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第28話 父と子の決着

 フレデリカは生徒会長室の前にやってきていた。

 中にはロクリスがいる。だが、フレデリカは何故か妙な緊張を抱いていた。

 あの時のことは本当に世話になった。だが、そもそも自分が単独で行かなければ、ロクリスたちも危険な目に遭わなくて済んだのではないか。

 自責の念、とも違う。これはそう、罪悪感だ。


「……うん、今日は止めておこうかな」

「止めておかないでよ」


 ガチャリと扉が開かれ、ロクリスが顔を出した。少し困ったような笑顔だった。


「え、何か私嫌われるようなことしたかな?」

「!? 違いますよ! 全然違います! 逆です! むしろ私が愛想つかされたかなと思いまして!」


 まさかの言葉にフレデリカは頭をブンブンと振り、違うという意思を身体全体で表現した。

 そのフレデリカの反応に、ロクリスはくすくす笑う。まるでそのリアクションを予想していたかのようだった。


「とりあえず入ってよ。お茶くらいならすぐ出せるからさ」


 ロクリスはそう言い、フレデリカを生徒会長室へ招き入れた。


「はい、どうぞ。わたしの……でもないか、ハイネステス家の茶葉で淹れた紅茶だよ」

「えっ……! すっごいいい香りします!?」

「でしょ。ハイネステス家は最近、嗜好品の研究をするようになったようでね。これはその数ある試作品の一つだよ」

「これって貴重なものでは……?」

「いずれみんな飲めるようになるから貴重でも何でもないよ」


 試作品、とは言うが、フレデリカが今まで飲んだ紅茶の中でも最上位に君臨するほどの味と香りだった。

 これがいつか手軽に飲める日が来るという事実に、フレデリカは心が躍った。


「あの、ロクリスさん。あの時助けに来てくれてありがとうございました」

「頭なんか下げないでよ。わたしが行きたくて行ったんだからさ。むしろ最初からついていけなくてごめんね。マリアンちゃんがわたしのとこに来なきゃ、まずその事実すら知らなかったからさ」

「いえ……ロクリスさんは謝らなくても良いんです。あのタイミングで来てくれなかったら、相当ヤバかったと思うんで」


 ロクリスが紅茶をグイと飲み干す。そしてすぐおかわりを注いだ。場所が場所なら下品極まりない飲み方のはずなのに、ロクリスには何故かそれが許されるある種の気品があった。


「フレデリカちゃんもおかわり飲む?」

「い、いえ……もう少し味わおうかと」

「そうなの? まー遠慮しないでガブガブ飲んでよ。足りなくなったらまた淹れるだけだし」


 そう言いながら、ロクリスはティーカップをあおった。


「で、色々と決着がついたのかな?」

「……はい。しっかりとつけられました」

「良かったね。けどライクのことは残念だったね」

「いえ、それについてはもう良いんです」


 妙にきっぱりとした物言いに、ロクリスは首をかしげる。


「ライクは私の相棒だし、私はライクの相棒。これからもずっとそうだと思うから、だからあとはライクに恥ずかしくないような人間になるつもりです」

「と、なると魔術も?」

「はい。私はもうどちらか選びません。どちらも選んでいきます」


 ロクリスは微笑んだ。


「欲張りだね」

「はい、ライクに似ました」

「そっか。だったら、わたしの願望を一つ聞いてくれるかな?」

「願望?」

「うん。いつか、わたしと真剣勝負してよ」

「ロクリスさんと!?」


 笑顔を浮かべたまま、ロクリスは続ける。


「いやぁフレデリカちゃんって見ててずっと面白いじゃん? ずっと味のするガムっていうか? だからそんなフレデリカちゃんがどうやってわたしと戦ってくれるのかなぁって、時々考えてたんだよね」

「へ、へぇー……そうなんですか」


 フレデリカは珍しくロクリスの笑顔に背筋が凍る感覚を覚えた。


「そうそう。だからフレデリカちゃんは今後もわたしにとって味のするガムでいてね。そして、必ず戦ってみようね。フレデリカちゃんを完封出来た時、わたしはきっと更に高みに行けるはずだからさ」


