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第21話 それは可能性の話

 ある日、ある場所で。

 茶色の外套を身に纏った男たちが集っていた。


「揃ったな。それではこれより状況の報告会を行う」


 順番に男たちは話した。その内容はどれもこれも物騒な内容ばかり。


「俺たちの班は今日、マルサル街出身の学生をぶちのめしたぜ。どいつもこいつも魔術を使えねーのに使おうとしやがって」


 男がそう報告すると、他の者たちから拍手が起こった。

 これが彼らの日常である。


「よくやった。魔術の才能がないのに、何故魔術を使おうとするのか。我らのように選ばれた人間になりたいというのか……」


 リーダー格と思われる男は心の底から不思議そうにため息をついた。

 他の男が彼の意見に同調したように頭を縦に振った。


「その通りですね。魔術を使える者は選ばれた人間。努力とかそれ以前の話だ。世の中には三種類の人間しかいない」

「そうだな。魔術を使える人間と使えない人間、そして浅ましくも魔術を使える人間に追いつこうとする愚か者だ」


 その言葉に、その場にいた全ての者が深く頷いた。

 これが彼らの共通見解である。例外はない。

 そんな彼らの目的はただ一つ。


「この組織の目的を再度確認しよう。愚かしくも魔術を使おうとする人間を裁く。そして使えぬ者で楯突く者は同様に裁く。全ては我ら魔術士が正しい世界に」


 リーダー格の言葉に、皆、士気が高まる。

 この組織は、魔術を使えぬ者達に理不尽を与える組織。その構成員は全て魔術士であり、魔術を使えぬ者を見下している。


「皆に知らせたいことがある」


 いつもならこのまま終わる流れだったが、今日は違う。

 リーダー格の男には、彼らの士気をより高める話を持ち合わせていた。


「『無限の夜』殿を知っているな?」


 『無限の夜』――その言葉を聞いた者達は興奮する。

 それもそのはずで、その名は彼らにとっては信仰するに値する存在であったのだから。


「知らないわけがない! 奇跡の具現化、時代が時代なら魔王とすら呼ばれた存在だ! 魔術を使える者ならば皆、その名を聞けば必ずや興奮を抑えきれなくなる!」

「……もしもだ、もしも『無限の夜』殿が我らの側につけば、それすなわち完全勝利を意味することだろう」


 そのもしもに対し、男たちは沸き立つ。

 男の一人は少し声を震わせながら、質問する。


「あ、アテがあるのか? もしやその、『無限の夜』殿に繋がる何かが……!」


 リーダー格はゆっくりと頷いた。


「その通りだ。聞くが良い」


 リーダー格は語る。

 『無限の夜』が再誕したらしいこと。しかし、とある少女の中にその魂が宿っていること。

 ――上手く、その少女に協力を取り付けることが出来れば、それすなわち『無限の夜』の仲間入りを意味することを。


「お、おぉ……!」


 男たちは震えていた。中には涙を浮かべる者までいた。

 それならば、と男はリーダー格に聞いた。


「素晴らしい! 素晴らしいぞ! 俺たちはどうすれば良い!? 『無限の夜』を宿した少女を連れてくれば良いのか!?」

「いかにも。だが、手順が要る。これからお前たちには存分に働いてもらうことになる」


 もしもこの場に『無限の夜』ことライクが居たならば。

 きっと鼻を鳴らしていたことだろう。そもそもの前提を間違えている。

 例えフレデリカを押さえたとしても、ライクが頷かないのであれば、その時点で計画終了だ。


(せいぜい上手くいけばいいのだがな)


 リーダー格はその前提を把握していた。リーダー格ですら、完全に信じているわけではない。

 しかし、こうして組織の構成員を動かすには理由があった。


(我らは魔術を使えぬ奴らとは違う。もっと高い次元の人間だ。それだというのに、最近はその辺の野良犬どもを小突くだけに留まっている。問題だ、これは大きな問題だ)


 魔術を使えぬ者たちに身の程を分からせる。その手段として、手っ取り早いのが、闇討ちなり集団での確実な勝利だ。

 だが、チープだ。その辺のチンピラ集団とさして変わらない活動が目立っていた。


(『無限の夜』の話が本当なら、我らは大きな大義名分を得ることが出来る。これからの活動に対し、更に熱が入ることだろう)


 リーダー格は誰にも見られぬよう、口角を上げる。

 もしも事実と違うならガス抜きになる。もしも本当ならこれは非常に大きな収穫となる。


(せいぜい利用させてもらおうか)


 彼の思惑を知るのは、誰もいない。



 ◆ ◆ ◆



「フレデリカ。最近のアレを知っているだろうか」

「ルミネ……。アレじゃ分からないよ」


 フレデリカとルミネはいつものように戦っていた。今日もルミネの勝ちだった。魔術込みならともかく、純粋な剣術勝負ではまだまだルミネに軍配が上がる。

 休憩の間の雑談として、ルミネがとある話題を提供した。


「魔術が使えない人間をターゲットにした暴行事件」

「え、何それ?」


 ルミネが口を開こうとすると、遠くからマリアンが控えめに手を振ってやってきた。


「こんにちは。フレデリカさん、ルミネさん。見えたから、来ちゃいました」

「マリアン! 珍しいね、剣士科の方に来るなんて」

「ボクとフレデリカに会いたいのだろう。かわいいやつめ」

「あはは……。残念ながらウチが来たのは、先生からのお使いで」


 そう言いながら、マリアンは小脇に抱えていた書類を見せた。


「何の話をしていたんですか?」

「忘れていた。フレデリカと一緒に聞かせてあげよう」


 ルミネが話を再開した。


「話を戻そう。魔術を使えない人間をターゲットにした暴行事件が最近起きているらしい」

「――」


 フレデリカは見逃さなかった。マリアンの肩が小さくビクッと動いたのを。


(ん?)


