第27話 生涯の友
「それは……どういう意味?」
「教えてやろう。今、私の部下たちがこの部屋を目指してきている。その数、三十といったところだ」
「……!」
一対三十一人。望むところだ、と言いたい。だが、それはフレデリカが万全だったらの話だ。
ただでさえ消耗しているのに、まだガーランドを倒せていない。その三十人の練度は不明だが、目の前のガーランドは片手間に相手を出来ない。
「終わりだ。諦めるんだな」
「諦める? それに、まだ終わってもいないのに何を言っているのか分からない」
――そんな事情、百も承知でこの場に立っている。
そもそもタイマンの状況は想定していなかった。きっと何人も待ち構えている前提で突入したはずではないか。
最初の想定通りになっただけ。
フレデリカの心は全く折れていなかった。
フレデリカはガーランドへ剣を突き出した。
「私はフレデリカ・バニングウェイだ。こんなことで折れてなんかいられない。ライクが言ってくれたんだ、相棒だって。だから、私は立ち止まらない。私は――どこまでも胸を張って歩いていくんだ」
覚悟を決めたフレデリカ。持てる全てをもって、目の前の敵を打倒する。
そんな彼女の耳に、聞きなれた言葉が聞こえた。
「『じゃあ、そんなフレデリカちゃんを応援しなきゃね』」
次の瞬間、フレデリカが通ってきた道から、爆発音や悲鳴が聞こえた。
「何だ!? 何をした!?」
「私は何も……ん?」
小さな光球がフレデリカの耳元に近づいてくる。
「『わたしわたし。天下のロクリスさんだよ』」
なんと、光球からロクリスの声が聞こえたのだ
「ロクリスさん!? え、どこから!?」
「『わたしの拡声魔術を応用して、フレデリカちゃんに声を届けているんだ』」
「そんなことが……!?」
「『ボクもいる』」
「ルミネ!? どうして!?」
こうしている間にも光球から戦闘音が聞こえている。
「『? 親友の助太刀に来ただけ。何か変だろうか?』」
「だって……! 私、ルミネに酷いことを……!」
「『誰だって怒る時はある。不思議な事じゃない。ボクはもう忘れた』」
「……ルミネ」
「『その代わり、きっちりと決着をつけてきて。それが許す条件』」
「……うん!」
とはいえ、フレデリカの疑問は消えなかった。
「あの、ロクリスさん! どうしてここが分かったんですか?」
「『マリアンちゃんが教えてくれたんだ』」
「! マリアンが……!」
フレデリカはちらりと、ガーランドを見るが、こちらの声は聞こえていなかったようだ。警戒態勢を続けている。
「おい! 貴様、何をした!? いつの間に助けを呼んでいた!?」
「知らない、ね。けど、私のことを大切に思ってくれる人が案外いたってことかな」
「『フレデリカちゃん。わたしは空気が読めるから、あえて言うけど、わたし達はお邪魔虫を入れないために戦ってる。だから、もう気にすることはない。フレデリカちゃんが気持ちよく戦える場を整えられたはずだ』」
まったくその通りである。ロクリスの観察眼は驚愕に値する。
フレデリカはいつも、無言で頷いた。その反応さえも予測されていると信じて。
「『わたしとルミネちゃんの総意を喋るね。――ぶっ飛ばせ』」
「もちろん!」
多少回復したフレデリカは元気のいい返事と共に、ガーランドへ突撃した。
「血迷ったか! 馬鹿な魔術士もどきよ!!」
「違う!!」
ガーランドが魔術を行使した。氷弾と炎弾の複合魔術。
その弾幕の雨に対し、フレデリカがとった行動は至ってシンプルだった。
「――!」
「真正面から打ち落とすだと!? こんなバカなことがあるか!」
精神が研ぎ澄まされたフレデリカは自分にとって痛手となる攻撃だけを選び、剣で叩き落とす。あとは全部、ライクのローブが受け止めてくれると信じて。
この瞬間、対魔術戦において、フレデリカは無敵となった。
持ち前の反射神経、魔力の読み方、剣に付与した十分な魔力量。この全てがフレデリカを鉄壁の要塞へと作り変える。
「馬鹿な馬鹿なバカな!! こんな小娘に私が恐怖しているのか!? あり得ない!」
「あり得るよ。だって、私だけじゃない。ライクも一緒なんだから。だから――あえてこう言わせてもらう」
どんどん距離を詰めるフレデリカ。彼女の脚力ならば、多少の遠距離だろうが間合いに入っている。
そんな中、フレデリカはライクが言いそうなことを思い浮かべ、口にする。
「――想像力が足りん、この馬鹿が」
一閃。フレデリカの剣がガーランドを捉えた。
「ぐっ……うっ……」
ガーランドは膝から崩れ落ちる。別に斬ってはいない。剣の腹で思い切り殴りつけただけだ。
だが、フレデリカの膂力をもってすれば、それは行動不能になるには十二分すぎる攻撃力だった。
「これで終わりですね」
「くそ……くそが、くそくそ……。何故こんなところで終わる、何故またこんな結末になる。これだけは私が忌避していたはずではないか」
「……忌避? 私に負けることが?」
「私が負けることがだ! 畜生……! どうせお前も魔術士の癖にと言うんだろう!?」
ガーランドが腹の底から叫ぶ。話の脈絡はない。だが、その憎悪はフレデリカにとって、正確に受け取れた。受け取れてしまった。
