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第24話 小さな一歩を思い出す

「父は目的のためなら何でもします。そんな父が昔から怖くて……。そしていつも父からは自分の役に立つよう言われていました。何も出来なかったら、辛く当たってきます。そんなことは……もう嫌だった」

「だから、話したの? ライクの事をその人に……」

「……はい」

「!!」


 フレデリカは木剣を振り上げた。狙いは頭部。今の彼女の心は怒りと憎しみの炎で燃え盛っていた。

 マリアンがいなければ、こんなことにはならなかった。


「――!」


 マリアンは目を閉じる。

 彼女は覚悟していた。こんなことを言って、タダで済むわけがないと。

 

 フレデリカは全てを受け入れた彼女の頭部へ木剣を振り切る――!


「そこまで」


 フレデリカの右腕に光の鎖が絡みつく。彼女の右腕はビクとも動かなくなった。


「やぁやぁ。生徒会長です」


 現れたのは生徒会長、ロクリス・ハイネステスだった。

 ロクリスはフレデリカとマリアンを交互に見る。


「フレデリカちゃん、これはどういうこと?」

「離してください……! 私は……!」



 次の瞬間、ロクリスはフレデリカの胸倉を掴み上げた。



「君のように鍛えた人間が、無抵抗の人間へ、思い切り木剣を振るうことの意味は分かるよね?」


 強調するように、言葉を区切りながら話すロクリス。

 彼女はフレデリカと目をしっかり合わせ、こう言った。


「殺す気だったの? それとも君も、君が怒りを燃やしたあいつらと同レベルに成り下がりたかったの?」

「――! あ、ぁぁ……あぁぁ!」


 既に拘束を解かれていたフレデリカの右手から木剣が滑り落ちる。

 フレデリカは今、自分が何をしようとしていたか、ようやく理解をした。


「わた、私……今、マリアンを殺そうとしていた……。私……私は……」

「フレデリカちゃん、今は何も言わないよ。ところで――」


 ロクリスの視線がマリアンへ向けられた。


「何があったのかな? 話の内容までは知らないから何とも言えない。……けどさ」


 ロクリスは微笑を向ける。


「君が何かを話したから、フレデリカちゃんがこうなった。と、考えるのが自然なんだけど、どうかな?」

「それ、は……」

「何もありません」


 フレデリカは俯いたまま、話を続ける。しかし、言葉はきっぱりとしていた。


「何でもないんです。私とこの子の間には、何も起きていません。だから、その子は関係ありません」

「フレデリカちゃんはそれで良いの?」

「はい。……自分の問題です。自分で決着をつけます」


 そこで初めてフレデリカはロクリスと視線を合わせた。

 フレデリカは驚いた。ロクリスの瞳は、だいたいを察しているようだったから。だから、フレデリカはそれ以上、余計なことを言わなかった。

 ロクリスは驚いた。フレデリカの瞳は、全てを飲み込んでいたようだったから。だから、ロクリスはこれ以上、深く追求しなかった。


「そっか。じゃあ解散解散。そもそも学園は今、閉じている最中だからね。二人とも、勝手に入ったら駄目なんだからねー」


 フレデリカとマリアンはそれぞれ謝罪の言葉を述べる。

 頷いたロクリスは去っていこうとする。だが、去り際、ロクリスはフレデリカの耳元に口を寄せる。


「――気持ちが落ち着いたら、いつでもいいから生徒会長室へ来てね」


 今度こそロクリスは去っていった。

 フレデリカとマリアンはそれぞれ無言のまま、別々の方向へ歩いていく。


「フレデリカさん!」


 背中越しにマリアンの声がした。

 だが、フレデリカはもう振り返る気にもなれなかった。


「本当に……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」


 フレデリカはマリアンがいなくなる最後の最後まで、背を向けていた。



 ◆ ◆ ◆



 その夜、フレデリカは自室で膝を抱えていた。


「私は……一体なんなんだろ」


 はっきりと分かっていたことがある。

 あの時、自分は剣士としてではなく、魔術士として狙われた。


 もちろん魔術は真面目に勉強していた。だが、自分はあくまで剣士だ。

 そのはずだった。そう、思っていた。


「剣士としての私ではなく、魔術士としての私……」


 だが、現実は違った。

 世界が必要としたのは剣ではなく、魔術。

 その事実が一つの現実を彼女へ突きつける。


「私は……剣士じゃなかったのかな」


 剣士としての自分はこう言っている。――そろそろ見切りをつけるべきじゃないか?

 魔術士としての自分はこう言っている。――もっと世界を広げるべきじゃないか?

