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第8話 関係の変化

「嘘……」


 フレデリカは今の光景が信じられなかった。なんせ魔術のぶつけ合いに勝っていたのだ。あの憧れのロクリスを地につけていたのだ。

 思わず剣を落としたフレデリカは自分の両手を見ながら、後ずさった。


「思っていた以上の結果だったな。まさかあの紫の小娘を上回る結果になろうとは」


 ライクが珍しく褒めていたが、その言葉はフレデリカの耳には届かなかった。


「何で……こんな」


 剣では勝つのは難しい。そう思っていた。だからこそ色々と考えに考えてヤケになり、フレデリカはあの時、魔術を使った。

 それが、この結果だ。


「やったね、フレデリカ」


 ロクリスは立ち上がった。その表情は喜びに満ちていた。


「今の、最高に良かったね。もっと練習すれば、もっと伸びる。わたしが保証するよ」

「ちが……今のは、違います」

「違わないよ」


 ロクリスは断じた。


「あれは間違いなくフレデリカちゃんが使った魔術だ。……とてつもない才能を感じたよ。魔術を食らったわたしが言うんだから間違いない」

「い……嫌だ。そんなの、私じゃない」

「……フレデリカちゃんの考え方は本当に勿体ないと思う」


 ロクリスの表情は悲しみに似た感情へと染まっていく。


「せっかくフレデリカちゃんには素晴らしい才能があるのに、フレデリカちゃんはあえてその才能を腐らせようとしている」


 フレデリカはドキリとした。そんなつもりはないのに、ないはずなのに。

 それを否定する言葉が出なかった。


「わたしはそうしようとするフレデリカちゃんの考えが分からないよ。多分、すごく意味がない。あえて無意味な選択をしようとしている」


 ロクリスはフレデリカに背を向けた。


「フレデリカちゃんはこのわたしを同じ魔術で正面から上回った。その事実だけは、忘れないでね」


 そう言い残し、ロクリスは去っていった。

 フレデリカはその背中を追いかけることも、声を掛けることも出来なかった。



 ◆ ◆ ◆



 その日の夜、フレデリカは自室のベッドでうずくまっていた。


「……」


 フレデリカは自分が底に落ちて行っているな、と自覚した。最近ずっと気分の上がる出来事がない。

 どんなに楽しい時でも、魔術のことがちらつく。そうすると、色々な人の言葉が頭の中に浮かんでくるのだ。


 父親。ルミネ。ロクリス。そして、ライク。


 皆、フレデリカの魔術の才能について、触れてきた。


「おかしいよ……」


 全世界に向けて叫び出した気分だった。だっておかしいじゃないか。

 自分は子供の頃からずっと剣一筋だ。ずっとずっと努力してきた。

 なのに、今日の結果はどういうことだ。


 剣では勝てなかったロクリスに対し、魔術で一瞬上回った。

 フレデリカは自分自身に失望していた。


「随分落ち込んでいるようだな」

「……」


 ライクはいつもと変わらない調子でフレデリカへ皮肉をぶつける。


「まぁ無理もないか。あれだけ頑張っていた剣よりも、俺が少し教えた物体操作の魔術で一泡吹かせられたものな。そりゃあそうなるだろうさ」

「……」

「おい、いつまでそうしているつもりだ」

「…………」

「聞け!!」


 ビクリとフレデリカの両肩が動いた。跳ねるように上がったフレデリカの顔は絶望に染まりきっていた。


「おいお前、いつもの調子はどうした。俺に対し、クソ生意気な暴言を吐いていたいつものお前はどこにいった」

「……私はこんな感じだよ」

「違うだろうが、この馬鹿が……! おい、もう一度聞くぞ。いつもの小娘はどこに行った? ふて腐れている馬鹿の行方を聞いているんじゃない。何があろうがそれに反発してきたあの馬鹿はどこに行ったと聞いている!」

