3話 最強を戴きし者
本日3話目です。
「……どうしてこう大事になったのやら」
周囲に群がる民衆を眺めながら、ぽつりと胸中でため息をつく。
視線の先では、発案者が見知らぬ男と口論していた。
「緊急招集と言われ人員を集めましたが……キエラ様、これは一体全体どういうことでしょう?」
「初めに伝えた通りよ、ブレソール。今から緊急時の避難対応演習を始めるの」
顔を顰め、口を曲げる男。
そいつが引き連れた連中も皆、似たり寄ったりの反応をしていた。
同じ鎧に似た装飾、キエラと話している奴だけがいくつか違う物を付けてる以外、どれも一緒の格好だった。
たぶんこの国の騎士なんだろう連中は、呼び集められた理由に納得がいってない様子。
中には胡乱げな眼差しを送る奴すらいたぐらいだ。
「……わざわざ近衛騎士団一部隊を丸ごと呼ぶほどとは思えませんが」
「あら、いいじゃないの。普段は非番以外、全員参加しているのだから」
「それは事前に周知しているからです。いきなり呼ばれ、十分な説明もなしでは納得できかねます」
「“緊急”は先に告げてくれないのよ? なら、それも加味するのが、本来あるべき演習ではなくて?」
キエラの論法に一理あると思ったのか、男は渋面で押し黙る。
そいつが何か反論するよりも早く、話はおしまいとばかりに踵を返したキエラ。
「お待たせ、ゼイン。そろそろ始めようかしら」
「別に手合わせぐらいなら、わざわざこんな場所でやる必要もないだろ。さっきの練習場でもよかっただろうに」
キエラの意図が分からずそのまま尋ねる。
今、俺たちがいる場所は市街地のど真ん中。
その一画にある開けた場所――大広場とでも言えばいいのか、そんな街中へ来ていた。
あいつはおもむろに俺へ近づき、肌が触れ合う距離で答えを囁く。
「……貴方のためでもあるのよ、ゼイン。いちいち相手してたらきりないでしょ?」
「黙らせる程度、造作もないんだが?」
「こっちに支障が出るのよ。貴方のことだから無駄な殺生はしないでしょうけれど、怪我人の山が築かれたら堪ったものじゃないわ」
物理的にも、精神的にもよ、とため息交じりに告げられては、素直に従う他ない。
恐らくは実力を広く知らしめろということなのだろうが、それならそれで、別に急かす理由もない気がする。
そのことを率直に尋ねると、
「貴方たちをずっと待たせる訳にもいかないでしょ? それと、最近気が抜けた騎士が多くて、引き締めにはちょうどよかったのよ」
と、謝られながらもだしにされたのだと理解した。
「まぁ、キエラに迷惑が掛からないならそれでいい」
「あら意外。貴方の口からそんな言葉が出てくるだなんて」
目をぱちくりとさせ、まじまじと見つめてくるキエラ。
俺は眉間に皺を寄せながら、ぞんざいに吐き捨てた。
「……俺だって、成長ぐらいする」
「ふ~ん、そうよねぇ」
含みのある笑みを浮かべたキエラだったが、それ以上の言葉は重ねず、体ごと離れてしまう。
言い返そうと口を開いたものの、なんだかそれも負けな気がして口を噤む。
……あいつの笑みがいっそう深まったのだけは解せなかった。
「そろそろ始めるぞ」
突き放すように告げ、俺はくるりと距離を取る。
外野はさっきからずっとうるさいままだったが、一切を無視してキエラと対峙する。
その段になれば、キエラも表情を引き締め、ゆるりと佇む。
「合図はどうするのかしら?」
「任せる」
「じゃあ、分かりやすいのをやるわね」
数メートルの間を置いて、俺とキエラは互いを見つめる。
周囲の喧騒も、波が引くように収まっていく。
俺たちにとってはこんな距離、無にも等しい。
それでも、二人の要望に応えるには、絶対に必要な距離だった。
水を打ったような時が流れる。
キエラは腕を組み、肩と一緒に胸を揺らす。
