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第5話 嫌な感情

 物体停止の魔術によって静止した書類達。ロクリスは机から離れることなく、全ての書類に視線を走らせる。


「ふむふむ。ふむっと、ふむふむ」

「あの、ロクリス生徒会長さん、読めているんですか?」

「もちろん。今のところ、全部分かってるよ」


 書類を読みながら、ロクリスはフレデリカへあることを頼んだ。


「そうだ、出来ればわたしのことは気軽にロクリスって呼んでよ。さっきから思ってたけど、『ロクリス生徒会長さん』って長いし、呼びづらくない?」

「ええっ、そんな恐れ多いですよ……!」

「みんな心臓止まれば死ぬ同じ人間だよ。だから気にしない気にしない」


 およそ貴族の人間の発言とは思えなかった。だが、フレデリカはその明るさに救われるところがあった。

 お言葉に甘えて、呼称を改めることにした。


「そ、それじゃあロクリスさん」

「はーい! これからよろしくね!」


 書類を全て読み終えたのか、ロクリスは印鑑を手にすると、それらに捺印して回った。


「よし、終了」


 すると、ロクリスは再び指を鳴らすと、書類達は机の上へ綺麗に積みあがっていく。

 それを見たライクはすぐに何の魔術を使ったのか理解した。


「物体操作の魔術か。俺ほどではないといえ、やはりこいつの腕は確かだな」


 フレデリカは思念を送る。


(そういうもんなの?)

「そういうものだ。こういうシンプルな魔術ほど腕前がはっきり分かるからな」

(ところで前から気になってたんだけど、どうして私はハズレ幽霊と会話が出来ているの? 私、思念通話の魔術は使ってないんだけど)

「簡単な話だ。俺とお前の間限定で思念通話の魔術をオート発動している。だからお前は念じるだけで良い」


 何だかとてつもなくすごいことをやっているのだろうな、とフレデリカは何となく受け止めた。


「――」


 ロクリスがこちらを見ていたような気がしたので、フレデリカは自分の中で話を変えるため、書類を指さした。


「あのロクリスさん、これって何の書類なんですか?」

「あぁこれ? 教師陣と生徒会間の共有事項だったり、協定内容に変更があったりしたら、それに同意するって内容だよ」

「生徒会ってそこまでの力があるんですね」

「うん、学園の方針でね。生徒達の自主性を尊重するために、ここまで強い権限を与えているようなの。教師陣と生徒会の立場はほぼ対等ってところね」


 フレデリカはこの説明を聞いて、自分には縁のない場所だということで整理した。


(む、難しい……。私には出来そうにないな)


 自分は剣を振ることが出来れば幸せの人間だ。だから、その他のことはどうでも良いのだ。

 そこでフレデリカはあることに気づいてしまった。


(あれ? いま私、考えるのが面倒くさくなってた?)


 剣を振ることはもちろん大事だ。しかし、もう少し自分は悩んでいたはずだ。

 少なくとも、どうでも良いと吐き捨てるほどにはなっていない。


(いけないな私、ルミネにも言われたじゃん。考えるのが面倒になるのと、悩みが解消された、は全く別の話だもんね)


 気を引き締めるため、フレデリカは一度自分の頬を叩いた。


「お、おお? どうしたのフレデリカちゃん? 急に自分を叩くなんてさ」

「ちょっと弱い自分に活を入れてました」

「そっか。まーでも自分を振り返られるってのは強いよ。フレデリカちゃんはずっとその姿勢を忘れないようにした方がいいと思う」

「ありがとうございます! 私、何だか身体を動かしたくなったので、これで失礼します!」

「良い心がけだ。それじゃあね。君達、また遊びにおいで。わたしはいつもここにいるから!」


 一礼し、フレデリカは生徒会長室を飛び出した。


「よし、こうしちゃいられない。早く剣を振らなくちゃ……!」

「おい小娘」

「何? 私は今、やる気に満ち溢れているんだから邪魔しないでよ」

「そういう時にでも周りを見られるようにすると、偉大な剣士様に一歩近づくんじゃないのか」


 鼻で笑いながら、ライクは話を続ける。


「それよりもあのロクリスとかいう紫の小娘、本当に何者だ?」

「何者って……あれだけ喋ってまだ分からないの? 色々と凄い生徒会長さんだったじゃん」

「そうか、お前は本当に気づいていないんだな」

「? 何に?」


 これ以上のやり取りは時間の無駄だと判断したライクは、早々に答えを口にした。


「あの紫の小娘、最後に何と言ったか覚えているか?」

「『また遊びにおいで。私はここにいるから』、だよね?」

「その前だ。その前に何と言っていた?」

「『君達、また遊びにおいで』だよね。流石に覚えているよ。……え、あれ?」


 そこでようやくフレデリカはライクの言いたいことを理解した。


 ――君()、また遊びにおいで。


 生徒会長室にはフレデリカとライク、フレデリカの三人。だがライクは魔力体、もっと言えば魂なので、見えるはずがない。だからあの場面では、『君』という言葉が正しいはずだ。

 だが、見えているのならば、話は全く変わってくるが……。


「そういえば書類を元に戻し終わったときも、こっちを見ていたような気がする……」

「見えていて、あえて指摘しなかったということか。だいぶ油断ならぬな、あの紫の小娘」

「機会があれば、こっちから聞いてみようかな」

「お前が良いというのなら良いが、その時は面倒なことにならんよう気を付けるのだな」


 フレデリカはライクの反応が意外だった。

 別に見えていても構わなそうなのに、忠告されるとは思わなかった。


「面倒なことって?」

「最上級魔術を使えるとバレたら色々面倒になるぞ。俺が初めて最上級魔術を使えるようになったときは、周りに囲まれてな。研究対象にされそうなるやら講師依頼やら護衛依頼やらで、俺の時間を奪われそうになったからな」

