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第20話 決着、親友

 観客が注目する。ここで立ち上がれなければルミネの勝ちだ。

 しかし、まだ立ち上がれるのなら試合は続行。果たしてフレデリカは――?


「だぁー! 運が良かったぁ!」


 フレデリカはピンピンとしていた。突きによるダメージはないと見える。

 彼女は安堵とともにちらりと木剣の柄を見る。


 本当に運が良かっただけだ。

 完全にタイミングを合わされての突き。そのままクリーンヒットするかのように見えたが、フレデリカは最後の最後まであがいた。

 身を守ろうと反射的に手を動かした結果、たまたま木剣の柄に突きが当たったのだ。

 それでも衝撃を受け止めきれずに吹っ飛んでしまったが、それで済んだのなら安いものだった。


「驚き。フレデリカは本当に運が良い。決まったと思った」

「私も決められたと思った。だけど、まだやれる。まだまだこれからだ」

「嬉しい言葉だ」


 再び木剣を打ち付け合う二人。その攻防の中で、フレデリカは考えていた。


(ルミネはやっぱりすごい。このままじゃジリ貧だ。けど、手詰まりじゃあない)


 フレデリカとルミネのレベルは大きく離れていない。ただ、少しばかりルミネが上回っているのが現実だ。

 その現実を埋めるための手段はある。


(物体操作の魔術……! それを使えばこの差を埋められる)


 ルミネの姿が消えた。いや、これはルミネが緩急をつけて位置取りをしただけ。すぐにフレデリカはルミネを捉えた。


「何とか見えたルミネ!」


 魔術こそ最後のピース。フレデリカは行動に移そうとした。


「――」


 迷いが浮かんだ。使ってもいいのかと。ルミネとの戦いに水を差すことになるのではないかと。

 一瞬だけルミネと目が合う。一切の雑念を感じぬ彼女の瞳を見て、フレデリカはこう断じた。


「――違う」


 違う。フレデリカは、一瞬でもそう思ってしまった自分を殴りたくなった。

 全てを出して戦うとは、そういうことなのではないか。持てる手段を全て出して、戦う。

 それは魔術にも言えるのではないか。


(ごめんね、ルミネ。一瞬でも迷った私を許してほしい)


 フレデリカは左手を向け、魔力をもって世界に働きかける。


「これ、は……!」


 前進していたルミネが大きくのけ反った。物体操作の魔術による干渉だ。ルミネの全身を操り、後ろに押した(・・・)のだ。

 フレデリカは走っていた。時間にして数秒。フレデリカならば、この数瞬で勝負を決めることが可能だ。


「ルミネ……ルミネェ!」


 木剣を下段に構えたフレデリカ。物体操作の魔術を食らい、隙を晒してもなお、防御を試みるルミネ。

 またルミネと目が合った。フレデリカはもう何も思わなかった。後悔はない。これが、親友との戦いなのだとフレデリカは信じた。


「――今度はボクが勝つ」


 ルミネが薄く微笑み、小さく、だが確かにそう言った。

 フレデリカは頷き、そのままルミネの顎に木剣を走らせた。



 ◆ ◆ ◆



 戦いの後、フレデリカとルミネは場外で互いの健闘をたたえ合っていた。


「ボクには対魔術戦の経験が足りなかった。ボクの完敗で、フレデリカの完勝だ」

「私のは一回限りの飛び道具のようなものだから……」

「その飛び道具を正確に対処できなかった時点でボクの負け。流石はフレデリカ」

「いやいやルミネの方こそ」


 二人の会話を遮るように、ライクが舌打ちをする。


「いい加減に鬱陶しいぞ。そんなに仲良しこよしが好きなのかお前たちは」

「その通り。ボクとフレデリカは仲良しこよし」

「ルミネー!」


 フレデリカはルミネに抱き着いた。こういうことを真顔で言ってのけるルミネが大好きなのだ。

 ライクはライクで、そんなルミネの正直さに対し、思わず頭を抱えた。


「はぁ……相変わらず青髪のお前と喋るのは疲れるな」

「それはつまり、精神的な勝負になったらボクが勝つということ? それは嬉しい」

「そういうとこだそういうとこ。っはぁ……もう良い。本当に疲れる」


 そういえば、とフレデリカは宙に漂うライクを見上げた。


「私の物体操作の魔術、どうだった?」

「まだまだだな。あれで出来を聞くことがどうかしている」

「そんな! あれだけのタイミングで、あれだけの魔術が使えたんだよ! 何かないの?」

「ボクもそれを聞きたい。実際、フレデリカの魔術を使うタイミングは完璧だった。それに、強度も。他の子の拘束魔術は無理やり動けたことがあったから、フレデリカは間違いなくすごい」

「……え、ルミネ。そんなこと出来たの?」


 さらっと明かされるルミネの脳筋ぶり。その詳細を聞きたかったが、今はライクの言葉を引き出すのが最優先。

 二人の視線を浴びたライクは最初、無視を決め込んでいたが、やがて観念したのか、ひときわ大きなため息を一つついた。


「……まぁ、最初に比べたらだいぶ強度の高い物体操作の魔術になったのは認める」

「ほ、ほんと……?」

「あぁ。物体操作の魔術だけに全リソースを突っ込んだ成果が出ている。そのへんのしょぼい魔術士が使う物体操作は一瞬しか機能しないし、そもそも対抗(キャンセル)されるだろうさ」


