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第十七話 「ヒーロー」だと若が言うので

 時間が遅くになるにつれ、車の通りも増えていく。

 埠頭近くの公園通りは、カウントダウンへの参加や神社への移動により、通常と比べて倍以上の移動時間を必要とした。

 鷹匠が埠頭に到着した頃には、時間は午後10時半を回っていた。手前の観光客エリアを避け、さらに奥を目指す。立ち並んだ倉庫街のその先で、車を停めた。

 運転席から降り、ドアを閉めると、強い海風を感じた。

 街灯が道を照らしている。年末で物流も止まっているエリアだ。辺りに人の気配はない。

 遠くに、カウントダウンで賑わう船の明かりが見えた。

 波音だけの世界で、見落としがないように歩く。柳は、倉庫街近くの岸壁に停めた船で待つと言っていた。地理的に詳しくはないが、埠頭の作りなどどこも似たり寄ったりだ。元々奥まった場所にある倉庫街の先は、大抵行き止まりになっていて古い桟橋が残されていたりもする。

 しばらく探していると、想像通り、警備灯だけの突き当たりに辿り着いた。立ち入り禁止のチェーンがかけられた桟橋に、一艘の白いキャビンクルーザーが停泊している。デッキライトがついていた。

 鷹匠は、わざとらしくかけられているタラップを踏んで船へと渡った。

 罠であるとはわかっている。

 それでも、感情が理性とは違う回路で身体を動かしていた。

 ライトに照らされたメインデッキには、誰もいなかった。写真を取り出し、荒い画像の奥に見える景色と照らし合わせる。この船で、間違いはないようだ。

 船首を見てから、船尾へと回る。

 吐いた息は白く、潮の香りと溶け合っていた。

 

 ——突然、エンジン音とともに船が揺れた。


 旋回し、動き始める。

 メインデッキへと戻ると、操舵輪を握った柳が「別れたばかりですが、こんばんは」と笑顔で手を振っていた。


「まさか本当に来るなんて。結構杜撰な計画だと思ってたんですが」

 船が岸壁を離れ、暗い湾へと出ていく。柳は上機嫌で鼻歌混じりにハンドルを回していた。

「安心してください。あの写真は、ウィッグをつけた僕です。今更見られて恥ずかしいものでもないですから。本物は今頃、年越し蕎麦でも食べてるんじゃないでしょうか」

 その言葉に、鷹匠はここまで来た目的は達成したと感じた。99%の確信と1%の疑惑を天秤にかけ、1%の疑惑を確認するためだけに船に乗った。

 命の保証がないとわかっていたとしても。

「……ようやく、『僕』を見てくれましたね」

 船が防波堤を抜け、内港から湾へと進む。白く立つ波が、足元に迫り水面へと引き摺り込む腕のようだった。

 客船たちが集まる賑やかなエリアが、遠ざかっていく。


 しばらく湾を進み、柳が何か操作をした。ゆっくりとハンドルから手を離す。自動操縦に切り替わったらしい船は、船首を真っ直ぐ湾の外に向けていた。

「……目的は、俺の命(タマ)か?」

「その言い方は正確ではありません。言ったじゃないですか、あなたは僕のヒーローで、仇のひとりだと」

 近付いてきた柳が、鷹匠の前で足を止める。

「僕の目的は、最初からあなただけです。あなたが手に入るのなら、他の何を引き換えにしてもいい」

「三陽会から見れば、痴情のもつれに見せかけて俺が死ぬ分には万々歳。お前の上の組織とやらも、夜梟(イエシャオ)が上総組の幹部を殺(と)ったとなれば、三陽会に貸しを作れる。……随分と都合の良い鉄砲玉がいたもんだな。親殺しを見逃されていたのは、そのせいか」

