第4話 ある意味サプライズ
「あの青い小娘、中々やるじゃないか」
「中々じゃなくて、滅茶苦茶やるんだよ。だから私はルミネに勝ちたいの。そうすれば胸を張って最強の剣士だって言えるから」
ルミネと別れたフレデリカは先ほどの反省を踏まえ、木剣を振っていた。
いつもならルミネともう少し剣の練習をしているのだが、今日は所用があるため、先に教室へ戻っていった。
「あれが相手なら無理だろう。さっさと諦めて魔術の勉強でもしておけ」
「ハズレ幽霊は黙ってて。というか、まだ言ってんの?」
「青い小娘も言っていただろう。いつまでも勝てん剣は捨てて、さっさと魔術に時間を費やした方が良いだろうに」
ひとしきり汗を流したフレデリカは道具を片付け、訓練場を清掃し、その場を後にした。
「私が剣士である内は、聞けない話だね」
廊下には人もいなかったので、フレデリカは口を動かして会話していた。
人に見られたら、ひたすら独り言を呟く危険人物の誕生である。
「ったく、この小生意気な小娘が」
「小が多い」
「あえてつけているんだ未熟者めが」
ライクはフレデリカへ確実に聞こえるよう、大きな舌打ちをした。
(なぜ俺は、こんな小娘ごときに時間を取られているのだろうな)
フレデリカ・バニングウェイはいつでも殺せる。
ライクはこの前提のもと、しばらくフレデリカに付き合ってやっていた。
だからこれは、ライクが飽きるまでの関係だ。この時間が無駄だと判断できれば、彼はすぐにでもフレデリカを始末し、眠りに入るだけなのだ。
(いつでも殺せるという自由度が、俺に今のモヤモヤを抱かせているのか?)
フレデリカに同情なんてしたことがない。
ライクは魔術士で、フレデリカは剣士。まずそこから話が嚙み合わない。そもそも分かるわけない。
(俺とは全く別系統の生き物だということをよく考えた方が良かったな)
それを抜きにしても、自身は努力を知らぬ。だからフレデリカが何故、色々と悩んでいるのか理解に苦しむ。
才能があるのだから、そっちにリソースを割けば良い。簡単な話だ。だからこそ、ライクはルミネの話に少なからず共感した。
磨けば光る才能が転がっているのに、それを拾って磨かない。そんな馬鹿な話、あるわけがないだろう。
「ハズレ幽霊がどう思っているのかは知らない。だけど、私は最強の剣士っていう光に憧れているんだ。子供の頃からその光だけを追い求めていた。だから、簡単に色々言わないで」
ライクはそんなフレデリカの懇願にも似た強がりも、理解に苦しんだ。
「ハッ。でかい口を叩きたければ、まずは結果を出せ、そうすりゃ俺も少しは見方を変えるだろうさ」
「ぐっ……見てて。今すぐにでも最強になってやるんだから」
「ひとまずはこの学園で最強になってから吠えるんだな。ほうら答えてみろよ、ここの最強は誰だ?」
「最強、かぁ……」
ライクから言われて、フレデリカは改めて考えてみた。
もちろんルミネは親友で最強のライバルだ。だけど、学園という枠組みで考えるなら……?
一人だけ候補に挙がる人間がいた。
「学園最強なら、ロクリス生徒会長さんかな?」
「ほう、聞いてみれば出てくるものだな。そんなに有名なのか?」
「まーね。剣と魔術、どっちもすごいらしいよ。おまけに公爵家の長女だから、そっちの世界にも顔がきくし、天の人って感じだね」
「ほーん。剣はどうでもいいが、魔術は興味がわくな。おい小娘、さっさとその生徒会長とやらに会わせろ」
「出来るわけないよ。顔も良く分かんないし、そもそも私、知り合いでも何でもないし」
「ちっ、役立たずめ。武力がなってないなら、政治力をどうにかしておけ」
「私には縁のない力なのでどうでも良いでーす」
そんなやり取りをしていたからか、フレデリカは教師の接近に一瞬遅れた。
「あの、バニングウェイさん? お取込み中だったかな?」
「いえいえ! 全然取り込み中じゃないですよ!」
「そうですか? それなら一つお願いを聞いていただけないでしょうか」
「もちろんですよ。何をすればいいですか?」
すると、教師は書類の束をフレデリカへ差し出した。
「この書類の束を生徒会長の元へ届けてもらいたいんですよ」
「生徒会長のところですね。分かりました!」
「快諾していただけて助かります。この後、緊急の会議が入ってしまって……。それではよろしくお願いします」
本当に焦っているのだろう。教師はフレデリカへ丁寧に頭を下げると、小走りで廊下の向こうに消えていった。
再び訪れるフレデリカとライクだけの時間。
「き、緊張してきた……」
「何故だ。ただの人間だろう。さっさと使命を果たせ」
「さっきも言った通り、ロクリス生徒会長は天の人なの。いつか話したいなと思ってたけど、こんなすぐにチャンスが来るなんて……!」
「いつか、なんて言っているから駄目なんだ。結果が欲しくば、行動あるのみよ」
「分かってますー。もう、さっさと行くよ」
生徒会長室の場所は知っている。
フレデリカは剣士科の学習棟を出て、総合棟へ向かう。
「今更だが、この学園は随分と広いな。その辺の街と変わらんぞ」
「そうだよ。確か、街一つ分の土地を買い取って、この学園は出来たって聞いたことがある」
「ほう、さぞ勉学に気合が入るのだろうな」
