Successor-1
あれはなんだったのだろうか、雲を引き裂いて飛んで行った光の線は…砲弾にしては明る過ぎるし、そもそも高すぎる…もしかしたらミサイルかもしれない…或いは無人衛星?まあ、何にせよ自分には関係ないのだろう…仲間に話したら気のせいだろうと鼻で笑われてしまった…今はまだそこまで激しくないが、そのうちこれを書いてる暇も無くなるかもしれないなぁ。
〜〜とある新米軍人の日記1ページ目〜〜
海の底は暗い、空気よりも光を拡散させる水が何千mという厚さで覆っているからだ。擬似天候は日の光を創り出すが、月の光は再現しない。それは詰まり、夜になればこの国は海底本来の暗さを取り戻すということだ。まあ、だがそれも、"そこに文明が無ければ"の話だ。
彼女は街を歩いていた。
街灯の明かりが照らすその赤い髪は、煌めき宝石のように輝いて、いつものように羽織った大きな白衣は、そさのダブダブな袖を捲りあげている。ちゃんとボタンさえ閉めていれば長いワンピースのようになる為、下はスパッツ以外はいていない。保温性に優れた高性能なものだが、この真夜中の寒い闇の元では、殊更異質に見えることは必至だ。それも、それがかなりの美少女なのだから、視線を集めること甚だしい。
そうつまり、彼女は物凄く目立っていた。
タダでさえ、こんな時間に一人で街を歩いているだけでも目立つというのに。空を見上げても星一つ無い虚空のみが拡がっている。
「おや?お嬢ちゃん、こんな時間に何してるの?」
案の定、こんな風に、下品に酔っ払ったグループに声を掛けられる事もあった。
正直、こうなる事は予想していた。予想はしていて、これを無視することを決め込んでいたので、メメヤはそのままポケットに手を突っ込んだまま歩き続ける。
大抵はそれでどうにかなるし、しつこい奴も無言で笑って見詰めてあげれば引いてくれる。
それでも何とかならない相手…例えば警察とかは、自分の身分証明カードでも出せば一瞬で納得してくれる。まあ、当然偽造した物だが、相手もわざわざそこに映し出されている顔写真を見て、疑う真似もしない。因みにそのカードでは、メメヤは21歳と言うことになっている。見た目は13、14くらいにしか見えないが、まあ、無茶な話でもない。
だが、偶には例外というのも現れるようである。
何故か今日は何時もよりしぶとい奴らが目の前に立っていた。少し考え事をしながら歩いていたからだろうか、もしかしたらそのせいで隙だらけだったかも知れない、どちらにせよ、彼女は急に腕を引っ張られ、放り込まれるように路地裏に引っ張りこまれた。
「お嬢ちゃん可愛いじゃん、どこから来たの?」
薄ら笑いを浮かべるその若造は、後ろに仲間がいるからかそれとも目の前の人物が少女の姿をしているからか、グイグイと迫ってくる。
「………」
その様子をどこか客観的に、それでいてハッキリと把握し、冷めた目で見ていたのだが、ふとある(面白そうな)考えが思い浮かんだ。
「な、何ですか…!?」
如何にも初な少女の様に、狼狽えた声を出し、腕を胸の前で掻き合わせる。どこからどう見ても、か弱い少女の姿だ。
そして、その様子に興奮でもしたのか、男は鼻息荒く更に迫ってくる。後ろに控える男達も下卑た笑をうかべ「お前ロリコンかよ」「趣味悪ぃな」などと野次を飛ばしているが、誰も止めようとはしない。むしろ、路地の入口を塞ぐようにしてたっている。
「こんな時間にそんな格好でこんな所にいるんだ、そういうのを期待してたんだろ……?」
「や、止めて!」
さらに笑を深めながら、徐々に手を伸ばしてくる男…
「……な〜んて」
だが、その手は目的地には届かなかった。
「!!!!!?」
隙をついてその男の背後に立ち、後ろ手にその手を捻りあげる。
「い”でででで!は、放せよ!」
男は打って変わって苦悶に身をよじらせる。
「あ〜ん、ごめんなさ〜い。あんまりにも鈍臭いから、思わずやっちゃったの」
今、鏡を見れば自分の顔には愉悦が浮かんでいるのだろう。その暗いニンマリと笑い、手を離す。間髪をいれず体勢を直していない男の膝裏を踵で蹴り下ろす。
情けない悲鳴をあげて、男はその場に跪いた。
「悪いけど、私、すごーく急いでるから、貴方達みたいな鈍間を相手してる暇、無いの」
追い打ちの言葉を投げ捨て、悶絶している男に背を向け、その仲間達の間をすり抜けようとする。
しかし、その表情を見て考え直した。
「おや〜?馬鹿にされて怒ってるんですか〜?こんな幼気な少女相手に本気になっちゃうんですかー?」
煽りつつ、メメヤは何となく考えた。どうやら貴方”達”にしたのが間違いだったようだ。
こんな事も不用意に言ってしまう程、自分では気付かぬうちにイライラしていたらしい。
流石に、関係の無い人達に当たるのは良くないな
とは思いながらも、メメヤの口は止まらない。と言うかもう、乗り掛かった船…とか言うやつだ。
「そこの鈍間とつるんでるんだもの貴方達もそんなに大したこと無いのでしょうね〜」
「こいつ…!餓鬼だからって調子に乗りやがって!」
