第13話 向上心
「あ、あの。こんにちは」
マリアンが少し緊張気味に出てきた。
彼女を目にしたルミネが首をかしげる。
「どなた様?」
「紹介するねルミネ。こちらはマリアン。魔術士科で仲良くなった子なんだ」
「かしこまり。ボクはルミネ・スレイリー。よろしく」
「あの、うちはマリアン・ブリューエルといいます。よろしくお願いします」
「マリアン、ルミネは私の親友なんだ。いつも剣の腕を競い合っているの」
これがルミネとマリアンの出会いだった。
ルミネがマイペースの塊なので、初対面がどうとかいうのは一切ない。すぐにルミネはマリアンに慣れた。
「フレデリカはどう? 魔術、頑張ってる?」
「はい、それはもう。というか、魔術ならもうすでにうちを上回っていますよ」
「マリアン!? それは言いすぎだよ!」
「うんうん。流石はフレデリカ。ボクの自慢のフレデリカ」
既に元から友人だったかのような、リラックスした空気が流れる。
ふと、ルミネがマリアンをまじまじと見つめる。
「フレデリと同じ気配が流れている。なるほど、これが魔力というやつだ」
「ルミネさんも魔力は流れているんじゃ……」
「いかにも。だけど、ボクの持つ魔力量はあまりにも低い。最低限の生活魔術を使うのが限界」
「そうでしたか……すいません、辛いことを……」
すると、ルミネは心底不思議そうに首を傾げた。
「辛い? 何のこと?」
「え、えと……その、魔力が低いから、最低限の魔術しか使えないんですよね? だから、不便な気持ちだったり、色々と思っているんじゃないかと……」
「そういうことか。ありがとうマリアン。だけど、ボクは一瞬たりとも辛いとか感じたことはない」
「そう、なんですか?」
ルミネは二本指を立て、ピースサインを作った。
「ボクには剣がある。大概のことは剣があれば、何とかなる」
フレデリカもルミネのこの考えは知っていた。
ルミネ・スレイリーは己を理解しきっている。だが、最初からこの考えだったわけではない。
「実はね、マリアン。ルミネも魔術士を目指していたことがあったんだよ」
「え、そうだったんですか?」
「その通り。とりあえず魔術使えるの、かっこよくない? だからボクは魔術を使いたかった」
「そこまで思っていて……」
「けどボクには才能がなかった。だからさっさと諦めた。それで試しに剣の道に進んでみたら、これがもうハマった。だからボクはしばらくは剣の道を行く」
ルミネの強さは、この徹底した割り切り方にある。他の者なら、多少は後悔もあるだろう。悩むことだろう。だが、ルミネは即、新しいことに取り組める。
どれだけ熱意があったとしても、すぐに切り替えることが出来るのだ。
「あの」
だからこそマリアンは聞いてみたくなった。
「もしも剣がその、合っていなかったとしたら、どうするんですか?」
「魔術と同じ。剣を置き、次に行く」
このルミネの発言も、フレデリカは良く知っていた。そして決まって、ルミネへこう返すのだ。
「剣を置く前にルミネを超えてみせるからね。それまで待っててよ」
「りょ。だけど、ボクの判断はいつもライブ感に満ちている。待っていることは出来ない」
二人のやり取りを聞いていたマリアンはつい、再質問をした。
「る、ルミネさんは魔術や剣が好きなのですか? そうでないなら、その発言も分かるのですが……」
「好き。だからこそ、サパッと辞めたい」
「理由を……聞いても?」
「好きな気持ちがあるうちに、ソレを辞められる。たぶんそれはとっても贅沢なこと。ボクは、好きなことを好きなうちに辞められる贅沢さを知っている。だから思ったら、すぐ辞める」
フレデリカがここまでルミネの発言に対し、強く反発しなかったのは、この考えを知っていたからである。
好きなことを好きなうちに辞められる贅沢。
フレデリカ自身、それがいかに贅沢なことかを知っている。だからこそ、フレデリカはルミネの考えを尊重しているのだ。
それと、ルミネを超えることは全く別の話ではあるが。
「そうなんですね……。ごめんなさい、うちにはまだ分からないかもしれないです」
「分からなくても良い。もがき苦しんだ末に、憎しみを持ったまま辞めても良い。それが好きなことだから」
ルミネとマリアンはこの後、それぞれ用事があるようだ。
二人と別れ、一人になったフレデリカは改めてライクへこう言った。
「ねえライク。もうちょっと私に魔術を教えてよ」
「アァ? お前は何を言ってんだ、このアホチンが。物体操作の魔術もロクに使えてないのに、なーにを言ってんだ何を」
「いーじゃん! せっかく頼んでるんだから、付き合ってよー!」
フレデリカとライクの攻防は数分にもわたった。
先にギブアップをしたのは、ライクである。
「ちっ。じゃあまずは物体操作の魔術からだな」
「えー! 他には無いの!?」
「あるわ馬鹿。先に物体操作の魔術で慣らしてから、他の魔術を教えてやる」
「それならまぁ……良いけど」
こうしてライクによる臨時授業が始まった。
彼の言う通り、まずは物体操作の魔術からスタートした。
やることは基本的にいつもと変わらない。だからといって、フレデリカは決して手を抜かない。これが剣で言う素振りであると、理解しているからだ。
一時間ほどみっちりやった後、ライクはぼそりと言った。
「ハッ。少しはやるようになったじゃないか」
「え!?」
