第19話 対、親友
武術大会。
それは学年ごとの最強を決める学園の催しだ。生徒の家族の他、貴族や冒険者ギルドの職員が見学に来るので、ただの学園行事のレベルではない。
この大会は二段階に分けられる。
まず一段階目は、参加者全員による生き残り戦。そして、最後に立っていた四人によるトーナメント戦を勝ち抜いた者が今年の大会優勝者となる。
会場となる広場には多くの生徒が集まっていた。
当然、フレデリカとルミネもそこにいた。
「ワクワクしてきた。フレデリカは?」
「私も同じ。早く剣を振り回したいかな」
この生き残り戦のルールは実にシンプル。武器を持つなら木製。魔術を使うなら殺すな。最後まで立っていれば良い。これだけである。
フレデリカとルミネが見つめ合う。
「ルミネ、早速戦いたいところだけど……」
「もち。ボクとフレデリカが戦うのは大きな舞台。そういうことでサラバ」
互いに背を向け、それぞれの戦場へと駆け出した。お互い激励の言葉はない。
必ず生き残ると信じているため、そんなものは不要なのだ。
「皆、やってるねぇ」
「こんなもの、広範囲の攻撃魔術で蹴散らせばいいだけではないか」
「そうできれば簡単だけどね――ライク、ごめん。一回黙る」
目が合った相手と武器を交え、隙を見て、一撃入れる。そしてすぐにフレデリカはその場を離脱する。この戦場では横槍や不意打ちは当たり前の話。
最後まで生き残る、という勝利条件を満たすためならば、殺しでない限り、どんな手を使っても良いのだ。
フレデリカはこのルールに早くも馴染んでいた。そもそもフレデリカは普段の修行やイメージトレーニングは実戦想定で行っている。
当然、面と向かってよーいドン、という戦いも想定している。しかし、あらゆる状況でもしっかり剣を振るえるように、一対多も想定済みだ。
ライクと言葉を交わしながら、フレデリカは戦場を駆ける。ただし、ルミネがいるであろう方向には絶対行かない。
出くわせば恐らく戦ってしまう。それは互いに本意ではないからだ。
(そういえば、マリアンいないな。出てないのかな)
今度は魔術士と目が合ったので、戦闘に入ったフレデリカ。飛んでくる攻撃魔術を避けたり、木剣で防ぎつつ、懐に入り、手早く気絶させる。魔術を使うようになったからか、魔術士相手との戦いもだいぶイメージしやすくなっていた。
最終的には突撃して木剣で叩くだけなのだが、そこまでのプロセスが明確になっていた。
戦いながら、フレデリカは周りに注意を向け、その中でマリアンが参加していないことに気づいた。
元々戦いが好きという性格でもなさそうだったので、無理もないことか。――フレデリカはそう整理をつけた。
◆ ◆ ◆
フレデリカの予想は正解だった。
確かにマリアンは今回参加していない。遠目で見ている。
「あれが、お前の言っていた例の人間か?」
マリアンは後ろから聞こえた声に対し、小さく頷いた。
マリアンの背後に何者かが立っていた。姿形からして、男性であることは明らかだった。
だが、男の顔は見えない。茶色のローブとフードを身に着けているため、声とシルエットしか分からない。
「……はい。『無限の夜』を宿したと言っていました」
「確かか? 与太話ではないのか?」
「本当です。あの子の隣に浮いている者が何らかの魔術を使った瞬間、絵で見たことのある顔が現れました」
「……なるほどな。だが、やはり私には見えないな」
「……間違いありません」
マリアンの声は少し震えていた。第三者が見れば、上司と部下のやり取りに見えただろう。
「ならば決まりだな。我らの組織を拡大させるため、あのフレデリカという者は必要不可欠と言えるだろう」
男の言葉に、マリアンはただ首を縦に振り続けた。
「あの」
「なんだ?」
「……フレデリカさんに酷いことはしないでください」
「当たり前だ。あの少女は我らの希望となるだろうからな」
噛み合っているようで、噛み合っていない会話。
マリアンはこれ以上、背後の男に話しかけなかった。代わりに、あの戦場で楽しそうに戦っているフレデリカを見つめていた。
「フレデリカさん、ごめんね」
◆ ◆ ◆
笛が鳴った。予選終了を告げる笛の音だ。
フレデリカは動きを止め、天を仰ぎ、大きく呼吸をする。
周囲を見渡すと、フレデリカの他に三人が立っていた。
他二人は名前も知らない。ただ、最後の一人を確認した瞬間、フレデリカは安堵のため息を漏らした。
「ルミネ、良かった……!」
「もち。ボクは最強」
そう言いながら、ルミネはピースサインを向けた。
「フレデリカ。これからはトーナメント戦、最初で当たっても、決勝で当たっても、ボクは全力で行く」
「それはこっちの台詞だよ。私も使えるモン全部使って、ルミネを倒しに行く」
次の瞬間、ルミネは真顔になった。
「――その言葉、絶対に守ってね」
「え? どうしたの急に?」
「皆が見ている前でフレデリカと戦える機会はそう多くない。だから、使えるモノは全て使って、ボクと戦ってね」
フレデリカの言葉が出る前に、ルミネは足早に去ってしまった。
フレデリカはルミネの言葉をしっかり飲み込めなかった。
「本気で戦う……って、それは前提の話じゃないの?」
そう呟くと、黙って浮いていたライクがぼそりと言った。
「せいぜい良く理解して戦うが良い。それでお前が真のボンクラかどうか決まる」
「どういう意味なの?」
「さぁな。その時、悟れ」
