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第25話 決意と決別のローブ

「っだぁー! 駄目だ! いいとこいってんだけどなぁ!」


 フレデリカは思わず街中で声をあげてしまった。

 全くの無反応という訳ではない。何なら手ごたえはそれなりにある。

 だが、核心的な情報に辿り着けているかと言われたら、全然話が変わってくる。


「何でロクリスさんはこの街で声をかけ続けろって言うんだろうなぁ」


 正直場所を変えたい気持ちでいっぱいだった。一つの場所にこだわるより、幅広く聞き回った方が良いに決まっているだろう。

 たまに様子を見に来るロクリスに対して、フレデリカは当然場所変えの提案をする。

 だが、ロクリスは決まってこう言うのだ。


 ――ダメダメ。絶対、ここが良いんだから。


 その一点張りである。

 フレデリカは基本的に人を疑わない。だが、これに関しては、少々疑問を抱かざるを得ない。


「……はぁ、でもやるか。ロクリスさんがそうしろっていうんだから」


 だが、フレデリカは愚直に声をかけ続ける。

 何せ、そういう風に信じたのだから。



 ふいにその瞬間が訪れる。



「あの」

「はい。どうしまし――」


 フレデリカは思わず言葉を失ってしまった。


「……お久しぶりです。フレデリカさん」

「マリアン……」


 見間違えるわけがない。

 あの組織のリーダーの娘であり、フレデリカの友達であるマリアンだった。



 ◆ ◆ ◆



 流石に路上では色々と目立つので、フレデリカとマリアンは近くの喫茶店に入っていた。


「ありがとうございます。時間を作っていただき……」

「……どうしたの? 私に何の用?」


 自然とフレデリカの口調がきつくなっていた。無理もない。何せ相手はライクと離れることになった原因なのだから。

 マリアンもそれを理解しているのか、びくりと肩を震わせた後、うつむいてしまった。


「……今更、私がフレデリカさんの前に現れるべきでないのは分かっています」


 フレデリカは黙って、続きを促した。


「あの時の事、本当にごめんなさい。うち、本当に……」


 もじもじと手を動かすマリアン。

 それに気づいていたフレデリカは彼女の手助けをする。


「謝りに来ただけ、じゃないんでしょ? ……正直、私はマリアンのことは許せない」

「……はい」

「けど、マリアンは私がそういう態度をとると分かっていても来た。……だったら、聞くよ」


 言葉通りの意味だ。そこに何の嫌味もない。

 マリアンは元々繊細で臆病で、だけど確かな優しさを持っている。しかしフレデリカは知っている。そんな彼女が取り返しのつかないことをした相手の元へ来たことの勇気を。


「これを」


 マリアンがテーブルに置いたのは一枚の紙きれだった。

 それを受け取り、広げると、フレデリカは目を見開いた。


「これって……」

「そうです。父親がいる場所になります」


 これはフレデリカがもっとも欲しかった情報。この情報を知るために色々な人に聞き込みをしたのだ。


「なんでこれを?」

「……これは言い訳になります」


 その前置きに対し、フレデリカはただ頷いた。今更、この情報に対し、疑惑は抱かない。

 今はただ、マリアンの言い訳(・・・)に意識を集中させる。


「うちはフレデリカさんを裏切りました。その後は、苦しかったです。うちのことを助けてくれたフレデリカさん。こんなうちに声を掛けてくれたフレデリカさん。うちは、フレデリカさんに何かをしてもらってばかりでした」