 少し不思議に感じた。しかし、ルミネが話を続けていたので、それ以上考えることはしなかった。


「近隣の街の人間もやられているらしい。命に別条はないけど、しばらく寝ていなければならない怪我を負わされていると聞いた」


 それに、とルミネは更に衝撃の話をする。


「噂に聞いたところ、剣士科の人間もやられたみたい」

「え!? ルミネ、それ本当!?」

「本当のマジ。何人かしばらく休んでるのは、そういうことらしい」


 フレデリカの疑問が一気に解消された。

 最近、妙に欠席者が多い気がしていたのだ。風邪か何かだと思っていたため、フレデリカは驚きを隠せない。


「許せない」

「え、フレデリカさん。どこへ行くんですか?」

「今から私、その人たちを探して、戦ってくる!」

「乗った。ボクも行こう」


 フレデリカに呼応し、ルミネも戦闘準備に入ろうとする。


「乗ったじゃないだろうが、馬鹿者どもが」


 事態を静観していたライクがここで口を出した。

 彼は嘆息する。何故、こうも無駄な戦いを好むのかと。


「でもライク! 私、黙っていられないよ」

「良いじゃあないか。魔術を使えないから狙われるんだろ? なら、魔術を使えるように頑張ればいい」

「それでも使えない人がいるんだよ。そんな人たちが襲われているのを黙って見過ごせって言うの!?」

「当たり前だろうが。俺たちは使える。そこの青髪の小娘はそんなもの無くても十分にやれるだろう。それ以外の力無き者は街を守る兵士たちが守ってくれる。あと他に何がいるのだ?」

「っ……!」


 フレデリカは言葉に詰まる。ライクの言葉は彼女の中に広がった炎を消化するには十分過ぎた。

 思考がぐるぐる回る。色んな事が浮かんでは消えていく。何度も思考をろ過させた末に出た言葉は、シンプルだった。


「魔術を使えるって、そんなに良いことなのかな。魔術を使えるから、こんな理不尽な暴力にも晒されないってこと?」

「良い悪いは知らん。ただ、使えぬより使える方が良いだろうさ」


 ライクのあっさりした答えは、フレデリカの中にある程度の納得とある程度のシコリを残すこととなった。



 ◆ ◆ ◆



 翌日。いつものようにフレデリカとルミネは試合をしていた。


「フレデリカ。その動きは明らかにボクを安く見積もった」


 しかし、結果は完敗。フレデリカは動揺する。

 いつも通りのはずだった。いつも通りのはずだったのに、この負けっぷりは何なのだ。

 負けの原因を探ろうとするフレデリカよりも先に、ルミネが核心をついた。


「原因は明確。昨日のことを消化していないからに他ならない」

「う……!」


 図星、とはまさにこのことである。

 フレデリカは構えていた木剣を下げた。


「私、このままで良いのかなって。魔術を使えるのに」

「良い」

「即答だね」

「即答もするってもん。ライクも言っていた。使えるものは使えるに越したことはない」

「……とはいえ」

「そもそもの話をする。襲う奴が悪い。それで終了」


 それ以上フレデリカは何も言えなかった。

 確かにその通りだった。その通り過ぎて何も言えない。


 ならば、とフレデリカは思考する。


(私は何に迷っているんだろう)


 フレデリカはひとまず、今の思考を全てルミネに話した。

 モヤモヤしていること。魔術が使えることは本当に良いことなのかと。その他、それに関する不安なこと。

 それら全てを真剣に聞いた上で、ルミネは一言放り込む。


「フレデリカは人と比べることが多い。それを控えるべき」

「え、私ってそんなに比べてた?」

「比べまくっている。……フレデリカは剣と魔術を使える。それ以上でもそれ以下でもない。フレデリカの状況はフレデリカだけのもの。誰かと比べて何かを思ったり、罪悪感を持つなんて時間がもったいない」


 ルミネの直球な言葉はフレデリカの思考をぐらつかせ、整えるには十分すぎた。


「そっ……か。私、比べ過ぎてたのか」

「その通り。少し話が変わるけど、フレデリカは何にだってなれる。剣士や魔術士、それどころかその両方だって」

「両方って、なんというか魔術剣士みたいな感じ?」

「そんな感じ」

「魔術剣士……か」

「そう、魔術剣士。自分が言っておいてなんだけど、かっこいい。ボクは実にセンスがある」

「あはは。本当にその通りだね」


 それは可能性。なんてことのない想像の遊び。

 フレデリカはそういう未来を、何となく想像してみた。ライクがいて、ルミネがいて、そのどちらとも切磋琢磨して。


(あれ、悪くないって思ったかも)


 しかし、周囲の状況はそれを許さない。

 フレデリカの日常は唐突に終わりを告げることになるのだった。

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