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聖誕祭の魔法騎士  作者: 板山葵
ドレグニア王国革命編
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アランの望み

 グレーゲルたちは転移の札によって、一瞬でお馴染みのレストラン『夜更けのネズミ』に帰還した。

 帰ってくるや否や、イヴォンにダニエラ、キム、そしてなんとヨーランまでいて、アニェスに駆け寄ってきた。申し訳ないとは思う反面、心配されて心が温まるような、ふわふわと落ち着かないような不思議な気持ちになった。きっと物心ついてから、一度もここまで思われたことがないせいだ。


 グレーゲルたち、ワーゼル王国の面々は、捕まえた二人を物理的に縄で拘束し、魔法封じと意識混濁の符号を発動させると、フロアの隅に乱暴に転がした。そこにはロッテンバーグと一度だけ聖誕祭で見た王妃の姿もあり、アニェスは驚愕に目を瞠った。

 ロッテンバーグは目に布を巻かれ、そこには赤黒い血がじんわりと染み込んでいた。アニェスは、一瞬だけその布の下を想像してしまい、思わず身震いした。

 そして王妃は、どこにいたのか、泥にまみれ、髪は乱れて、指先はロッテンバーグと同様に布を巻かれていた。どちらも聖誕祭の威風堂々たる佇まいの影も形もない。


 どんなに優れた為政者も、栄枯盛衰は避けられない。アニェスは、ロッテンバーグの企みが未然に防がれたことに安堵すると共に、この世の無常を感じ、ただ静かに彼らを見つめた。


 しかし、空腹も避けられないことの一つである。キムの「腹が減っただろ?」の一言で、アニェスはこれまで感じたことがないほど、お腹が空いていたことに気がついた。無理もない。地下牢にいる間、一日二食、最低限の穀物だけで生き延びたのだ。しかも、直前にティエリーによって大量の魔法を使わされた。これで腹が減らない方がおかしいだろう。

 とりあえず全員で夕食をとることになった。もちろん、アランも含めてだ。


 そこでアニェスは事の顛末を知った。

 

 襲撃に失敗したこと、ロッテンバーグでの屋敷でのこと、地下牢でのこと。どの話も九死に一生を得るようなものばかりで、聞いていて肝が冷えた。特に、ロッテンバーグの屋敷での話は最初は笑ってしまったが、寝室でのエピソードには身の毛がよだつ思いがした。


「はぁ、あの時の可愛いグレーゲルを見せてやりたかった」

「馬鹿なことを言うな」


 口の端を歪めて大袈裟にため息をつくイヴォンに、グレーゲルは心底嫌そうな顔で応える。


「そんなに可愛かったの?」


 アニェスが興味本位で尋ねると、グレーゲルは顔を顰めて首を振った。


「可愛くない」

「おやおや、とーっても愛らしかったのに」

「うるさいぞ。そんなことより、こいつらはどうするんだ」


 イヴォンのからかいにうんざりしたようにため息を吐いて、グレーゲルは話題を変えた。


「衛兵隊に突き出しますか?」

「こいつらと衛兵隊の関係性次第だな。公正明大に考えれば、重い罰を受けるだろうが、賄賂を受け取っていたとなれば対応は違ってくるだろう。その場合、引渡しても意味が無い」

「じゃあどうするんだ?」


 それまで静観していたキムは、苛立ったように尋ねる。


「俺の店に腐った肉は置けんぞ」


 キムの店『夜更けのネズミ』は、ワーゼル王国の郷土料理を出してくれる隠れ家的レストランだ。たしかに、このまま傷だらけの人間を放置していては、異臭騒ぎになってしまうだろう。腐った肉は言い過ぎだが。


 どうしたものかと、一同は黙り込んだ。そこへ躊躇いがちに声がかけられた。


「あの」


 アランだ。


「なんだ、いたのか」

「いたのか、はないでしょう」


 アランも被害者なのに優しさはないのだろうか。アニェスは白い目でグレーゲルを見たが、彼はただ鼻を鳴らすだけで何も言わない。アランは苦笑いした。


「いや、いいよ。それより、彼らは私に任せていただけませんか?」

「素性の分からない相手に、やっと捕らえた祖国の仇を渡せと?」


 アランの提案に、間髪入れずイヴォンが返す。アニェスも予想外の提案に、思わず眉を顰める。アニェスでも訝しく感じるのだから、ワーゼル王国の人間にとってはかなり怪しい提案だろう。現に皆、表情が険しくなっている。