「そうだよ! 私は最初っからこうだよ! ただの馬鹿だよ!!!」


 フレデリカの両目から涙が溢れる。


「ずっとずっとずっとずっと! 頑張ってきた! 私は剣を! なのに剣よりも魔術を使った方が結果は良かった! 何なのそれ!? 私は今までずっと馬鹿で愚かな行動だったってこと!? みんなが正しかったの? 素直にお父さんの言うことを聞いていれば良かった? ルミネの言うとおりにしていれば良かった? ロクリスさんに改めて魔術を教えてもらえば良かった!? 最初からハズレ幽霊の言うことに言い返さなければ良かったの!?」


 フレデリカは酸素を求め、一度大きく息を吸い込んだ。


「教えてよ……ハズレ幽霊。私のやってきたことは全部無駄だったの?」


 静寂が部屋を包む。

 数秒後、数分後、数時間後、時間の感覚も分からなくなった時。

 ライクが口を開いた。


「無駄だな」

「……そっか、やっぱり」

「今、お前がそうしている時間が無駄だ」

「え?」


 ライクは鼻を鳴らした。


「お前はいつも立ち止まりそうになった時、何か行動をしていた。何かに反発していた。何かを考えていた。それが俺の見てきたお前だ」


 ライクの雰囲気が違っていた。こういう時のライクは割と真面目な時なのだと理解していたフレデリカは黙って聞くことにした。


「しかし今のお前は何だ? 出来ることに悩み、出来ないことに対してはもっと過剰に悩む。お前は物語に出てくるような悲劇のヒロインにでもなりたいのか?」

「そんなことは……ない」

「ならばさっさといつも通りのお前になれ。いつものごとく馬鹿みたいに行動して、馬鹿みたいに悩んで、そうして答えを掴め」

「もしかしてハズレ幽霊、私のことを心配してくれてるの?」


 次の瞬間、フレデリカの後頭部にペンが飛んできた。ライクの物体操作の魔術である。


「いった! 何すんの!?」

「弱りに弱っているようだからな。俺が気合を入れ直してやったぞ。ありがたく思え」

「それで回復する奴なんていませんー!」

「いるじゃないか。俺の目の前に」


 ライクの指摘通りだった。

 フレデリカは確かに先ほどよりはマシな気分になれていると自覚していた。

 決してお礼は言いたくない。言うならば、せめてもの強がりだ。


「……私、立ち直りは早い方だから」

「ハッ。それならそれで良い。いつまでもグダグダと悩んでいられるのは、見ていて不愉快だからな」



 ◆ ◆ ◆



 フレデリカは夜、父親に一言言い、夜の散歩に出ていた。

 目的地を決めていたわけではなかったのだが、自然といつも通っている学園の方へ向かっていた。


「なんだかんだここに来ちゃうんだよね」

「考え事をするにしては、特別感のないところだな」

「うるさい、良いの。私はこうやって何の変哲もない広場にいるのが好きなんですー」


 学園内の広場。誰もいない静寂の空間。その中央にフレデリカは立った。


「静かだな」

「そういう時間を選んだのはお前だからな」

「少しは浸らせてよ」


 フレデリカは両手を広げ、目を閉じ、今までのことを振り返る。


(私は昔から剣が好きだった。かっこよくて、強い最強の剣士になりたいがために、必死に剣を振ってきた)


 幼少期の頃から、フレデリカは文字通り必死で剣を振ってきた。いつか最強の剣士になる。

 その目的のためだけに。


 しかし、色々なことがあった。


 剣の腕前を磨いてきたはずなのに、魔術の腕前に目を付けられる屈辱。今までの努力を否定されるような感覚。


 正直、全てに腹が立った。何にでも噛みついてやりたい気分だった。


(今までもそんなことは言われてきた。慣れてきたはずだった。へっちゃらだったはずだった。けど、ロクリスさんのあの一言が私、結構衝撃的だったなぁ)