 フレデリカは確信した。ロクリスはきっと、むしろ自分よりも……。


「……ロクリスさんって、めちゃくちゃ誰かと競うの好きなんですか?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」


 ロクリスからは逃げられない。

 なんとなくだが、強くそう感じたフレデリカであった。

 そんな彼女とフレデリカが戦うことになるのは、少し先のことになる。



 ◆ ◆ ◆



 剣士科の運動場に、剣と剣のぶつかり合う音が響く。今日は刃を潰した剣での戦いだ。


「やっ!」


 フレデリカが短く息を吐き、風のごとく切り込む。対するルミネ、不動の山のごとく受け止めた。

 ルミネの反撃。フレデリカの真上を掠めるように剣を振る。しっかり反応していたフレデリカは身をかがめる。

 だが、もうルミネの剣が間近に迫っていた。


「っ! フェイント……にしても切り返しが速すぎる」

「身体ごと回転させて剣を速くした。この攻撃と普通の攻撃でリズムを崩す」

「器用……!」


 宣言通り、ルミネの攻撃にテンポの違いが見られるようになった。速い攻撃だと思えば遅い攻撃。遅い攻撃だと思えば速い攻撃。

 防御の仕方を間違えれば、一気になだれ込まれるであろう。まるで氾濫寸前の河川のようだ。

 だが、フレデリカもそれなりに場数を踏んでいる。


「いぃぃやっ!」

「!」


 フレデリカは前傾姿勢になったと同時にルミネへ突きを放った。しかしルミネは当然のように防ぐ。弾かれたのと同時、フレデリカは剣を掲げ、身体ごとルミネへ振り下ろした。


「バランスを取らずそのままに……!」


 フレデリカの前のめりな攻撃に対し、ルミネは思わず防御姿勢を取った。それが勝敗を決めた。


「ここ、だ!」

「更に……!」


 振り下ろした勢いをそのままに、瞬時にフレデリカはルミネの顎目掛け、手首を捻り、剣の柄頭を突き上げた。


「……どう?」

「腕を上げている。確実に。困った。訓練の量を増やさなければならない」

「へへ、やったぜ」


 柄頭は弾かれることなく、ルミネの顎へ寸止めされている。

 フレデリカの勝利だった。そこで二人の緊張は解かれる。


「悩みや迷いは吹っ切れた。そんな顔をしている。ボクは嬉しい」

「ありがとうね、ルミネ。それで……」


 フレデリカは頭を下げた。


「あの時、ルミネにキツく当たって、本当にごめん。ルミネにずっと、ちゃんと謝りたかったんだ」

「何度でも言おう。ボクは忘れた。フレデリカは迷いが吹っ切れた。それでいい」

「ルミネ……!」

「ただ」

「ただ?」

「しばらくボクとの戦いで負け続けてくれてもいい。ボクは勝って気分が良くなる」

「もー! それとこれとは話が別だよ!」


 ルミネはフッと小さく笑った。あまり笑うことのないルミネにとって、これは非常に珍しいことだった。


「ボクとフレデリカの間に貸し借りはない。だから、これからも友達。それでいい」

「! うん! そうだよね! ルミネ大好き!」

「ボクも同じ言葉を返そう」


 フレデリカとルミネ。

 二人の戦いはこれからも続く。……続きすぎて、フレデリカは剣と魔術のレベルがどんどん上がり、ルミネはなんと素の技量だけで魔術を切り裂けるようになったとかなんとか……。


