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第9話 新たな一歩

「ちっがうわ、この馬鹿がッ! 寝ぼけてるのか!?」

「うっさい! これでもちゃんと目覚めパッチリだよ!」


 翌日早朝からライクの指導が始まった。

 急に魔術一辺倒になるわけにもいかなかったので、日課である剣の修行の前に、魔術の指導をしてもらうことになった。


「何回言ったら分かる!? お前は物体操作の魔術をロクに使いこなしていない。精度も、速度も、パワーも、全てが足りていない」

「やっているつもり! というか、急に上手くなるわけないでしょ!」


 ライクが叩き込んでいたのは物体操作の魔術だった。

 基本中の基本魔術。フレデリカですら知識程度には知っているレベルの魔術。

 なぜそれをやっているのかと言うと……。


「お前はそもそも魔力コントロールが全然なっていない。だからあの木剣すらまともに動かせないのだ!」

「目の前の光景が見えないの!? 私、かなり動かしているんだけど!?」


 ライクから言い渡された内容は非常にシンプルである。

 物体操作の魔術にて、木剣を自由自在に動かせるようになること。ただし、ライクが認めるレベルまで。


 物体操作の魔術自体は非常に簡単だった。

 現に、フレデリカは言われてすぐに木剣を動かすことに成功した。


 だが、ライクは一切認めていないのだ。


「俺から言わせればまだまだに決まっているだろう。そもそも、無駄に魔力を使いすぎだ。あと、この四分の一以下の魔力で物体操作の魔術を使え」

「四分の一!? 無理だよ! まともに発動するわけないじゃん!」


 魔術を使うには魔力が必要だ。

 魔力によって世界に働きかけ、説明できない超常現象を引き起こす。魔力が弱ければ世界に働きかけることが出来ないので、超常現象は起きない。

 それは当然、基本中の基本魔術とされる物体操作の魔術にも適用される。

 フレデリカとしては、これ以上魔力を使わなければ、世界に働きかけることは出来ないという判断の下、ライクに言い返していた。


「出来る。本来、物体操作の魔術に使わなければならない魔力量なんて、微々たるものだ。それなのにお前たちは無駄に魔力を使ってしまっている。無駄なエネルギーは無駄な動きとなって現れる」


 フレデリカはライクのこういう所が好きにはなれなかった。

 感情的に物を言うくせに、ここぞというタイミングで論理的に話をしてくる。フレデリカはどういう感情で話を聞けばいいのか、時々分からなくなる。


「物体操作の魔術は全ての魔術に繋がる基本魔術だ。俺の理屈上、この物体操作の魔術を完璧に使いこなせるようになれば、使えぬ魔術はなくなる」

「本当に~? 私が知らないからって、適当言ってるんじゃないの?」

「教わってる分際で疑問を抱くな。とりあえずお前は俺が合格を出すまで、ひたすら物体操作の魔術を使え」

「……他の魔術は?」

「お前にはまだ早い」

「何か思っていたのと違うー!」


 もっと色々な魔術を教えてもらえると思っていたフレデリカは思わず抗議した。

 これなら木剣の素振りをやっていた方がまだ有意義な時間をこなせるはずだ。そう思ったところで、フレデリカは一瞬止まった。


(そうか……これは私の感覚で言う所の素振りなんだ)


 木剣の素振りは単に身体を鍛えるだけでなく、剣を振るフォームや腕の可動域の確認等を兼ねている。

 この物体操作の魔術を使うという行動は、その自分がいつもやっている素振りと同義。そう考えたフレデリカは、ライクに反抗することはなくなった。


「ほう?」


 ライクは急に文句を言わなくなったフレデリカに対し、首を傾げた。


(突然黙々とやるようになったな。何が変わった?)


 フレデリカの中で考えの変化があったであろうことは容易に想像がつく。しかし、何故か。それはライクには分からなかった。

 少しだけ考えてみたが、すぐにライクは頭の中からそれを消し去った。


(こいつはガキの頃から手が血まみれになるまで素振りをしている奇特な人間だ。分からなくて当然、か)


 ライクが内心、失礼な結論を出したことには気づかないフレデリカ。

 彼女は今、物体操作の魔術に使う魔力を抑えるところから始めていた。


「う、動かない……」


 ほぼ消費量ゼロに近い状態で魔術を使ってみたフレデリカ。しかし、当然の結果と言えば良いのだろうか、木剣はピクリとも動かなかった。

 ライクはすぐに何故そういう結果になったのかを指摘する。


「いきなりカットしすぎだ。ただでさえ消費魔力を多くしなければ使えなかった魔術だろうが」

「く、悔しい……!」

「……だが、それで現時点での最低値は掴めるだろう。まずお前に必要なのは、どこまで魔力をカットすれば魔術が使えなくなるか、そのラインを把握することだ」


 ライクに言われながら、フレデリカは物体操作の魔術を使い続ける。


「ラインを見つけた後は、ひたすら消費する魔力量を絞っていく。そうすることでお前は最小限の魔力で最大効率の魔術を使うことが可能になるのだ」


 剣の修行のようだな、とフレデリカは思った。

 言ってしまえば、剣の修行も同じことである。基礎を固めていくと、やがて最小の動きで最大の一撃を与えられるようになる。


「その領域までたどり着ければ、あとは簡単だ。魔術なぞ、要は魔力を多く使うか少なく使うか、一気に消費するか小分けにして消費していくか、と言った単純な話になっていく」


