第14話 諦めのマリアン
ある日のことだった。
フレデリカは昼から魔術士科棟へ赴いていた。
いつもなら朝から魔術の授業に出席していたのだが、今日は事情が違った。
午前中は剣士科で木剣を用いた戦闘訓練が行われる予定だったので、絶対に出席したかったのだ。
ルミネと戦い、他の生徒とも戦い、またまた他の生徒とも戦う。木剣をひたすら振るうことが出来たので、フレデリカは上機嫌だった。
「お前は魔術の訓練をしている最中だっていうのを忘れているのか」
「ちゃんと覚えてるよ。けど、それ以上に剣を振るのが楽しいってだけ」
ライクの小言を受けてもノーダメージだった。
ルンルン気分のフレデリカは、まずマリアンを探すところから始めていた。
今日は一体どんな魔術を練習しようか。どんな魔術の話をしようか。フレデリカは色々なことを思い浮かべながら、廊下を曲がろうとする。
「マリアン・ブリューエル。君はいつまでこの学園にいるつもりだい?」
金髪男子と他の男子生徒たちがマリアンを取り囲んでいた。
「おっと……?」
フレデリカは一旦、曲がり角に立ち、そっと顔を出す。
金髪の男子とフレデリカが向かい合い、その周りを男子生徒たちが囲んでいる。金髪の男子は冷えた目をしており、フレデリカはただうつむいていた。
談笑している雰囲気でないことは明らかだった。
「ハッ。懐かしいなぁあの光景。ああやって囲むことでしかイキがれない奴っていうのは、俺が死んだ後の時代にもいるもんだなぁ」
「とりあえず全員叩きのめす。話はそこからかな」
「よし行け。この廊下を血の海に変えろ!」
「よっし! 血の海にはしないけど、半殺しだ!」
木剣を片手に、フレデリカは飛び出した。
「そこの金髪たち、ナンパするのにそんな雁首揃えなきゃいけないのかな?」
「誰だ君は? 僕が誰か分かっていて、その発言なのかな?」
「生憎、誰か分からないと口に出来ない単語を知らないもので」
フレデリカは男たちには目もくれず、マリアンの手を引いた。
「で? 誰か分からないけど、リーダー格っぽい人。マリアンに何でちょっかいかけてたの?」
「ちょっかいとは安直な。僕は忠告をしていたんだ」
「忠告? 一応聞いてあげるけど、何て言ったの?」
「それはだな――」
「あ、ちょっと待って。マリアンの耳塞ぐから」
フレデリカはマリアンの耳を塞いだ。
「へ? ふ、フレデリカさん?」
「私は聞かなきゃだけど、マリアンが何度も聞くことはないから」
最低限の配慮の下、フレデリカは金髪男子の言葉を待った。
すると、フレデリカの想像以上の言葉が返ってきた。
「お前は魔術もロクに使えない半端者だ。お前みたいな落ちこぼれがいると、この学園が犬小屋と勘違いされる。さっさと消えることをおすすめするよ――僕はそう言ったんだ」
次の瞬間、フレデリカは木剣で金髪男子の頬を殴り飛ばしていた。
「うわぁっ!」
「ピサラ様! 大丈夫ですか!?」
「おいお前、ピサラ様に何てことを!?」
フレデリカはいたって冷静だった。今殴り飛ばした男がピサラという名前だったのか、と振り返られるくらいには。
しかし、フレデリカは冷静さと激しさを持ち合わせている。取り巻きが盾となっていなければ、もう一撃いったところだ。
「ハン。やるじゃないかフレデリカ、必要ならば俺がこいつらをどかしてやるが?」
(ううん、ライクは見ていて。やばくなったら手出してもらうかもしれない)
短く言葉と思念通話で思考を伝え、フレデリカは油断なく構える。
ピサラは起き上がると、フレデリカを睨みつけた。
「よりにもよってこのピサラ・グレゴワズに手を挙げるなんてね。無知な猪とはいえ、その行動にはある意味、敬意を表したい」