「ルミネ、これからも負けないよ」

「それはボクの台詞。ボクもフレデリカに負けるつもりはない」


 二人の拳と拳が触れ合った。



 ◆ ◆ ◆



 その日の夜。

 フレデリカは父親と向かいあっていた。


「珍しいね、フレデリカから話があるだなんて。どんな話だい?」

「魔術のこと」

「! どうしたんだい?」


 フレデリカはずっと父親の言葉が鬱陶しかった。自分は剣を振りたい、振り続けたい。だというのに、魔術の道へ進むよう言い続ける父親のことが。

 しかし、それは前の話だった。

 フレデリカは父親とこの話をするのを避けていた。気持ちの整理がついていなかったことと、ソレを言えるだけの覚悟があるのかどうか、自分の中で疑問があったからだ。

 だけど今なら言える。


「私、正式に魔術の勉強も始めていこうと思っている。剣士科と掛け持ちしたいんだ」

「そう、か。それは……何というか、素晴らしいことだと思っている。だけど、フレデリカがその考えになったのはどうしてだい?」

「最初は剣だけで良かった。ずっと剣を振り続けて、ルミネと競い合って、それだけで良かったんだ。だけどね、とある人と会ったの。その人は口が悪いし、私のことをすぐに怒るし、それでいてお父さんみたいに魔術を覚えろみたいなことを言うし、もう嫌だったの」

「うん。うん。続けてくれないか?」

「けどね、その人に色々と魔術を教わってから、段々と魔術が面白くなってきたんだ。同時に、魔術を極めることがどれだけ難しいのか良く分かった」


 フレデリカの脳裏に浮かぶは、ライクとの日々。辛くも楽しかったあの日々。

 そうだ、今この瞬間はそんなライクとの日々を思い出し、総括する大事な時間なのだ。

 自然とそう心得たフレデリカの口数が増える。


「本当は私、魔術の道を歩くのが怖かった。お父さんは才能があると言うし、その人も言った。けど、剣の好きな私が魔術の道を歩いていいのかなって、本当にそっちを歩いていいのかなって、怖かったんだ」

「そうか……だいぶ、フレデリカには辛い思いをさせていたんだな」


 父は黙ってフレデリカの言葉を聞いた。同時に、ここまで思わせていたことに、罪悪感を感じた。

 しかし、娘の次の言葉で、その気持ちに変化が生じる。


「けどね、私決めたんだ。剣も好き、魔術も好きになったんなら、どっちの道も行く。どっちも抱きしめるんだって」


 フレデリカは前から剣と魔術の両立を語っていた。だが、それは父親の前では一切したことのない話で。

 父親は魔術の道だけを歩いて欲しいと願っていた。しかし、ライクとの出会いを通じ、様々な経験をしたフレデリカにとって、もはや一つの道だけでは物足りなかったのだ。


「私は最強の剣士になる。それは今でも変わってない。けどね、今度は最強の魔術士にもなりたいんだ! もうこの気持ちは止められない。それがどんな道だろうと構わない。私は私の道をようやく見つけられたんだ」

「そうか、そうか……」


 父は席を立ち、窓の縁へと手をかける。星が綺麗な夜だった。そんな夜に、そんな綺麗な気持ちを聞かせられて、それを無下にできる父親がどこにいようか。


「フレデリカ」

「……はい」

「その道は茨の道だ。一つの道だけでも辛いのに、二つだ。それでフレデリカが潰れてしまった、なんてことになったら僕は天国の母さんに顔向けできない」


 父は続ける。


「正直、止めろと言いたい。その道は本当に困難だと思う。父親として、背中を押すことは無責任とイコールになる」

「お父さん……」

「だけど」


 今までのは一般的な親が言う建前だ。ここからはフレデリカの父としての発言だ。


「やってみるといい。僕もフレデリカがどこまで飛んでいけるか見たくなった」

「お父さん……!」

「ただし」


 父は精いっぱいのエールを送る。


「やるからには、母さん以上の魔術士になるんだ。そして、最強の剣士にも。高みにたどり着いたフレデリカを見ること、それが今の僕の夢になった。たった今ね」


 フレデリカの目には涙が溢れていた。


「ありがとう……! ありがとう……お父さん……!」


 父は目を閉じ、亡き妻を想う。


(マリー。君と僕の娘はこんなにも大きくなった。ここから更に羽ばたいていけるんだとさ。こんなに幸せなこと、僕は知らない)


 その日、親子の会話は夜遅くまで続いた。今までの時間を埋めるかのように。

 互いのわだかまりは完全に消えてなくなり、そしてフレデリカにとって新しい朝が始まろうとする。


 フレデリカ・バニングウェイの物語はあともう少しで一区切りとなる。

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