案の定、メメヤの煽りに男達は良く反応した。定番の煽りだが、それだけ分かりやすいと言うことで、相手の気を逆撫でするには丁度いい。ちょこっとだけでも手の込んだ皮肉だと、馬鹿には真意が通じないことがある。
憤りを露わにして今にも飛びかかってきそうな男達。それを、仮に”残り”として、それが三人、転がっているのが一人。
「……余裕だなぁ」
メメヤは小さく呟いて、男達の間に滑り込んだ。
どうやら、殴ったり蹴ったりするつもりは無いようで、誰も彼も掴みかかろうとしてくる。その手を小さい身長を活かしてひょいひょいと躱して、偶に届く手には思いっ切り手刀を叩き落とす。
そうこうしているうちに、男達の中にはまともに立っているやつは居なくなった。皆、どちらかの手を真っ赤に染め上げ、無事な方の手でそれを押さえ悶絶している。
「……ストレス発散にもならないじゃん、サンドバッグでも殴ってた方が建設的ね〜」
最後に飛び切りの皮肉を投げつけて、メメヤはその場を歩いて離れた。
当然、後ろから追ってくる気配はなかった。
適当に暴れられたので少しスカッとして、鼻歌を歌いながら歩く。だが、それでも虫の居所が悪いのには変わらない。
彼にあった時、冷静でいられるか不安なところだ。
街の外れに到着する。別世界の様に灯の消えたその町並みは、打ち捨てられた街の姿。
戸籍上は人のいないこの区画は、昔、毒ガスが蔓延しているとされ、いつの頃からか人が全く寄り付かなくなった区画である。それが今から大体30年前。そしてその都市伝説的な話からその区画は現在”呪いの31区”と呼ばれ、未だに毒ガスが蔓延しているとさえ言われる事がある。
だが、実際は違った事実が存在する。
この区画は意図的に幽霊街へと変えられたという物だ。
ーーこんな風に色々と面白い場所ではあるのだが、メメヤは今日、ここに用があった訳では無い。ここは飽くまで中継点。
誰にも見られる心配がないから、ここまで来たのだ。
「さて、行きますか」
ーー
「おや?メメヤさんではないですか、珍しいですね。貴女がこんな所にまで訪ねてくるなんて」
場所は地下の研究室。初老の男マフニは彼女の姿を見てそう言った。
それには応えず、扉の前に立ったまま、その顔を見詰めて言う。
「単刀直入に言うよ。今回は警告に来たの」
その徒ならぬ様子に、彼は思わず表情を固くした。
「……どういう事でしょうか?」
「そのま〜んまの意味、警告よ。アイツ達を遣うのは、もうやめたほうが良いと思うよ」
「何ですって…?」
マフニは「全く理由が分からない」とでも言いたげな顔をしている。
確かに、言葉は足りないが、警告はそのまま受け入れるべきだ。殊、アイツ(・・・)達に関することなら、メメヤ以上に知るものはいない。それ故の、警告なのだ。
「あの手の”継承者”は言ってみれば激薬。使いすぎると自らの首を絞めることになるよ」
「それは覚悟の上ですが…?」
メメヤの言葉が口上でしかないことを理解してでのこの回答。どうやら、こちらのことに興味を持ったらしい。幸か不幸か。
「そりゃ、そうよね〜。単刀直入にって言っておきながら回りくどく言い過ぎたかも。」
「ええ、些か私が推し量るには、難解すぎまして」
彼は本当に困った様に笑う。
「じゃあ、少し本音で話そうかな?」
メメヤは表情を改め、彼の目を睨みつける。それを受け、彼は年甲斐もなくたじろぐ。
「これ以上、こんな下らない事に私達を巻き込まないで欲しい。確かに、この仕事はあいつが望んだことではあるけれど……それ以前に、貴方が今やろうとしてることは、わざわざあいつ達を使わなくてもこなせる事でしょう?分かるの、私には……貴方はあいつ達…いや、ルドとジェーンを使いすぎている」
「…………」
彼女の視線に掴まれ、彼は口を開く事すら出来ないようでずっと黙り込んでいる。そんな状況ならまして、身動きなど取れるはずもない。
蛇に睨まれた蛙。
「確か、貴方達はここで”継承者”の研究をしてるのよね?」
「………ぇ、ええ、彼らのような異能力者が人工的に作り出せないか……、それを研究するのが我々の役目です」
話の流れが変わってメメヤが目を逸らしたのと同時に、彼はやっと口を開いた。
「はい、これ渡しとくね〜」
メメヤは白衣のポケットから小型の、耳に掛ける型の通信機の様な機械を取り出し、マフニに近づいて手渡す。
「これは?」
「……アイツに試すように言ったんだけど、よく考えたら、もう既に使えるヤツに渡してもあんまり意味がないって気がついたの」
「補助装置……ですか?」
「ええ、これで研究が捗るわね!」
勿論、わざわざ研究の補助をする為にこんな物を彼に渡した訳では無い。
「つまり……早く研究を済ませて、彼を遣うのを止めろ。と?」
「よ〜く分かったねぇ?そうよ。一応言っておくけど私達は貴方の邪魔をするつもりは無いけれど、貴方の行動が私の…私達の目的を妨げる事になりかねないの」
メメヤは「分かるよね?」という意味を込めてマフニに笑顔で首を傾げて見せた。
それを見て、彼はハイともイイエとも言えない様子で、ただ曖昧な顔で苦笑していた。




