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第二話 「中身が愉快なおじさんすぎる」と若が言うので

 小中高と、晴臣の登下校の送迎は鷹匠の役目だった。

 磨き上げられた黒の高級車に、お世辞にも柄が良いとは言えない長身の運転手。おまけに晴臣が小学校高学年に上がる頃には、その男の顔には大きな傷まで付いていて。

 それは晴臣と周囲との壁を、一層厚くすることとなった。

 大学からは公共交通機関を使いたいと言われ、鷹匠は19時までに帰宅する場合に限りという条件を提案し、晴臣もそれを受け入れた。

 晴臣の素直さ、あるいは善良さというものは、こうした時にも現れる。

 他人の干渉を負の感情で受け止めない。交通機関の使用についても、新しい環境で交流を広めたい気持ちが半分、いつまでも送迎してもらうわけにはいかないという遠慮が半分のようだった。

 ——結局その遠慮も、車が違うだけでいつもの送迎へと戻ってしまったのだが。



「ごめん!レポートまとめてたら遅くなった!」

 正門前につけていた白いバンの後部座席に、デイバッグを担いだ晴臣が飛び込んでくる。

 運転席で待っているようにと言われていた鷹匠は、「それほど待ってません」と答え、晴臣がシートベルトをするのをルームミラーで確認してからギアをドライブに入れた。車庫門まで回り、派手なシャツを着た男たちが開けた門を抜けて屋敷から車を出す。

 その鷹匠を今度は晴臣が見て、目を丸くした。

「スーツじゃない……!」

 指摘通り、鷹匠はカジュアルなカーキのシャツに黒のストレートパンツという装いだった。深い傷痕がある左目は、医療用の白の眼帯を付けて隠している。

「金バッジに黒スーツの男がバンを運転するのも変でしょう」

「それは……そうかもしれないけど。何年もスーツ姿しか見てなかったから、びっくりした……」

 それはそうだろう、と鷹匠は意味は違えど晴臣と同じ言葉を心の中で返した。鷹匠自身には、服に拘りはない。必要だから、ブランドを身に付ける。その程度だ。この服も昨日急遽、用意させたものだった。

「念のため、こうした服装の時は『若』とは呼ばないようにしましょうか」

「えっ?あ、ありがたいけど、何て呼ぶの?」

 提案に、晴臣が首を傾げる。鷹匠は少し考えてから答えた。

「——晴臣くん」

 別に深い意味があったわけではない。年齢差的に親戚辺りの関係に見えた方が無難かと、考えただけだ。

 だが鷹匠の声を聞いた途端、晴臣は顔を真っ赤に染めて俯いた。ごにょごにょと何か話しているが、さすがに聞こえてはこない。

「……怪しまれないように少し慣らしましょうか、晴臣くん」

「ちょっ、……待っ……」

「演技の練習も必要ですよ、晴臣くん」

「い、今笑っただろ!」

「笑ってません」

「嘘だー!」

 後ろから伸びてきた晴臣の手が、鷹匠の頭頂部の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。

「鷹匠はさ、スーツ着て黙ってたらビシッとしててかっこいいのに、中身が愉快なおじさんすぎる」

「俺はまだ31ですが」

「13歳違いか……。あれ!?ってことは、初めて会った時の鷹匠って、結構若かった!?」

 問われて、鷹匠は15年前の記憶を引っ張り出した。

「親父に拾われた年ですから、16でしたね」

 自身の年齢に関しては、実のところ『おそらく』という言葉が頭に付く。だが、そこまで晴臣に伝えることはない。

「今の俺の2歳下……!?」

「……何でそんな、ショックを受けた顔をしてるんです」

「もっと大人だと思ってたから……」

「それは、老けてるという意味でしょうか」

 質問に、晴臣は答えなかった。誤魔化すように「レ、レポート確認しようかな」とデイバッグを漁っている。

 車を走らせながら、鷹匠はルームミラーでちらりと自身の顔を見た。

 確かに、30歳を過ぎてようやく見た目と年齢が合ってきたとは感じている。20歳そこそこの頃は、鷹匠より4つか5つ歳上の山川よりも上に見られることもしょっちゅうだった。

