第17話 生徒会長へ打ち明ける
ライクがフレデリカの身体を使っている間、彼女の意識ははっきりしていた。
第三者の視点で己の身体がピサラと戦っているところを見るという、何とも言えない光景だ。
戦いを見ていたフレデリカは心の内が熱くなるのを感じた。
(すごい……私はこんなことが出来るんだ)
ライクは言った。これがフレデリカの可能性だと。
たゆまぬ鍛錬の末に到達できる未来の自分。本当なのかと、自分で自分を疑った。
ことライクは魔術に関して嘘はつかない。だから彼の言っていることは、本当なのだ。
(いつか、私も……)
時の槍。あれこそがライクの秘奥。彼の人生の集大成にして、到達点とも呼べる究極魔術。
あれが、自分の身体でも使えるというのだから、びっくりだ。
――あぁ、私が本当に使えたら、ライクは驚いてくれるかな。
だからこそ、フレデリカはそう思えた。
「――さん。フレデリカさん」
「あ、えと……」
先生が心配そうな顔でフレデリカの様子を伺っていた。
そうだったと、フレデリカは思考を切り替える。傍から見れば、戦いが終わって、ずっと突っ立っているだけに見える。
進行の邪魔になるだけだと考えたフレデリカはすぐに戦いの場を離れる。
「あ」
降りる方向が悪かった。偶然にもピサラの取り巻きたちが集まっている場所に来てしまった。
どんな罵詈雑言が飛んでくるのかと身構えていたら、彼らの顔は真っ青になっていた。
「えと――」
「ひぃ! 助けてくれ!」
「俺たちは何も悪くない!」
「悪いのはピサラだけだ! だから俺たちは何にも関係ないからな!」
取り巻きたちはあっという間に姿を消してしまった。
頼るべき者が簡単に倒されてしまったという現実を直視できなかったのだろう。
(まぁ、同情はしないけどね)
決して哀れみも見下しもしなかった。フレデリカは二度と彼らを気にすることはないだろう。
皆から離れたところで休もうとしたところで、教師がそれを止めた。
「フレデリカ・バニングウェイさん。私と一緒に教員棟へ来てください」
他の生徒には自習を言い渡し、教師はフレデリカを連れ、教員棟を目指した。
◆ ◆ ◆
教師がフレデリカを連れてきた理由は、事情聴取に他ならない。
無理もない、とフレデリカはあっさりしていた。
何せ、あのピサラを完膚なきまでに打ちのめしてしまったから。よりにもよって剣士科から来た人間が魔術でそれを成し遂げてしまったのだ。教師が警戒するのも無理はない。
「単刀直入に聞きましょう。貴方は元々魔術を使えたのですか?」
「えと、それは……ないです。いま物体操作の魔術がようやく自信持てるかな、といったレベルですから」
「うーん……嘘をついているように見えないのがなんとも……」
「すいません、私も先生に嘘をついているつもりはないんです」
そもそも、あれはライクがやったことだ。
ライクがフレデリカという肉体を一時的に支配し、実力を示した。口にすれば簡単な話だ。しかし、その話をして納得してもらえるかはまた別の話となる。
「困りましたね……。魔術士科の生徒の面目丸潰れ……というのはどうでも良いのですが、もし何かしらの説明を求められたら、答えようがありません」
「じゃあ、答えなくても良いんじゃないですか?」
聞き覚えのある声と同時に、扉が開かれた。
そこには紫色の長髪の女生徒が立っていた。
「ろ、ロクリスさん!?」
「よっフレデリカ。久々」
生徒会長ロクリス・ハイネステスが見る者を陽気にさせるような笑顔を浮かべていた。何故か、その顔を見るととても安心してしまう。
「生徒会長、今のはどういうことですか?」
「そのとーりの話ですよ。知らんもんは知らんで良くないですか? わたしならそうしますけどね」
「ですが……」
「大丈夫ですよ。もし誰かに聞かれたら、わたしの所に回してください。全部すっとぼけてみせるんで」
ロクリス・ハイネステスは生徒会長だ。生徒会とは生徒の自治を任された組織であり、その権限は教師と対等。生徒会長ともなれば、一定以上の発言力がある。
教師は知っていた。このロクリスは立場にあぐらをかいた存在ではないのだと。
「分かりました。それではこの件は貴方に一任します。何かあればよろしくお願いしますね」
「ありがとうございますっ!」
その後、フレデリカはロクリスに連れられ、教師棟を後にした。
道中、フレデリカはロクリスに頭を下げた。
「助け船を出してくれて、ありがとうございました」
「いやいや。お礼なんていらないよ。実は、わたしもその件には興味津々だったし」
にやーっと笑みを浮かべるロクリス。この時点でフレデリカは負けを悟った。
恐らくどういう立ち回りをしても、ロクリスから逃れることは出来ないのだろうから。そもそもロクリスが助けに入った時点で、彼女はフレデリカを詰ませていた。
「あっ……なるほど、それで一度私に恩を売ったのですね」
