第12話 もしも魔術士だけの世界があれば
呪文が完成したフレデリカはすぐに世界へ働きかけた。
「消えてくれ、火! 水剣の魔術!」
次の瞬間、木の板の真下から強烈な勢いで水の柱が噴出した。あれだけどうにかしようと考えていた火が一瞬で鎮火し、現場は元の静寂に戻った。
少し遅れて、マリアンが水をたっぷり入れたバケツを持って到着した。
「あ! フレデリカさん、それって……!」
「あはは……人間、死ぬ気でやればなんとかなるんだね」
きらきらと光る水しぶきを背に、フレデリカは小さく笑ってみせた。
木の板を片付け、一息つく二人。少し時間が経った後、マリアンが先ほどの出来事を振り返った。
「あれって、もしかして水剣の魔術……ですか?」
「うん、ぶっつけ本番だったけど、何とか使えて良かったよ……」
「フレデリカさんって本当にすごいんですね。使ったことのない魔術を、しかもあんな危機的状況で行使できるなんて」
「ありがとう。ほんと、なんとかなって良かったよ。幸い、物体操作の魔術で練習してたことをそのまま生かせたから――」
そう、物体操作の魔術を練習していたおかげだ。
魔力の消費の仕方や、適切な使用タイミング、魔術をコントロールする力などなど。今回、フレデリカが水剣の魔術を使えたのは、物体操作の魔術から得られた経験を応用した結果だ。
思わずフレデリカは自分の手のひらを見た。
(使ったことのない魔術だった。でも、物体操作の魔術をあれだけ練習していたから、すぐに感覚を掴むことが出来たんだ)
ドクン、とフレデリカの心臓が高鳴る。
(え? もしもだよ? もしも他の魔術もこんな感じだったら? そうしたら私はすぐに使えるのかな?)
思い描いてしまった。自分が様々な魔術を使いこなす姿を。
ワクワクしてしまった。自分はまだまだ他の魔術に出会い、そして習得していけるかもしれないことに。
悔しいが、剣のみを練習していたら、一生知ることのない感覚だった。
「えと、フレデリカさん?」
「……はっ! ごめんマリアン! ちょっとぼーっとしちゃった! それよりもお礼を言わせて!」
「え、うちにですか!?」
「今ね、少しだけ私の中の世界が変わったような気がしたんだ。マリアンと出会わなかったら、一生こうなることはなかったと思う」
それは感謝だった。
きっかけは些細なことだったのかもしれない。たまたま、偶然の出会い。しかし、そんな出会いがあったから、フレデリカの世界が少しだけ広がったのだ。
「だからね、ありがとう! なんか私、魔術を使うのがちょっとだけ面白くなったかも」
「えへへ。フレデリカさんから褒められると、うち照れちゃいます……」
マリアンが頬を赤らめた。
「そういえばこの後、マリアンはどうするの? 木の板は私が燃やしちゃったから、魔術の練習で手伝えることがあれば、手伝わせてもらいたいんだけど」
「うーん……。なんだか気疲れしちゃったので、今日は終わらせてもらいましょうかね」
「そっか! じゃあ解散しようか」
「あ、あのっ」
マリアンの声が僅かに大きくなった。複雑そうな表情を浮かべているため、フレデリカは次にどんな言葉が飛び出してくるのか、予想が出来ない。
「? どうしたの?」
「あの、フレデリカさんは……」
マリアンが続ける。
「フレデリカさんは、魔術士だけの世界があれば、どう思いますか?」
「どう思う……って、私はそもそも剣士だからなー。うーん……」
「魔術ってすごいですよね。だから、そういう人たちだけいれば、この世界はどうなっているんだろう……って、たまに思うんです」
あまりにも真剣そうにマリアンが言うので、フレデリカもそれなりに考えてみることにした。
考えてみれば、良いことだらけかもしれない。魔術の研究がもっと進めば、どんどん便利になる。幸せになれる人がたくさん出てくるかもしれない。
だけど、フレデリカは苦笑いを浮かべた。
「確かにすごそうだけど、剣を振りづらくなるのは嫌だなーって」
フレデリカ・バニングウェイは剣士だ。
今は魔術に逸れてしまっているが、剣が大好きなことには変わりない。少し結果を急ぎすぎた余り、ライクを呼び出してしまったこともあるが、基本的にこの気持ちが変わることはない。
「魔術士だけがいる世界の片隅にも、私のような人間がいても良いのならぜひって感じだね」
「そう、ですか……」
マリアンが下を向いた。
そのリアクションを見たフレデリカは、何かやらかしてしまったのかと己を振り返る。いや、ないはずだ。今の所、感想を求められ、それに答えただけだ。少なくとも、やらかしてはいないだろうと、フレデリカはそう結論付けた。
「ごめんなさいフレデリカさん。急にこんなことを聞いてしまって」
「ううん、別に良いんだけど……。マリアン、大丈夫?」
「うちは全然大丈夫です。けど、すいません、今日はこの辺で失礼させてもらいます」
引き留める間もなく、マリアンは歩き去ってしまった。
その背中を見送った後、フレデリカはライクの方を向いた。
「ライクはどう答えた……って、分かりきってるよね」