 しかし、アランは怯まなかった。


「アルベール男爵の長男、アランと申します。祖国……というのはワーゼル王国のことでしょうか?」


 イヴォンは、片眉を上げた。


「おや、よくご存知で。それで、あなたは何の目的があってこいつらを渡せと言うのですか?」


 イヴォンの畳み掛けるような質問に、アランは少しだけ黙り、そして意を決したように口を開いた。


「――もとより、私どもはロッテンバーグと革命を計画しておりました」


 予想だにしなかった返答に、『夜更けのネズミ』は水を打ったように静かになった。




「私の家は貴族とはいえ片田舎の男爵でした。小さな街を一つ治めており、民の意見をよく聞き、身内の欲目もありますが、皆から慕われていたように思います。しかし――」

「税金か?」


 静かに語りはじめたアランに対して、グレーゲルが腕組みしながら、間髪入れず尋ねる。グレーゲルは、あまり気が長い方ではなかった。


「ええ、その通りです。増税に次ぐ増税で、父上も民に対して税を厳しくするしかなく……資金が尽きかけるまで粘りましたが、やむを得ず、苦渋の決断でした。当然ですが、それで皆の不満が溜まっていきました」

「それで、革命を決意したと?」


 グレーゲルの問いかけに、アランは静かに首を振る。


「我々も重税で国王に不信感はありました。しかし、革命を起こすほどの勇気も財力もありません。そんなことをしても無駄に人が死に、すぐに鎮圧されるだけです。ところが、そんな折に来たのが、このロッテンバーグ公爵です」


 アランは、目を撃ち抜かれ無様にも気絶したロッテンバーグを少しだけ見つめた後、話を再開した。


「この男は『革命軍に参加しないか?』と提案してきました。増税に賛成し、多大な恩恵を受けているうちの一人にも関わらず……やっていることが矛盾しています。明らかに不審でした。しかし、いつの間にか、他の皆は乗り気になっていて、私も疑問を抱きつつも、何故か流されるまま……今思えば、それがこの男の魔法なのでしょうね」


 最後の方は、自嘲気味に呟かれた。アニェスは、同情的な気持ちで彼を見つめた。ロッテンバーグの魔法は精神操作のようだが、最後まで全容が掴めなかった。目が合った途端に体が動かなくなり、次に目が合った時には、気づいたらベッドの上だった。

 会話をすれば、人は必ず、一度は相手と目を合わせるだろう。発動条件を知らなければ、この魔法を避けることは、ほとんど不可能だ。


 つまり、アランは避けようもなくロッテンバーグに操られ、否応なしに革命に参加させられたのだ。

 経験したからこそ分かる。どんなに精神が安定していても、勉強していても、体を鍛えていても、精神操作には逆らえない。対抗できるのは、同じ魔法だけだ。


 しかし、アニェスとは対照的に、この不憫な話の後でも、グレーゲルは全く気遣いを見せず、極めて冷静な口調で問いかけた。


「他の皆、というのはお前の家族か?」

「……はい、それから街の人々もです。この男は私の父の許可を得てから、街頭演説を始めました。すると、民も熱狂的に革命を求めるようになりました。実際に、先日、王宮に攻め入って殺された暴徒の中にも、見知った人々が沢山いました」

