第22話 運命の日
運命の日は、本当に何もない平日にやってくる。
午後。人があまり来ない広場で、フレデリカはライクとにらみ合っていた。
「お前、さっきの体たらくは何だ! 物体操作の魔術を使いすぎて、少し雑になってきているのではないか!?」
「ちっがうよ! ちゃんとやってたじゃん!」
「ほー。それならばあの物体操作の魔術のクソ精度は何だ? もう少し正確に物を動かせていただろう」
「あークソ精度って言った! ひっど! ライクひっど!」
フレデリカとライクはいつものように言い合っていた。今日は魔術の訓練に集中する日。一度剣を置き、座学から実践を何度も行った。
結局フレデリカが使っていてしっくりくる魔術は物体操作の魔術。他の魔術も使えないことはないが、その完成度はイマイチの域を抜け出せない。
ライクも同意見だった。奇しくも自身がもっとも得意としている魔術のノビには目を見張るものがあった。
最近のライクの方針は得意な魔術を徹底的に訓練させること。そこが伸びきったと判断したら、違う魔術を教えることにした。とはいっても、使わず腕が錆びても困るので、多少は使わせているが……。
「騒ぐ暇があるなら、魔術の腕を磨け」
「言われなくてもそうしますー! さ、やるよ!」
――次の瞬間、フレデリカの目つきが変わった。
「誰ですか?」
「フレデリカ・バニングウェイだな」
気づけば、茶色の外套を纏った男たちが何人もフレデリカの周りを囲んでいた。
誰だ、というフレデリカの問いには答えず、男たちは用件を告げる。
「時間がない。俺たちと来てもらおう」
「!」
フレデリカは反射的にその場から飛びのいていた。同時に、黄色い光線が着弾する。
「これ、確か麻痺矢の魔術……!?」
「魔術を使えぬ者たちの上に立つべく、お前にも働いてもらおう」
「もしかして……! 貴方たちが例の集団か!」
最近、噂になっている魔術を使えぬ者たちを対象に暴力行為を働く集団。フレデリカが今、もっとも怒りを抱いている相手だ。
「全員倒す!」
「待てフレデリカ。頭に血が上っているぞ。一旦、冷静に――」
「冷静になんてなっていられないよ! 絶対に許さないんだから!」
フレデリカは獣のごとく飛びかかり、あっという間に一人目を木剣で殴り倒した。しかし、男たちに驚きの様子はない。
「次!」
「おいフレデリカ。お前、興奮しすぎだ! ――興奮、まさか」
ライクは透ける身体を駆使し、暴れまわるフレデリカの前に回り込んだ。
フレデリカは前を向いているようで向いていない。焦点がどこか合わない。まるで意識がどこかに飛ばしているかのような表情を浮かべていた。
ライクはその状態に心当たりがあった。思わず舌打ちをする。
「錯乱の魔術と高揚の魔術の二重がけか……!」
すぐにライクは指を鳴らす。すると、フレデリカの動きが緩やかになった。
「あれ……? ライク、どうして私、あんなに怒ってたんだろう」
「奴らの魔術だ。俺が解除しておいてやった。ただ……」
「ただ?」
「何でもない。戦闘に集中するなら集中しろ」
ライクはフレデリカとの繋がりに違和感を感じていた。フレデリカと自身の間が揺らいだような感覚だ。
そういえば、とライクは思い出す。
(フレデリカの中に入ってから、ここまで強い精神に干渉する類の魔術を受けたことがなかったな)
そういう機会がなかったと言えばそれまでだ。ただ、この場面で判明するには、少しだけ遅かったのかもしれない。
(そもそも俺はフレデリカの魂や精神のスペースに間借りをしている状態だ。奴の精神が揺らげば、こうも俺にまで波及してくるのか)
フレデリカの中にライクがいる。ただ、それは身体や精神、心が二倍になるわけではない。あくまでフレデリカは一人だ。それ以上でも。それ以下でもない。
ライクが考えをまとめている間、襲撃者たちはそれぞれ目配せをする。
「おい。あまり時間をかけるな。アレをやるぞ」
「そうするか。……多少、精神がどうにかなったところで問題ないだろう」
男たちは再びフレデリカを取り囲む。そして同時に魔術を行使した。
「! あっ……! あぁ……!」
再びフレデリカに魔術が行使された。今度も精神に干渉する類の魔術だ。
ライクがすぐに解除しようとするも、すぐに魔術が使えなかった。
「フレデリカ! フレデリカ! クソがッ! こいつの精神が参ると、こうも自由になれんのか!」
簡単に言うならば、フレデリカとライクはそれぞれ違う部屋、それも密室に分断されていた。今までは一緒の部屋にいたからこそ、ライクは自由に動くことが出来ていた。
だが、魔術により精神が不安定な状態となってしまったため、ライクは物理的に干渉を阻害されていた。
「絶対に許さない……! 倒す……! 全員倒す!」
再び興奮状態となったフレデリカ。男たちを一人、また一人と倒していくが、どんどん魔術の効果は強まるばかりだ。
「頃合いだ。これより精神解放の魔術を行う。何、多少なら精神をぐちゃぐちゃにしても構わない。思い切りやれ」
精神解放の魔術。
ライクはその魔術に覚えがあった。
「精神解放の魔術……! 対象の精神に深刻なダメージを与え、崩壊させる魔術だったなァ!!」
男たちの手から緑色の光線が放たれる。