「それに関しては、上層部は割と寛容なんですよ?あなたを殺せば、正式に総長として認めてくれるそうです」

 ですが、と。柳が首を横に振った。

「僕は、あなたを殺すつもりなんてありません。……あなたはここで、僕と心中するんです」

 柳の視線が、月明かりだけの海へと向けられた。

「間もなく、湾から外洋へ出ます。船の燃料も切れる。無線も壊しました。あとは漂流するだけです。知ってます?この時期の湾外は潮の流れが独特で、あっという間に沖へと連れ出されるそうです」

 視線を鷹匠に戻した柳が、そこでふと首を傾げる。

「怖くないんですか?今すぐに僕を殺して戻ろうとしても、もう燃料も足りません。ここまで来たら風と潮で勝手に湾から出ます。あなたの死は、ほぼ確定しました」

 それは本当に、鷹匠の冷静さが理解できていないような声音だった。

 なるほど、と鷹匠は胸の中で思う。

 ヒーローだの仇のひとりだのと人を評価しておきながら、結局は何もわかってはいないのだと。

「俺たちのような連中が、まともに死ねると思うのか?」

 逆に問いかけると、柳は虚を突かれたような顔をした。

 同時にエンジンが数度回転数を変え、ゆっくりと停止する。風と波の音だけが船を包んでいた。

「俺は、お前のヒーローでも仇でもない。橋本信行の身体を奪っただけの、死んだはずのチンピラだ」

 それを聞いた柳は、今日鷹匠が見てきた中で、もっとも取り繕っていない素の表情を浮かべているように感じられた。

「死んだと思ったら、見知らぬガキの身体に入っていた。目の前にいたクソみてぇな男が殴ってきたから、その晩、煮詰めたタバコを飲ませて殺した。橋本信行も、お前の父親を唆した信雄も、俺にとっては赤の他人だ」

「……な、何言って……」

 あまりにも予想外だったのか。あるいは死を前にして狂ったと思われたのか。柳は驚愕と不安を半々にしたような表情で、鷹匠を見上げていた。

「この身体に入る前は、関西の下部組織で鉄砲玉をやっていた。何人も殺(バラ)した挙句、端金で取引されてカタギの罪被って10年くらった」

 鷹匠としては、柳がどう感じるかなどはどうでも良かった。

 ここで死ぬことさえも、どうでも良い。 

 もしも鷹匠が手打ちの現場から戻らなかった時には、山川に「お前が二代目を襲名しろ」と指示をしている。晴臣が座を降りた以上、順序としても妥当だ。ひょうきんな性格をしているが、一方で極道らしい一面も持ち合わせている。でなければ、上総重成が側に置くはずがない。

 山川なら、晴臣のことも任せられる。

「ムショから出て、何を思ったか、すぐ目の前の川で溺れてるガキを助けようとして自分が溺れて死んだ。……この世界に来てやり直せたと思ったが……、ボーナスタイムはこの辺りが限界なんだろ」

 実際、上総重成に出会ってからの16年は、褒美として受け止めても良いのではないかと思っている。

「俺と……心中したい、と言ったな?」

 冬の水の中で死んだ男が、同じ場所に帰るだけだ。

 柳に背を向け、船の縁に足をかける。

「……誰がてめぇなんざと心中するかよ。ひとりで死んでろ」

 そのまま、暗い水面に向かって飛び降りた。

 高い水飛沫が上がる。柳が何か叫んでいたが、水中までは届かなかった。

 風のせいか、顔を出した水面は高い波で揺れていた。体温が急速に奪われていく。

 沈んでいたのは数十秒ほどだったが、潮の流れと風で船からはあっという間に引き離されていた。

 メインデッキの明かりの下で、柳が周囲を探しているのが見える。ざまぁみろという気持ちと、甘いなという気持ちが同時に湧いた。

 あの場で柳を海に放り込めば、まだ生きて帰るチャンスはあった。漂流はするだろうが、夏のようにすぐ脱水を起こすこともない。商船や漁船に拾われる可能性は低いにしろ、ゼロではない。

