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聖誕祭の魔法騎士  作者: 板山葵
ドレグニア王国革命編
42/43

萌芽

 ―― 議会で平等に意見を交わせる仕組み。

 アニェスには想像もつかない。だが、他の皆は違ったようだ。


「民主主義のことか? かつて古代に存在したアーネルケンが行っていたそうだが……」

「全員で膝を付き合わせて決を採る方式ですね。そうですねぇ、素晴らしい試みですが……この国では少々、人が多すぎるのでは?」

「ああ。だからと言って代表を決めると、一人の独裁者に影響されやすい」

「良い面と悪い面がありますね。ドレグニアに適応するとなるとどうすれば――」


 先ほどまで言い争っていたグレーゲルとイヴォンだが、今度は真剣に意見を交わしはじめた。


 そんな二人の話を聞いていて、昔、本で読んだことがあるな、とアニェスはふと思い出す。国民によって国の様々なことが決定される政治の様式らしく、主に多数決で物事が決まる。人数が多すぎる場合は代表を決め、その代表が政を執り行うらしい。

 グレーゲルの言う通り、アーネルケンという古代国家が採用していた。

 しかし、この古代国家はすぐに滅んでしまった。現在、民主主義を採用しているのは、かつてアーネルケンだった地域にある小国くらいだ、と本に記されていた。

 ただし、兄姉たちの嫌がらせで最新の書物が読めなかったせいで、その本もアニェスが産まれる前に書かれたものだから、現在とも言いきれないが。


 ぼんやりと本の内容を思い出していると、アランが咳払いをした。それに反応して、グレーゲルとイヴォンは話をやめた。


「仰る通り、まさにそのアーネルケンがあったあたりに遊学したことがあります。そこで民主主義というものを学び、興味を持ったのです」

「それで革命にも興味をもったのか?」


グレーゲルは腕組みをして、冷ややかに尋ねる。


「それは……ゼロではありません。実際、国王への不満もありました。その心の隙につけ入られて……しかし、民を巻き込むつもりはありませんでした」


 アランは唇をかんでうつむいた。


「だが、革命をすれば犠牲は出る。当たり前のことだろう」

「はい……今は深く反省しております」


 グレーゲルの追求に、アランは深く項垂れた。アニェスは、そんな彼を見過ごせなかった。短い期間とはいえ、しばらく共に過ごし、身を呈して守られてきたのだ。


「ちょっと言い過ぎよ」


 その場にいる全員が一斉に振り返って、久しぶりに発言したアニェスを見た。

 グレーゲルも無言でアニェスを見つめた。顔を顰めつつも、反論すべきか迷っているようだ。せっかく再会できたのに、喧嘩したくないのだろう。アニェスだって同じ気持ちだ。


「ロッテンバーグに魔法をかけられたことがないから、そんなことが言えるのよ。心の隙なんて、あってもなくても同じよ。目が合ったら、一瞬で落ちてるの。そんなものに対抗できる?」

「それは――」

「それは、何? あのね。私たちは、今まで魔法のことを何も知らなかったのよ? 魔法を避けるコツとか魔法が発動するサインとか、あなたならたーっくさん知っているのかもしれないけど! 目を見ただけで魔法にかかってしまうなんて、私たちが知っていると思う? アランもその当時は魔法なんて詳しく知らなかっただろうし。それに――」

「アニェス、ありがとな。でも、もういいよ」

「でも……!」


 勢いのままに思いついたことを一息に喋ると、アランは苦笑いをしつつ、アニェスを止めた。不服に思いながらも息を整えていると、グレーゲルがおずおずと近寄ってきた。


「その……」


 グレーゲルはアニェスの目の前まで来ると、言葉を濁した。アニェスは片眉を上げる。


「何?」

「申し訳ございません。言いすぎました」


 グレーゲルは見るからに落ち込んで瞳を揺らしている。どうやら言いすぎてしまったようだ。


「あ、その……私もごめんなさい。言いすぎたわ」

「いえ、かまいません。アニェス様が正しいです」


 アニェスの怒りが収まったのを察したのか、グレーゲルはほっとしたように息を吐き、隣にそっと腰を下ろす。その時、偶然イヴォンと目が合ったが、彼はやれやれといったように、眉を上げて肩を竦めた。


「この皮肉屋がどうもすみませんね。それで、民主主義を学んだようですが、それをドレグニアのために使いたいと?」


 イヴォンが仕切り直すと、なんとも言いがたい微妙な顔をしていたアランは表情を引きしめた。


「はい。その手始めとしてこの者たちの処遇を議会で決めたいと思っています」

「なるほど。十中八九、処刑になるでしょうね」


 イヴォンは、やるせなさそうにため息をついた。だが、グレーゲルはあくまで冷静だった。


「それはこちらの感知するところではない。そんなことより、国王と子供はどうするんだ。もうどこに行ったのか分からないぞ」


 今回の件は、王妃が関わっており、王宮の地下も利用されている。国ぐるみの大事件だ。そして、これは革命でもある。王妃と高等法院の長官であるロッテンバーグが処刑になるのなら、国の長たる国王も当然捕らえるべきだろう。どのような処遇になるのかは、分からないが。


「王族に関しては、全員必ず捕らえます」

「いい考えでもあるのか? こちらとしては、王妃を捕まえさえすればどうでもよかった。だから、他は見逃した」


 グレーゲルの疑問はもっともだ。アランはずっと操られていた。疲弊した身体で、いきなり国王を追うのは難しいだろう。国王は亡命のために王都を離れている可能性もある。

 しかし、その質問はアランにとって想定内だったようだ。


「それについては、対応できています。ロッテンバーグに扇動されて革命の計画を立てている間、なぜか正気に戻って頭が冴える瞬間がありました。決まって、夜。その間、私は秘密裏に、同志を集めて議会をつくり、衛兵隊で王に不満のある者を引き入れていました。捕らえる準備はできています。皮肉にも、一番の仇であるロッテンバーグが、革命の流れをつくってくれましたしね」

