dr-5
「待機」
レチユは部下達に指示を出す。彼等は暗殺(?)を指示されただけで、それ以上のことは何も示されていない。それは詰まり、それを実行するための計画など、何も無い。ということを意味していた。
だが、それでは彼らは絶対、失敗する。
経営ならば多少の失敗はつきもので、全てを成功したままで済ませ続ける事はできない。失敗する事が必要なくらいだ。
そしてむしろ、失敗など無く成功し続けることの方が危険だ。ふとした弾みに不慮の事態が起こりでもしたら、その時は目も当てられない。何故なら失敗など知らないからーー、対応しようがない。これらは長い人類の歴史からも、多くを読み取ることが出来る。
だが彼らは今、そんな事は言っていられない。彼ら自身は失敗すれば、取返しがつかない。大きな視野で見れば何かが成功したとしても、その贄となった彼らは、救われる事がない。
だから、彼は作戦を立てた。彼らが救われる為のーー、少しでも救われる可能性を高める為。
彼の持っている情報は、この建物の敷地の見取り、そしてその場所の持つ意味。この二つだけ。
だが、こちらにはアドバンテージが有る。
「”銃”は持っているな?他の整備も済んでいるはずだ」
レチユの問い掛けに、後ろに控える12人の部下は無言で頷く。勿論、その中にはアルバローザの姿もある。
「作戦通り二手に分かれる、アル、頼んだ」
「はい、最善を尽くします」
「行くぞ」
レチユは4人の部下を連れ、所定の位置にまで移動する。彼らは地上からの侵入を図る少数精鋭部隊だ。自分も含め、特に銃の腕が上達した部下を集めた。
今回侵入するのは五階建てのビル。裏社会の重鎮なだけあって、かなりの資産を持っているようだ。標的は中層の4階にいると思われる。
アルの率いる部隊は、車を使って屋上から侵入する事になっている。
屋上から、とは別に”飛行機を使用する”ということでは無い。そんな事をせずとも、車を使えばいい。何故なら車は飛べるのだ。エッセンチウムの性質を応用する事で。
エッセンチウムはそれだけでも強力なエネルギー体だ。だが、それは一定の条件下にあると、互いに強力な反発を起こす。その性質を活かし、地上の至る所に同物質盤を用意し、それと車が段階的に反応するように調整する事で車の飛行が可能になったのだ。言ってしまえば、強力な磁石が車ごと搭乗員を浮かせているという事だ。
そんな物質だが、技術者であるレチユ達にも、その物質の起こす反応の原理など分かっていない。何となく、物理の法則に沿ったものでは無い気がしているのだが、それを証明する証拠など存在しない。ただ、それは昔からそうなのである。閑話休題。
そんな理由で車の飛行システムが定着した現代ではむしろ、地上からの侵入の方が珍しい程である。よって、屋上の方が警備が厚い事が多いので、多く人員を上に割いたのだが、これが上手くいくかは分からない。
「やる事をやるしか無いな」
レチユは呟き、後ろの三人の部下達の顔を見渡す。
皆、一様に緊張しているが、それでも恐怖で震えている様子は無い。
「行けるか?」
「行けます!」「はい!」「やってやりましょう!」
レチユの問い掛けに、自分よりも少しずつ若い彼らは、元気に応えた。カラ元気な部分もあるだろうが、振りでも元気に出来るなら大丈夫だ。
上の指示はアルに任せてある。もしもの時にどれだけ柔軟な対応を起こせるか、が重要になってくる。
「そっちの状況はどうだ」
『無事屋上に停車、まだ何事もありませんな』
通信端末で呼びかけると、すぐに返答が帰ってくる。
「そうか、それでは騒ぎが起こるまで待機していてくれ」
『了解』
通信は繋げたままにして、レチユは突入の準備を進める。正面玄関、エントランスにたどり着いた時、彼は一声上げた。
「行くぞ!」
ーー
「動くな!」
突入と同時に銃を構え、成るべく死角が無いように隊列を組む。かなりたどたどしい動きだが、即席にしてはマシだと思われる。
軍人でもなんでもないから、よく分からないが。
一回部分はかなり広かった。ホテルのロビーのようにテーブルがいくつも置かれ、椅子もかなりの数がある。
部屋の奥には受付カウンターと思しき場所。その後ろには数多の引き出し状の棚が並んでいる。
そのすぐ横に昇降機が備え付けられている。その隣にはトイレがあり、その反対側の隅には階段がある。
違和感。
「……社長」
「……」
静寂。
部下を手で制し、注意深くあたりを見渡す。
照明も付いている、受付カウンターもある。
「馬鹿な……!」
思わず小さく悪態をつき、走り出す。部下達もそれについて走り出す。
カウンターを乗り越え、隅から隅まで探す。しかし結果は、密かに予想していた通り…誰もいない。
「どういう事だ…」
「…たまたま、全員で払っているのですかね」
当然ながらそんな事は有り得ない。そもそも、それでは照明が付いている理由が説明出来ない。
「馬鹿言うな、そんな事有り得ないのは分かっているだろ」
「ですが…これでは…!」
部下は全員が半狂乱に陥り掛けていた。
彼らが慌てるのはよく分かる。
これでは、我々が嵌められたかのようではないか
情報が漏れていたとしか思えない状況。我々が来る日時まで知っていたのだとしたら、それは我々の中に裏切り者がいることになる。
或いは、奴らは元々俺達を用済みとして排除する為にわざとここに寄越したのではないか?自らの手を汚さずに物事を進めようとする、奴ららしい手口だ
「待ち伏せされているかもしれない…上階には階段で行くぞ………どちらにせよ、俺達は進む他ない」
「「「はい」」」
三人の声は消して大きくはなかったが、その耳が痛くなるほど静かな空間ではよく通った。
「そうですね。昇降機なんて使った日には、待ち伏せされて、出てきた途端に蜂の巣にされるのがオチだ」
しかし、そんな静寂の空間に、一つの異質が混じる。
その声は酷く落ち着いていて…
「お前………!」
もう、思い出したくもない声だった。
「良くないですよ、他人を撃ったりしちゃ」
レチユの目には、先日撃ち殺された筈の男がゆっくりと階段から降りてくるのが見えた。
その姿は、先日と全く変わらない。真っ黒なスーツに真っ黒な革靴。
そして、やけに白い肌、だがそこに死は感じず、生き生きとした瑞々しささえ感じ取れる。
極めつけはその表情。本人は笑っているつもりなのかも知れないが、口角が上がっているだけで、その表情は全くの”無”だ。
「………っ!?」
突然身体に重圧を感じ、その苦痛に息を呑む。
身体が捩れる様な苦痛。痛い訳では無い、何方かと言えば圧迫されている感覚に近い。
何とか首を巡らせて部下を見るも、部下も一様に苦しみ、膝をついて四つ這いになっていたり、苦痛から逃れるために地べたを転がり回っていた。
どうやら、二本足でたっているのは自分と、目の前の男だけのようだ。
「へぇ、凄いですね社長さん…俺の重圧に耐えるなんて…」
「お前…は……」
何とか声を絞り出す。
「あぁ、そういえば、本名、名乗っていませんでしたね」
しかし、絞り出した声は別の意味に解釈されたらしい。少なくとも『リュード』と言うのは偽名だったようだ。
「……っぁ。」
声を出せずに踏んじばっていると、男は今度は目元を緩ませ、本当に笑をその顔に作り出した。
「初めましてレチユさん。私の名前は『ルド・リューラ』、継承者をやっております」