 それを、鷹匠はしなかった。

 自殺願望があったわけではない。

 諦めてもいない。

 もし飛び込んだ時の感情に名前をつけるとしたら。

 おそらくそれは、『同情』が最も近かった。


 波を被りながら、空を見上げた。

 星の多い、夜空だった。

 まぁいいか、と思う。

 自分が死ねば、柳は晴臣にはもう手を出さないはずだ。三陽会も二代目の山川を警戒して、しばらくは静観の構えになると予想される。

 これでようやく、ノーマルエンドに辿り着けただろうか。


『最初に鷹匠を乗せるから。……それで、そのまま2人でキャンプに行こう?』


 この波のように、笹が揺れる庭で交わした約束は、果たせそうにない。今まで、どんな頼み事もすべて叶えてきたというのに。

「……約束、初めて破ります」

 そろそろ沈むか、と目を閉じる。もう吐き出す息も白くならなかった。

 

 その耳に、エンジン音が聞こえてきた。

 

 柳の船は燃料切れだ。

 カウントダウンで出航した船が間違ってここまで来たのかと、再び目を開ける。

 光に照らされた。

「……!見つけたぁーー!!」

 晴臣の声だった。

「山川さん!10時の方向!近付いたら一回エンジン切って!」

「はいよ!若っ!」

「鷹匠!今、浮き輪投げるから!」

 近付いてくる船を呆然と見やる。

 黄色い救助用の浮き輪が、近くに飛んでくる。ほとんど動かない腕で、反射的にそれを掴んだ。

 晴臣が浮き輪についたロープを手繰り寄せる。何度も浮き沈みを繰り返しながら、それでも鷹匠を引っ掛けた浮き輪は晴臣が乗る船へと辿り着いた。

 それは小さな漁船のようだった。鷹匠が船の近くに来たことを確認したのか、外に向けられていたライトが、引き上げやすいように船の上へと切り替えられる。

「……おっっも!」

 水を吸った、脱力した成人の男の身体だ。鷹匠は、晴臣の手のひらがロープで擦れて血を滲ませていることに気が付いた。それなのに、晴臣は鷹匠の腕を掴んでデッキへ引っ張り上げようとしている。

 中指の爪が剥がれるのが見えた。

「若!頭(カシラ)!」

 操縦室から出てきた山川が、晴臣の反対側から鷹匠の腕を掴む。鍛えられた山川の身体は、晴臣よりも強い力で鷹匠を船の上に引き上げた。

「……頭(カシラ)……重すぎます。もうちょい筋肉落としてください……」

 はぁはぁと、荒い息のまま「すぐ港に帰ります」と操縦室へ戻っていく。

 仰向けになった鷹匠を、晴臣が覗き込んできた。

「鷹匠、大丈夫?」

 鷹匠は凍えて震える腕を持ち上げ、晴臣の手を掴んだ。手のひら全体の皮が真っ赤に剥け、中指からは血が滴り落ちている。海の水はひどく染みるだろうに。

「……手が……爪が……」

「あぁ、うん。痛いけど気にしないで。鷹匠が海に落ちるよりは、全然マシだから」

 なんでもないように晴臣は答え、「身体が冷えるから上だけ脱がすね」とジャケットに手をかけた。

「……山川さんから禁煙してるって聞いてたのに、携帯灰皿まだ持ってたんだ」

 小さく笑ってジャケットとシャツを脱がせ、薄い毛布で鷹匠を包む。

「若……なんでここにいるんですか」

 怪我の確認が終わったら次は状況の確認だと、止まりそうな思考で、それでも口は動いた。

 柳の話には乗らないと約束していたはずだ。山川に電話をした時も、晴臣と一緒にいると言っていた。

 問いかけると、少し困ったように眉尻を下げた晴臣が「山川さんを怒らないようにね」と前置きした上で話し始めた。

「明らかに罠ってわかるのに、俺が埠頭に行くはずがない。だったらそもそも、どうして船を指定したんだろうって思ったんだ。……それで、あの写真をもう一度見返してて、柳風月の表情に気付いた」