ライクは急いでフレデリカとの精神を繋ぎ直す作業を行っていた。
「いつもの俺ならば刹那で出来ることを……!」
ただでさえフレデリカは精神に干渉する魔術をたっぷりともらっているため、ライクは彼女の精神中にある己の存在を確立させることで精いっぱいだった。
イメージとしては、円形の足場があっという間に狭く小さくなり、やがて消えていくようだった。
彼は狭まる足場を何とか維持しつつ、フレデリカと己の精神世界を繋ぎ直し、今まさにやってくる精神解放の魔術に対抗する。
「ちっ! フレデリカ! おい! せめて意識だけは保っていろよ!」
時間があまりにも足りない。
特に精神解放の魔術に対しての時間が圧倒的に足りない。
精神解放の魔術に対する防御は全ての工程を終えてからだ。そうでなければ自身も危ない。全てを並行して行わなければならないのだ。
光線はもはや手を伸ばせば届く距離。フレデリカがあと二回瞬きをしたら、着弾するだろう。
「…………」
精神解放の魔術に対する防御は全ての工程を終えなければならない。だから急いでいた。そうでなければどちらも危ういからだ。
――ただ、何かを無視するなら、その限りではない。
「俺は『無限の夜』。魔術とは俺、俺こそが魔術」
緑色の光線はもう着弾する。フレデリカの次の瞬きで、彼女の精神には深い傷が与えられる。
光線が着弾した。
「全く。お前はいつも世話がかかる」
気づくと、フレデリカは真っ白な世界に立っていた。
「ここは……?」
見渡す限りの白。そこには何もない。フレデリカはその世界に漂っていた。
「俺とお前の精神が入り混じった場所だ。境界と呼んでも良いかもな」
振りむくと、ライクも同じように浮かんでいた。
フレデリカは状況が飲み込めなかった。少し冷静になり、ここまでの経緯を思い出す。全てを思い出した瞬間、フレデリカは声を荒げた。
「戦いは!? どうなったの!? 私、相手の魔術で変になっていたのに……!」
「あぁ、無様なもんだったな。相手の精神魔術にまんまと狂わされ、あとはトドメを刺されるだけの獲物に成り下がっていたぞ」
「そうだよ……! そんな状態だったのに、ここはどこなの?」
「ここは精神世界だ。現実の時間とは時間の流れはかなり違う。まぁ、最後にお前へ駄目出しするには十分だろうさ」
「最後……って」
最後、という言葉にフレデリカは心臓が止まりそうになった。相手の精神魔術でおかしくなっていたとはいえ、視覚や聴覚は正常だ。
この世界になる直前に見たあの光景。あれは絶体絶命だった。あの緑色の光線がヤバいものだというのも、何となく理解していた。
だからこそ、フレデリカはこの疑問を浮かべずにはいられなかった。
「ライク……何が起きたの?」
この穏やかな時間は何なのだ、と。
「一言で言うなら、お前とおさらばする時間が来たということだろうな」
「おさらばって……!? 何それ、ちゃんと説明してよ!」
説明など、いらなかった。
ライクの身体はところどころ消えていた。本当に幽霊のような状態だったのだ。
フレデリカはその状態で全てを理解した。
「……ううん、分かってる。庇ってくれたんだ。私に行くはずだったダメージを、ライクが全て引き受けてくれたんだ」
「そういうことだ。だいぶお前も頭の回転が速くなったじゃないか」
「何で! 何でそんなことしたの!? むしろ、私の精神がなくなったら、ライクは私の身体を好きにできる。……自由になれたじゃん」
フレデリカの声がどんどん小さくなっていく。
そんな彼女の態度に、ライクは鼻を鳴らす。
「俺は俺のやりたいように、生きたいように生きる。今回もそうしたまでだ。お前が気に病むことじゃあないさ」
自由になれた。
そんなこと、ライクは百も承知だった。全てを承知の上で、彼はその事実に見向きもしなかった。
「おっと、本当に別れの時間が来たな。フレデリカ、精々今後も魔術の腕を磨くんだな」
「待って……! 待ってよライク! 私、まだ何も出来ていない! ライクを認めさせていない! だから! 待ってよ!」
「確かにそうだろうな。お前はまだ、俺を認めさせるには足りない次元にいる」
「だったら!! いつものように何とかしてよ! ライクが使える魔術全部使ったり! お願いだから……行かないでよ……」
ライクが近づき、フレデリカの頭に手を置いた。
「俺は『無限の夜』、ライクだ。魔術こそが俺、俺こそが魔術だ。お前が魔術の道を歩く先には必ず俺がいる」
ライクの身体が消えていく。残された時間は僅か。
「ライク! ライク!!」
「けどまぁ……そうだな」
――笑った。いつも怒っていたり、しかめっ面をしていた彼が、笑った。
「お前の物体操作の魔術、中々に悪くなかったぞ。そこだけは認めてやろう」
今までに聞くことのなかった優しい声。
フレデリカが口を開いたのと同時に、意識がブツリと切れた。直後、真っ白い世界が崩壊する。
崩壊していく世界の中心には、あと一秒で消えようとするライクの姿が。
「フレデリカ・バニングウェイ。お前との生活は楽しかった。俺がいつまでもこの時間を過ごしたい、と思うくらいには」
ライクは最後に言う。
「本当にさらばだ。そして精進しろ。――俺の相棒よ」
そして、真っ白い世界と彼は完全に消え失せた。




