第10話 魔術のアドバイス
「それでは今日はこれまでです」
フレデリカにとって、初の魔術の授業は終わりを迎えた。
「うーん、聞きごたえがあったー」
フレデリカは思い切り身体を伸ばした。ライクの暴言もとい指導のおかげで、事前知識があったからか、授業内容はスラスラと頭に入っていった。
教室を出たフレデリカはふと廊下へ目を向ける。そこで彼女は魔術士科にほとんど来たことがないことを思い出す。
「よし」
これを良い機会だと思い、フレデリカは魔術士科の棟を散歩してみることにした。
「次は魔術を実際に使ってみるようだな。良いかフレデリカ、ヌルい結果を出すんじゃないぞ」
「なんだかんだ、ライクも授業楽しんでいたよね」
「……そんなことはない。誰があんなレベルの低い授業を聞いてやるか」
フレデリカは知っていた。
ライクは自分の声が聞こえないのを良いことに、教師の言うことに補足をしてみたり、訂正をしてみたりとやりたい放題だった。
おかげさまでより知識が深まったので、全て悪いかと言われたら、そういうことではない。
だが、確実に言えることは、ライクがライクなりに授業を楽しんでいたということだろう。
「……そっか、じゃあそういうことにしておいてあげるよ」
「何だ、その含みある言い方は? 何度でも言うが、俺はあんなレベルの低い授業を楽しんでいたわけではない。ただ、お前に誤った知識が入るのを防いでいただけだ」
「いつも以上に口数が多いのが、全てを物語っているんだけどね」
その後も売り言葉に買い言葉を繰り返しながら歩いてると、ふと窓の外に目がいった。
「女の子?」
外で茶髪の女子生徒が、木へ手のひらを向けていた。
どうやら魔術の練習をしているように見えた。
ライクもその光景が見えたようで、あの女子生徒が何の魔術の練習をしているのか、一発で見抜いた。
「雷撃の魔術か。攻撃系魔術の中でも基礎的な魔術だな」
しかし、とライクはいつもの上から目線癖を発揮する。
「お粗末だな。あれならフレデリカの方がまだマシだろうさ」
「……」
そのまま歩き去ってしまえばよかった。だというのに、フレデリカは茶髪の女子生徒から目を離せなかった。
気づけば、フレデリカは小走りで廊下を駆け出していた。
「おい、どこ行くつもりだ?」
「あの子の所!」
「だろうとは思っていたが、まさか当たっていたとはな。本当に行くのか? あんなポンコツそうな魔術士、見るに堪えんぞ」
「そういうこと言わない!」
すぐに茶髪の女子生徒の下へたどり着いたフレデリカ。
その場から去っていなかったことに安堵しつつ、さっそく声を掛けてみることにした。
「あの! 初めまして!」
「ひっ! うちに何かご用ですか!?」
「ごめんね。別に驚かせるつもりはなかったんだ。あ、自己紹介していなかったね。私、フレデリカ・バニングウェイ。貴方は?」
「ま、マリアン・ブリューエルです」
そう言ったあと、マリアンは丁寧にお辞儀をした。その際、フレデリカは彼女の胸に目がいってしまった。
(おっ大きい……! 私の何倍!?)
フレデリカは衝撃で倒れそうになった。
マリアンの胸はあまりにも大きかった。そこそこスタイルが良いと、自分では思っていたが、上には上がいた。
おかげさまで、何の話をしに来たのか、忘れてしまった。
「えと、それでどうしてわざわざうちのところまで……?」
「そうだった……すっかり忘れていた。実は中からマリアンの姿が見えてね。それで何をやってるのかなーって」
「あ、そういうことですか。ここで魔術の練習をしていたんです。その、うちって物覚えが悪いのか、どうも上手く魔術を使えなくて……」
「そうだったんだ。もし良ければ見ていても良いかな?」
「い、良いですけど、きっと見ていても面白くありませんよ?」
そう言いながら、マリアンは魔術の練習を再開する。
木に手のひらを向けると、マリアンは精神を集中させ、小さく呪文を唱える。
「雷撃の魔術!」
手のひらからパチッと光が弾けた。しかし、それだけだった。あとは何も起こらない。
「……雷撃の魔術!」
マリアンはもう一度、雷撃の魔術を行使する。結果は先ほどと同じ。マリアンの手のひらからパチッと光が弾けただけで、何も起こらない。
その結果に、マリアンは膝からくず折れた。
「あぁぁ……やっぱりうちには魔術の才能なんてないんだ……」
「ま、マリアン。元気出してよ! もう一度やってみよう!」
思わずフレデリカは慰めモードに入るが、ライクは実にシビアだった。
「全くなっていないな。魔術を舐めてるのか?」
「そんなこと言わない!」
「え、え? うち何か言ったかな?」
「! ご、ごめん! 私の独り言なんだ!」
思念通話の魔術を使うのも忘れて叫んでしまったことに、フレデリカは赤面する。
この微妙な空気を変えるため、フレデリカは違う話題を振ってみることにした。
「マリアンはずっとこうやって練習しているの?」
「うん。うちってどうしても魔術を使うセンスというか、そういうのが足りないようで……。だからこうやって空いた時間は練習にあてているの」
「練習に……」
同じだ、とフレデリカは思った。それは最強の剣士になるため、自分が毎日のようにやっていることと同じだった。
フレデリカには視えていた。ずっと苦しみながら、ひたすら出来るようになるまで魔術の練習をしているマリアンの姿が。
(同じだ、私と)
フレデリカはマリアンに対し、親近感を抱いた。何か助けになりたい、そう思ったフレデリカはライクへ質問した。
(ライクから見て、改善策は何かあった?)