「……表情、ですか?」

「そう。……この人は、鷹匠が好きなんだって思った。俺もきっと、あの夜の病院で同じような顔をしてたはずだから」

 晴臣が血と海水で濡れた手で、鷹匠の前髪を掻き上げた。

「俺を脅すのは口実で、本当は鷹匠を狙っているのなら。目的は俺を船に乗せることじゃなく、鷹匠を乗せることかもしれないって、思った」

 晴臣の視線が一度操縦室へと向けられ、再び鷹匠へと戻る。

「それで山川さんに、どうしたらいいか相談したんだ。そしたら、漁船を手配してくれて。船でのやり取りは出航させてからするのが裏の人間の基本だから、カウントダウンを外れて港から出ていく船の後を追いましょうって言ってくれた」

「山川が……」

「鷹匠に、『自分が戻って来なかったら二代目はお前が継げ』って言われたって怒ってたよ。荷が重すぎる、冗談じゃないって」

 それは、なんとも山川らしい言い分だ。ようやく戻ってきた体温を感じながらチラリと操縦室を見る。

 デッキから操縦室は、近い。だがエンジンの音と屋根付きの囲いのせいで、鷹匠たちの会話までは聞こえていないらしく、ハンドルを握りながら口笛を吹いていた。

「船の上で何があったのかはわからないけど、鷹匠に似た人を乗せた船が港を出ていくのが見えたから慌てて追いかけたんだ。……間に合って、本当に良かった」

 晴臣の声がわずかに震える。揺れた指が滑り、鷹匠の頬を撫でた。

 その手の温かさに、鷹匠は息を詰まらせる。

「ねぇ、……聞いてくれる?俺が……殺した、人の話」

 鷹匠になら話せるから、と言われて、返事の代わりに首を縦に振った。

「……俺、前世でも小学校の頃いじめられててさ。通学中の上級生の信号無視を注意したり、野良猫に石を投げてる同級生に怒ったりしてたら、みんなから『優等生ぶってる嫌なやつ』って避けられるようになって。その日は、ランドセルを橋から川に放り投げられたんだ」

 冬の嵐が通過した後だった、と晴臣は語った。

「川は増水してて、気温も低かった。慌てて川岸に降りて流れていくランドセルを追ったんだけど、どこもかしこも雨で濡れてたから、そのうち足を滑らせて川に落ちちゃって」

 ランドセルを背負う年齢の子どもが、増水した冬の川に落ちる。

 それは大人が同じ状況に陥るよりも、遥かに危険で命に関わる事態だ。

 しかし鷹匠は、冷静に考えてもいた。前世の晴臣は2002年生まれで、2025年に亡くなったと聞いている。この時に命を落としていないことは、確かだ。

「苦しくて、冷たくて、鼻も喉も目も全部痛くて。もう駄目なんだ、って思った。……そしたら、知らない男の人が川に飛び込んで、俺の手を掴んでくれたんだ。引っ張って、川の真ん中にあった大きな岩に乗せてくれて。……俺は引き上げようとしたけど、駄目だった。力が全然足りなくて」

 声を震わせた晴臣が、それでもぐっと堪えて続きを話す。

「男の人が流されないように泣きながら、ずっと手を握ってた。でも、段々冷たくなっていくのがわかった。俺は泣いてて。……それなのに、その人は笑ったんだ。『えらい眩しいなぁ』って」

「——……」

「『俺の分まで長生きしてくれや』って笑って。俺が『約束する』って叫んだら、手を離してそのまま流されていった。俺は、あの人の手を掴んだままでいられなかった。そのすぐ後に救助隊が来てくれて、俺は助けてくれた人を探してって頼んだ。……な、何日も経ってから、……男の人は下流で見つかったって、父さんから聞かされた。俺が握ったままでいたら、きっと死なずにすんだ。俺が……殺したのと同じだ」