 ひょっとしたら自分では31歳だと思っているだけで、本当の肉体年齢はもう少し上なのかもしれなかった。





 ヤクザの鉄砲玉だった前世の鷹匠は、他人の罪を被って服役した後、出所したその日に死んだ。

 ——そして次に目が覚めた時には、子どもになっていた。

 わけがわからずぼんやりしていたら、目の前に火花が散ったかと思うほどの痛みが頬にきた。

 知らない大人の男に、殴られていた。

 知らない、とは思ったが、同時に「この身体の父親だ」とも思った。だから厳密には、前世だの生まれ変わりだのとは違うのかもしれない。

 なぜなら不思議と治ってはいたものの、あちこちの骨が折れていた感覚があったからだ。特に頭からの出血が酷かった。

 身体の持ち主は死んでしまったのだと、頭ではなく感覚で理解した。

 背丈的に、まだ10かそこらだろうに。

 そこでまた、殴られた。男が喚いている言葉に耳を傾けると、万引きしてこいと指定したビールの銘柄が違っていたことが気に食わないようだった。

 不意になぜか、働いて働いた挙句自殺した、姉の言葉を思い出した。


『お金は姉ちゃんが稼ぐから、子どもは遊んで寝るのが仕事!』


 その夜、子どもの姿になった鷹匠は、部屋に散乱していた煙草の吸殻入りのビールを集めて煮詰めると、酔っ払って寝ている父親らしき男に少しずつ飲ませた。刃物で刺すにも、物で殴るにも力が弱すぎる。自分が殺したとバレれば、犯人として探される。それは面倒だった。

 鷹匠は痙攣する布団上の身体を見下ろしながら、「仇は取ったぞ」と胸の内側に話しかけた。

 そして、金目のものを持って家を出た。





 静かなままの後部座席を見ると、いつの間にか晴臣は眠ってしまっていた。

 家を出る寸前までレポートをまとめていたと言っていたので、昨日は睡眠時間を削って仕上げていたのだろう。

 暦上では春だが、日中は陽射しが強い。鷹匠はカーエアコンの風量を少し上げた。

 晴臣に対して、将来の進路を聞いたことはない。だが跡目を継いでもらいたいと考えている者は一定数いた。上総組の古参幹部たちだ。表立って鷹匠と敵対しているわけではないが、のし上がってきた若造よりは血統を大事にしたいと考えている一派だった。