俺はだらりと腕を投げ出して、片側に重心を傾けた。
誰かの喉が鳴る。
その直後、戦いの幕が上がった。
◆◆◆
膨大な渦が炸裂する。
今まで堰き止められていたかの如く、大波となって魔力が周囲へと振り撒かれた。
それは無言の圧となって、無差別に周囲を呑み込む。
見物人共は感じ取る魔力に恐れ慄き、騎士共ですらぎょっと目を剥く始末だった。
後ろで見ていた二人の子孫たちも例外ではない。
今までに視たことないであろう、荒々しく攻撃的なキエラの魔力に圧倒されていた。
「……へぇ、腕を上げたな」
爆発的に魔力を迸らせるキエラと違い、俺はまだその場でぽつんと突っ立っているだけだった。
あいつがやったのはただ魔力を迸らせただけじゃない。
それと一緒に青紫色の”結界”を瞬時に展開し、辺り一帯を呑み込んでいた。
キエラの結界は許可ないものを悉く消し去る。
昔は拒受の選別に一苦労していたというのに、一瞬で都市丸ごと包み込んでも余りあるほどまで展開するとはな。
数キロにも及ぶ人や物すべてを選り分ける姿に、思わず声を漏らしていた。
呆ける俺や面食らう他の連中を尻目に、キエラが次の一手に出る。
「ちょっ!? 流石にそれは不味いんじゃ――!」
悲鳴が先か、爆発音が先か。
目にも止まらぬ速さで巨大な石柱が飛来したかと思えば、瞬く間に轟音を撒き散らして土煙をあげる。
五メートルの体は簡単に煙に呑まれ、どよめきが巻き起こる。
中にはやりすぎだとの声も聞こえる始末。
それでもキエラは油断なくその先を睨みつけていた。
「ま、こんなんで欺けはしないか」
「当たり前じゃない。いくら魔力視で見つけにくいって言っても、貴方の実力を思えばこの程度、造作もないでしょうに」
ゆっくりと煙幕の向こうから姿を見せた俺に、キエラが一蹴する。
確かにさっきの魔法は上級魔法としては一級品だったが、挨拶でやられるほど耄碌してはいない。
むしろ久々の戦闘の雰囲気に、目が覚めてきたぐらいだった。
俺たちの視線が交錯する。
どちらともなく口角をあげると、本格的な戦いが始まった。
その場から飛び退きながら空を駆る。
無数の巌の牙が俺を捉えようと殺到する。
一本一本の見た目こそ俺の腕と変わらぬ細い岩の棘だったが、秘めた威力はさっきの柱以上。
それが互いに意思を持ったように縦横無尽に駆け回り、俺へ追いつかんとしていた。
対する俺は、空間魔法で足場を作りながら飛び回る。
時には空間跳躍や空間転移を織り交ぜながら、誤爆や縺れを誘発しようとしていた。
だが、そうそう上手くはいかない。
それらすべて、キエラが操る手足だ。
今この場で即席に作ったものもあるが、その多くが今までに生み出していた建物から拝借したもの。
この都市にある大半の建築物はあいつの魔法で生み出されているのだから、尽きることは到底なかった。
「ここに攻め込む奴は、キエラの牙城を崩す必要があるんだろうな」
緊急避難の練習とはよく言ったものだ。
あいつがいれば、並大抵の奴じゃ太刀打ちできない。
避難に関しても、自在に動かせる手足で然して苦労はないし、それ以前に避難するほど食い破られるのが想像つかない。
それほどまでに力をつけたキエラに、俺も自然と笑みが零れた。
「……なんて戦いだ」
「流石はキエラ様」
「てか待て。相手は何者だ!? こんな苛烈な攻撃を、一撃も食らっていない、だと……!」
多くの奴らが漠然と、強烈な光景を前に呆ける中で、一部は気付いている様子だった。
どうやらそいつらは全員、魔力視の腕がそれなりにあるらしく、戦闘の機微を捉えられているようだった。
魔力視自体は昔と違って一般に浸透しているようだが、腕は個々で如実に違っていた。
その辺の差異を見つける前に、そろそろ俺からも攻撃したほうが良さそうだ。
