第2話 2
よく考えてみると、あの本のことが関係しているのかもしれない。だからこそ今の私は、日曜日の朝10時にバス停の前に立っている。本当に、世界がどう動いているのか理解できない。
何度も繰り返される誘い、まるで折り紙飛行機が元の場所に戻ってくるように。断れなかった。より正確には、断るための適切な理由を見つけられなかっただけで、だから私は約束の場所に立っていた。
バス停のベンチに座って、何度か周りを見回した。朝の光が肌に心地よく感じられた。そしてついに彼が約束の場所に現れた。
「おはよう! 四つ目ちゃん。来ないかと思ってたから、第二プランを考えてたよ」
「来なかったら別の日にまた誘うでしょ。だから来ることにした」
「結局、君の行動がそれを証明してるね」
「言葉の使い方が少しおかしいよ」
彼は私の言葉を無視した。
約束を反故にできたら嬉しかったけれど、昨日の「青春とは何をするかだ」という言葉を思い出して、来ることにした。それだけ。
「おしゃれしてきたでしょ、今日のために。もしかして告白するつもり?」
私は横を向いて、少し首を傾けながらいたずらっぽく笑っている彼の顔を見た。おしゃれしてきたという言葉は全くの見当外れだ。新しい眼鏡が少し違って見えるだけで、古いのが少し壊れてしまったから数日前に買い替えようと思っていただけなのに。
「で、どこへ行くの?」
「わあ、少し張り切ってるね!」
「会話の始め方がそれじゃないよ、教えてあげる」
彼は少し咳払いをして、喉を軽く整えた。
「えへん、今日の調子はどう?」
「挨拶した時点でもう会話は始まってるんだけど」
「よかった、今日も元気そうだね。僕も」
「君って本当に会話というものがわかってないよね、まったく」
「聞いてる?」
どうやら聞いていなかったらしい。二度目だ。私は会話の方向がよくわからなかった。いつも的外れな言葉から始まる。
「ねえ、猫って一生のほとんどを寝て過ごす動物なんだって」
「それを教えたかったの?」
「君みたいだよ。でも可愛くておもしろい側面が」
「でも私は寝息を立てられないよ」
「そうだよね。……ところで、お金は持ってきた?」
「……持ってきた」
「じゃあ猫のいる場所に行こう。少し遠いけど、ほら、寝息の練習もできるし」
「そんなこと言った覚えはないんだけど、さっきの会話で」
「よし、次にやることも決まった。行こう!」
彼はそのにこやかな笑顔で私を見た。私はちらりとその視線を返した。そういえば、学校の外でこうして会うのは初めてだった。
結局、彼の提案に折れてしまった。よく見ると、ひとりにしておいたら困ることになりそうな人だなと思った。より正確には、他の人を困らせそうな人だと。
「わかった」
その後は風の音だけが聞こえた。近づいてくるバスを眺めながら、もう逃がす理由もなくて、私たちは乗り込んだ。本当に、折り紙飛行機みたいにどこへ向かうかわからない。
バスの中はかなり混んでいた。日曜日だからか、私と同世代の人たちも何人かいて、家族連れの大人も乗っていた。私は窓際に陣取って、街灯の柱や開店準備をしているいくつかの店が流れていくのを眺めた。
「何を読んでるの? 面白そうだから僕も読んでみたいな」
ときどき外を眺めながら、何羽かの鳥が飛んでいくのを見つつ、持ってきた文庫本の続きを読んでいた。
「書き方のガイドブックだよ」
「ふふ、僕も書けるよ。一緒に勉強しない?」
どう答えればいいかわからなかった。彼が書けないと思っていたのは間違いだった。あの日落ちたノートの文字は、確かに丁寧で綺麗だった。そのことを思い出すと少し罪悪感があって、言えることはひとつだけだった。
「ごめん」
「なんで謝るの?」
「ちょっとした反応」
「まるで僕が悪者みたいだ。悪者には謝らなくていいよ」
「悪者と一緒に女の子がいることってある?」
「あるよ、今がその証拠」
「いつから自分を悪者だと決めたの?」
「3秒前に決めた、ふふ」
本当に浅い決断だ。これ以上彼に「3秒前の決断」を説明させたくなくて、バスが少し揺れる中、読書を続けた。
少し間があった。
ずっと気になっていたあの言葉、あの日の本の言葉について、結局、口をついて出た。少し知りたかったから。
「……あの本に書いてあった言葉、どういう意味だったの?」
「あの言葉? 違う角度から考えれば、ただの小さな表現だよ。どんな大きな約束よりも、小さな行動のほうが価値があるってこと。それにあれは童話であって哲学書じゃないから」
「それに君は今、もうそれを実践してるよ」
「……どういう意味?今、私がそれをやってるってこと?」
「少し正しくて、少し間違ってもいない」
今の自分の行動が、いつの間にかあの日の言葉に向かう意図に変わっていることに気づいていなかった。これはきっと彼が冗談で包んだ罠で、普段より頭を使わせられている。このままでは本当に彼の童話の世界に引き込まれてしまう。まるで木の枝をペンで折り曲げるようなものだ。
