第26話 フレデリカが征く
太陽の光が顔を出し始めた頃、フレデリカはマリアンから教えてもらった場所に来ていた。
「ここか」
町はずれにある廃鉱山。昔はここで鉱石が採取されていたようだが、今は見る影もない。ここなら誰も近寄ることはないだろう。
フレデリカは一度立ち止まり、深呼吸をする。
ここから先は遊びでも訓練でもない。本当の戦場になる。死ぬ可能性も十分にあり得る。
「怖い。けど、もう怖がっている私じゃない」
見張りは二人。見覚えのある外套を身に纏っていた。
はっきり言って、怒りがこみ上げてくる。だが、フレデリカはそれを飲み込み、己の力の燃料と変える。
ここからが、フレデリカの逆襲の始まりだ。
「おい、お前誰だ?」
「剣と魔術が好きな人さ。名前までは答える必要ないね」
「じゃあ死ね! 火球の魔術!」
男の一人が火炎弾を放った。対するフレデリカは持ってきた真剣に魔力を流し込む。
「死なない。私にはやることがあるんだ」
フレデリカは恐れることなく、火球へ剣を振るう。
刃は迫りくる火球をいともたやすく切り裂いた。フレデリカの有り余る魔力によって起こった出来事だ。
「な!?」
驚く男二人。フレデリカは近くの男へ急接近。剣の腹で思い切り頭部を叩く。そして残った男へ左手をかざし、こう呟いた。
「――物体操作の魔術」
「!? ぐっ!? あぁ、息が……!」
フレデリカが操作したのは男の喉の筋肉。殺し合いならこのまま首の骨を折る。だが、フレデリカは誰かの死を望んではいない。
そのまま酸欠になるまで首を締めあげ、男を気絶させた。
「……よし。覚えたことを生かせている」
全てが繋がった。
フレデリカはそんな感覚を覚えていた。
剣術と魔術の融合。近くの敵は剣で倒し、遠い敵は魔術で倒す。考えなくても、無意識に出来ていた。
フレデリカは空いた手を握りこみ、己の一種の完成を自覚する。
「行くよライク。私達はいつだって負けないもんね」
ローブについていたフードを深く被る。素性隠しを兼ねてだが、この行為には一つだけ意味を込めていた。
「ライク。危なくなったら私を助けてね」
己にライクを宿す。そんな意味合いを込めたのだ。
◆ ◆ ◆
「止めろ! あいつを止めろ!」
「やってるよ! だけど止まらないんだよ!」
組織の人間が次々と出てくる。
だが、フレデリカにとっては何の障害にもなりえない。
「……」
飛んでくる雷や炎、氷の魔術は全て魔力で保護した剣で叩き切り、少しでも隙を見せた相手は物体操作の魔術で壁や天井に叩きつける。
まさに要塞。今のフレデリカに敵はない。
「力を合わせるぞ!」
三人がかりで巨大な炎弾を作り上げ、フレデリカへ撃ち放つ。
対するフレデリカは剣を構えず、空いた左手をゆっくりとかざした。
「物体操作の魔術」
フレデリカがグッと握りつぶすような動作をすると、炎弾の速度が弱まる。次にフレデリカが埃を払うように左手を振ると、その軌道に合わせ、炎弾も軌道を逸らした。
フレデリカはいつかどこかで語っていたライクの言葉を思い出していた。
――物体操作の魔術は基礎にして深奥だ。こいつを真に使えるなら、他の魔術なんざいらないさ。
結局フレデリカは色々魔術を教わったが、一番しっくり来たのはこの物体操作の魔術だけだった。
ずっとずっとずっと気が狂うまでこれだけを練習し、持ち合わせの才能が掛け合わさった結果、攻撃用の魔術にすら干渉できるようになったのだ。
今のフレデリカ、並みの攻撃魔術は通用しない。
「そこをどけぇ!」
その時のフレデリカを例えるのなら、まるで嵐のようだった。