「老獪な爺も足をすくわれたわけか」


 グレーゲルは楽しげに笑った。一方、イヴォンは違うことが気になったようで、小さく「ふぅん」と呟く。


「夜、ですか……これは愛人と蜜月の夜を過ごしていたタイミングですかね」

「ああ……その可能性はあるな。思い出したくもないが」


 グレーゲルは嫌そうな顔で肩を竦めながら「……まあ、何はともあれ、準備が出来ているなら良かった」と続けた。


「まあ、俺はこんな奴らどうでもいい。それに、自分のケツは自分で拭くべきだ。だから、お前が始末してもいいだろう」


 グレーゲルの言葉に、アランは表情を輝かせる。


「ありがとうございます! 決して後悔はさせません」

「そうしてくれ」


 グレーゲルは皮肉屋だが、実は意外と懐が深い。アニェスは個人的にそう感じている。アニェスのことも、なんだかんだ言って庇ってくれることが多かった。乗馬をはじめとして、色々なことを教えてくれたのも、本来のグレーゲルの目的からは外れているはず。それなのにそこまでしてくれるのは、偏にグレーゲルが優しく情に厚い人間だからだろう。


 しかし、そこで黙っていないのがイヴォンだ。


「ちょっと待ってください。ドレグニアだけで済む話だとでも? ここで民主主義が起こったら、おそらく我が国、ワーゼル王国でもそうなるでしょう。その時に、我が王はどうなるのしょう?」


 イヴォンの反論に、ダニエラも大きく頷く。


「そ、そうだわ! 私たちの王は、ちゃんと民のことを思ってくださっているわ! それなのに処刑か放逐でもされるわけ!? あんまりよ!」


 アニェスは小さく唸った。イヴォンとダニエラの言うことももっともだ。

 イヴォンは常にふざけているようでいて、その実、本当は誰よりも冷静に物事を俯瞰で見ている。まるで、この地方で大人気のボードゲーム、ドートルをしている時のように視野が広く、合理的なのだ。


 古代国家アーネルケン自体は滅んだが、そこで生じた民主主義は、今では周辺諸国へ波及している。つまり、ドレグニア王国で民主主義が起これば、隣国であるワーゼル王国もその影響は免れ得ない。

 その時、王はどうなるのか。長く安定したイェボニスク王朝は、滅びてしまうのだろうか。


 その難しい問いかけに、アランは淀みなく答えた。


「国王の権限を法律で制限するのはどうでしょうか? そして、その権限の一部を議会に譲渡するのです」


 イヴォンは顎に手を当てて考え込んだ。


「うーん、なるほど……我が国の場合、議会はすでにあるから、すぐにでも着手できそうではありますね」

「ねえ、どういうこと?」


 一人で納得するイヴォンに、ダニエラは焦ったようにしがみつく。


「例えばこの国は税金が高いでしょう? それは、この国の王が、勝手に税金を設定できてしまっていたからです。ですから税金の決め方に条件をつけて、自由に上げられないようにするのです。そして、その決定権の一部を議会にも与えれば、国民の意見も反映できるというわけです」

「うーん、よく分からないけど、税金がみんなで決められるなら最高ね! ゼロにすればいいわ!」


 自信満々に言い放ったダニエラに、「そういうわけには、いかないんですけどね」とイヴォンは苦笑いする。二人の、兄妹のような、もしくは親子のような関係性に、アニェスは思わずクスリとした。


 しかし、笑っている場合ではない。アニェスには最大の懸念事項があった。


「あの、夢のような話だけど……そもそも貴族と平民の意見は、平等に反映できるものなの?」


 ひとまず知りたいのは、貴族が今後どうなっていくのかだ。貴族が民主主義の中で生き残っていくためには、その身を覆ういくつもの特権を捨てていかなければならない。平民との均衡を保つことも必須だ。その点をアランがどう考えているのかが気になった。


「完全には無理だね。議会に貴族と平民の派閥を作って、貴族派の人数や権利を制限するのが理想だけど、すぐには難しい。少しずつになるだろうね」


 冷静に返してから、アランは「自分の進退が不安?」と意地悪く笑った。図星をつかれ、アニェスは顔が熱くなる。


「そ、そりゃあ……もちろん。別に貴族の特権に執着はないわ。でも処刑されるのは御免だから」

「それはないから大丈夫。ドレグニアもワーゼルも、ゆっくりとそれぞれに合ったやり方に変わっていくと思う」


 アランは元気だった頃の気安い口調で言った。


「そっか……よかった」


 アニェスは、ほっとして胸を撫で下ろした。革命が起こったという実感は湧いていないし、これからどうなるかも分からないが、とりあえず処刑されることはないようだ。ドレグニア王国もワーゼル王国も良い方向に変わっていくだろう。そんな予感がする。他の面々も同じなのか、特に質問が出ることもなく、フロアが穏やかな空気に包まれる。

 すると、見計らったかのようにキムが手を叩いた。


「さて、そろそろ質問も出尽くしただろ」


 キムは周囲を見渡す。


「こいつらは、ドレグニア王国の未来とともにお前に預けよう。それでいいな?」


 この場に意を唱える者は誰もいなかった。


「よし。じゃあそういうことで、この国の後始末は全部お前に任せた! その方が俺たちも楽だからな!」

「はい。ありがとうございます!」


 キムは鷹揚に頷く。結局、キムの言葉で、この国の進退はあっさりまとめられることになった。 

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