「ハズレ幽霊が初めて最上級魔術を使えるようになった時っていつなの?」

「確か五の歳だったと記憶している。まぁそんな年齢でそんなクソみたいな扱いをされそうになったから、俺はさっさとその地からおさらばしたがな」


 フレデリカは初めてライクの事を聞いたような気がした。……初めてにしては、だいぶハードな内容だったが。


「分かった。やっぱり聞くのは止めておくよ」


 しかし、フレデリカもこの話で考えを改めた。

 自分は最強の剣士を目指している。もしもそんな状況になったら、とてもではないが剣を振っていられなくなるだろう。自分の夢のため、ライクのことは改めて気を付けようと誓った。


「それが良い。己のことを決められるのは、己自身だ。俺を召喚した以上は、外野に好き勝手されるような人間にだけはなってくれるなよ」


 今の言葉には全く嫌味が込められていなかった。隙あらばフレデリカを小馬鹿にしてくるライクがそれすらも忘れてしまうほど、強烈な思い出だったのだろう。


「もしかして嫌なこと思い出させちゃった? もしそうならごめんね」


 すると、ライクが笑い声をあげた。


「いまお前は俺に謝罪したのか? ハハハ! こりゃ傑作だ! いつもそれくらい素直なら可愛げがあるだろうになぁ! それにしても驚いたぞ! 剣の事しか頭にないと思えば、まさか謝罪という概念を理解していたとはなぁ! ハハハハ!」


 先ほどのちょっと真面目な空気はどこにいったとばかりに、ライクはフレデリカを嫌味を浴びせる。

 この落差に、フレデリカの頭の血管がブチ切れそうになった。


「……やっぱりこのハズレ幽霊を即刻帰らせる方法を考えなきゃならないな」


 フレデリカはこのハズレ幽霊への対応は一生変わらないだろうな、とぼんやりと思う。



 ◆ ◆ ◆



 時間は少し経った。午後の授業の時間帯である。

 フレデリカは魔術士棟の試合場にいた。そこには多くの生徒が集結していた。

 今日は生徒達が待ち望んでいた、剣士科と魔術士科の合同授業だった。


(おい小娘、この授業は何だ?)

(剣士と魔術士が互いの戦闘方法の違いを確認し合うっていう授業だよ。要は剣士と魔術士の一騎打ちだね)

(ほー分かりやすいではないか。魔術士が優れていることを剣士どもに教育していく素晴らしい授業だな)

(違いますー。剣士のすごさを改めて教えてあげる素晴らしい授業なんですー)


 剣士は魔術への対応方法を、魔術士は武器を持つ相手への対応方法を実戦形式で学び取っていくことになる。


「それでは最初は剣士同士、魔術士同士の戦いを見てみましょう」


 教師が号令を出すと、まず魔術士科の生徒達が組になり、模擬戦闘が始まった。

 剣士達は座って、その攻防を眺める。

 フレデリカも座ると、ライクはその頭上をふよふよと浮かんでいた。


(うーん、やっぱり魔術士同士の戦いって派手なんだなぁ)


 炎や氷、風を操り、相手を追い詰めていく。これは明らかに剣士では出来ない戦い方だ。

 全ての人間にある魔力を使い、世界に働きかけることで説明できない超常現象を引き起こす。これが魔術だ。

 フレデリカはもし自分が魔術士と戦った場合のイメージトレーニングを開始する。


(飛び込む? それとも避けることに集中して、じっくりチャンスを伺ってみるとかかな……?)


 ところで、とフレデリカはライクを見上げる。

 ライクの目から見て、この戦いはどう映っているのだろうか。


(ねえハズレ幽霊、みんなの戦いはどう?)

(レベルが低いな)


 開口一番、ライクは鼻で笑った。


(呪文が遅い。むやみやたらに魔力を使いすぎて、魔術がブレブレ。相手の魔術への対応がスマートではない。見るに堪えん。茶番だ)


 ライクは正直な感想を述べた。何せ、自分があの年齢の時は、既に魔術を極めていたからだ。

 呪文は省略を重ね、ほぼノータイムで発動することが可能だった。魔力のコントロールは針の穴に糸を通すがごとく、精密な行使が可能だった。相手の魔術への対応に関しては、呪文からどんな魔術が飛び出てくるかを即看破し、妨害することで相手をただの一般人にすることが出来た。


 そんなライクからすると、魔術士科の生徒達は鼻で笑える程度の実力しかない雑魚の集まりにしか見えていなかった。

 フレデリカは適当に相づちを打ち、魔術士同士の戦いを眺める。


(自信あるんだね)

(むしろ何故自信がないと思った? 俺は天才だ。その辺の凡人どもと一緒にしてくれるなよ)

(良いよね、天才って。努力しなくてもちゃんと結果を出せるんだから)

(あぁそうだな。そしてそれこそが俺が俺であることの証明にもなる)


 少しだけ渦巻く黒い感情。

 フレデリカは努力が好きだった。いつか報われるかもしれないから。

 しかし、こうして本物の天才を目にすると、こんな事を思ってしまった。


(……羨ましいな)


 声にも出せない、ほんのちょっぴりの嫌な感情。それを認めるのが嫌で、フレデリカは改めて模擬戦闘に集中することとした。

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