「話早くて助かる~! こうでもしないとフレデリカちゃんは上手~く逃げられそうな気がしてね」
全くもってその通りだったので、フレデリカは言葉を発せなくなった。
それを察したのか、ロクリスは笑って見せた。
「あーごめんごめん。別に意地悪しようとしたわけじゃないから。んじゃあさっさと本題に入ろうかな」
ロクリスは笑顔のまま、フレデリカを指さした。いや、正確には――。
「フレデリカちゃんがピサラ・グレゴワズに勝ったって聞いたよ。しかも真正面から、魔術で。それはそこのモヤモヤーっとした影の人が手を貸してくれたから?」
フレデリカの後ろに浮かぶライクを指さしていた。
「やはり見えていたか。それで今までその調子とはな。食えない女だ」
(ライク、何だか楽しそうなところ悪いけど、いきなり戦ったりとかしないでね)
「はっ。心得ているさ」
ロクリスはチラチラと背後を確認するフレデリカを見て、確信した。
「そこの人は何て言っているの?」
「えと、その……」
「あの紫の小娘にこう言え。お察しの通り、この俺があのガキを分からせてやった。次はお前でも良いのだが? とな」
フレデリカは頷き、ロクリスへライクからの言葉を伝えた。
「『その通りです。私が彼を倒しました。出来れば貴方とは友好的な関係を望みます』です」
「ちっがうわ! 言葉を覚える部分が小さいのかこの馬鹿が!」
「ほっほう! 随分紳士的な方だね!」
「妙な受け取り方をするな! ちっ! フレデリカに頼んだ俺が愚かだった!」
そう言いながら、ライクは物体操作の魔術を行使。紙とペンを動かし、ロクリスへメッセージを書いた。
「ふむふむ。『フレデリカの言い間違いだ。お察しの通り、この俺があのガキを分からせてやった。次はお前でも良いのだが?』……ですか」
「こんな安い挑発をロクリスさんに見せてしまうとは……」
フレデリカが頭を抱えている傍ら、ロクリスは顎に指を添え、返事を考えていた。
「うーん。まぁ明らかに強そうだったし、わたしは手も足も出ないと思うな。あっ、でもでも。そっちの手や足がないから、少しだけ優位かな?」
「おいフレデリカ、今すぐ身体を貸せ。この女に格の違いを思い知らせてやる」
「駄目に決まってるでしょ。何言ってんの」
そこでフレデリカはもう色々と諦めた。
ライクが自分の中に存在するきっかけは一旦置き、彼のことを紹介することにした。
ライクという名前、魔術の腕が凄まじいこと、『無限の夜』と名乗っていること。そんなライクに今、魔術を教えられていること。
その間、ロクリスは黙って聞いていた。時には頷き、時には相づちを打ち、ただフレデリカの話を傾聴していた。
そんな彼女は『無限の夜』という単語を耳にした瞬間、目を細めた。
「『無限の夜』……そのモヤモヤの人はそう名乗っているのか」
「ロクリスさんは『無限の夜』のことを知っているんですか?」
「そだね。ざっくり言えば、神話の存在かな」
「やっぱり……そうなんですね」
魔術の道を歩く者が最初に聞く名前。全ての魔術士の永遠の目標。超えるべき壁。
それが、ライクなのだ。
「そういうことならピサラが手も足も出ないのも納得だよ。正直、全世界の魔術士が束になっても、どうにか出来そうにないからね」
「ライクって本当にすごい人だったんですね……」
「すごいね。正直、そんな存在が復活しているなら、それこそ全世界が血眼でフレデリカの身柄を確保しようとするだろうね」
ロクリスの言葉に気を良くしたライクは高笑いをあげる。
「フハハハ! そういうことだフレデリカ! ようやく俺のことを正しく理解したようだな。今なら謝るだけで許してやるぞ? ん?」
「うーん。でも私からしたら、別にただの幽霊だしなぁ」
「ちっ。お前は本当に俺のことを心の底から舐め腐っているな」
「だっていまいち尊敬するところないじゃん。魔術のことを教えてくれるから感謝はしてるけどさ」
ライクと話しているのだろうと予想したロクリスは静かにそれを見守っていた。
「フレデリカ、わたしに教えてくれてありがとうね。だけど、一つだけ忠告させてね」
ロクリスが真面目な表情だったので、フレデリカは思わず姿勢を正した。
「『無限の夜』のことは信用できる人以外に話さない方がいい。さっきは冗談ぽく言ったけど、国が国なら全力でフレデリカの身柄を押さえに来るはずだからね」
「は、はい。それは何となくそう……思っています」
ライクが誰かに従うとは思えない。
ただ、そんな彼は今、フレデリカと共にいる。ライクが駄目なら、フレデリカをどうにかする。
そうなるであろうことはフレデリカも十分予想出来ることだった。
より一層、気を引き締めなければならない。そう、フレデリカは思った。
(でも、あと二人には言いたいんだよな)
ルミネとマリアン。ロクリスに言ったからには、この二人にも言わないとならないだろう。