フレデリカは思わず聞き返してしまった。いつもなら物体操作の魔術を使っている間は、ずっと罵倒の嵐だったからだ。
今回もそうだろうと思って、覚悟を決めていたところにこの言葉。
フレデリカは面食らった。
「……何かおかしなことを言ったか?」
「や、その、おかしいというかまともというか」
「何だお前! おかしいとまともは同居しないぞ! 俺に何か言いたいことがあるなら、聞くぞ!」
「無い無い無い! ライクが褒めたから、驚いただけなの!」
「あぁ、そういうことか」
ライクは特に気にした様子ではなかった。
「物体操作の魔術を使い始めた時と比べて、少しはマシになってきたからな。だからたまには誉めてやろうと思っただけだ」
「それを最初からしてくれたら……」
「何を言っている。俺はお前を甘やかすつもりはないぞ」
「まぁ、それはね。承知の上で頼んでいるわけだし」
「ふん。まぁ今のは飴をやったに過ぎん。これからが鞭だ」
飴が来ると思わなかったので、練習のリズムが色々と狂ってしまった。フレデリカは改めて気合を入れ直すことにした。
「さて、次に俺が教える魔術はこいつだ」
すると、ライクは周囲に魔力を巡らせる。
「光弾の魔術だ」
そう言いながら、ライクは人差し指を地面に向けた。次の瞬間、彼の人差し指から魔力の塊が射出され、地面に穴が出来た。
「あー! 地面に穴がぁ!」
「おっと、だいぶ手加減したつもりだったのだが、やりすぎたな」
「やりすぎたじゃないよ! どうすんのこれ!?」
「騒ぐな騒ぐな。いま元に戻してやるよ」
ライクが指を鳴らすと、穴からどんどん土が湧いてきた。それだけではない。なんと、綺麗に整地され、最初の状態まで戻った。
これも何かの魔法なのか、そう思ったフレデリカが聞いてみると、とんでもない答えが返ってきた。
「局所的に時間を巻き戻しただけだ。そう騒ぐことじゃない」
「そう騒ぐことじゃない、じゃないよ。え、時間を戻した? それは普通に考えて、やばすぎる魔術では?」
「そうか? 時間を司る魔術なぞ、俺が二番目に極めた魔術だぞ」
「そっかー、二番目に極めたから何も問題ないかーアハハ。もう考えるのやーめた」
規格外が過ぎる。時間魔術なんて、おとぎ話でも聞いたことがない。誰もが空想する魔術、だが誰もがそんなもの存在するわけないと分かっている。
「他にも使える人っているの?」
「さぁな。だが、俺が生きているときは、他に見たことはないな」
「まぁ……そりゃそう何人もいないよね」
「とはいえ、簡易的な時間の魔術はある」
「え、何かあった?」
「加速の魔術。お前が受けている授業にも出てくるだろう」
加速の魔術。発動することによって、その名の通り、物体を加速させる効果がある。戦闘にも使われることがある比較的メジャーな魔術だった。
「あれが? ただ物とか人間を加速させているだけじゃん」
「大体がお前のように、上っ面だけしか見えていないんだろうなぁ」
「喧嘩かな? 売っているなら買うけど?」
「黙れ黙れ。あの加速の魔術をもっと深く、正確に言うなら、あれは加速ではなく時間操作だ。ただ、局所的かつ刹那のような時間の操作だから、誰もあれを時間の魔術とは認識していないということだな」
「どうしよう、言っていることが全く分からない」
言っている単語は分かるのに、言っている内容が分からない時はないだろうか?
フレデリカにとって、今がその時だった。
「……目に見えない速度で剣を振って、モノが斬れた。分からない奴が見れば、切断系の魔術と疑うかもしれん。だが、見る奴が見れば、それが実は剣の技術だということが容易に分かる。俺はそういう話をしている」
「加速の魔術ってめちゃくちゃすごいんだね!」
剣の話で例えたら即、理解したフレデリカである。
その単純さにライクはまた鼻で笑いそうになったが、そうなるとまた面倒なことになりそうだったので、頑張って耐えるのであった。
「ねえライク。私、光弾の魔術よりも加速の魔術に興味が湧いたかも。そっちの方を教えてよ」
「加速の魔術をだァ?」
「お願い!」
ライクは少し考えた。フレデリカが使えるか使えないかの話だけで考えるなら、使える。なんなら光弾の魔術も使えるだろう。
だからこそライクは即答しなかった。
(地味なモンよりは光って飛ぶモンの方がこいつみたいな奴は興味を示すと思ったんだがな)
ライクはフレデリカに光弾の魔術を教えたかった。彼女がもっと魔術に興味を向けるように。
加速の魔術はあまりにも地味だ。実用性は言うまでもないが、それよりは同じく汎用的な魔術である光弾の魔術の方が魔術を使っている感が出るというものだ。
(とは言えなぁ。この馬鹿のやる気が変に無くなっても困る)
導き出した結果はひどくシンプルなものだった。
「両方教えてやる。どちらも実用的なレベルになるまで使ってみせろ。それが次の試練だ」
「まさかの両方!?」
「ハンッ。怖気づいたか?」
「それこそまさか! これでもっと魔術の面白さを見つけてみせるんだから」
「……」
「どしたのライク?」
「何でもない」
フレデリカのこの向上心。
この気持ちはライクに無いものだ。そもそも、元から出来ていたので、何かを目指したことなんてない。
あったのは虚無感と退屈。全てが出来るからこその感情。
ライクはフレデリカの持つ向上心という気持ちについて、まだ理解が出来なかった。




