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第3話 親友

 その後、ルーティンの修行を終え、食事をとり、家を飛び出した。


「行ってきます!」


 フレデリカは国立の学園に通う学生だ。今日も今日とて彼女は勉学に励む。

 通いなれた通学路。しかし、いつもと違うことがある。

 そう、ライクの存在だ。


「おい小娘」

「小娘じゃありませーん。フレデリカっていう名前があるんですー」

「はんっ。お前みたいなガキは小娘で十分だ」

「ガキって! だったらハズレ幽霊さんは何歳なの!?」

「ハズレ幽霊だと!? 俺は二十代だ!」

「ちょっとしか変わんないじゃん! 私、十七だよ!?」

「そのちょっとが遠いんだろうが。それよりも口には気をつけろよ。俺は『無限の夜』と恐れられた大魔術士だ。その気になれば、お前を殺してさっさと帰ることだって出来るんだぞ」

「大魔術士なら、私を殺さずさっさと帰ってよ! それが出来ないなら大魔術士なんて名乗れないよ!」

「小娘が言いたい放題言いおって……!」

「何も知らない小娘だから見逃してくださーいってね」


 このような調子で、フレデリカとライクの舌戦はしばらく続いていた。

 互いに言葉の鍔迫り合いを終えたぐらいだろうか。フレデリカの後ろから声がした。


「おはよう、フレデリカ」


 テンションが低い声。だが、フレデリカにとってはいつも声だ。


「その声はルミネ! おはようー! 今日もクール系美少女ちゃんだね!」

「そう。このボクこそクールな女、ルミネ・スレイリー」


 青い短髪の少女ルミネは無表情だった。それに加えジト目、そして明らかにテンションが低いと思わせる声色。

 これは明らかに機嫌が悪いのではないか? いいや、そうではない。


 フレデリカは知っている。ルミネは今、ハイテンションなのだと。


「もしかしてルミネ、今日何か良いことあった?」

「あった。四つ葉のクローバーの群生地を見つけた」

「ありがたみが一気に薄れる発見をしたね」

「むしろお手軽にありがたみをお届けできるから、ボクは世紀の発見をしたと自負している」


 ルミネはぶっきらぼうな口調が基本だ。だがこれは人が嫌いとか、会話が嫌いとかではない。

 当然、ライクはルミネの基本的な口調など知らないから、少しだけ興味が湧いた。

 彼から見れば、ひたすらフレデリカがウザ絡みをしているようにしか見えないからだ。


「おい小娘」

「……」


 フレデリカは勇気の無視をした。

 当然だろう。これで返事でもすれば、自分は唐突に独り言を呟く変人だ。


(これでどうだ)

(え、何で話せているの!?)

(これは思念通話の魔術だ。これならばお前も納得なのだろう?)


 ライクもその辺は分かっていた。故にライクは即、思念通話の魔術を行使した。

 これは相手と自分を魔力的な糸で繋ぎ、念じるだけで話せるようにする魔術だ。

 魔術士にとっては一般的な魔術だったが、剣士のフレデリカにとっては未知の体験だ。


「どうしたのフレデリカ?」

「ううん! 何でもない!」


 フレデリカはルミネと雑談しながら、ライクの対応を続ける。


(この青髪の小娘は?)

(ルミネ・スレイリー。私の大親友だよ。あとめちゃくちゃ強い)

(ほう。確かにその辺の奴とは纏う空気が違うな)

(そうなんだよね。事実、私達の年齢では上から数えた方が強いくらいなんだ。だからこそ私はルミネに勝ちたいの)

(……そういうものか)

(そういうものなの)


 それ以降、納得したのか、ライクは口を閉ざした。

 ようやくフレデリカはルミネとの会話に集中することが出来た。


 本当に他愛のない話。ふと訪れる雑談の切れ目。

 なんとなくフレデリカはルミネへ昨日の話をした。


「――ってことをお父さんから言われたんだ。酷くない?」


 共感してくれると思って振った話。

 しかし、ルミネの反応は予想外のものだった。


「おじさんの言っていることは分かる。けど、フレデリカの言っていることは分からなかった」

「え……何で?」


 ルミネは冗談こそ言うが、基本的に嘘は言わない。

 だからこそフレデリカは彼女の言葉に緊張してしまった。


「魔術の才能があるのなら、そっちを極めれば良いと思う。ボクにもし、魔術の才能があると言われたのなら、たぶんそっちを極める」

「け、剣の才能がなかったら?」

「少し悩むと思うけど、捨てる。ボク達が使える時間は有限。なら、その時間は才能を伸ばすことに使いたい」

「ルミネもそういうことを言うんだ……」

「? ボクは元々、フレデリカの魔術の才能は凄いと思ってた。今日ようやく言えて、すっきり」


 思いもよらぬ一言に、フレデリカはついつい聞き返してしまった。


「……そんなこと思ってたの?」

「たまにやる魔術の授業。剣士科はみんな魔術を使うのが苦手で、みんな嫌いな授業。もちろんフレデリカも文句を言う授業。だけど、フレデリカは文句を言いながら、すぐに魔術を使えていたから、すごいと思っていた」

「それは、たまたま出来そうな魔術だったから……」

「それでも、ボクは凄いと思った。だからフレデリカには魔術の才能があるんだ。だから、伸ばさないと勿体ない」


 もしもこの言葉を言われたのが父親だったのなら。

 フレデリカは全力で否定しただろう。そうではない、と。いくら魔術が少々使えるとはいえ、自分が軸足を置くのは剣だ。

 剣の才能はないのかもしれない。だけど、努力を重ねればきっと魔術の才能すら置き去りに出来る。そう、フレデリカは思っていた。


(良く見ているじゃないか青髪の小娘。俺はぐうの音も出ない正論に聞こえたが、お前はどうなのだ?)