「それは間違いだと思う」
「それはさておき、本当に読めたの? 外国の本じゃない」
「うん、あの話が好きだから。『幸福の王子』、ある犠牲によって人の見方が変わるっていう話。いつかその本を貸してあげるよ」
「……その物語の主人公はどうなるの?」
「その結末は、理不尽とも言えるけど、彼がしたことは、今の時代の人間にはなかなかできない善意だよ」
「読んでないんでしょ」
「読めるよ。外国語も話せるし」
「信じる」
「本当に?!」
少なくとも小さくうなずいてその会話を終わらせた。信じた理由は作り話だったけれど、信じないと言ったらこの会話は終わらないし、議論を起こしたくもなかった。
バスを降りたとき、驚いたのは、さっきからずっとぐるぐる回っていただけだということ。折り紙飛行機が風に揺られて漂うように、彼の言う「遠い」の意味がわからない。最初の待ち合わせ場所からほんの数メートルのところだった。
何も言わず深く息をついて、少し肩をつねった。これは夢なのか確かめるように。
「えっと……冗談じゃないよね?」
「ふふ、楽しかったじゃない。誰かと話しながらバスの旅を楽しむのって」
「趣味が悪いよ、まったく」
「さっきの旅、日記に書くよ。全然違う感じがするから」
「………趣味が悪いよ、まったく」
「二回目だね。まあ、この点については趣味が悪いと認めるよ」
「カフェはここからすぐだよ、行こう!」
大声で笑いながら彼は言った。私はその背中を少し疑わしそうに見つめた。また街中をぐるぐる回るつもりじゃないよね。結局、後ろからついていくことにした。
カフェの前に着くと、透明なガラス窓から何匹かの猫が遊んでいるのが見えた。ドアを開けると鈴の音が鳴り響いた。「いらっしゃいませ」という声が聞こえた。猫たちの毛並みはきれいで、小さい子もいた。生後二ヶ月くらいだろうか。
彼は窓際の席に座ることにした。抵抗するつもりもなくついていった。室内には小さな障害物コースや猫たちのために作られた木の小屋がいくつか見えた。
店員がメニューを持ってやってきた。私はイチゴミルクとチョコサンドをいくつか注文しようとした。
彼は元気よく手を挙げた。その笑顔が見えた。私を少しからかうような目で見てから、テーブルの上のメニューを流暢で穏やかな口調で、これまで聞いたことのないくらい、読み上げた。
「カフェラテ、フルーツパフェ、スフレパンケーキ、オムライス、だんご、パフェ、たい焼き、あんみつ、カルボナーラ、サンドイッチ、ハニートースト、ムースケーキ、あんみつ、もちアイス、ぜんざいをお願いします」
「あ、それとキャットちゅーるを2つ追加で」
しばらくして、店員がテーブルの横にひざまずいて注文を取り始めた。まるで暗算の得意な人みたいに、彼は流暢に対応した。
「ちょっと待って、糖尿病になりたいの?」
店員の仕事を少し邪魔している気がしたけれど、注文とは思えない言葉を並べていたから、思わず口を開いてしまった。
「別にそんなことないよ。それに今日は少し多めにお金を持ってきたし、君の分も払うから好きなだけ食べていいよ」
雰囲気に流されてうなずいてしまった。彼はまるで自分の家にいるかのように話し続けて、店員は素早く注文を繰り返してから去っていった。
「……今日の分は必ず返すから」
「わあ!! 楽しみにしてるよ!!」
「でも、そろそろ僕のことを気にかけるようになってきた? ちょっと感動したよ」
「心配」という言葉を聞いて、少し自分を責めた。心配とは何なのかわからない。でも今口から出た言葉がそういう行動だというなら、彼の感謝のつもりとして受け取っておこう。
「どういたしまして」
「はははっ、その返し方、ちょっと恥ずかしくなった」
「甘いものや色んな味の料理を全部食べたいんだ。もうすぐ死ぬから、できるだけたくさんの味を覚えておきたくて」
「なんで急にそんなことを言うの?」
「君の顔が聞きたそうにしてたから、答えたんだよ」
「人の表情を読む礼儀がなさすぎる」
「君のことが気になるんだよ。だからずっと見てしまう」
彼はくすくすと笑いながら顎を手の上に乗せてこちらを見ていた。「そんな目で見るのをやめて」と言いたかったけれど、ちょうどそのとき、頼んでいた料理を持った店員がやってきて、どうやら私の次の言葉を止めるために雇われたらしかった。
「いただきます! わあ、すごくおいしそう」
「いただきます」
甘いものが次々とテーブルを埋めて、しばらくして飲み物も届いた。どれも甘そうで、きれいに盛り付けられていて、熱いものからは湯気が漂っていた。正直に言えばどれも美味しそうに見えた。でも一番はやっぱり私のチョコサンドだ。
チョコサンドをイチゴミルクに浸して、ひと口食べた。甘さとミルクの香りがチョコと溶け合って、ほんのり果物の爽やかさも感じた。うん、おいしい!
