第一話 「ここはBLゲームの世界だ」と若が言うので
フルスモークの黒のセダンが、都会の喧騒を車内に届けることなく、静かに夜の繁華街を進んでいた。
若者たちは皆、駅前の広場で折り畳み式携帯電話を手に退屈そうにしている。春の風に揺らめく、道路沿いのパチンコ店の新装開店を知らせる幟。黄色地の布には、赤い文字で2001年とプリントされていた。
「ほら、俺が言った通り、大学の新歓直後からストーカーが出現しただろ?」
これで信じたかと言わんばかりに、後部座席の本革シートに身を沈めていた上総晴臣が胸を張った。日本人にしては明るい色の髪と目は、母親譲りのものだ。
肌の色は夏になると少し焼けるが、今の時期はまだ白い。
運転席でハンドルを握る鷹匠蓮司は、硬く節張った指先でウィンカーのレバーを弾くと、ルームミラー越しに晴臣を見た。
「……ほら、と言われましても。そもそも俺は疑ったりしていませんよ、若」
左の目は、額から頬にかけて斜めに走る古い傷によって閉ざされている。短く整えられた黒い髪は緩く後ろへと流され、鷹匠の野生的な風貌をより印象強く見せていた。
減速したセダンが、酔っ払いの赤信号横断を冷静に見送ってからゆっくりと左折する。
大通りを抜けてもまだネオンはギラギラと夜を照らし、歩道の客引きたちを照らしていた。
「それで?そのストーカーが、カエル漫画の最初の攻撃役でしたっけ?」
曲がった先で信号が赤になり、停止する。信号待ちの車すべてに声をかけて風俗のチラシを渡していた若い男が、2人が乗る車の前だけは足早に通り過ぎていった。
「全部ちーがーうー!BLゲームの最初の攻め!帰ったら作戦会議だ!」
「……はぁ」
「緊張感!小さい頃から可愛がってきた大事な若の貞操が、どうなってもいいのか?」
「俺が教えた護身術を使ってください」
空手も段持ちでしょう?と付け足すと、晴臣が「うぐっ」と呻いてから静かになった。
信号が変わるのを見て、ブレーキを離しアクセルを踏む。鷹匠は個人的にマニュアル車の方が好きだが、年下の若衆たちが乗ることもあるため、組の車は全てオートマ車で統一されていた。
静かになった車内に、遠くから救急車のサイレンの音が届く。眠らないこの街は、自己紹介のように救急車やパトカーを走らせる。喧嘩に窃盗、ぼったくりに美人局。表に出ない場所では、殺人さえも。
そこは、鷹匠が所属する組のシマがある街でもあった。
しばらく車を走らせると、目的地に到着した。
上総組、と書かれた大きな看板が門柱に掲げられている。
門構えは数寄屋造りであるというのに、塀は白の無骨なコンクリートで、外からは完全に中が見えない高さまで伸びている。
門の前には派手なシャツの男が2人。車の接近に気付くと揃って「おかえりなさいませー!」と大声で頭を下げる。それに返事をすることもなく通り過ぎ、数10メートル先にある同じ数寄屋造りの車庫門前でウィンカーを点けた。
慌てて走ってきた派手なシャツの男たちが、「失礼します!」と叫んで車庫門を開ける。後部座席で晴臣が「ただいま」や「ありがと!」と手を振っているが、フルスモークなので意味はない。しかし鷹匠はそれにも何も言わずに、車庫門から中に入ると正面玄関へとハンドルを切った。
本瓦の屋根からは、庇が深く伸びている。棟の先には、竜の鬼瓦が嗤っていた。
玄関前に立つ柱は、巨大な黒檀の面皮柱だった。同じ色の引き戸が開き、黒いスーツの男たちが出てくる。門の前にいた者たちとは違い、ジャケットの胸元に小さな金バッジをつけていた。
「若、着きました」
車が停まると、スーツの男たちが一糸乱れぬ動きで頭を下げる。鷹匠は先に降りて、後部座席のドアを開けた。