「ハズレ幽霊はこういうところで勉強しなかったの?」
「ないな」
ライクは即答した。
「物心ついたときから一人だったからな。とにもかくにも魔術を上手く使って、己の腹を膨らませるのに必死だったさ」
「へぇ、頑張ったんだね」
「ハッ。何を言っている。俺は天才だ。努力しなくても今ぐらいには使えていたからな。どちらかというと、この有り余る才能をどうやってメシに変えていくかを考える方が難しかったわ」
「うわ……嫌味もここまでくると清々しいわ」
そう言っている間に総合棟へと到着した。入口の案内板に従い、フレデリカは階段を上がる。
「ロクリス生徒会長、どんな人なんだろう」
「貴族の人間なんだろう? そりゃあ庶民を人間扱いしていない世間知らずな小娘ってところだろうさ」
「うーん、そうかなぁ? そういう噂、あんまり聞かないけどね」
てくてく歩いていると、後ろから声がした。
「あれ? この廊下を歩いているってことは君、もしかして生徒会長室へ行くの?」
振り向くと、紫色の長髪の女子が立っていた。
美人で、それでいてニコニコしている。フレデリカの警戒は緩みに緩んでいた。
「はい、そうなんですよ」
「お、奇遇だねぇ。わたしもちょーど生徒会長室へ用があったんだ。良かったら一緒に行かない?」
フレデリカはその申し出をありがたく受けることにした。きっと一人では――正確にはライクもいるが――緊張してしまっていただろう。
そこからしばし、二人は雑談しながら歩く。
「そっかぁ、だからフレデリカちゃんは最強の剣士を目指しているんだね」
「そうなんです。かっこよくて、強い、そんな剣士になりたいんです」
「すごい! そういう気持ちを持ち続けるのは本当に大事だよ。けどまぁお父様の話も分かるけどねぇ」
「あ……やっぱり貴方もそう思うんですね」
「うん。お父様的にも、フレデリカに人生失敗してほしくないーって思っているから言うんじゃない?」
「そう思ってくれているのは私も分かっているんです。だけど、私はこのワガママを貫きたいんです」
フレデリカは非常に不思議な気分だった。
さっき会ったばかりの人間に、ここまで話したことはない。
『聞き上手』と一言で言えば簡単なのだが、あまりにも舌がスムーズに回ってしまう。
(もともと、親近感湧く人だなぁとは思っていたけど、すごいな。ここまで喋っちゃうなんて……)
そう言えばと、フレデリカはあることに気づく。
(そういえばまだ名前を聞いてなかったや)
名前を尋ねようとしたが、それよりも早く目的の場所へと到着した。
謎の女生徒との会話は非常に面白く、あっという間の時間だった。
「ふー到着到着」
「え、ちょっ!?」
なんと、謎の女生徒はノックもなし、扉を開け放った。
「え!? えぇ!? なんてことを……! 生徒会長さんにバレたら怒られますよ!?」
「あはは、大丈夫大丈夫」
すると、謎の女生徒は生徒会長の執務机に浅く腰かけた。
「ごめんごめん。そう言えば名乗っていなかったね。わたし、ロクリス・ハイネステス。この部屋の主さんだよ。イェイ」
フレデリカが謎の女生徒――ロクリスの言葉を理解するには、少しばかりの時間を要した。
ようやく思考が追いついたフレデリカは思わず叫んだ。
「うええええ!? ろ、ロクリス生徒会長さん!? 貴方が!?」
「そそ。生徒手帳見る? はい、どーぞ」
『ロクリス・ハイネステス』、と書かれた顔写真付きの生徒手帳。その写真の顔と、目の前の顔は寸分違わず一致していた。
フレデリカは土下座でもするかのような勢いで、頭を下げた。
「す、すすすすみませんでしたぁ! ロクリス生徒会長さんとはつゆ知らず……! 色々と失礼な態度を!」
「頭上げてよ。全然気にしてないよ! それに、色々と興味深い話も聞けたしさ! 楽しかったよ」
そこでフレデリカは目的を思い出した。抱えていた書類の束をロクリスへ差し出した。
「あの、これ先生からです。生徒会長さんに渡すようにと言われて……」
「あ、そういうことだったんだね。話に夢中ですっかり気にしてなかったよ」
お礼とともにロクリスは書類を受け取った。
「ちょっとだけ待っててくれるかな?」
そう言うと、彼女はその書類を全て空中へ放り投げた。
「え!? 何を!?」
「――物体停止の魔術」
ロクリスが指を鳴らすと、放り投げられた書類が全て空中で止まった。重力なんていう概念なんて初めから存在していなかったように、書類達はその場から動かなかった。
「俺ほどではないが、良い腕だ。珍しく手放しで褒めてやれる気になったよ」
(ハズレ幽霊でも褒めることあるんだね。相変わらず上から目線なのはおいておくけど)
「見ろ。物体停止の魔術をあれほど広範囲かつ、一瞬で発動させている。それに奴から感じる魔力量ときたらどうだ。なるほど、これは確かに話通りかもしれんな」
ライクがここまで手放しに誉めているのは初めてだった。
少しばかり面白くなかったフレデリカは少しだけひねくれてみる。
(ふん、良いですよーだ。どうせ私は剣も魔術も大したことないですよー)
「奴を上回る才能を持っているくせして、何を言っている。謙虚は度が過ぎれば卑屈とみなされるぞ」
まさかの真っ当な指摘に、フレデリカは言い返せなかった。