「魔術士を目指すのは諦める、というのはどうだろうか。一番即効性の高い案だと思うが」
(却下。『無限の夜』とか呼ばれている魔術士なら、何か後輩にかけてあげられる言葉はないの?)
「後輩ねぇ……」
ライクはそう言った後、少し考え込む素ぶりを見せた。一体どんな言葉が飛んでこようが、フレデリカは上手く翻訳してマリアンに伝えるつもりでいた。
しかし、出てきた言葉は意外なものだった。
「ちなみにお前はもうかけるべき言葉を知っているはずだ」
「え!?」
「え、どうしたの?」
「あ、ご、ごめん。また独り言なんだ! うん!」
「そうなの……? じゃあまた練習に戻るね」
また声を上げてしまったフレデリカは恥ずかしい気もちでいっぱいになりながら、再度ライクへ問いかける。
(私はもう知っている? どういうこと……?)
魔術関係の事なんて、ひたすら物体操作の魔術を使わされたくらいだ。マリアンにかけられる言葉なんて、持ち合わせているはずはなかった。
(うーん?)
とりあえずマリアンの様子を観察してみることにした。まず分かるのは、ずっと同じような現象が起き続けているだけ。
(マリアンは雷撃の魔術を練習しているんだよね)
今やりたいことは雷撃の魔術を成功させることだろう。しかし、結果は不発。
整理しながら見ていると、フレデリカは何故か強烈な既視感を抱いた。
(あれ?)
魔術の不発。この現象は最近、見たことがある。そう、自分が物体操作の魔術を最低限の魔力で行使しようと試みていた時に似ている。
「あ、あのマリアン?」
「ん、どうしたんですか?」
「えと、その」
もしもそういうことだとするのなら、実にシンプルな原因じゃないのだろうか。
「マリアンって雷撃の魔術を使うために練習しているんだよね?」
「? うん。だけど魔術を使うのが下手で、ずっとこんな感じなんだ」
「的外れなアドバイスだったらごめんなんだけど、魔力をもうちょっと使ってみたらどうかな? 雷撃の魔術に対して、使っている魔力が足りないから不発なのかも」
「魔力が足りない……。で、でもみんなこのくらいの魔力量だったような気がするんですよね」
その疑問について、フレデリカは即答することが出来た。何せ、最近取り組み始めた問題だからだ。
「これは人からの受け売りなんだけど」
そう前置き、フレデリカはライクからの罵倒内容を口にした。
「同じ魔術でも、人の技量によって使わなければならない魔力量ってあるらしいんだよね。だからマリアンはもう少し消費する魔力量を増やしてみたらどうかな? って」
「うーん……? そうなんですかね……でも、物は試しにやってみます」
そう言って、マリアンは改めて手のひらを木へ向けた。
先ほどよりも大量の魔力を消費したうえで呪文を唱え、世界へ働きかける。
「雷撃の魔術!」
次の瞬間、稲妻が迸り、木に明確なダメージを与えることに成功した。
「え、本当に? 本当……!? や、やった……! 本当に、出来た!?」
「やったねマリアン! 確かに雷撃の魔術だったよ! ちゃんと使えたよ!」
「すごい……本当に、フレデリカさんの言うとおりだった……! やった……やった!」
マリアンはいつの間にか涙を流していた。身体をせわしなく動かしながら、何度も自分の手のひらと木を見ていた。あまりの嬉しさにテンションや身体の動きが色々と追いついていないのだろう。
「雷撃の魔術!」
マリアンはもう一度雷撃の魔術を行使してみると、今度もちゃんと発動することが出来た。
フレデリカも何だか自分の事のように嬉しくなってしまった。
「良かったよ……ううぅ」
その様子を見ていた相変わらずライクはドライだった。
「何故、お前も泣いているんだ。ポンコツがようやく魔術を使えただけの話だろうが」
(こういう感動が分からない人でなしは黙っててよ、うぅ……)
「……こういう奴らの思考回路は良く分からんな、本当に」
ライクへ辛辣な言葉を投げつつ、フレデリカは喜びを噛みしめていた。
「あの、フレデリカさん。本当にありがとうございました。うち、本当に嬉しくて……」
「ううん、おめでとうマリアン!」
喜んでいる中、フレデリカは一瞬だけ固まった。
(あれ、私、剣じゃなくて魔術でもこんなにスラスラと喋れたんだ)
自分には剣しかないし、剣にしか興味が湧かない剣士だと思っていた。少しだけ心の変化があっただけで、魔術のことはまだまだ様子見の段階。授業は面白かったが、一時的な感情。そう思っていたはずだった。
魔術のことをある程度の自信をもって話せてしまった。
(私、どうしたんだ……)
フレデリカはそのことに対し、自己嫌悪してしまった。