あらゆる物理攻撃は防ぎ、攻撃魔術は物体操作の魔術で無効化していく。このリズムを止められる者はごくわずかといえよう。
「囲め! 囲んでから確実に殺せ!」
「……見える。今なら、全部」
ただの魔術士なら。
ただの魔術士ならば、飽和攻撃に対する術を知らぬまま、沈んでいっただろう。だが、今立ち回っている人間はフレデリカ・バニングウェイ。剣術と魔術のハイブリッド。多少、魔術に対する知識がなくとも、剣の修練で磨いた動体視力がそれを補っていく。
「絶対、私はもう弱音を吐かない……!」
物体操作の魔術を用い、危ない攻撃は全て捻じ曲げ、無効化する。その間に物理攻撃で敵を沈めていく。
フレデリカはただ前進していく。ライクがそうだったように、一歩の後退も見せなかった。
一歩進んでは一人を沈めていく。フレデリカの進軍はそのままずばり、組織の消耗を意味していた。
「着いた……たぶん」
フレデリカが確かめた限り、目の前にある扉が最後だ。きっとこの先にリーダーがいるのだろう。
今一度、フレデリカは目を閉じ、周囲を索敵する。
フレデリカの肌感覚的に、だいぶ敵を倒したと認識していた。隠し通路の類があるなら分からないが、出会った人間は全て倒している。打ち漏らしがないなら、この先が残りの人間となる。
「……。よし」
フレデリカは扉を蹴破った。
どうせ侵入はバレている。あとはどれだけ意表をつき、速やかに敵を倒せるか。それに全てがかかっていた。
「あれ?」
フレデリカの想像とかなり違っていた。
いないのだ。ただの一人も。なんなら、突入した瞬間に集中砲火すらあり得ると思っていただけに、拍子抜けである。
「来たか……『無限の夜』の入れ物よ」
「全く違うけどね」
奥から現れたのは、これまたフード付きの外套を纏った男だった。違いとしては背が高いことだ。今まで出会ってきた男たちより、一回りは確実に大きい。
「君は善きパートナーになれると思っていたのだがね」
「へぇ。いつからそんな勘違いをしていたのか分からないけど、そんなものはない」
「ならば君には消えてもらうしかないだろう」
「……貴方の名前は?」
「それを聞いて何になる?」
「いやさ、ムカついてたし、ようやくぶっ飛ばせる相手の名前だからね。興味はある」
「ガーランドだ。そして訂正しよう。君を殺す男の名だ」
「名前だけは覚える。殺す云々は忘れた」
「そうか。ならば開戦だ」
ガーランドが氷の槍を無数に生み出す。
「自惚れてもらっては困る。私が何の策もなく、君をただ通しただけだと思ったかね?」
「……多いな!」
鋭く、速い攻撃。剣で叩き落とせる物は全て叩き落とし、物体操作の魔術で軌道を逸らせる物は全て逸らしてみせる。
その防御を観察していたガーランド。彼は皮肉交じりにこう賛辞した。
「素晴らしいものだ! 君は剣士と聞いていたのだがね! これも『無限の夜』が入ったからかね!?」
「違う! 私の実力、だ!」
ひと際大きな氷の槍。フレデリカは剣を大上段に構え、一息に振り下ろす。槍は真っ二つに分かれ、フレデリカの左右を横切っていく。
「私が元々持っていた力で、ライクはそれを導いてくれたんだ! そんな言われ方をする道理は……ない!」
「そうかそうか。自意識が高いようで何より!」
フレデリカの周囲に突風が起きる。四方八方から風が吹きつけられ、まるでその場に縫い留められているようだった。
「くそ……動けない……!」
「広範囲に影響を及ぼす魔術が苦手と見えた。これは楽な戦いになりそうだ」
「負ける奴はそうやって……口数が多くなる……!」
とはいえ、フレデリカの状況は悪い。