 ロクリスは言っていた。

 伝説とされる剣士達は皆、剣術と魔術を組み合わせることによって、独自の剣術を編み出していたことを。


 そんなことあるわけない。あの時はそう思っていた。いつものフレデリカなら、その言葉にすら、耳を塞いでいただろう。


 だが、フレデリカにはその耳を塞がせない出会いがあった。


(けど、ハズレ幽霊を召喚してから、全てが変わったな)


 ライク。『無限の夜』、と呼ばれていたらしい魔術士。

 すごそうな人なのは何となく分かっていた。しかし、態度が終わりすぎていたし、剣士じゃなかったし、一刻も早く消えてもらいたかった。


 だけど、そんなライクでなければ、今回ここまで深く悩むことも、感情を爆発させることもなかっただろう。


(こんなハズレ幽霊だけど、私のことは見捨ててないんだよね)


 改めてフレデリカは今までのやり取りを思い出す。

 暴言こそ吐けど、ライクはずっと自分のことを信じてくれていた。基本的に自分のことを見下しているが、その才能にだけはある種の敬意を見せていたようにも思う。

 あのライクが、だ。


「ハズレ幽霊」

「なんだ小娘」


 だからこそだろうか。

 フレデリカは何となく聞いてみたくなった。


「もしも……もしもだよ? もしも私が魔術のことをちゃんと勉強したとして、ハズレ幽霊のことを追い越せると思う?」

「随分と大口を叩いてみせるな」

「いつも木剣で色んなもの叩いていたから、これくらいはね」

「無理だろうな。……普通なら」

「どういうこと?」

「知らん。お前のやる気次第だ。お前は俺が思ったより魔術の才能があった。あとはそれを寝食忘れて磨けるかどうかだな」


 肯定も否定しないライクの言葉。


「そっか」


 フレデリカはその言葉で、むしろ気が楽になった。


「ねぇハズレ幽霊、私に魔術を教えてくれない?」

「ハッ。どういう風の吹き回しだ?」


 ライクに感情を爆発させたせいだろうか。

 フレデリカは色々なことに対し、少しだけ整理がついていた。


「私ね。今まで嫌だったんだ。お父さんからも、ルミネからも、最近だとハズレ幽霊とかロクリスさんにも魔術の才能があるって言われていたこと」


 それは今でも変わらない。フレデリカはずっと最強の剣士を目指している。

 他のことにうつつを抜かしている場合ではない。そう思っていた。


「皆、私のことをずっと思ってくれている。ハズレ幽霊も含めてね。だから、まずはやってみようかなって思った。魔術のことをちゃんと知ってみようって思えたの」

「ほう」


 フレデリカは頭ごなしに魔術を否定していた。自分には剣しかないと思っている。

 しかし、今までの出会いを振り返ってみた結果、フレデリカはこう考えを変えたのだ。


「魔術のことをちゃんと知ってみて、それでも嫌だなと思ったら、私は本当に剣の道に進もうと思う。お父さんの言うことも、本当に聞かない。なんなら家を出るかもしれない」

「俺並みにワガママな小娘になってきたな」

「だからさ、ハズレ幽霊。ううん――ライク、私に魔術を教えて」


 ライクは顔を背けた。

 フレデリカは怒らせてしまったのかと思ったが、そういう訳ではなかった。


「よりによって、この『無限の夜』と恐れられた俺に教えを、か」


 フレデリカからライクの表情は見えなかった。だが、声色は怒っている感じはしなかった。

 むしろ逆。楽しげな感情が感じられた。


「優しく教えるつもりはないぞ。一日でギブアップするだろうな。まぁその時は笑ってやるとしよう」


 ライクが振り向いた。彼は口角を釣り上げ、挑戦的な笑みを浮かべていた。


「まぁせいぜい俺を失望させるなよ――フレデリカ」



 この瞬間から、ハズレ幽霊と猪突猛進剣士の関係性が変わった。

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