晴臣が降りるタイミングで「お疲れ様でした!」の声が響く。
「ただいま。夜遅いのに、出迎えさせてごめんな。ありがとう」
「その言葉だけで、充分です!」
晴臣の言葉に集団の先頭にいた大柄な坊主の男が、「失礼します」と言ってから顔を上げた。
「若、お食事はどうされますか?」
「うーん、食べてきたから大丈夫。みんなももう、休んでもらっていいよ」
「押忍!」
答えた坊主の男が後ろを振り返り、「おい、車入れてこい」と声をかける。近くにいた細身のスーツの男が運転席へと回り込んだ。
「鷹匠、先に部屋に戻るから、後で来るんだぞ」
念押しのように車内での指示をもう一度口にしてから、晴臣が中へと入っていく。
玄関だけでも3坪以上はある。豪邸と呼べる規模の日本家屋だ。タイルが敷かれた三和土で脱いだ靴をきちんと揃えた晴臣が、脹脛ほどの高さの上がり框を超えて檜の床板を踏む。
その背を見送った鷹匠は、自分の補佐である坊主の男、山川へ声をかけた。
ジャケットから取り出した携帯電話を開き、写真を表示する。車で迎えに来た鷹匠に晴臣が「多分、あいつだ」と呟いた際に、鷹匠が気付かれないように撮ったものだ。画面には、細身の男が写っている。
「……この男を探せ」
画像は粗く、細かな顔の判別はつかない。だが山川は「ウッス」と答えた。
「どこかのケツモチ、引き受けたんですか?さらいます?」
「シマとは関係ない別件だ。見つけたら、男が好きか女が好きか、先に調べろ。それから適当な店使って、こいつのケツの毛まで毟り取って潰せ。金貸しは澤田ファイナンスでいい。顧客を欲しがってたはずだ。ついでに恩も売ってこい」
「わかりました」
「潰し終わったら、男を落とした奴に1本くれてやれ」
「そいつは喜びますね。まぁ、報酬として頭が抱いてやりゃ、男も女も金より喜ぶと思いますが」
ウヒヒ、と笑った山川に、鷹匠は冷たい視線を向けた。だが山川は怯まない。
この男も鷹匠も、筋金入りの極道——金筋だ。
「1ヶ月、時間もらいますよ?」
「若の前から完全に消えるなら、時間は多少かけてもいい」
「あぁ〜、若絡みかぁ〜」
ペシンと、山川が綺麗に剃り上げられた自身の頭を叩いた。
「そりゃ、念入りに潰しましょうかね」
「殺しはするな」
山川からの返事は待たずに、鷹匠は玄関の敷居を跨いだ。
西暦2001年の日本——……のような場所だ。厳密には違う。上総晴臣は「前世の姉ちゃんが好きだった、BLゲームの世界」だと言っていた。
鷹匠には、その言葉の後半部分は理解できない。
だが、前半はよく理解できた。
鷹匠には、おそらく前世というものの記憶があった。
と言っても、懐かしかったり、悲しかったりといった感傷に耽るようなこともなかった。
今と、さして変わりはない。ただ前世では苗字が、鷹匠ではなかっただけで。
育ての親だった姉が、自殺した。子どもだった鷹匠は施設に入ったが、そこを出てからは、姉を自殺に追い込んだ男を殺して、少年院に入った。
男が下っ端のヤクザだったと知ったのは、警察に事情聴取されていた時だった。
玄関を上がった鷹匠は、上総家の長い廊下を歩きながら台所に立ち寄り、洗い物をしていた料理当番の若衆に菓子と茶の準備をしておくように告げた。
晴臣は洋菓子より和菓子を好む。鷹匠は、どちらもあまり好んでは食べない。
元々、甘味を食べる機会自体があまりない人生だ。
少年院を出てからの、前の人生でも同じだった。
更生などしていなかったが、それでも2年もあれば外に出られた。
