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第11話 過去最高のモチベーション

 翌朝。

 魔術と剣の修行をしたフレデリカは魔術科の棟へと出向いた。


「あれ、マリアン?」


 飛び入り参加用の教室に入ったら、なんとマリアンが座っていた。魔術士として勉強しているのは当然知っていたが、まさかここで会えたことに、フレデリカは喜んだ。


「あはは……フレデリカさん、やっほー……で良いんですかね?」

「いいよいいよ! でも、どうしてここに?」

「あーなんていうかその、フレデリカさんとまた会えるかなって思いまして……」


 マリアンはもじもじしながら答えた。少しだけ上目づかいになりながら、そう言う姿は男子生徒が放っておかないであろう愛らしさを感じた。

 もちろんフレデリカは大喜びだ。


「私もマリアンとはまた会いたいなって思ってたの! 嬉しいな!」

「それに、うち、もっと頑張ってみたくなりました。……昨日はすごく嬉しかったんです。だからまたあの感覚を味わいたくて、それでもっと基礎的な魔術の授業を聞きたかったんです」


 魔術士科の生徒もこの飛び入り参加用の教室で授業を受けることが許されている。剣士科の生徒向けに基礎的な魔術の授業ばかり行われているが、魔術士科の生徒も基本を振り返るために授業を受けていることはある。何も珍しいことではなかった。

 現にフレデリカのいる教室は剣士科の生徒だけでなく、魔術士科の生徒もちらほら見えている。


「何事も基礎。それを怠るわけにはいかないよね。じゃあさ、マリアン。隣に座って、一緒に勉強して良いかな?」

「こちらこそです。よろしくお願いします」


 今日の授業も聞きごたえのある内容だった。

 魔力の基本的な使い方や、基本的な魔術の復習などなど。元々真面目な性格のフレデリカの知的好奇心を刺激するには、十分すぎる内容だった。


「ハッ。相変わらず中身のない授業だ」


 ライクは今日も今日とて悪態をつく。本当は興味津々で、教師が話したことは全て覚えている上での、この態度である。

 ライクの天邪鬼(あまのじゃく)ぶりを理解していたフレデリカは、うんうんと頷きながら授業に集中する。


(ねぇライク。さっきの魔力の使い方なんだけど、治癒にも使えるってどういうこと? そんなこと出来るの?)

「待ってろ。いまお前の頭でも伝わるように言葉を整理する。あと一時間くらいは検討しなければならないが、大丈夫そうか?」

(ぜんっぜん駄目そう)


 そうは言いながらも、ライクは質問に答えてくれた。


「あの教師が言っていた治癒というのは、魔力によって肉体を活性化させることで、自然治癒力が向上するという意味だ。当然、回復魔術とは比べられるものではない。あくまで傷口を塞いだり、止血を促す程度と理解しておけ」

(絆創膏みたいなもんってことだね)

「……お前には最初からそう言った方が良かったのだな。俺の思考時間を返せ馬鹿者が」

(大して考えてないんだろうから、返しませーん)


 いつものライクとの言葉の鍔迫り合いもあったが、授業は何事もなく終わり、自由時間となった。

 すると、マリアンが立ち上がる。


「フレデリカさん、うち今日も練習してきますね」

「また私も見て良いかな? 邪魔しないからさ」

「良いんですか? それじゃあまた変なところあったら、アドバイスをもらっても良いですか……?」

「私、本当に魔術素人だよ? それでも良いの?」

「良いんです。何気ない一言がうちにとっての突破口になるかもしれませんので」


 そういうことなら、とフレデリカは快諾した。

 二人はマリアンが練習場所としているスペースへと足を運ぶ。だが、向かっているのは二人が出会った場所ではない。


「あれ? 違う場所でやるの?」

「あんまり固定の場所でやると、人の目が気になってしまって……」

「そういうものなの? 集中すれば関係なくない?」

「そもそも人の目が得意なわけではないので、少しでも静かな場所がうちにとって心地いいというのが本音ですね」

「そういうことなら分かった気がする。落ち着ける場所が一番だもんね」


 そうしてやってきたのは魔術士科棟が日光を遮り、暗くなっている場所である。ここにはマリアンがこっそり立てた木の板があり、その中心には円が描かれていた。


「今日は何の魔術を練習するの? 雷撃の魔術?」

「いえ、今日は風刃の魔術を練習してみようかと思います」


 ライクは鼻を鳴らした。


「風刃の魔術か。大した魔術じゃないが、雷撃の魔術でひーひー言っているような小娘ならちょうどいいステップアップだろうな」

(余計なことを言わない)


 タイムリーなことに風刃の魔術は今日の授業でも触れられた魔術だった。

 書いて字のごとく、風を操り刃と化し、目標を斬りつける魔術である。


「じゃあ、行きます」


 マリアンは手を揃え、手刀の形にする。魔力を用い、世界へ働きかける。

 フレデリカは手に汗握り、ハラハラしていた。そばで見ていたライクは冷ややかな表情だった。

 呪文を唱え終わったマリアンは手刀を振り下ろした。


「風刃の魔術!」


 風が歪み、突風が吹いた。次の瞬間、木の板へ僅かに切れ込みが入った。


「や、やった! 一発で成功しました……!」


 マリアンはこの結果に対し、大いに喜んだ。今までは成功しなかったのに、雷撃の魔術で掴んだコツを生かしてみれば、なんということだろうか。一発で成功を収めたではないか。


「すごい! やったねマリアン!」

「ありがとうございます! フレデリカさんのおかげです!」


 お互いに喜びを分かち合っている傍らで、案の定ライクが鼻を鳴らしていた。


「ハンッ。これが風刃の魔術とは片腹痛いな。無駄に力が入りすぎて、刃が太く鈍くなっている。ナマクラの包丁を投げ飛ばしたのと変わりないぞ」

(え、ライクいまアドバイスを……?)