 そこからフレデリカは一時間ほど木剣を動かし続けた。

 すると、急に身体の力が抜けていくような感覚に陥った。


「あ、れ……?」


 思わず座り込んでしまったフレデリカ。その状態を見て、ライクはゆっくり頷いた。


「ようやく魔力切れか。思ったより持ちこたえた方だな」

「これ、魔力切れなの? 変な感覚……頭は冴えてるのに、身体に力が入らないや」

「その感覚を良く覚えておけ。そうなりたくなくば、魔力の消費量を考えるが良い。さて、今日はこの辺にしといてやろう」


 その言い方に、フレデリカは引っ掛かりを覚えた。


「……もしかして最初から魔力切れにさせるつもりだった?」

「お前が合格点を出せば、そんなことはなかったのだが?」

「やっぱりライク、ムカつく」

「ムカつく余裕があるのなら、それを魔術の修行にぶつけるんだな」


 魔力切れはしばらく休んでいれば、回復する。酸素と同じようなものだ。

 魔力切れとは、酸素を求め、必死に呼吸をするような状態に似ている。


「あ、だいぶ楽になってきた」


 幸い、フレデリカは人と比べて回復が早いほうだったようで、少し休んだだけで自然と立ち上がれるようになっていた。

 すると、フレデリカはすぐに木剣を握り、素振りを始める。


「魔術の修行であれだけバテていたのに、もう動けるようになるのか。体力馬鹿というかなんというか」

「どうとでも言っていいよ。私は動けるから動くんですー」


 そう言いながら、フレデリカはすぐに自分の世界に入っていった。

 ライクが声を掛けても返事はない。


「その愚直なまでの集中力がこいつの強み、か」


 これからフレデリカはたっぷりと剣の修行に没頭するだろう。ライクが暇になる時間だ。


「……こいつに触発されたわけではないが」


 そう言いながら、ライクはフレデリカからは見えないように、物体操作の魔術を行使する。

 適当に動かしては止める。段々と速度を上げていく。さっきまでフレデリカがやっていたことをなぞりはじめたライク。


「勘違いするなよ。俺はあいつに教える手前、半端なことを教えるつもりはないということだ」


 誰に向けての言い訳なのか。ライクは小さく呟きながら、物体操作の魔術を使い続ける。そんな彼の言い訳は、当然フレデリカの耳に届くことはなかった。



 ◆ ◆ ◆



 朝の修行を終えて、フレデリカは学園にやってきていた。

 今日のフレデリカの目的地は剣士科の棟ではなく、魔術士科の棟だ。

 ここの学園は一応、剣士科と魔術士科の二つに分かれ、授業をしているが、希望者はもう片方の棟へ行って、授業を受けることが出来るのだ。

 剣士と魔術士の相互理解。先日の合同授業もそうだが、この学園は何かに特化した人間を作るというよりは、その人間の選択肢を広げていく校風なのだ。


「いよいよ魔術士科とやらで授業を受けるのだな」


 フレデリカは僅かなライクの声の弾みを聞き逃さなかった。


「あーもしかして、ちょっとワクワクしてるでしょ?」

「そんなことはない。誰がガキの受ける授業を楽しみにしているというのだ。冗談も大概にしろ」


 そうは言いながらも、ライクの視線はあちらこちらに動いていた。既に組んだ腕は何度組み直されたか分からない。

 これをワクワクしていない、というのは少し無理があるだろう。


「はいはい。じゃあ行くよー」


 もうすぐ授業の時間。飛び入り参加用の教室に入り、そこにいた教師に学生証を見せ、授業を受けたい旨を伝える。


「剣士科のフレデリカ・バニングウェイです。今日はこちらで授業を受けたいです」

「分かりました。それでは学生証を出してください」


 教師は快諾し、学生証に指を添える。すると、学生証が一瞬だけ淡く光った。


「はい、これでこちらの授業に出席となりました」


 全員の出席を確認した教師は授業の開始を告げる。

 フレデリカにとって、初めての授業。どんな内容を勉強することになるのか、少しだけ緊張した。


「――ということです。これが魔術の基本的な話になります」


 黙って聞いていたライクが口を開いた。


「この教師、中々分かりやすい話し方をするじゃないか。これなら馬鹿でも分かるだろうさ」

(ライクも学んだ方が良いんじゃない? 主に話し方とかさ)


 流石に授業中に声を出すわけにはいかなかったので、フレデリカとライクは思念通話の魔術を使って会話をしていた。


「ハッ。つまらん冗談だな。お前相手に丁寧に喋ってやる義理はない」

(ふん、良いですよーだ。すぐに見返してやるから覚悟しておいて)


 基礎的な話が終わり、次は基本となる魔術の授業となった。

 物体操作の魔術を始め、日常的な場面で使う魔術についてだ。


(なるほど……着火の魔術とか、湧水の魔術か。改めて聞くと、色んな魔術があるんだなぁ)


 フレデリカは新鮮な気持ちになっていた。剣しか興味なかったので、魔術については上辺だけしか知らなかった。

 今回、改めて魔術について聞いてみると、色々と学びを発見できる。ノートに書きこむ手が止まらなかった。


「何だお前、そういうのを全然気にしたことがなかったのか。それでよく今まで生きてこれたな」

(興味、関心の話だからそんなこと言われるほどじゃありませんー。でもまぁ、その魔術を使えば何が起きるのかくらいは知っているけど、ここまでは聞いたことがなかったや)


 人間、新たな知識を獲得すると、幸福感や充実感を得られる生き物だ。

 フレデリカは今、その時を迎えていた。

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