4話 花咲く会話と体
本日最後の更新となります。
キエラとの摸擬試合を終えた俺は、逃げるように城の一室へと移動していた。
というのも、あの場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化し、落ち着いて話をできる雰囲気ではなかったからだ。
「お前、意外と人気があるんだな」
「意外って何よ。見ての通り、男受けはいいと自覚してはいるわ」
両手を広げて無防備に晒される肢体は、確かに男共なら好きそうな体つきをしていた。
胸ははち切れんばかりに大きく、それなのに腰はきゅっと絞られ、肉付きのいい太ももとは裏腹に、足の長さ故に太ってる印象はない。
顔も美人ではあるものの、どこか幼さを感じさせるからか、庇護欲を掻き立てられるんじゃないか。
そういう評価なのかと尋ねると、なんとも言えない表情で一言、
「本人に聞くものではないのだけれど」
と、苦言を呈された。
「まぁ、俺には性欲がないからか、そういうの、よく分からん」
「性欲がないってどういうこと?」
二人で戦場の復旧をしながら雑談していたところへ、純粋な眼差しのニ……シアナと、顔を真っ赤にするア……リネットが近づいてきた。
「ん? それはな、俺には生しょ――」
「――ゼインはアルシアとニネット、その二人しか眼中にないのよ。だから他の女性に靡くことはないし、私が誘惑したところで相手にもされないの」
答える俺の声に被せるよう、キエラが捲し立てる。
「へぇ、そんな人がいたんだ」
幾分か険が取れた眼だったが、初めの印象が尾を引いているのか、まだ棘を残すシアナ。
何が恥ずかしいのか、未だ赤面しているリネットは隠せていない両手から、ちらちらと視線を向けていた。
「とにかく! これで二人も分かったでしょう? 彼がご先祖様だって」
「……うん、まぁ、聞いてたとおりだった」
「はい……そうですね。疑って、すみませんでした」
まだ上手に感情を処理できていない二人は、それでも小さな頭を下げて謝罪する。
「気にするな。それだけお前たちが頑張っている証拠でもある。俺のことは、キエラの知人とでも思えばいい」
思わず手を伸ばして、触れる前に引っ込める。
あいつらみたいに慰めようとしてしまったが、今の二人には逆効果にしかならないだろう。
その役は、今は俺じゃない。
隣で小さく「……まったく、もう」と聞こえた気がしたが、俺は気付かないふりを決め込んだ。
「ほら、二人とも顔を上げて。世界は広いと知れたのだから、次から気を付ければいいのよ」
「はーい」
「わかりました、キエラ先生」
素直に頷く様子を横目に、俺はおずおずと口を挟む。
「……それより、そろそろ移動したほうがいいか? なんだか連中、歯止めが利かなそうだぞ」
振り向いた三人の視線の先には、騎士団連中に押し留められる野次馬たちの姿があった。
……一部、騎士っぽい奴が混じっていたのは気のせいだろう。
「それもそうね。後片付けだけれど……」
「お前がいいなら、一気にやるが?」
本来ならば、防衛面も考えてキエラが補強するべきなのだろうが、それだと少々時間が掛かってしまう。
さっきの攻防の中で俺が魔力阻害をした弊害なのだが、まさかこんな暴動じみたことになるとは思っておらず、失敗だったと今だから言える。
問い掛ける俺にキエラが「やって頂戴」と頷きを返す。
「なら、遠慮なく」
無言で動作の必要もなかったが、二人が側に居るからか、つい癖で指を鳴らしてしまう。
「わぁ!」
「すっご……」
一瞬にして元通りになる街並み。
二人とも驚いていたが、その反応は若干違った。
……シアナのほうが魔力感知は上手いのかもしれない。
目を輝かせる姉に比べて、硬い表情で呟く妹に、俺はそんな感想を抱いた。
「それじゃあ私たちは移動しましょ。――ブレソール、後のことはよろしくお願いね」
「えっ、ちょっ!? キエラ様!?」
泡を食う騎士の男を残して、俺たちはキエラに促されるまま転移で退散したのだった。
◆◆◆
城に戻った俺たちは、座学の時間だという二人と別れて、人けのない部屋でキエラと腰を落ち着けることになった。
「お前もだいぶ変わったな。昔なら、ああやって人に押し付けたりしそうになかったのに」
「長く生きれば、人間色々とあるものよ。もっとも、私は魔法生物なのだけれどね」
そういうところが変わったと思う際たるものなんだが、本人に気にする素振りはない。
「それならゼインだってそうでしょ? 貴方って自分のこと、あまり話したがらなかったでしょう」
「あの二人がアルシアやニネットと近いからか、つい口が滑るだけだ。それ以外は話すべき相手か見定めているにすぎない」
年頃の子供なのだからと、言い方には気を付けて欲しいと注意されてしまう。
別に生殖機能が無いことぐらい、どうってことないと思うが、キエラの言葉だから参考にすることにした。
「それで? ゼインはどこまで知っているのかしら?」
唐突な質問だったが、何を聞かれたのかは理解できた。