魔力を滾らせるキエラが若干不服そうだったから。
「なら、沈むなよ」
届くとも分からぬ独り言を呟き、俺は軽く手を振り下ろす。
忽ち周囲に明かりが落ちる。
灼熱を伴ったそれは、数十メートルほどの小さな炎の球。
それでも燦々と照りつける太陽に負けない輝きを放ちながら、キエラ目がけて進んでいった。
「くっ!」
キエラの声は、巻き起こった轟音に呑まれて掻き消されてしまう。
爆発と共に天へと昇る火柱が、衝撃波も産み落とす。
幾重にも増幅させた炎だ、生半可な魔法じゃ防げない。
初めは種火ほどの弱い魔法でも、何百、何千と積み上げれば太陽にすら届くだろう。
空中から見下ろしながら、爆心地に佇む人影を見つめる。
「容赦ないのね。私が防げなかったらって思わなかったのかしら?」
「挨拶ぐらい、防げるだろ。そもそも昔からこの程度は止められただろうに」
「防御に全振りすれば、ね。それでも一発受け止めるだけで消耗していたでしょうけれど」
肩を竦めるキエラは呆れる様子こそあれ、疲れはまるで見当たらない。
この数百年で魔力量も増えているようだから当たり前か。
「なら、誇ればいい。自分はこれだけ成長したんだってな」
「貴方に言われると、なんだかむず痒いわ――ね!」
会話で時間稼ぎしていたキエラが指を振う。
たちどころに四方八方から魔法が牙を剥き、俺を包囲する。
火に水、風に――いや、その上位属性たる炎、氷、嵐に地といった四属性から始まり、影や音、光に果ては空間魔法まで、魔法の展覧会の如く様々な属性が並んでいた。
普通に躱してもいいが、ふむ……。
瞬きの間で考えた俺は、用意していた魔法を止め、他の手に取り掛かる。
一秒もない刹那で組み上げ、余裕をもって行使する。
その場から動くことなく、迫る魔法の一切を無力化して見せた。
「え?」
「何が起こったんだ?」
「う、そ……。先生の魔法が……!」
「……魔力を、散らされた……?」
ほとんどの連中が理解できない中、二人だけが何が起こったのか認識したうえで唖然としていた。
……いい目をしている。
俺は二人を育てた相手に心の中で称賛しつつ、緩む頬をなんとか引き締める。
ゆっくりと地上へ降り立ちながら周囲の様子を観察し、地に足を着ける。
さて、あいつは――と向き直ろうとした俺の元に、風を切って迫る一筋の光があった。
「っと、危ない危ない。流石に”それ”を喰らう訳にはいかないな」
「ちょっとぐらい驚いてくれてもいいのよ?」
迫る掌底をいなした関係で顔が触れ合う距離まで近づいたキエラ。
彼女は僅かに口を尖らせて、不満を口にする。
「驚いてはいるさ。お前が理力――俺と同じ能力を得ていることにな」
そう、キエラが今さっき放ったのは理力を用いた技――理術だ。
俺の知らないものではあったが、ぴんと伸ばされた掌から発せられる力は、馴染み深い代物だった。
「なら、受け取ってくれてもよかったじゃない」
「それを貰えば俺が吹き飛ばされるだろ。互いの体重を基に、相手を突き飛ばす類の術だろうからな」
そう答えた途端、キエラは頬を膨らませて柳眉を逆立てる。
俺はただ事実を言ったまでなのだが、どうやらキエラのお気に召さなかったようだ。
だいたい、俺が軽いことを知っての一撃だっただろうに。
同年代の似た体格の奴と比べれば、俺はその三割にも満たないのだから、キエラより軽いのは明白なのにな。
若干の理不尽を感じつつ、俺は素直に謝ることにした。
「すまん」
「別にいいわよ」
そう言って、キエラはそっと顔を近づける。
次の瞬間、頬に柔らかな感触が伝わってきた。
「――私の負けよ。これは勝者へのご褒美」
にっこりと笑うキエラの声は、外野の絶叫で聞き取りにくかった。
次は本日最後の更新で、19時半頃を予定しています。