「あぁ、本当に愚問だな。才能の比重が大きい魔術を使いこなせる者だけになれば、そりゃあ世界はもっと上手く回るだろうさ。なんなら今この瞬間から、そんな世界を目指してもいいだろう」
「それ物語の世界では、倒されるべき魔王ポジションだよね」
「魔王……フハハッ! 中々良い響きじゃあないか」
「ライクが魔王……ぷっ」
想像してしまった。ライクがいつもの口調で、いつもの態度で魔王をやっている姿を。
脳内に響き渡ってきた。勇者たちにあっけなく倒され、情けない捨て台詞を吐く瞬間を。
それらを思い浮かべたら、笑うなという方が無理な相談だろう。
「……お前、いま俺が情けない最期を迎えた瞬間を想像したな?」
「ナンノハナシ?」
「お前の考えていることなんて容易に想像がつくわ、この馬鹿が! この俺の無様を想像するなぞ、百年早いわ!」
フレデリカの誤魔化しは通用しなかった。
ライクは即座にフレデリカの考えていることを察することが出来た。
それなりに長い付き合いになってきたのである。
「それよりもさー! そろそろ魔術の練習に付き合って」
「……ちっ。今日は気絶しても終わらせんからな」
練習へと向かう寸前、フレデリカは改めてマリアンが去っていった方向を見た。
「……何であんな質問したんだろう、マリアン」
「おい! やる気がないなら、置いていくぞ!」
「あるって! 有り余ってるから待ってよー!」
深く考える余裕はなかった。今すぐにでも行かないと、ライクの怒声が飛んでくる。
すぐにフレデリカはライクの後を追いかけるのだった。
◆ ◆ ◆
フレデリカと別れたマリアンは誰もいない教室にいた。
「……」
人の気配がないのを確認した後、マリアンは胸元のロケットペンダントを取り出した。そこには一人の男性と少女の写真が写っていた。
「……どうしましょう」
それは自分に対しての質問。マリアンの脳裏には、一人の男性の顔が浮かんでいた。
「フレデリカさんのような人、初めて会いました。あの人に教えたらきっと、気になるんだろうな」
マリアンは思考を巡らせる。
仲良くなったフレデリカは自分と歳が近い。だから、別にフレデリカの存在を知ったとして、何が起きるわけでもない。
確証もない想像。それを否定する者も、肯定する者も、いまこの場には誰もいなかった。
「教えるだけ、教えてみてもいいかもしれませんね」
ロケットペンダントを再びしまい、マリアンは誰もいない教室を後にした。
◆ ◆ ◆
昼食の時間も終わり、フレデリカは久々の日課に取り組むため、剣士科の運動場を訪れていた。
「ルミネ! 久しぶりに戦うからこそ、勝つよ!」
「かしこまり。けど、ボクが勝つ」
フレデリカの親友であるルミネ。最近、魔術の練習に取り組んでいたため、ルミネとのぶつかり稽古を後回しになってしまっていた。
だからと言って、剣の修行まで怠っていたわけではない。むしろ、より剣に打ち込んだ。
「行くよ!」
勢いよく突進するフレデリカ。接近の速度を木剣に乗せ、一気に振り下ろした。
対するルミネはそれを的確に受け止める。僅かに剣を傾け、フレデリカの剣を受け流し、即座に反撃へと移る。
ルミネが真横に剣を振るう。フレデリカは腕を曲げ、それを受け止めた。
フレデリカが一歩踏み出し、ルミネの足を払おうとする。その意図に気づいていたルミネは狙われた片足を上げることでそれを回避する。
ルミネは何度か木剣を振り回す。フレデリカは適切に受け切り、反撃をしようと試みる。
完璧なタイミングでの反撃。だが、その瞬間、ルミネの身体がゆらめいた。
「……!」
フレデリカの木剣が空を切ったのだ。
「ボクのリズムはそう簡単に掴めない」
フレデリカは今の状況を正しく理解できていた。
確実にルミネを捉えることには成功した。だが、ステップのリズムを意図的にズラしたことで、目の錯覚が起きていたのだ。
ルミネが木剣を突き出す。フレデリカはそれを弾く、しかしルミネはまた突き出す。防ぎ、再度突き出す。その応酬に、フレデリカは一瞬だけ下半身の重心を崩してしまった。
「もらい」
「しまった……!」
ルミネが懐に入り、剣と腕を巧みに操り、フレデリカを地面に引き倒す。
すぐ起き上がろうとしたところに、ルミネが木剣を向ける。
「ボクの勝ち」
「私の負けだぁ……」
ルミネが手を伸ばしたので、それを掴み、立ち上がるフレデリカ。
すぐにフレデリカは反省会を開始した。
「いやぁ……相変わらず、ルミネは強いね。今のは完璧にやられたよ」
「一回限りの手。次はフレデリカに通用しない手だから」
「まーね! むしろああいうパターンもあるんだなって、また修業が捗るよ!」
「うん、フレデリカは絶対に強くなる。ボクが保証する」
「それでね、ルミネ! ちょっとさっきの動きについて、検討したかったんだけど……」
フレデリカとルミネは初めから終わりまでの中で、気になる状況や動きを再現し、互いに感想を言い合った。
戦い、振り返り、課題を見つけ、次に生かす。フレデリカとルミネはずっとこのサイクルを繰り返してきたのだ。
「……ん? あれ、マリアン?」
フレデリカはふと、物陰からマリアンが覗いていることに気づいた。