「? あえてフルネームで言うってことは、良い所の人なの?」
すると取り巻きが怒りをあらわにした。
「良い所どころじゃねぇこの馬鹿庶民が! この方はピサラ・グレゴワズ様! あの魔術の名門であるグレゴワズ家の長男にあらせられるぞ!」
「魔術の名門……」
フレデリカはちらりとライクに視線を向ける。すると、ライクはフレデリカの思ったような反応を返した。
「知らん。魔術の名門? どんなに名があろうと、俺より上はいないだろ」
「だよね、安心した」
「安心? 何の話だい?」
「おっと」
ピサラの指摘で、思わず思念通話ではなく言葉を発してしまっていた。恥ずかしくなり、フレデリカは口に手をやった。
「お前、謝った方がいいぜ。今でも重い罰が確定しているってのに、それ以上の罰を増やすこたぁねえ」
「まぁまぁ。皆の者、落ち着きたまえ」
すると、ピサラは少し腫れた左頬に手を添えた。
「僕の傷を癒せ。治癒の魔術」
ピサラの手が光に包まれる。すると、腫れた頬がどんどん小さくなり、やがて元の大きさへと戻っていく。
フレデリカの見たことのない魔術だった。
「癒しの効果を発現する治癒の魔術だな。まあサルでも出来る魔術だから、そう驚くなよフレデリカ」
こういう時、ライクのこの発言が力になる。少なくとも、魔術について分からなくてビビるということはしなくていいのだから。
「皆、聞いてくれ。いま木剣を振るった彼女は勇気ある者だ。……何故、あんな落ちこぼれと一緒にいるのかは疑問だがね」
「またぶっ飛ばされたいならそう言えば良いのに」
「だが、僕は寛大だ。たかが野良犬に一度噛まれたくらいで腹を立てるような、小さな度量ではない」
その言葉に、思わず取り巻きたちは「おおっ!」や「何とお優しい……!」などと言った言葉を次々に漏らす。
フレデリカは野良犬呼ばわりされたことについて、特に気にはしない。それくらいの暴言で怒るような鍛え方はしていないからだ。ただし、剣や友人について言われるのであれば、話は別だが……。
「そこで僕は考えた。あぁ、この野良犬はまだ人間と接したことがないのだな、と」
まるで演劇でもするかのような身振り手振りでピサラは語っている。
顔はそこそこ良さそうなので、本当に演劇でもやれば少しはモテるだろうなと、フレデリカはぼんやりと思った。
「だから僕はこの野良犬に教育する。人間と犬の立場というものをね」
「うおおお!」と沸き立つ取り巻き、「何と毅然とした態度、これがピサラ様……!」と涙する取り巻きなどなど。まるで神を崇拝する信者のごとく。取り巻きたちは感動にむせび泣いていた。
「そこの野良犬。僕と決闘をしろ」
当然来るであろう発言。それを予想していたフレデリカは木剣を構える。
「今だよね? もうやって良いんだよね?」
「ふ、フレデリカさん……! ここは廊下……!」
マリアンが必死に止めてきたことで、フレデリカはここが廊下だったと思い出す。
こんなところで戦っては騒ぎになる。そう思ったが、フレデリカはすぐにその考えを頭から追い出した。
「いや、関係なくない? でしょ、金髪男子」
「ふん、これだから野良犬は……。こんなところで戦えば、決着がつく前に止められるだろう。中途半端な幕引きでお茶を濁したいのは分かるが――」
「止められる前に決着をつければいいだけの話だよね?」
臨戦態勢のフレデリカ。目つきが鋭くなるピサラ。
いつ戦いが始まってもおかしくはなかった。
「確かに君の言う通りだろう。だが、そうやってここで君を床に転がしても面白くはない」
さりげない勝利発言に、思わず殴りかかりそうになるフレデリカ。だが、まだ話が続きそうだったので、何とか耐えた。
「明日の授業、成績優秀な者とあらかじめ指名された者で模擬戦が行われる。そこで決着をつけようではないか」