 彼らは晴臣を見ずに、その父、上総重成の面影だけを見ている。

 あるいは……。晴臣が跡目を継げば、自分たちの好きなようにできると考えているのかもしれなかった。



 大学近くのコインパーキングに車を停めた。

 フラップ板の音が目覚ましになったのか、エンジンを切った鷹匠が起こす前に、晴臣が目を覚ます。

「……ごめん、寝てた……」

「良いタイミングでした。今、着いたところです。例のストーカーがいるかもしれませんから、門の近くまで一緒に行きましょうか?」

 頷く可能性は低かったが、一応問うてみる。予想通り晴臣は小さく首を横に振ると、「すぐ近くだから」と答えた。

「ではまた夕方、迎えにきます」

 当面の時間割は聞いてある。自分のように一限から入れる生徒は少ない、と晴臣は言っていた。

 デイバッグを持って車から出る晴臣を、運転席から出ずに見送る。白のバンにカジュアルな服装で丁寧に頭を下げて見送ると目立つという判断だ。

「行ってきます」

「行ってらっしゃいませ」

 その分、笑みを浮かべて見送る。手を振って小走りで駆け出した背中を見送ってから——、鷹匠は車から外に出た。

 一緒には行かないが、ついて行かないとも言っていない。

 気付かれない距離で見ていると、チカリと光が目に入った。立ち止まり、出所を辿る。

 道路脇にある、ファストフードのチェーン店。その2階の窓際の席から双眼鏡を出して外を見ている客がいた。

 昨日晴臣がストーカーだと言っていた男だ。

 仏の顔は3度あるらしいが、鷹匠はそうではない。1度目が故意であるなら、2度目は行動に移す時だと考える。

 組専用の携帯電話を取り出し、2つしか登録していないうちの1つ、山川の名前を押した。

「……昨日の男が、若が通う大学近くの飲食店の2階にいる。連れて行け」


〈やっぱり、さらいます?〉


「俺の金を持ち出していい。無料券でも何でも渡して、好きな店で一晩贅沢させてやれ。後は任せる」


〈ウッス。近くにいるんで、口の上手いポン引き連れて、すぐそっち行きます〉


 山川は山川で、昨日の指示を受けて別口で男を探していたようだ。

 鷹匠は電話を切ると、再び晴臣の後を追った。

 細身ではあるものの、スポーツや運動で適度に鍛えられた身体が正門を抜け、キャンパスに入っていく。その様子を後ろから眺めていた。中には、入らない。

 学問を修める場所は、鷹匠には縁のない場所だ。

 しばらく周囲を観察してから、先程の店の前まで戻る。男はまだ2階席にいた。

 1階に、山川の姿が見える。

 後は任せておけばいい。

 車を停めたコインパーキングへと足を向ける。

 途中で大学へ向かっているのだろう、晴臣と同じくらいの年代の男女とすれ違った。

 鷹匠の記憶の中には、学舎で何かを学んだという記憶はほとんどない。前世でも、姉が生きていた数年、通っていた程度だ。

 この身体の元々の持ち主も似たようなものらしく、薄らと残っているのは鷹匠が殺したあの男から受け続けた日々の暴力と、投げてよこされた残飯の味くらいだった。



 生まれ変わりというよりは乗っ取りに近い形で少年の身体を得て、家を出た鷹匠は、薹(とう)が立った夜の女に拾われた。

 鷹匠という姓の女だった。下の名前を聞かれたので、「蓮司」と前世の名前を答えた。

 女は最初、家のない子どもに対して純粋に同情を寄せてくれていた。だがともに暮らすようになって何年も経つと、鷹匠を子どもではなく男として見るようになった。

 精神的にはとっくに成人していた鷹匠は、それを拒まなかった。

 ことが終わると、女はよくベッドの中で「クソみたいな人生だったけど、あんたを拾ってよかったよ」と笑っていた。


 ——だが数年暮らしたある日、ぽっくりと死んだ。


 朝になっても起きてこず、声をかけたら死んでいた。最初は鷹匠が疑われ警察から酷い扱いを受けたが、死因が睡眠中の突然死と判明し釈放された。

 それから1年ほどホームレスをしていた。

 晴臣の父親に声をかけられたのは、路地裏で鼠に踏まれながら寝ていた時だ。


『よぉ小僧、可愛いガキのお守りしねぇか?』


 鷹匠がいた路地裏ごと街を仕切る、上総組の組長、上総重成(かずさしげなり)との出合いだった。


 重成に拾われた鷹匠は、風呂に放り込まれ当時の若衆たちにデッキブラシで擦られた後、小さな子どもと引き合わされた。


『俺の子だ。3つになった。先月、女房が他界してな』


 重成の背に隠れていたのは、色素の薄い目と髪の色をした子どもだった。鷹匠は、自分が3歳の頃を覚えてはいないが、少なくとも目の前の男児よりは騒がしかったのではないかと、その時考えた。大事に育てられた良家のボンボン、そんな言葉がよく似合う子どもだった。

 

『俺みてぇな浮浪者に大事なガキ預けるなんて、正気かよ』

 

 そのようなことを言って、挑発した。直後に近くにいた若衆に殴られて、鼻血が出た。

 もう一発くらいは殴られるだろうなと見ていたら、小さな身体に庇われた。


『なぐるの、だめ!』


 震えながら叫ぶ子どもに、拳を振り上げていた若衆が慌ててそれを引っ込めた。

 重成がそれを見て、からからと笑う。好きなだけ笑ってから、鷹匠を見て「どうだ?」と声をかけた。


『守ってやって、くれねぇか?』


 重成が鷹匠に声をかけた理由は、随分後になってから聞いた。

 何年か一緒に暮らして、ぽっくり死んだ女。あの女が、重成の昔馴染みだった。

 それだけの、ことだった。

次回第三話は9月12日17時更新です。

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