 その言葉を聞き逃さなかったフレデリカはつい脳内で聞き返してしまった。

 彼女に指摘された後、ライクもそれに気づいたようで、思わず舌打ちをした。


「気にするな。俺は何も言っていない」

「ねえマリアン! 今の風刃の魔術なんだけど――」

「おい聞け!」


 ライクが声を荒げているが、それを無視するフレデリカ。彼女の頭の中は、いかにわかりやすくマリアンに伝えるか、ということだけだ。


「――そんな感じでどうかな?」

「は、はい。もう一度やってみます……!」


 フレデリカのアドバイスを受け、マリアンは再度風刃の魔術を行使することとなった。

 ライクの指摘はたった一つ。魔力の使い過ぎによる過剰な刃の形成が、今の失敗の原因だということ。


「風刃の魔術!」


 呪文を唱え終わり、マリアンは再び木の板へ風刃を射出した。すると、今度は板を真っ二つに割ることが出来た。


「うそ……。これもこんなに上手に出来たことなんてなかったのに」

「すごいよマリアン! コツを掴んだらすぐに出来たじゃん!」

「はい……はい……! うち、いま夢を見ているのかなって……!」


 しばらく喜びに浸っていたマリアンは、ふとフレデリカへこんなことを聞いた。


「そういえば、フレデリカさんはどんな魔術が使えるの?」

「え、私? 私はその~物体操作の魔術しか使えないというか。それしか使わせてもらえないというか」

「? 使えないとかじゃなくて?」

「たっ試したことがないと言った方が正しいかな!? ずっと物体操作の魔術しか使ってなかったから中々試す機会がないというか」


 それなら、とマリアンが両手を叩いた。


「フレデリカさんもうちと同じ魔術試してみたらどうですか?」

「同じ魔術というと、雷撃の魔術と風刃の魔術か……」


 フレデリカはちらりとライクの方を見る。一応、ライクの生徒として魔術を教えてもらっている身の上なので、伺いを立てようと思ったのだ。

 その意図は正確にライクへ伝わり、彼はすぐに頷いた。


「まだ使わせるつもりはなかったが、良い機会だ。やってみろ。物体操作の魔術で学んでいることをなぞるだけだ、俺を失望させるなよ」

(失望どころか希望に溢れさせてみせるよ。見てて)


 フレデリカは木の板の前に立った。


「フレデリカさん、頑張ってください」

「ありがとうマリアン。それじゃあまずは雷撃の魔術から……」


 目を閉じたフレデリカは、授業の内容を思い出す。まずは雷撃の魔術の呪文を唱えつつ、魔力を用い、世界へと働きかける。


(呪文は問題なし、魔力の消費量は……これくらい? いや、もうちょっと絞るか)


 ピリッと、フレデリカの肌がざわつく。世界への干渉が終わり、フレデリカは起こすべき超常現象の名を口にする。


「雷撃の魔術!」


 フレデリカの手のひらから稲妻が走った。雷撃は真っ二つに割れた木の板に直撃し、そして徐々に燃えていく(・・・・・)


「……」

「……」


 木の板は燃えている。フレデリカはゆっくりとマリアンの方を見た。


「あの、マリアン? 水を出す魔術とかは……」

「ごめんなさい。まだ使えないんです……」


 木の板はどんどん燃えている。フレデリカとマリアンは顔を見合わせた。


「やばい! このままじゃ棟に火がつくかも!」

「あわわわ、ふれ、フレデリカさんどうしたら……!」

「バケツ! 水! マリアン、超特急で持って来て! 私も何とかして火を消してみせる! ゴーゴーゴー!」


 燃える木の板の前でフレデリカはライクへ聞いた。


「あの! なんとかして! 水を消してもらえないでしょうか!?」

「断る。ここが燃えようが俺には何の関係もない」

「ある! これは私がやらかしたこと! 私とライクは一心同体! ライクも悪い! 以上! 早くどうにかして!」


 そう言っている間に木の板はどんどん燃えている。風の吹き方が悪ければ、冗談抜きで建物に火がついてしまうだろう。

 フレデリカの必死の懇願の甲斐あってか、ライクはようやく重い腰を上げた。


「では水剣(すいけん)の魔術でも教えてやるか。火事にしたくなければ、さっさと覚えろよ」

「は、早くー!」

「ちっ。そう騒ぐな。良いか、まずは呪文から――」


 そう言いながら、ライクは水剣(すいけん)の魔術の呪文を伝えた。必死のフレデリカは即、頭に叩き込んだ。

 次に世界への働きかけ方も教えてもらいつつ、フレデリカはすぐに呪文の行使を試みた。


「ぜ、絶対やってやる……!」


 目的がアレだが、過去最高のモチベーションをもって、フレデリカは事に臨んだ。

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