 今のフレデリカは、心の中の二人に対する答えが全く出せなかった。いや、もっと正確に言えば、出したくないと言うほうが正確だろう。


 ぐるぐるとした思考。抜け出せない心の闇。

 気づけばフレデリカは眠りに落ちていた。



「うー……ん」



 気づけば朝だった。日が昇って、まだ僅かな時間だろう。

 フレデリカは無意識に外に出ていた。いつものように木剣を振っていなければ落ち着かなかったのだ。

 準備運動もそこそこに朝の訓練を始めるフレデリカ。


「……」


 無音だった。

 もしもライクがこの場にいたら、色々と罵倒されていたことだろう。だが、それももうない。

 様々な剣の振り方を試してみる。いつもならば絶対にやらない型だ。だが、フレデリカは頭のモヤモヤを吹っ切るため、新しいことに手を染めていた。


「ねぇライク、今の――!」


 自分の想像以上に上手くいった。反射的にフレデリカはライクの名を呼んでいた。

 直後、フレデリカは現実を突きつけられる。


「そう、だよね……ライクは、もう」


 しばらくの間、ずっと一緒だった。

 何をするにも、どこへ行くにも、誰と戦うにも。

 フレデリカは口にこそ出さなかったが、それに居心地の良さを感じていた。自分は一人じゃないのだ、と安心できていたのだ。


「ライク……ライク……!」


 フレデリカの右手から木剣がするりと落ち、同時に彼女はうずくまった。


「うわあああ……! あぁぁ……! ああああぁ……!」


 感情があふれ出した。

 現実と彼女の認識が一致した。一致してしまった。

 彼女はただただ泣いた。このどうしようもない現実に、せめて少しでも爪痕を残すように。


「ライク……! また会いたいよう……! なんで行ってしまったのさ!」


 彼女の胸に湧いたのは、今までの感謝とまた会いたいと思う気持ち。

 どうすれば良いのか、まるで分からない。それでも彼女は今の現実を飲み込み、全て吐き出す。


「……」


 ひとしきり泣いたあと、フレデリカは寝転がり、空を見上げていた。

 色々と爆発させた彼女の頭は冷静さを取り戻していた。


「ただこのまま泣いても何にも変わらないんだ」


 ライクはいない。その事実はまだまだ飲み込めるものではなかったが、一旦置いておく。

 肝心なのはこの後、自分がどうしたいかだ。


「……よし」


 どんなこともまずは小さな一歩から。

 フレデリカは剣の修行を再開した。冷静になってみれば、まだいつものノルマの半分も終わっていなかった。

 ひとまずこなす。そしていつも通りの自分に戻していく。


 それが終わったフレデリカは学園に向かおうとしていた。

 しかし、一瞬フレデリカの足が止まった。


「……そういえば」


 学園に行く前に、フレデリカは自室へと向かった。

 そしてベッドの下に置いていた箱を机の上に置いた。


 ライクが消滅する前に言われていたことがある。


 ――何かあったら開けろ。ただし、俺が手出しできず、お前がどうしようもなくなった時に限る。


 簡素な木製の箱。ただし、魔力による施錠がされている。

 ただ、非常に簡素な施錠なので、すぐに開けられるようになっている。


「気持ちを完全に整理出来たら、開けるね」


 ライクに聞こえるように、フレデリカはあえて呟いた。



 ◆ ◆ ◆



 フレデリカがたどり着いたのは、生徒会長室だった。

 まだ学園封鎖がされているが、フレデリカには分かっていた。


「失礼します」

「はーいいらっしゃいー」


 案の定というべきだろうか。

 生徒会長ロクリスはいつもの調子でフレデリカを出迎えた。


「やっぱりいるんですね」

「そりゃあ生徒会長だからね。あっはっはっ」

「そういうものなんですね……」

「そういうもんなの。……で、フレデリカちゃんはどうしてここに?」


 フレデリカはロクリスと向き合った。


「私、自分の無力さを思い知りました。同時に、心の弱さにも」

「そだね。マリアンちゃんに向けて良い形相じゃなかったよあれ」

「あれは……」

「あ、大丈夫大丈夫。マリアンちゃんについては全部分かってるよ」

「……! そう、でしたか」

「流石にフレデリカちゃんがあんな態度を取った相手のことは気になるからね。わたしのコネで色々と調査したんだ」


 ロクリスの眼が細くなる。


「フレデリカちゃんがわたしに全部任せてくれるなら、この件は全部片づけられるけど、どうする?」

「必要ありません。これは私の戦いです」


 フレデリカは即答した。


「一応聞くけど、どうして?」


 理由は色々とある。だが、フレデリカはその中でも特にシンプルで、もっとも強い理由を答えた。


「私、やられっぱなしは嫌なんです。あの人たちはきっちりと倒さなきゃ自分に腹が立って仕方ないんです」


 これ以上ない理由に、ロクリスは思わず声をあげて笑ってしまった。


「最高! やーやっぱりフレデリカちゃんは面白いわ。そういう理由なら、わたしが止められる余地は皆無だね」

「ロクリスさん……!」

「オーケー。だったらわたしは出しゃばらない。代わりに、フレデリカちゃんのサポートをさせてもらうね」

「! ありがとうございます!」

「これから忙しくなるね。取り急ぎ、彼らのアジトの場所探すところから始めるとしますか」


 フレデリカはひとまず学園近辺の街で聞き込みを行うことにした。

 これはロクリスのアドバイスである。


 ――わざわざ遠方から学園に侵入するとは考えづらいかも。だから、奴らはそれなりに近くにいるはずだよ。移動にもリスクが伴うはずだしね。

 

 フレデリカは地道な聞き込みを行っていた。具体的には、記憶を手繰り寄せて似顔絵を描き、それをひたすら通行人に見せていた。

 結果はロクリスの言う通りだった。聞き込みはそれなりの手ごたえを得ることになる。


「あー? なんか見たことあるな、こいつら」


 通行人の一人が似顔絵をまじまじと見た後、そんなことを言った。

 フレデリカは即、食らいつく。

 

「!? どこで見ましたか!?」

「確か酒場で見たことあるな。同じように黒いフード付きの外套を着けていたから、間違いないと思う」

「その方たちはどこにいますか!?」

「いやぁ、悪いね。もう分からんよ」


 そう言って、通行人は去っていった。

 焦りに支配されそうになる。だが、ここで感情に飲み込まれてはいけない。


「……さ、次の人に聞こうかな」


 そんなフレデリカを遠くから見ている人影があった。

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