魔力で保護した剣、物体操作の魔術、これがフレデリカが研ぎ澄ませた信頼できるカード。しかし、この手札には致命的な弱点があった。
それがこの状況である。単純な軌道の魔術に対してはどうとでも対応できる。だが、このようにあらゆる方向からの攻撃に対しては、分が悪い。
「では無言で片付けるとしよう」
再度、ガーランドは氷の弾丸を放った。しかし、今度は一つ一つが大きく、そして数が多い。まるで散弾だ。
フレデリカはすぐに氷の散弾に対し、防御行動を開始する。
しかし、吹き付ける風によって、思うように腕が動かせない。
やがて、氷弾がフレデリカの身体にめり込んだ。
「うっぐ……!!」
一度、防御行動を崩してしまったフレデリカへどんどん氷弾が襲い掛かる。フレデリカは両腕を交差し、致命的な箇所へのダメージを避けることを選択した。
暴力の嵐は数秒。だが、その数秒はフレデリカの身体へ確実なダメージを与えた。
「ははは! 容易いな! これでは組織に不要だったな!」
「どうして……」
「うん?」
「貴方の魔術の腕は確かだ。もっと真面目に生きていれば、この力を正しいことに使うことだって……!」
「正しい? 正しいことか! それは上から目線が過ぎるな! 持たぬ者は持つ者に虐げ続けられる運命なのだ!」
ガーランドの攻撃が続く。これまた氷弾だ。
立ち上がったフレデリカはすぐに対応する。今度は魔力の流れを読み、攻撃が来るであろう場所に剣を振るう。量で劣るなら、速度で勝るのみ。これがフレデリカの立てた防御法だ。
「違う! 使えない人は使えるように努力出来る! 魔術は道具なんだ! 使えるようにすればいいだけの話! 皆、最初から包丁が使えなかったように、練習すれば皆が使えるようになる! 貴方がどうこう言う道理はない!」
「小娘が! ずけずけと知ったような口を! 多少知恵の回るガキはこれだから!」
そう言っている間にも、フレデリカは的確に氷弾を打ち落とし、どんどん氷弾の破片が舞う。
その瞬間をガーランドは狙っていた。
「魔術には多少心得があるようだが、本格的な魔術戦の経験は浅いと見える! 死ね!」
「ッ!?」
フレデリカが迎撃し続けた氷弾の破片が渦巻く。破片は無数にフレデリカの周りを高速回転し、どんどん幅を狭める。
「……まずいっ」
「もう遅いわ! 爆ぜろ!」
瞬間、氷の破片が爆発した。衝撃と爆風がフレデリカへ襲い掛かる。
「ッ……!!」
吹き飛ばされ、何度も地面をバウンドするフレデリカ。ガーランドの攻撃魔術は相当の腕前だった。
もしもライクがいたのなら。
彼はきっと、ため息交じりに色々とアドバイスをしただろう。そんな場面がフレデリカの脳内に浮かんでくる。
「くっ……」
だが、現実はシンプルだ。フレデリカは一人。そしてガーランドの方が優勢。もらったダメージは相当。これは非常にまずいと言っていい。
「ほう。まだ生きているのか。しぶといな。何か防御の魔術を使っているのか?」
「答える義理は……ない」
答えはシンプルだ。ライクがくれた黒いローブ。これはただの布ではない。彼はこのローブに何重もの防御魔術を付与していたのだ。だからあれだけの猛攻撃を受けても、フレデリカはまだまだ動けるのだ。
さながら要塞の防御力を誇るローブ。正直に言おう。このローブがなければ、今頃もっと手ひどい傷を負っている。
内心、ライクに感謝しつつ、フレデリカは余裕を崩さない。
何せ、ライクならきっとこうしているだろうからだ。
「ほう、君はまだここから生きて帰れると思っているのか」
ガーランドがため息交じりに話す。