「何かがあったんだと思う。きっと魔術士だからこそ受ける何かがあったんだと思う。けどさ――」
フレデリカはガーランドの胸倉を掴みあげる。
「それで誰かに危害を加えていいはずないんだよ、この馬鹿!!」
「分かったような口を!」
ガーランドの瞳に光が戻った。
彼は右手を伸ばし、フレデリカの喉を掴む。
「お前ごときに分かるか! 魔術士だから何でもできる、何でもやらなければならないこの重責が! 挙句の果てには便利屋扱いされ、小間使いにされ……! 挙句の果てには魔術士の癖にこんなことも出来ないのかと言われる! ふざけるな! 私はお前らの手下じゃない! 私はお前ら魔術士が憎い!!」
ヘドロのように凝り固まった憎悪。しかし、フレデリカはその憎悪に対し、真正面からこう言った。
「同情はする! だけど私の言いたいことは変わらないよ! 受けた憎しみを人にぶつけて良いわけがない! いや、ぶつけるなこの馬鹿! 魔術士がどうとか言ってたけど、片腹痛いね! 今の貴方は、貴方に酷い言葉を投げた奴以下だよ!!」
フレデリカはガーランドの右手を引きはがした。そもそも剣士であるフレデリカに白兵戦を挑んだ時点で、ガーランドの負けは決まっていたのだ。
拘束から抜けたフレデリカはガーランドの頬に思い切り右拳を叩きこむ。
体勢を崩すガーランド。すぐにフレデリカは彼の胸倉を掴み、引き寄せた。
「貴方の憎しみは今! ここで私が殴り飛ばす! そんですっきりしろ! すっきりして、また出直せ!」
フレデリカは頭を軽く引く。狙いはガーランドの鼻先だ。
「以上! それじゃあね!!」
「クソがぁぁぁ!!!」
フレデリカの頭突きが、綺麗に決まった。
「ぁ――」
その瞬間、フレデリカは聞いた。気のせいなのかもしれない。
だが、フレデリカの耳は、脳は、その声を確かに聞いたのだ。
――全く。最後の最後に肉弾戦か。まぁ、良い。よくやった。とりあえず褒めてやろう、相棒。
◆ ◆ ◆
「……」
あれから一週間が経った。
各方面からの事情聴取から解放され、ようやく学園に戻ることが出来た。
「なんというか……ひたすら疲れたな」
同じことを何度も話す、というのがこれほど疲れるとは思ってもみなかった。
最初こそ緊張していたフレデリカだったが、後半はひたすら同じことを繰り返す存在と化していた。
「一週間がこれほど長く感じたことはなかった……」
フレデリカは今、とある場所を目指して歩いていた。
約束、とは違う。何か打ち合わせしたわけでもない。ただ、フレデリカの足は自然とその場所へ向かっていたのだ。
「……」
その場所へ到着したフレデリカは目を閉じる。しばらくすると、その足音が聞こえた。
「フレデリカさん……」
「やっ。なんか、久しぶりだねマリアン」
マリアンが何ともバツの悪そうな顔で立っていた。
「あの、うち――」
「聞く。だから、ゆっくりでいいよ」
それからマリアンはぽつりとぽつりと話し始めた。
フレデリカを裏切ったことをひどく後悔したこと。それが結果的にライクとの別れになってしまったこと。自分の弱さや身勝手さがこれほどに酷かったこと。
思いつく限りのことを、マリアンは口にした。
泣きそうになったが、マリアンは必死にこらえた。今さら泣く資格なんてないと思っていたのだから。
「はぁ……はぁ……」
思いつく限り喋った。まだ話すこともあったはずだが。酸素不足になったため、一度呼吸を挟んだ。
フレデリカはそんなマリアンをじっと見ていた。
「マリアン」
「はい……」
「苦しんだんだね。随分と」
「そりゃあ……そう、です。折角できた友達を、うちは裏切ったんですから」
「二度目はありそう?」
「! あり得ません! 絶対に! 二度と!」
「じゃ、許す」
「へ……」
「あれ? 許さない方がいい?」
「い、いや! 違う……! 違います……! けど、今さら許してなんて言えませんよ……!」
マリアンは混乱していた。まさかフレデリカからそんなにあっさりと許しの言葉をもらえるなんて思っていなかったのだから。なんなら、ここで斬られる覚悟ですらいたのだ。
そんな彼女の気持ちを察していたフレデリカは話した。
「そりゃさ、私も最初は許せなかったよ。マリアンの事、本当に許せなかった」
だけどさ、とフレデリカは続けた。
「ライクは私のことを相棒と呼んでくれた。最後まで私のことを信じていた。だったらさ、私はもう前に進むだけなんだ。私が進む先にきっとライクはいる。うん、絶対にそうと思っている」
「それが……うちを許す理由?」
「時を巻き戻せるのはライクだけ。それなら私はもっと前向きにいこうと思っただけ」
フレデリカがマリアンを手を差し伸べた。
「ちゃんと友達になろう。今度こそ、ちゃんとね」
その言葉で、マリアンの涙をせき止めるモノがなくなった。
「はい……、はい……!! うちも、友達にっ……戻り、たかった……!」
フレデリカとマリアンは抱き合った。
今ここに、フレデリカの親友が一人増えた。
その名はマリアン・ブリューエル。
フレデリカにとって、生涯の友になる者の名だ。