ライクはそれ以降、喋らなくなった。
憤りつつも、フレデリカは二人の言葉の意味を考えてみた。
「……良く分からないや」
しかし、良く分からない。ルミネとライクが何を言いたいのか、全く感じ取ることが出来なかった。
「良く分からない。けど、私はやるしかない」
フレデリカは思考をシンプルな方に切り替えた。分からないのであれば、自分が納得する方向で動くしかない。
その結果、どうなろうが、それは全て自分の責任なのだ。
「フレデリカ・バニングウェイ選手ー! フレデリカ選手はどちらにいらっしゃいますかー!?」
係員がフレデリカを探しに来た。呼ばれたことに気づいたフレデリカは慌てて、係員の元まで駆け寄った。
「フレデリカは私です!」
「あぁ良かった! もう少ししたらトーナメント戦なので、控室へお願いします」
ある意味吹っ切れたフレデリカは係員の呼びつけに従い、控室へと移動した。
控室……と言っても、小さな部屋だった。そこにはルミネを始めとした三人の選手が座っていた。
「ルミネ!」
「や、フレデリカ。さっきぶり」
ルミネはすっかりいつもの調子だった。フレデリカはあえてルミネの隣に座る。
「ルミネ、私は負けないよ」
「それはボクもそう」
「フレデリカ選手! ルミネ選手! そろそろ始まります。ついてきてください」
いよいよこの時がやってきた。
フレデリカとルミネは同時に立ち上がり、係員のあとをついていく。
観客たちの声が聞こえる。そして会場の『重さ』。フレデリカは自然と会場の雰囲気に呑まれそうになった。
「おいフレデリカ。何をボケっとしているんだ。眠たいのか」
気づけばフレデリカは一人だった。目の前には階段がある。これを上がれば、試合会場だ。
ルミネは既に別口に案内されている。すぐに気づけなかったあたり、フレデリカの意識はだいぶ飛んでいたのだろう。
フレデリカはライクの言葉に対し、首を横に振った。
「全然。けどまぁーこれが夢で、ずっとルミネと戦えたら良いのになとは思う」
「なら俺が精神魔術で永遠に明けぬ夢でも見せてやろうか」
「すっごーい迷惑だから却下。……ねぇ、ライクはどうするの?」
その質問の意味とは、『ライクがどこで観戦するのか?』ということである。
「どうもしないさ。遠くで眺めても良いだろうし、お前の近くで無様を見届けてやってもいい。まぁ、俺の気まぐれというところだな」
「だったらさ、ライクは少し離れて見ていてほしい」
「……一応理由を聞いてやろうか」
「この戦いは私とルミネの物なんだ。それ以上の理由はない」
「くだらん理由だな。――だが、それ以上の理由に興味は湧いてこないな」
ライクは音もなく、フレデリカから離れた。とはいえ、フレデリカの肉体に魂がある以上、限界はあるが、ライクはその限界距離まで離れてやった。
「ありがとう、ライク」
ライクに聞こえないよう、小さくお礼を言い、フレデリカは決戦の舞台へと登壇した。
「緊張してる?」
「うーん……すると思ったんだけど、しなかったな」
「ボクもそう。意外に冷静」
観客の声が共鳴し、会場を震わす。
だというのに、フレデリカとルミネの間に音はなかった。シンとした静寂の空間。極限の集中力と緊張感が生み出すある種の結界。
互いに木剣を握っていた。馴染みのある武器。フレデリカが何十何百何千何万と振った道具。
既にフレデリカはこの木剣を己の一部としていた。しかし、それはルミネも同様だろう。
「それでは武術大会トーナメント戦を始めます! 最初の試合はフレデリカ選手対ルミネ選手!」
審判が高らかに試合の進行をする。
今まさに勝負が始まろうとした瞬間、ルミネは言う。
「フレデリカ。ボクは勝つ」
「ううん。勝つのは私。私はルミネを超えるんだ」
「ボクもそのつもり」
審判が試合の開始を宣言した。
同時に、フレデリカとルミネは鍔迫り合いを行っていた。
「ぃぃや!」
木剣を僅かに逸らし、その後、フレデリカは一歩踏み出した。その足運びだけでルミネは一瞬バランスを崩す。出来たその隙へ、フレデリカは木剣を突き出した。
しかし、木剣は空を切る。そこにルミネの姿はもうなかった。
「……」
僅かに離れた位置にルミネはいた。一瞬の攻防。フレデリカはルミネの技量に舌を巻く。
(バランスを保とうとするどころか、むしろ思い切り倒れることで、避けるのと距離を話すのを同時にやったんだ。すごいなルミネ)
フレデリカの目からは消えたように見えた。それだけの思い切りの良さだった。
(けど、いつまでも見ていられない……!)
ここが攻めのチャンス。そう悟ったフレデリカは駆け寄り、ルミネへ何度も木剣を振るう。
「このキレの良さ。流石フレデリカ」
そう言いながら、ルミネは冷静にフレデリカの攻撃をいなしていく。ルミネは腕の角度をこまめに変え、木剣を受け流したら即、反撃に移れるように防御していた。最小限の動きで最大の反撃を。
あくまで冷静なルミネ。いついかなる時でも貪欲に勝ちを狙っているのだ。
ルミネの防御は実に巧みで、とうとうフレデリカはしくじった。
次の攻撃をするべく木剣を引いた瞬間、フレデリカはミスを悟る。
(しまった……! 引きすぎた!)
思考と同時、ルミネは木剣を突き出していた。
「隙あり」
フレデリカは吹っ飛んだ。それだけの突きの勢い。まともに喰らえば失神確定。
「ボクの勝ち、と言わせて欲しいところ」
ルミネは吹っ飛んだフレデリカをじっと見つめる。