さっきからずっと頭の中に引っかかっていた疑問があった。
「ねえ……私と時間を過ごして、本当に大丈夫なの?」
言葉が出てから、少しだけ刺さる聞き方だったかもしれないと思った。
彼はスプーンを手の中でくるくる回しながら、皿の上の料理をゆっくりなでるように動かした。まるで怒られた子どものように。しばらくして、また微笑んで、スプーンで私を指した。
「君を選んだんだから気にしないで。このクラスメートは変わってて、とても好きだから誘ったんだ。君と時間を過ごせることが嬉しいよ」
「たとえ残りの時間がわずかでも、君のことを知れてよかったと思ってるし、もっと知りたいとも思ってる」
「食事中にそういう話はやめてほしいんだけど」
「あ、ごめん。急に重くなったね」
しばらく間があった。スプーンと皿が触れ合う音だけが聞こえた。
「ねえ、このカフェの猫たちも、最初は来るお客さんと関わるのを怖がってたんだって」
「初めてここに来たとき、もうかなり前のことだけど、なでようとしたら手を噛まれた猫がいてね」
彼はパンケーキを口いっぱいに頬張りながらそう言っていたから、声がこもってよく聞こえなかった。それを言い訳にするのも悪くないかなと思った。
「ねえ、聞いてる?!」
「ねえ! ねえ! ねえねえねえ! 四つ目のクラスメートくん、人が話してるのに無視するのはよくないよ」
「先に食べ物を飲み込んでから話せる?」
「できないよ、面白いことを話してるんだから」
オウムのことを思い出した。理科の本で読んだことがある。群れの中で無視されていると感じると、注目を集めようとして大きな声で鳴くという。最近本を読みすぎかもしれない。それにクラスメートをそれに例えるのは、少し失礼な気もした。
「でも、そのうちあの猫が僕の匂いを何度も嗅いで、ようやく触らせてくれるようになったんだよ」
「毛並みが柔らかくてずっと抱きしめていたい。ねえ、もし一匹引き取るとしたらどう思う?」
「ちゃんと世話できないなら、やめたほうがいいよ」
「そんなひどいこと言って」
「そういえば君、猫は好き?」
「……猫を触ったことがない」
「ぷっ……」
彼がそれを聞いて吹き出して、大笑いした。気づかないふりをして、ただイチゴミルクをすすりながら今の状況を理解しようとした。そこにいる猫が遊び場で飛び跳ねているのをぼんやりと眺めながら。
「ごめん、それ本当に面白すぎて」
「笑いが止まらないよ、本当に」
「止めるように言った覚えはないけど」
彼は頼んだ甘いものが乗ったお皿を私の机の端のほうへ押しつけてきた。
「甘いものは苦手なんだけど」
「食べてみてよ。あるものを楽しめばいいじゃない、僕が君だったら断らないよ」
「これは強制?」
「誘いだよ、ふふ」
パンケーキからメープルシロップの香りが漂ってきて、少し意志が揺らいだ。断る理由を先延ばしにしてしまったのは、あの哀れっぽい目のせいだ。スプーンでパンケーキをひと口食べた。
バニラとキャラメルの甘さが舌の上でとろけた。今までの青春の中で一度も味わったことのない何かが。おいしくて、甘い。
「ほら、おいしかったでしょ。僕も初めて食べたとき同じ感じだったよ。世界には色んな味があるって知ってから、もっと食べたくなった」
「……まあ、悪くない」
「ほら、言ったじゃない」
「はい、休憩」
「えっ、パンケーキだけで終わり? オムライスも他のお菓子もまだあるのに」
これ以上食べたら毎週病院に血液検査に行かなければならなくなりそうで、今の自分の理性に従うことにした。
「どんな食べ物が好きなの? 次の活動の参考にしたいから」
「自分でもよくわからない……。たぶん天気次第かな」
「ああなるほど、暑い日はアイスで、寒い日はフルーツミルク?」
何を言ってるの。私の好みを天気のカテゴリに当てはめようとしている。このクラスメートは本当に何でも自分なりのやり方で結びつけてしまう。何を考えているのか、次に何を言い出すのか、さっぱりわからない。だから迷わず答えた。