「俺がどうして眠らされたのかは、だいたい把握している。他はほとんど知らん。というか、然して興味がない」
「そうなの。……ちょっとは私に興味を持ってくれると思ったのだけれど」
拗ねたようにそっぽを向くキエラだったが、すぐさま何かに気付いたようにため息を零す。
「そういえば貴方は魔法関係は理解が速いんだったわね。忘れてしまいそうになるけれど」
「別になんでもかんでも理解している訳じゃない。ただ、理力に関しては択がほぼないだけだ。大本を知ったから、尚更な」
試しに師事した相手の名を口にすれば、彼女は悔しそうに「……正解」と口にした。
「それでも“昇華”状態に至ってるんだから、大したものだろう。俺の知る限りでは、最終段であるそこへ辿り着けるのは、全体の三パーセントにも満たないって話だし」
俺の所属していた理力を――理術を教えていた万理道場の師範代は、現役を退いた人も含めて十人も居なかったはずだ。
師範代になる条件は“昇華”状態に至ること。
“初期”状態、“覚醒”状態と段階を経て、最終的には“昇華”するのだが、理術を学ぶ大半が“覚醒”状態で足踏みをする。
なんでも技術面だけじゃなく、精神面の素養も必要らしく、その両方を兼ね揃えた者だけが至れる境地だという。
俺なんて未だ“初期”状態で足止めを食らっているのだから、キエラが如何に優秀かは身に染みて理解していた。
……もっとも、俺の場合は“徒花”状態という絶望により半分覚醒したような状態だから、一概に判断できないんだが。
「長生きな分、人より修練する時間があっただけよ。“覚醒”を抜け出せたのも、百年とか経った後だし」
「それでもだ。キエラ自身に適性がなければ、そもそも“昇華”することはない」
誇っていいと告げると、キエラは面映ゆそうにしながらも、どこか嬉しさを滲ませていた。
「んんっ……。私のことより、今はゼインの話を聞きたいわ。――体はもう大丈夫なのかしら?」
体……?
思わず首を傾げそうになり、すぐさま「あぁ、そっちか」と内心独り言ちる。
連中、本当のことは言わず、建前だけで皆を説き伏せたんだろう、と。
今はそのことを指摘せず、流れに乗ることにした。
「それについては問題ない。長い眠りの中で、技術が体に馴染んだ。もう、然程無理する必要はなくなったな」
「本当に、心配したんだから。ニネットなんて、『自分の所為だ!』って思い悩んだほどなのよ? アルシアがいなかったら、今頃どうなっていたのかしらね」
「悪かったって。俺も、あのタイミングで眠ることになるとは思っていなかったんだ」
「ふふっ、ちょっと意地悪だったわね。私のほうこそ、ごめんなさい」
その後、ひとしきり二人で過去を懐かしむ。
俺が眠ってからの二人のことや、これまでキエラが過ごしてきた話など、話題には事欠かなかった。
話すのは主にキエラばかり。
それでも俺は、皆のことが知れて嬉しかった。
どうやら現在は俺が寝てから六六五年が経過した世界らしく、情勢も都度変化していたそう。
「ん? お前たちは別として、他の連中も記憶を保ったままなのか?」
途中、看過できない情報に、つい口を挟む。
「そうだけれど、何か問題でもあるのかしら?」
「いや、あの獣共がそんなことを許すのかと思ってな。強さだけで言えば、奴ら、今のキエラと遜色ないだろ」
ぴくりと眉を動かしたキエラに、俺はなんてことないように尋ねる。
若干の疑念を抱かれたかもしれないが、そのことを指摘する訳にもいかない。
じっと見つめてくる彼女を平然としたまま受け止めていた。
「……倒せたり、倒せなかったりはしていたみたいね。この国にも出没したことはあったわ。でも、聞いてたみたいな歴史の消失は発生しなかったわ。この国だけじゃなくて、他のところでもね」
「そうなのか……」
俺はそのまま思考の海へと溺れていく。
連中の狙いがいまいち分からない。
必要だからこそ、回りくどい真似までして消していたのだろうに、これじゃ元の木阿弥だ。
全体の意思なのか、はたまた誰かの専断なのか……。
それ如何によっては、俺としても、対応の仕方を考える必要がある。
じっと眉間に皺を寄せていた俺に、横合いから真剣な声が掛けられた。
「ゼイン、何か取り返しのつかないことになるのかしら?」
振り向くと、キエラが神妙な面持ちで顔を覗き込んでいた。
それに対して俺は、飄々と肩を竦めて返す。
「いや? ただ不思議なもんだなと思っただけだ」
騙せたとは微塵も感じなかった。
それでもキエラは「相談には乗るわよ」とだけ告げて、深追いしないでくれた。
それ以降、他愛もない話に興じながら、夜は更けていく。
お開きになる頃には、空がじんわりと白んでいた。
ひとり残された部屋の中、俺は外の景色を眺めながら決意する。
……直接、問いただすしかない、か。
明日からは隔日更新の予定です。
次回の更新は7/22の22時です。
※追記:申し訳ありませんが、次回は7/23に変更でお願いいたします。