適当にあちこちで盗みだの何だのやっていると、どこでヤクザ殺しの前歴を聞きつけたのか、見知らぬヤクザがやってきた。「うちの組に入って鉄砲玉になれば、報復から守ってやる」と言われ、どうでもいいかと盃を受け、好きなように使わせた。その男が自分が殺したヤクザの組の若頭だったことを知ったのは、「代議士の息子のカタギ殺しを被ってこい」と言われ、禁固刑が確定した後だった。初めから若頭は、鷹匠を便利な駒として使い潰すつもりだったのだろう。
そうして10年塀の中で暮らし、すっかり変わった世の中に放り出され、その日のうちに死んだ。クズとして生きて死んだ人生だった。
葬式どころか、墓を作れたのかも怪しい最期だった。
中庭に面した真っ直ぐの廊下を進み、角を曲がる。鷹匠の部屋は、会合用の大広間のすぐ近くにあった。
障子を開くと、六畳二間の和室になっている。もっと広い部屋に移ることも、マンションを買うこともできたが、鷹匠はそうしたいとは思わなかった。部屋だけ広くても、置くものがないからだ。
スーツのジャケットだけ脱ぎ、また廊下に出る。タイミングよく、若衆が羊羹と茶を乗せた盆を持ってくる。
それを受け取ると、大広間からは一番遠い、晴臣の部屋へと向かった。
「若、失礼します」
廊下から、部屋を隔てる障子へと声をかける。「どうぞー」と軽い声を聞いてから、障子を引いた。
「ちょうどよかった。今、探してた攻略ノートが見つかったとこ。俺が最初に鷹匠に秘密を明かした時に、見せたやつ」
屈託のない笑顔で、晴臣が手招きしている。若者らしい服から、上下グレーのスウェットに着替えていた。
晴臣の部屋は、10畳の和室……に見せかけて、その向こうのドアの奥にある。晴臣が手招きしているのは、奥の部屋からだった。
盆を持ったまま、和室を突っ切りドアをくぐる。中はフローリングが敷かれた、20畳の洋室になっていた。
ベッドに本棚、デスクトップパソコンが置かれたガラスデスク。テレビと家庭用ゲーム機はセットで置かれ、近くには折りたたみ式のローテーブルがある。壁際には、ステレオ器材。鷹匠がなんとなく想像する若者像を、そっくり写したような部屋だった。
「あっ、吉田屋の羊羹だ」
鷹匠が手にした盆を見て、目を輝かせている。晴臣は彫りの深い甘めの容貌とは裏腹に、和食や和菓子を好んで食べた。
鷹匠がローテーブルに盆を置くと、「一緒に食べよう」と座布団の上に正座をした。
「蒟蒻ノートは、いいんですか?」
「攻略ノート!」
仕事に必要ならともかく、極道かヒモの生活しか知らない鷹匠には、若者が普段使いする言葉は少々難しい。
「お茶も冷めるし、その話は後にしよう。鷹匠、栗入りと芋入りどっちがいい?」
「どちらでも。若が先に選んでください」
「そうやっていつも、俺に先に選ばせてくれるだろ?今日はちゃんと、選んで」
「…………」
言われて、鷹匠は皿に乗った羊羹を眺めた。
厚めに切られた栗入り羊羹と、芋入り羊羹が一切れずつ。
本当にどちらでもよかったが、決めないと茶が冷めるだけなので、手前にあった栗入りを選んだ。
「栗入りだな。……栗、好きなのか?覚えておくよ」
芋入りの皿を取った晴臣が、優しく笑う。
鷹匠は、自分が栗入りを選んだことを覚えておこうと思った。
夜食の甘味を摘んでから、盆を脇に寄せて晴臣がローテーブルにノートを広げた。
晴臣が子どもの頃に書いたという攻略ノートだ。
表紙にはマジックで、『夜叉の檻』と書かれている。これがタイトルだ、と昔教わった。……ような、気がする。
一見すると、子どもの字で書かれたノートだ。普通の者が感想を求められても「子どもが書いたにしては、難しい漢字を知っている」くらいのものだろう。
だが鷹匠は、このノートの秘密。……いや、正確には晴臣が抱える秘密を知っていた。