「まあそんなところ、その場その場で」
「その場その場? つまり何でも食べるってこと? もしかして……共食いしてる?」
「私が人を食べるように見える?」
「でも何でも食べる人のことをカニバルって言うんじゃないの? 理科の本で読んだよ」
「雑食? それは動物の話だし、カニバルは同じ種族を食べる人のことだよ。理科の点数、何点だったの?」
「確か4点以下、2点くらいだったかな」
「2点なのになんで4以下って言うの」
「3点くらいと思ったから、だいたいそのあたり。それに点数より、実際に体験して学ぶほうが楽しいじゃない」
その言葉が、彼がずっとこんなふうに学んできたことをよく表していた。理論と体験が私とは真逆。このクラスメートのことが、やっぱりよくわからない。
しばらくして、彼が頼んだメニューの半分近くを食べ終えた頃、その胃袋の大きさに本当に感心した。体の中の臓器が私のより頑張って働いているのだろうか。
「ねえ、君のことをあまり聞いたことがないな。何でもいいから話してよ、ちゃんと聞くから」
「………私も何を話せばいいかわからない」
「じゃあ手伝うよ。彼氏いる?」
「……ああ、いるよ。すごくいい人」
「おっけー、信じるよ? いや、もう一回だけ説得してくれ頼む、ぷっ」
その反応からして、言い訳が相当下手だったらしい。それに私はそもそも恋愛のことなんて何も考えていない。会話が苦手だと自分でも認めているから。
「わかった、信じるよ。四つ目のクラスメートくん。でも本当のところ、どんな男の子が好きなの?」
いつものクセで考えてしまいそうになったのをやめて、普段の自分なら言わないようなことを、ロジックも本から学んだこともすっかり横に置いて、答えた。
「歴史を語れる人、歴史が得意な人。毎日の生活の中で書くことを手伝ってくれる人、文章が上手な人。どんな本でも読める人、読書家な人」
「ふむ……そういう人が好みなんだ。僕、文章はかなり得意なんだけど」
「はい、休憩その二」
「えっ、まだ飲み物も飲み終わってないのに」
同じ手が二度通用しないことが証明された。ちょうどスマホを取り出そうとしたとき、彼が私の手を引いて何かを握らせてから離した。一瞬、お礼の授業として叩こうかと思ったけれど、そのとき、一匹の猫がテーブルの近くにやってきた。
彼は椅子から立ち上がって、キャットちゅーるを開けてその猫を呼んだ。その毛むくじゃらの生き物をどうやってなだめるか、見ておこうと思った。
「猫を触ったことないんでしょ? 今やってみたらどうかな」
「まずね、猫はあごの下をなでてもらうのがすごく好きなんだよ」
彼は本当にその動作をしながら説明してくれた。わかったようなわからないような説明に、思ったより感心してしまった。
「大丈夫、噛まないから。噛むとしたら僕のほうだよ」
「……断る、無理」
「絶対できるよ」
「無理」
「できるって言ってるじゃない、信じてよ。ただの毛むくじゃらの生き物だよ」
「強制?」
「誘いだよ。でも少し強調つき」
「伝え方がひどい」
彼はそのとき小さく笑った。私はただ長く息をついて、少し眼鏡を直した。全然ずれてもいないのに、ただ触れただけ。少し緊張していた。
ゆっくりと立ち上がってしゃがみ、その小さな生き物に向かってゆっくり手を伸ばした。毛に触れた瞬間、重かった気持ちがいつもより軽くなった。布と綿が混ざり合ったような、柔らかくて滑らかな感触が手のひらに温かく広がった。しばらくして、この小さな生き物の柔らかなゴロゴロという音が、まるでレコードが静かに回るように、聞こえてきた。
「どうやら気に入られたみたいだね。わあ……君、猫をなだめるの、けっこう上手いじゃない」
「……そんなことない。ただ反応してくれてるだけ」
「ふふ。ねえクラスメート、何かあげたくない? お腹が空いてたら、たぶん何かしてくるよ」
「え、怖い?」