 声の震えを抑えるように、晴臣が大きく深呼吸をした。

「ランドセルは無くなったけど、俺はもういじめも気にならなくなった。俺のせいで死んだあの人は、俺にとって命の恩人で、世界一のヒーローだった。長生きして、あの人みたいに誰かを助けられる、優しくて強い人間になろうって思った。いつか俺が死んで天国に行って会えた時に、俺もあなたみたいに生きられたよって胸を張って言えるように——……鷹匠?」

 晴臣が戸惑いを浮かべて鷹匠の名を呼んだ。

 だが鷹匠は、何も答えることができなかった。

 片手で目を覆い、荒れ狂う胸の内の激情が過ぎ去るのを待つ。

 そんな馬鹿なと。

 神を嘲笑う気持ちと、縋る気持ちが同時に湧き上がる。

 声が、掠れて震えた。

「……若、その男は……ヒーローでもなんでもない。……ただの鉄砲玉です。組の指示で、何人も殺して……カタギの罪だけ被ってムショに入った、クズなんです」

「……鷹匠……」

「俺は……運命なんぞ信じてへん……」

 変化した口調に、晴臣が驚くのがわかった。けれども、止まらなかった。

「けど……こんなんされたら、思うてもしゃあない……。俺は赦されたんやって……。あの時の子どもの涙とおんなじくらい綺麗で眩しい世界に入れたんや、って」

 目を隠す鷹匠の手に、晴臣の手が重ねられる。

 そっと包むようにして剥がされ、晴臣の顔が水面からの景色のように滲んで見えた。

「……離したく、ないんです。やっと手に入ると思った。鷹匠蓮司になって、上総晴臣に出会って。前の俺が最期に見た光によく似た、若に、手を、握ってもらえて」

 鷹匠蓮司と前世の自分が、目まぐるしく入れ替わる。

「若が俺に組を託す言うた時、……俺から逃げるんやったら、足の腱でも切って攫って監禁しよう思いました。若のことなんぞ、考えてへん。結局俺は、人殺しのチンピラのままやったんです」

「……監禁しても、良かったのに」

「——……っ」

 鷹匠の独白を聞いていた晴臣が、静かにそう告げた。

 ギョッとして、自身の手に重ねられていた手を握り返し、毛布を跳ね除け上半身を起こす。

「自分がどうなるのか想像もできないのに、ふざけるのはやめてください」

「ふざけてない。本気でそう思ってる」

 なおも肯定されて、暗い炎のような怒りが声に滲んだ。

「今の若に触れたら、俺の理性はそこで終わります。あんたは一生、窓のない小さな部屋に閉じ込められて、俺の帰り待って抱かれるだけの専用の穴になります。服も必要ない。人としての尊厳をすべて奪います。排泄まで、俺が管理します。——そんな男に」

「いいよ、それでも。鷹匠の手を離さずにいられるのなら」

「……は?」

 間の抜けた声が漏れた。

 鷹匠の手を引き寄せた晴臣が、その甲に唇を寄せる。

「前世であの人を助けられなかった時、『手を離さなければ』って凄く後悔した。……だからこの世界では、大切な人の手は、何があっても絶対に掴んでいようって誓った」

「……若」

「上総重成の息子を舐めるなよ、鷹匠蓮司。俺は、絶対にこの手を離さない。鷹匠がキスの後で逃げても、家に帰ってこなくても。俺を壊すのが嫌で俺から離れたとしても。この手は、来世まで持っていくから」

 真っ直ぐな瞳に射抜かれる。それは鷹匠が最期の水の中で見た眼差しと、同じ輝きを持っていた。

「……自分の中の冷たい部分を俺に見せないように隠して、優しくして。俺を好きなくせに、俺に本気で好かれるのは怖くて。俺に触れたいのに、触れたら終わりだと思ってたなんて」