最も驚くべきことは、この思春期の子どもが想像で書いた趣味のノートのような世界が、今、鷹匠たちがいる世界だということだろう。
——鷹匠がそれを知ったのは、古い話ではなかった。
晴臣が高校3年に上がった年のこと。
その年の冬に他界した彼の父、上総重成の葬儀が終わり、少しした頃だった。
意を決したように、「前世を覚えている」と告げられた。その顔色は青く、怯えがあった。笑われる、馬鹿にされる。おそらくそのようなことを考えていたのだろう。
手には、今テーブルに広げられている攻略ノートを持っていた。物心ついた時にはすでに前世のことを覚えていて、長く一人で抱えて悩んでいたのだという。
だが設定通りに自身の父親が他界し、さらには『ゲームの開始時期』が迫ったことで、晴臣は自分の正気を疑われる覚悟で鷹匠にそれを告げた。
多くの『BADエンド』から、自身を守るために。
「忘れてるだろうからおさらいするけど、BLゲームのタイトルは『夜叉の檻』。前世の俺の姉ちゃんが激ハマりしてた、上総晴臣を主人公にした、陵辱、暴行、監禁、ドラッグ、なんでもありの18禁ハードエロゲー。なんでそんなのにハマってたの姉ちゃんマジで。一番好きなエンディングが監禁エンドって何?合意とかないの?でも今役に立ってる、ガチでありがとう」
後半は独り言のように早口で言う。
晴臣の、どちらかと言えば細めの指がノートをぱらりとめくった。
最初のページには、晴臣の名前が書かれている。横には、『関東で一、二を争う大規模な極道組織、上総組の組長の息子。母親は病気により早くに他界。小学生の頃は、ヤクザの息子だと遠巻きにされたり、石を投げられたりしていた。ゲーム開始時、2001年春の段階では18歳』と書かれている。ゲーム開始時云々はさておき、他は鷹匠も知る、晴臣自身の情報だ。
下の方には『世界観』とあり、『バブルが弾けず好景気のままの日本。暴対法がなく、海外ギャングよりも日本ヤクザの方が数が多い』と記載されている。
この2点については、鷹匠も早くから気付いていた。
前世でまだ姉と暮らしていた頃、日本は天井知らずの好景気から一転、急速な金利の値上げにより土地神話が崩壊。後に『失われた10年』と呼ばれる時代へと突入し、多くの会社が倒産、失業者が街に溢れることとなった。前世の鷹匠の姉も、その中の一人だった。
だがこの世界では、それが起きていなかった。
西暦2001年の日本のような場所、と感じる理由の一つだ。
そしてもう一つが、暴力団対策法、いわゆる暴対法の有無である。前世の日本の極道たちは、顔を合わせると暴対法についての愚痴をこぼしていたが、この世界ではそれがない。調べると、1992年には成立していた暴対法そのものがなくなっていた。
晴臣によると、「ゲームの進行上、ヤクザの弱体化防止に作られた設定だと思う」とのこと。そんなどこの誰かがゲームのために考えた世界の中にいるのかと思うと、さすがの鷹匠も何とも言えない薄気味悪さを感じざるを得なかった。
もっとも、その気味の悪い設定とやらのおかげで、上総組の収益は右肩上がりを続けているのだが。
「俺について紹介は、今更何か言う必要もないから、割愛」
「小学生の頃、夏にスイカを食べ過ぎてオネショした若の布団を洗ったのも俺ですしね」
「すごい的確に人の黒歴史抉ってくる〜」
「一切れでやめましょう、を聞かなかった罰です」
1ページ目で止まっている晴臣の手に、一回り大きい自身の手を重ねる。細い手が緊張したのがわかったが、そのままページをめくった。
2ページ目には、『ストーカー(怪しいやつ)』とあり、横に小さく『名前忘れた』と書かれている。横には、いっそ無くても良いのではと思われるほど適当なイメージ図が描かれていた。