(……うるさい)


 ライクの言葉に、(つたな)い言葉で返すことしかできなかった。


「それでも……それでも私は」


 フレデリカはその後を言うことが出来なかった。

 ルミネの言うことは正しい。少なからずそう思ってしまえる自分がいた。

 だけど、それを『そっか。じゃあ魔術士目指そうかなっ』とはならない。断じてならない。


「フレデリカはいつも悩んでる。けど、それが好ましい」

「ルミネ?」


 フレデリカを見るルミネの瞳は真剣なものだった。


「ボクは悩めない。剣は上手いし、魔術は苦手だし、そもそもハナから眼中にない。だからボクは何も考えず剣に打ち込める」

「だったら私は……」

「悩まないからこその強さと、悩むからこその強さがある。だからフレデリカはしばらくそのままでいるのが吉」

「何それー……。ルミネからそう言われたら余計悩むじゃーん」


 結局この雑談の時間に、フレデリカの悩みが解決することはなかった。

 剣を選ぶべきなのか、魔術を選ぶべきなのか。

 フレデリカの悩みは続く。


「そうだフレデリカ、今日も昼食終わったら、やるよね?」

「もち」


 それは二人の日課ともいえるイベントのことだった。



 ◆ ◆ ◆



 昼食も終わり、生徒が自由に使える訓練場に二人はいた。


「さってと、今日こそは勝つ!」

「それは無理。ボクが勝つ」


 二人がそれぞれ木剣を手にした辺りで、ライクはフレデリカへ質問した。


(何だ、これから何をやるのだ?)

(ルミネと日課の勝負だよ。毎日この時間帯に戦ってるの)

(ほー。ようやるな)

(集中したいからしばらく黙っていてね)


 フレデリカは木剣をやや上段に構える。前回は消極的に戦って敗北したので、今回は積極的に攻めてみることにしていた。


 それに対し、ルミネは下段に構える。

 フレデリカの構えを見て、意図を見抜いたからこその対応だ。


「行くよルミネ」

「おいでやす」


 フレデリカは肉食動物を思わせる速度で飛びかかった。獲物に牙を突き立てるがごとく、木剣が振り下ろされた。

 対するルミネ、迎撃を選択。フレデリカの剣を真横から叩き、軌道を逸らす。返す刀でフレデリカの脇を狙う。


「!」


 フレデリカ、背筋に嫌な汗が流れる。同時に、半歩下がることを選択。その空間にルミネの木剣が通り過ぎた。

 この勝負は真剣を用いるということを想定している。つまり、致命傷、あるいは戦闘不能が妥当だと思われる箇所へ攻撃することが勝利条件。

 そのルールに則るならば、今の攻防で試合が終わった可能性もあるということだ。


(うーん。順当にカウンターをもらっちゃったな。この方針は失敗だったかな)


 フレデリカは再度、やや上段気味に構え、走り出す。


(いや、あの一回で決めるなんていけないよね。やるなら、徹底的にやる)


 そこからフレデリカの猛攻が始まる。ルミネの上半身を中心に木剣を振り下ろす。当然防がれるが、何度も攻めることで、無理やり防御を崩そうという目論見だ。


 フレデリカのこめかみに汗が流れる。

 何度攻撃しても全くビクともしない。それどころか的確に木剣を打ち落としてくるルミネに対し、恐怖すら感じる。


(ルミネ、汗一つかいてない、か)


 フレデリカは心が折れそうになる。まるで壁に木剣を叩きつけている気分だった。

 だからこそ、次の一撃への布石となるのだ。

 覚悟を決め、フレデリカは思い切り前傾姿勢になった。


「む」


 ルミネが小さく唸る。彼女からすれば、突然フレデリカが消えたように映ったからだ。

 その一瞬をフレデリカは見逃さない。足に力を込める。まるで弓から放たれようとしている矢だ。

 次の瞬間、フレデリカは超低空で跳ぶ。そしてルミネが反応し、防御行動に入られるかどうかの勝負。そこにフレデリカは全てをかけていた。


 だが、ルミネはフレデリカの思っていた間合いにはいなかった。


「流石フレデリカ。あの手この手を仕掛けてくる」

「その手が届かない……!」


 単純な話だ。フレデリカが突撃したのと同時に、ルミネは後方へ飛びのいたのだ。

 距離は変わらず、だがルミネが迎撃する時間だけは稼げた。


 ルミネが木剣を閃かせる。直後、フレデリカの手首に痛みが走る。

 手が痺れて、フレデリカの次の行動が僅かに遅れた。


「勝負あり」


 フレデリカは太ももに木剣の感触を確認する。実際に斬られたら失血死不可避。


「今回こそルミネに一泡吹かせられるかと思ったのに……。どうして分かったの?」

「何かしてきそうな匂いがした。ボク、フレデリカ相手は嫌な予感がしたら、必ず冷静になると決めている」

「なるほど、ねぇ。それなら次はもうちょっと手を考えてくるね」


 これが二人の日常。フレデリカの試行錯誤を、ルミネが真正面から叩き潰す。

 見る人が見れば、こう言うだろう。


 ――これを毎日やったら、心が折れる。


 努力が実らぬもどかしさ。徒労感。常人ならば精神が崩壊するだろう。

 だが、フレデリカは挑み続ける。最強の剣士になるために、自分の悩みに決着をつけるために。


 だからフレデリカは最後にこう締めくくる。


「今日は負けたよ。だから、明日は勝つね」


 親友へ、勝利を宣言して……。

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