 そんなことはない、そう言いたかったが、フレデリカはその言葉を飲み込んだ。


「それなのに、うちはフレデリカさんのことを裏切ってばっかり。……ありえないなと、ずっと思ってました」

「……」


 マリアンは泣きそうになっていた。だが、フレデリカは一切、声を掛けなかった。

 マリアンがそれを望んでいるのが分かっているから。


「うちはそれが恥ずかしかったんです。だから、もう決めました」


 力強い瞳で、マリアンはフレデリカを見た。


「うちはもう、フレデリカさんを裏切らない。うちが犯した罪を償いたいんです」


 それがマリアンの意志だった。

 フレデリカは彼女の言葉を百パーセント理解したつもりだ。彼女の苦しみ、彼女の葛藤、彼女の覚悟。

 だが、フレデリカはそれでも首を縦に振らなかったし、優しい言葉をかけなかった。


「今更だよ……今更なんだよ、マリアン……」

「……そう、ですよね」

「だけども」

「……?」


 フレデリカはマリアンの手を握っていた。


「許せない。マリアンのことは許せない。私とライクを引き離した原因。マリアンのせいで、私はどれだけ苦しんだか」

「そう、ですよね。うちは――」

「だけど」

「?」


 もちろんマリアンへの憎しみはある。ゼロにはならない。だけど、それでも。

 フレデリカの眼には、いま目の前にいる人間が友人(・・)にしか見えない。それが、既に出ていたフレデリカの答えなのだろう。


「まだ許すつもりはない。けど、全部終わったらちゃんと話そう。……私は死ぬほどマリアンを責めるかもしれない。……それでも良いのなら」


 言葉は刺々しい。しかし、フレデリカの表情は穏やかなものだった。

 それを見たマリアンは自然と涙を流していた。


「はい……、はい……!! ありがとうございます……! ありがとうございます……フレデリカさん……!! う、うっうぅぅぅ……!!」


 顔を机に押し付け、声を抑え、マリアンは感情を爆発させる。

 フレデリカは立ち上がり、マリアンの肩を軽く叩き、店を出た。

 今のフレデリカとマリアンにとって、これ以上の会話は必要ない。


「何でこんなことになったのかなぁ」


 フレデリカは店の方を振り返らなかった。

 しばらく歩き、フレデリカは自分の家へ戻っていた。


「……」


 目的は自室。そして、ライクが用意した木箱の前にいた。


「ライク、たぶん今がその時だよね?」


 誰に言われるでもなく、フレデリカは木箱の蓋を取った。


「これって……!」


 中に入っていたのは、黒いローブと手紙だった。

 手紙を手に取り、開いたフレデリカは己の目を疑った。


「ライクの手紙だ……」


 きっと彼が物体操作の魔術でしたためた手紙なのだろう。

 フレデリカは一度、息を飲み、呼吸を整える。何かが入っていると思っていたが、まさか手紙とは思わなかったのだ。

 精神を整えたフレデリカはその手紙の内容を口にしていた。


「……『この手紙を読んでいる頃には、俺はきっとお前の前から姿を消しているのだろう。それが俺の意志か、別の要因かはさておいてな』」


 ライクの声が聞こえてくるような、いつも通りの文章だった。

 フレデリカはクスリと笑いながら、先を読み進める。


「『俺はお前が気にくわなかった。俺の安らかな眠りを妨げておいて、ハズレだのなんだの抜かすお前がな』。……うん、それに関しては割と強く思っていたからね」


 ライクとの掛け合いが蘇る。憎らしくも、楽しかったあの時間。


「『だが、まぁ今となっては別の感情だ。お前が才能を持て余していることについて、俺は怒りを抱いている』。……ライク」


 あとは無言で読むことにしたフレデリカ。

 続きには、こう書かれていた。


 ――最強の剣士になりたい、とお前は言った。俺はそれについて、今でもこう言うだろう。馬鹿が、とな。確かにお前の剣術の腕はいっぱしだ。俺が見てきた中でも、上位のレベルだし、伸びしろもある。だが、何度でも言う。お前には魔術の才能がある。それは宝だ。極めれば永遠の輝きが約束される才能の原石を捨ておく? 俺にしてみればありえない選択肢だったよ。だから、俺はお前を徹底的に鍛えることにした。


「ライクが、そんなに私の魔術の腕を……」


 気づけば目が潤み、涙が床に落ちていた。何で今更なのだ、とフレデリカは怒りをあらわにする。そんなこと、直接言ってくれなきゃ分からないではないかと。


 ――その結果、俺の判断は間違っていないことを悟ったよ。お前は俺の魔術の教えを超スピードで吸収していった。分かっているか? 俺の要求は、既に他の魔術士からしてみれば、天のレベルに達していたことに。


「そんなの、分かりっこないじゃん」


 ――俺には分かっている。どうせお前はこの文章を読んだら、己を卑下するのだろうさ。だがな、それは大きな間違いだ。お前は致命的な間違いを犯している。


「間違い……?」


 ――お前には勇気がないだけだ。剣と魔術、どちらも本気の本気で取り組むという勇気がな。お前はきっとそんなことないと言うだろう。だが、俺ははっきりと言う。お前はどちらも極められる。ただ、その勇気がなかっただけだ。


 手紙は最後に、こう締めくくられていた。


 ――勇気を俺に示せ。この俺が認めたフレデリカ・バニングウェイの勇気を、俺に見せてくれ。それが俺の最後の願いだ。じゃあ、そういうことで。さらばだ、俺の相棒よ。


「ライクはずっと……私のことを見てくれていた……! ずっとずっとずっと……見ていてくれたんだ……」


 フレデリカは泣いた。泣いて、泣いて、泣いた。我慢していた感情を全て解放するかのように。

 止まない雨はない。フレデリカの涙は自然と消え失せ、その代わり決意を秘めた瞳へと変わっていた。


「私はまだ、私のことを信じられないのかもしれない」


 フレデリカは黒いローブを掴んでいた。


「けどさ」


 ローブを身に纏ったフレデリカの姿は、どこかライクを思わせる。


「私の相棒が信じてくれているんなら、私も私を信じてみたくなったよ。――本気で」


 ここにフレデリカ・バニングウェイは完全に復活を遂げた。

 いや、纏う雰囲気を見ると、とても以前の彼女とは比べ物にならないだろう。


「私はやるよ、ライク。今度こそ私は私を信じてみせる」


 フレデリカは家を飛び出した。

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