隣のページにはコメ印付きで、『世界観の続き。上総組の人たちはリアルに怖い感じじゃなくて、気さくで優しい、本物のヤクザとはちょっと違う設定の人たち』とある。特に追記されたり消されたりはしていないので、晴臣の中では上総組の面々はその印象のままなのだろう。
「ス、ストーカーは、チュートリアル的な感じで登場する。撃退難易度は1」
「……はぁ」
「ゲーム用語への理解度が低すぎる……」
晴臣ががっかりしているが、こればかりは向き不向きがあるので仕方がない。だが言い訳するのであれば、一応意味はわかる。
「要は、そのストーカーを撃退するのは簡単だということですね」
「……まぁ、そう」
「そもそも、そいつはどうやって若を襲うんです?」
問いかけると、ノートから手を離し腕を組んだ晴臣が天井を見上げた。
「俺も姉ちゃんから聞いただけだから、詳しくは……。ルートが色々あって、俺の留守中に家に侵入して、ベッドの下に隠れたりとかして。知らずに帰宅した俺が襲われるシナリオとか」
「この屋敷に、カタギが侵入するんですか?できるんですか?」
「た、確かに……!」
鷹匠の突っ込みに、晴臣が「今気付いた」とでも言わんばかりに目を丸くした。
見張りに、監視カメラ、高い塀。おまけにヤクザ。
ストーカーとは言え一般人が忍び込むには、相当ハードルが高い。
「姉ちゃんに聞かされてた時には気にならなかったけど、よく考えたら無理な気がする……!」
よく考えなくても無理だ。命が惜しくなければ、正門くらいは突破できるかもしれないが。
「侵入は無理ですね。他は?」
「……あとは、俺の後をこっそり付けてきて襲う……とかがあったような。ほら、麻酔薬染み込ませたハンカチで口元押さえて、みたいな」
「その程度で気絶なんてしませんよ。せいぜい咳き込むくらいです。本気で落としたかったら——」
鷹匠は少し身を乗り出すと、指を晴臣の喉元に当てた。びくりと揺れた身体には気付かぬ振りをして、指の腹で頸動脈を軽く押す。
「ここの血管を左右いっぺんに押さえた方が早い。それでも数十秒はかかりますし、下手すると後遺症が残りますが」
実際に圧迫してはいないのだが、晴臣の顔がみるみるうちに赤くなる。鷹匠は首を少し撫でてから、何事もなかったかのようにテーブルを挟んで元の位置に戻った。
——惚れられている自覚は、ある。
そしてそれを晴臣が必死で隠そうとしていることにも、気付いていた。
「ストーカーについては、次また若の前に出てきた時に対策を考えましょう」
もう彼の目に触れさせるつもりはない。それもわかっていて、言う。
だがこう言っておけば、ストーカーとやらを今後見かけなくなっても「ストーカーだと思ったけど、勘違いだったのかもしれない」と考えるだろう。知らない場所で排除されたとは思いもしない。
晴臣は、そういう性格だった。
人を傷付けることを嫌い、ひとの善意を信じる。前世から、そのような人物であったらしい。
鷹匠としては、晴臣が指差した相手が本当にストーカーだったのかは関係なかった。
二度と彼の前に現れなければ、それでいい。
「それより、全部で何人いるんでしたっけ、その蒟蒻嫌いは」
「攻略キャラ!よくわかったな、俺!すごい!」
一人でノリ突っ込みをした晴臣が、ページをめくった。
「全部で3人。ストーカーのシナリオが完全に終了したら、チュートリアル完了で次が出てくる」
めくった先の左ページには、最初のストーカーと似たようなイラストがある。横には『偉いやつ。撃退難易度2』と書かれていた。ちなみに、MAXは難易度3とのことだ。