「あらかじめ指名された者? どうやって私が選ばれるっていうの?」
「僕の口添えがあれば、それは容易いことだ。君が気にするのはそんなところではない。この誘いに乗るか、乗らないかだ」
「乗らないっていう選択肢はあるのかな?」
「ふっ。良いだろう、それでは明日、楽しみにしているよ」
そう言って、ピサラたちは歩き去っていった。
皆、いなくなったのを確認し、マリアンはフレデリカ話しかけた。
「あ、あの。フレデリカさん。すいません……うちのせいで巻き込まれてしまって……」
「え、巻き込まれたの私? ただムカつくのがいたから飛び出しただけなんだけど」
「それでもですよ……うちのせいで、すいません」
「マリアンは前からあんな風に、あいつらから嫌なことを言われていたの?」
「はい……結構前から」
マリアンは話し始めた。
こういった嫌がらせが始まったのは魔術士科に入って、しばらくしてからのことだった。ただ、きっかけが分からない。何故ピサラはマリアンをいじめているのか。
マリアン自身、ピサラに対して何かをしたわけではない。そもそも名門の出だということを知っていたので、そもそも世界が違う人間とし、近づいていない。
だが、ピサラはマリアンを狙い始めた。
「聞いていると、どんどん腹が立ってきたなぁ。もう一回ぶん殴りに行こうかな」
「そ、それは止めた方がいいです、本当に……!」
「そもそも、なんであの金髪男子はあんなに偉そうなの?」
「ピサラさんの取り巻きの方が言っていましたが、あの人はグレゴワズ家の長男さんです」
グレゴワズ家。
代々、優秀な魔術士を輩出している名門の名である。特に国を守る魔術士として、グレゴワズの人間そしてその親戚となる者は必ずいると言っても良いだろう。
魔術の実力のみで成り上がった家系。それこそがグレゴワズ家なのだ。
そしてその長男であるピサラ・グレゴワズ。彼にも高い魔力と幼少の頃より鍛えられた魔術の腕前がある。才能と努力、その二つを兼ね備えた彼は、同年代の中では上から数えた方が早い実力者なのである。
「燃えてきた。よし、これから帰って修行してくるよ」
マリアンの説明を聞いたフレデリカに震えはなかった。むしろ闘争心が沸き立つ。
そうなると、フレデリカに残された時間はそんなに多くない。一刻も早く修行を行い、身体や気持ちを明日の戦いに向けて調整することが必要だ。
「フレデリカさん、あの!」
「ん? どうしたのマリアン?」
すると、マリアンは暗い表情で言った。
「どうしてそんな風に立ち向かえるんですか? こうなったのはうちのせいなんです。うちがそういう才能ではなかったから、魔術士だけど、言い返せるくらいの力がなかったから、こうなっているんです」
マリアンは続ける。
「今回の件についてはうち、自然淘汰だと思っているんです。弱いうちが、強いピサラさんに排除される。これもうちの実力がないから……。だから、フレデリカさんはこんな戦いをする必要なんてないんです」
フレデリカはすぐには言葉を発せず、まずはその言葉を受け取った。
明らかにマリアンは諦めていた。実力を、境遇を、この理不尽を。
そんなマリアンに対し、フレデリカがかける言葉はこうだった。
「いいや、あるね。戦う必要」
「え?」
「マリアンはちゃんと実力がある。だから、そんな風に思わなくても良いんだよ。やろうと思えば、あの金髪男子なんて余裕の圧勝だよ」
「そんなこと……!」
「実際、私はそう思っている。出来るかどうかじゃない。勝つと思うか、思わないかだと思うんだ」
「思い……」
「だから見ててマリアン、私の戦いをさ」
フレデリカは満面の笑みとともに、ピースサインを送った。