 一瞬だけルミネを見ながらライクは続ける。


「俺が求めるレベルにはまだ届かないが、それでもこの学園の中なら上から数えたほうが早いだろうさ。……無論、物体操作の魔術だけの話だがな」

「ライク……!」


 フレデリカは思わず泣きそうになった。

 まさかライクがここまで褒めてくれるとは思わなかっただけに、その衝撃は言葉に出来ない。


「良かったね、フレデリカ」

「うん! 頑張った甲斐があったよ!」

「自惚れるなよ? あくまで無理やり褒めただけだ。俺から言わせれば、まだまだひよっこだということを理解しろ」

「それは分かってるよ、もー! これから決勝だっていうのに、やる気そぐようなこと言わないでくれる?」

「フレデリカ、ボクは後方で腕を組んで応援している」

「ありがとうルミネ! 私は勝つ! ルミネに勝ったんだ、この次だって勝ってみせるよ!」


 そしてその時がやってきた。

 係がフレデリカを呼びに来たのだ。

 フレデリカはルミネとライクに手を振り、試合場へと駆け出す。


 彼女の胸には闘志が渦巻いていた。そして、自信が漲る。

 今の自分ならどんな相手にも勝てる、そんな予感だ。

 その予感を現実にすべく、フレデリカは試合場に立った――!



 ◆ ◆ ◆



 数十分後。

 口から魂の抜けたフレデリカが廊下の隅で座り込んでいた。


「シテ……ワタシ、ヲ、コロシテ……」


 そんなフレデリカにルミネとライクが順番に声を掛ける。


「良い勝負だった、と言いたいところだけど、ボクに言わせれば負けは負け。良い勝負なんて存在しない」

「馬鹿かお前は! 相手の魔術の癖を見極めないでどうする! そこの青髪と珍しく意見が合うぞ! あの程度の魔術士に負けるなんて恥を知れ!」


 結果はまさかの惨敗だった。


 対戦相手は魔術士科のエースだったようで、魔術によって良いように処理されてしまったのだ。

 いつものフレデリカなら、無様は晒さなかったのだが、ルミネとの一戦で集中力が途切れてしまったのが最大の敗因と言えるだろう。

 ルミネとライクの指摘はもっともである。


「あぁぁぁ……。ひどすぎて何も言えないし、言い返せない……」

「確かにひどかった。ボクとの試合の落差がありすぎる。八百長を疑われてもおかしくないレベル」

「い、痛い……ルミネの言葉が痛烈に刺さる」

「けど、それだけボクとの試合に向き合ってくれたことの証明。嬉しい」

「嬉しくて泣けば良いのか、悔しくて泣けば良いのか分からなくなるよ……」


 ライクは頭上に怒りのマークを出現させる。


「それなら悔しさで泣け。本当に情けない。大いに反省しろ」

「ライクの言葉がその通り過ぎて本当に涙が出る」

「二度と同じことをするなよ。やったらぶっ飛ばすぞ」

「大丈夫だから! もう大丈夫だから! もう!」


 フレデリカは大きく深呼吸をした。その大きさは自分の中の淀みを全て吐き出しきるかの勢いだった。

 途端、フレデリカは拳をぐっと高く突き上げる。


「私は負けた。けど、魔術を使えた。ルミネに勝った。……進んでる。私は一歩ずつだけど、前に進めているんだ」


 悔しいことはあった。だけど、それ以上に価値のある経験が沢山出来た。

 今までの自分では考えられないこと。あとはこの経験をどう、次に生かすか。それだけの話である。


「ルミネ! 今日から、また一緒に特訓しよ! 私はもっと強くなるんだ!」

「合点承知。フレデリカも随分と戦士の顔になった。ボクは嬉しい」


 同時に走り出すフレデリカとルミネ。

 ライクはそれをただ見守っていた。


「切り替えが早いと言うべきか、何も考えていないと言うべきか。後者……まぁ、今日ばかりは前者と捉えてやろうか」


 次の瞬間、ライクは背中に不愉快な視線を感じる。


「あん……?」


 ライクは望遠の魔術を使い、視線の元を探す。


(よく考えれば、俺のことは認識できるはずがない。つまり、俺の背中よりも前の存在に視線を送っていたんだ)


 前の存在――つまり、フレデリカかルミネのどちらか、あるいは両方。


 視線の元はすぐに見つかった。

 茶色のローブとフードで身を隠した人間。体型や性別は分からない。というより、ライクは興味がわかなかった。


「……」


 遠い遠い距離。しかし、ライクの魔術の腕をもってすれば、手を伸ばしたら届く距離に等しい。

 生前のライクならすぐに手を出していた。怪しい奴は、大体ぶっ飛ばすことが正解なのだ。


「ちっ」


 しかしライクは攻撃をしなかった。

 少しだけ迷ってしまったからだ。


 自分は元々もうこの世にいない人間。フレデリカの身体を借りたのも興がのったからだ。二回目をやる予定はない。

 自分が干渉できることは限られている。それを弁えているからこそ、ライクは見逃した。


「あいつならまぁ、なんとかするわな」


 そう呟いて。

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