鷹匠は、このノートの内容を忘れていた理由を思い出した。
薄すぎたからだ、情報が。
右のページには、やはり下手な絵が描かれており、こちらには『悪いやつ。撃退難易度3』と記載されている。
晴臣の名誉のために補足するのであれば、それなりに情報は書かれてはいるのである。だがそれは、晴臣曰く「シナリオ別エンディング」というもので、鷹匠が知っておきたい情報ではなかった。
例えば、『偉いやつ』のページには、別荘に監禁、怪しげなオークションに出される、会員制の高級クラブで怪しい薬を使われて大ピンチ!といったことが書かれている。『悪いやつ』のページには、アジトに監禁、怪しげなオークションに出される、海外に売り飛ばされそうになって大ピンチ!などが書かれていた。
正直なところ、もう少し何とかならなかったのか、という気持ちはある。あと、エンディングも3つ目以外は被ってないか?という気持ちも。
しかしそれを伝えて、遠慮した晴臣に一人で動かれても困る。
「この『偉いやつ』というのは、どう偉いのか覚えてますか?」
「覚えてない……。もともと姉ちゃんのオタトークも、真面目に聞いてなかったし」
「顔は?」
「ストーカーの立ち絵とかは見せてもらってたけど、あとの二人は……」
晴臣の表情が曇る。助けを求めておきながら、と自分を責めているのだろう。
——晴臣が秘密を打ち明けてきた時。
鷹匠は、一度も疑いを口にしなかった。
それは二人の間にある信頼関係というよりも、鷹匠自身にも前世の記憶があるからなのだが。それを知らない晴臣は、「話はわかりました。そいつら全員、始末すればいいんですね」と当たり前のように返した鷹匠に、「し、始末はしなくていいから!」と慌ててから、抑えきれないように涙声になった。
『……信じてくれて、ありがとう……』
俯いた晴臣は、鼻を啜っていた。
泣き顔を見たのは、2度目だった。
「とりあえず、そのゲームとやらが始まったと仮定して、これからは慎重に行動しましょう。移動は必ず組の車を使ってください。大学は休みますか?」
「……行く。引きこもってても、問題を先延ばしにするだけだ。怯えて暮らすよりは、自分から出て解決したい」
「そうですか……」
ふっ、と口から笑みが溢れた。疑問を浮かべる晴臣に、鷹匠にとっての渡世の親の面影が重なる。
「親父もよく、言ってました。問題を先送りにするな、テメェからカチコミかけろ、と。やっぱり二人は親子ですね」
伝えると、父親っ子である晴臣は、照れたように笑った。
昨年他界した上総重成は度量が大きく、今時珍しいほどカタギとの線引きがはっきりした、一本筋の通った極道だった。
鷹匠にとっても、唯一「親父」と呼べる男だ。
出会ったのは、今から15年前。
一度死んで新しい生を得た鷹匠が、16になった年だった。
彼の死以降、上総組は若頭である鷹匠が一時的に組長代理として看板を背負っている。
そのまま当代として務めてくれという声は多いが、晴臣が大学を卒業して進路を決めるまではと黙らせていた。
その晴臣は、車での送迎を提案する鷹匠に、一度頷いてから「……でも」と表情を曇らせた。
「組の車だと、悪目立ちしないかな……。一応大学では、ヤクザの息子だってことは誰にも言ってないし」
「シノギの店で使っている送迎用の白の箱バンがあります。それを回しましょう」
「うん。……ありがとう、鷹匠」
「礼なら、ノーヘルエンドをクリアしてから言ってください」
「ノーマルエンド、な。上総晴臣が無事に大学を卒業するエンディング」
また違ったようだ。
だが意味は通じたようなので、鷹匠は気にしなかった。
次回第二話は9月11日17時更新です。