「怖くはないけど、恐ろしいことになるよ。体のどこかがやられるかも」
「じゃあどうすればいい?」
「わからない、自分で考えてみて、ははっ。このクラスメートはかなりよく考える人だからね」
話している間に、指先がぽかぽかしてきて、少し体がくすぐったくてたまらなくなった。この毛むくじゃらの生き物、本当に指ごと飲み込もうとしている。さっきのなで方に感謝してくれないの。この動物の行動は何をどう説明してもわからない。
さっきから手に握っていたキャットちゅーるを開けた。ゆっくりと、さっき噛まれかけた指を引いた。お仕置きとして、すぐには渡さないことにした。
その匂いを嗅いだ瞬間、この子は赤ちゃんみたいな声で鳴き始めた。私はまっすぐ目を見て、さっきのはよくないよ、と伝えようとした。でも、この小さな生き物に対してそれをやっても意味がないのはわかっていた。結局、全部渡してしまった。
「えへん、すっかり忘れられてたよ。ふたりを見てたら、カエルの王子さまを思い出した」
私は立ち上がって、席に戻った。彼の目がずっと私の顔に向いていて、応えたくなかった。
「で、もう寝息は立てられるようになった? 最初の人間として聞かせてほしいんだけど」
「無理。それに私は猫じゃない」
「そうだよね。でもいつか、次はどこに行こうか——」
ポケットから彼の電話の着信音が聞こえた。話が途切れた。彼は素早く出て、私には聞こえないような声で話した。でも聞こえてきた声の感じから、年配の人、たぶんお母さんだと思った。
話している間、少しだけ表情が変わった。電話を切ってから、小さく息をついた。
「今日はお母さんが来たみたいで、これで終わりかな。優しいけど頑固なんだよね、特に僕がクラスメートと一緒にいるとき」
「また晴れた日に、次は何をしようか?」
明るい声で言った。誘いの言葉はなく、ただ次に起きることを話しているだけだった。何を答えればいいかわからなかった。正直、意見を言ったところでこのクラスメートとは噛み合わないから、流れに身を任せることにした。木の葉が水に浮かぶように。
「何も提案しないから、毎日の勉強の邪魔にならないことと、将来の妨げにならないことだけお願いしたい」
「わかった、了解。じゃあ楽しみにしてよう」
その後、私たちはカフェを出て、それぞれの家に向かって並んで歩いた。少し距離を置いて、小さな段差や途中で聞こえる小川の音の傍を通りながら。
分かれ道に差し掛かったとき、それぞれの家へ向かう方向が違うその場所で、彼は手を振りながら「だぁ!!」と大きな声で叫んだ。私はただ小さく「うん」と返した。たぶん届かなかっただろう。
そんなことを思いながら、夕暮れが近づく光の中をひとりで歩いた。家のドアを開けると、中から「おかえり」という声が聞こえた。父と母への「ただいま」を返した。着替えてさっぱりしてから、母が作ってくれた夕飯を食べた。今日は魚が多めだった。
自分の部屋で、机のランプだけを灯して学校の課題をやっていると、スマホが光った。手を伸ばして見ると、彼からのメッセージだった。
「今日はありがとう、本当に楽しかったよ。賢いクラスメートにたくさん教えてもらえたし、はははっ——冗談だよ。ただありがとうって言いたかっただけ。これからもよろしくね。次が楽しみ。おやすみ」
高校の二年間で、こんなメッセージをもらったことは一度もなかった。何度も返信を打っては消して、また打って、ちょうどいい言葉が見つからなかった。考えすぎた末に、「OK」とだけ送った。
今、ベッドの上で、さっき送ったメッセージを眺めながら、自分の中の何かが崩れていく感じがした。なんでさよならの一言を入れなかったんだろう。また会う約束を、あんな一文で閉じてしまうなんて。結局スマホを閉じて、手元の枕をぎゅっと抱きしめた。
これからの日々を、ふたりの高校生として過ごすことを考えながら、その合間に、ふと思った。今ごろ、あの向こうで彼は何をしているのだろう。
おやすみ。