 その瞳から、透明な涙が零れ落ちる。

「——……愛しくて、たまらない」

 死ぬ前に綺麗だと感じたあの涙が、この世で一番手に入れたい相手と一つになる。

「俺も、運命なんて信じてないけど。それでも今は、この世界を作ってくれた誰かにお礼を言いたい」

 鷹匠は、晴臣と繋がっていない方の手を、伸ばした。そうする必要があった。

 これが本当に最後のチャンスで、そして過去への決着だと。

 そう感じたからだ。

「……世界一尊敬するヒーローを、世界一大切な人として出会わせてくれてありがとう、って」 

 何の抵抗もなく晴臣の身体が、鷹匠の腕の中にすっぽりと収まる。


 背後で、新年を祝う汽笛の音とともに花火が上がった。

 

「……すごい状況で、年が明けちゃったね……」

 腕の中で、晴臣が少しだけ笑う。

「進路について決めたこと、年が明けたら伝えるって言ったの、覚えてる?」

「……えぇ」

 鷹匠が上総組の二代目になるのであれば、晴臣はカタギになるのが筋だ。重成の息子という肩書きは消えないにしろ、上総組に身を置いたままでは内部分裂を生みかねない。

 そういった内容も合わせて伝えると、「それは確かにそうなんだけど」と晴臣は鷹匠の鎖骨辺りに顔を寄せた。

「治水の仕事をしたいんだ。……公務員は無理でも、外部から関われたらって思ってる」

 だから誠さんと話が合ったんだよ、と鷹匠が知らない理由を口にした。

 風舞伎町の合コンで帝和誠と出会い話をする中で、実家が堤防やダムの建設に関係していると言われ興味を持ったのだという。相手の思う壺だったかもしれないが、短期間で仲を深められた理由を鷹匠は察することができた。

 そして、晴臣の進む道が過去から未来へと一本で繋がっていることに、眩さを感じた。

 晴臣は、恩人である者の死からも、姉から聞いたという悲惨な未来しかないゲームのシナリオからも、卑怯な避け方をした鷹匠からも。

 一度も逃げなかった。

 それは、晴臣が持つ強さだ。鷹匠よりも遥かに揺るがない、真っ直ぐな柱だった。

「ちゃんと就職して、上総晴臣としてこの世界で今度こそ長生きする。その上で——」

 夜空に花火が打ち上げられる。

 晴臣の唇が、鷹匠の唇に軽く触れた。

「鷹匠蓮司の手を絶対に離さない、って決めたんだ」

「…………っ……」

 この時、息を詰まらせた鷹匠が浮かべた表情は、泣き笑いに近いものだった。

 壊れものに触れるように晴臣を抱きしめ、髪を梳き、顔を上げさせる。

「……キスをしても、良いですか?」

「こ、ここまできて、それ聞くんだ……」

 間近に見える晴臣の顔は、少し赤い。吐息をかけるように、鷹匠は笑った。

「本気は出しませんから」

「……本気出すと、どうなるの?」

 聞かれたのなら、仕方がない。背に回していた手を腰下まで滑らせる。

「若の乾いてるズボンが」

 今はまだ触れない箇所の手前で、指を止める。

「海に落ちた俺と同じくらい濡れます」

 えっ!?と声を上げかけた晴臣の唇を、そのまま塞いだ。

 操縦室の窓から顔を出した山川が「ここでおっ始(ぱじ)めるのだけは、勘弁してくださいね!」と叫んでいる。

 鷹匠は、それを完全に無視して、唇を通して甘く熱い舌を存分に味わった。



 水の中で死んだチンピラが、手を伸ばしている。

 それを、光が掴む。

 チンピラは、声を上げて泣いた。

 泣いて、泣いて、泣いて。

 掴んでくれた光に包まれ。



 鷹匠蓮司の中に、溶けるように消えていった。

次回第十八話は9月27日17時更新です。

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