょうがないから私も行くよ」
「え?来るの?安心してよ、何か出ても僕が何とかしてやるから」
「おぉ?頼もしいねぇー」
「任せてくださいよ」
先程とは打って変わって、目に見えて機嫌が良くなったリクアクと、終始ノリノリのララシィを冷めた目で見ながらも、アリサはルドといる時の方が居心地が良いことに気がつくのだった。
ストックが無くなってきた。そろそろ不味い。しかし、時間がが…