「なるほどな。ずいぶん強力な魔法だ」

「ええ、皮肉にも無理やり魔法を使わされて、初めてロッテンバーグの凄さが分かりました。あんなこと、無尽蔵の魔力がないと不可能でしょう」


 アランは俯いて下唇を噛んだ。ロッテンバーグの恐ろしさは、ワーゼル王国の面々も痛感していることだろう。皆、一様に表情が暗かった。

 だが、それをぶち壊したのはイヴォンだった。


「なるほど。では、愛人に変装したのは正解でしたね。ねぇ、グレーゲル?」

「場を弁えたらどうだ?」

「何を。むしろ、死にに行く戦士のような面構えをしている方が、愚か者です」

「なんですって?」


肩をすくめるイヴォンに、それまでずっと黙っていたダニエラが低い声で反応する。


「私たちだってロッテンバーグの被害者でしょう? この人の気持ちは痛いほど分かるわ」


 ダニエラの言葉にアニェスも大きく頷く。操られて意に反して戦わされ、自分自身がどんどん革命に巻き込まれていくのを、他人事のように遠くから眺めることしかできない。その気持ちは、今しがたアニェスも味わったところだ。好きな相手と戦わなければならないのは、胸が張り裂けるほど辛かった。


「やれやれ。だからこそでしょう」

「え?」

「私たちは今日、ロッテンバーグに打ち勝ったのです」


 アニェスはハッとした。もう皆、苦しまなくてもいいのだ。


「たしかにこの方々を捕えたからと言って、問題が綺麗さっぱりなくなったわけではありません。ましてや、今後も同じような輩が現れないとも限りません。でも、少なくとも、私たちにとっての仇は討ち取ったのです。こんな日に辛気臭い顔をするだなんて、馬鹿のやることでしょう」

「……まあ、たしかにそうかもね。言葉は引っかかるけど」


 ダニエラは渋々といった調子で同意した。まだ納得がいっていないようだが、イヴォンはそれを気にしたふうもなく、アランに向き直った。


「話の腰を折ってしまい、申し訳ございませんでした。それでアラン殿、あなたはロッテンバーグに捕らえられ、アニェス様と一緒に地下牢にいた……というわけですね」

「え、ああ……そうですね。ただ、正確には、完全に操られた父と疑問を抱きつつも怯える母に差し出された、ですけどね」


 アランは悲しげに微笑んだ。

 彼の母親はロッテンバーグの妹なのだと、ある時、アニェスは地下牢で聞いた。彼女は、精神操作には魔法でいくらか対抗できたが、恐怖には打ち勝てなかったのだろう。


 アランも、イヴォンの言うようには、切り替えることができないようだ。いくらロッテンバーグが捕まったからといって、今回起こったことを忘れることはできない。それまで平和に暮らしていたアランにとっては、衝撃が大きかったことだろう。

 アニェスも、大きな被害は受けていないが、喜ぶよりも安堵の方が優って笑えそうにない。もちろん、イヴォンにも推し量ることのできない悲しい過去があって、それでも前を向くために、ああ言っているのは分かるが。


「無理にイヴォンに付き合わなくていい。俺たちは軍人だから、見知った者の死や拒絶には慣れている。だが、貴族のお坊ちゃんには辛いだろう」


 グレーゲルが柱に身を預けながら言うと、それまで座っていたキムが立ち上がって、グレーゲルを蹴りつけた。蹴られたグレーゲルは、低い唸り声を上げた。


「なんだ? 突然」

「お前は、また双方に喧嘩を売るような嫌味な言い方をして……アランといったか? こいつは素直に言えないだけで本当は心配なんだよ。イヴォンも、歴史的戦勝に盛り上がるのはいいが、こいつらはまだ社交界に出て間もないんだ。お前らみたいな擦れた大人とは違うんだよ」


 キムは席に戻ってダニエラの頭を撫でつつ、グレーゲルとイヴォンを顎でしゃくった。その瞬間、当の二人は同時に眉間に皺を寄せた。


「心配ではない。事実を述べたまでだ。それに俺はまだ二十代だし、もとからこの性格だ」

「そうですよ。あと、あなたが一番年上の擦れた大人でしょう」

「なんだと? この若造が!」


 グレーゲルとイヴォンの煽りをキムが間に受けてしまい、三人は言い争いを始めた。それを見たアニェスは、気が抜けてしまった。すると、それを敏感に察したイヴォンが、言い争いから顔を出した。


「まあ……大人でさえこのように低俗ですからね……ダニエラもアニェス様もアラン殿も、今はめいいっぱい、悲しんだり憤ったりすれば良いのではないでしょうか? それを糧にして、皆大人になってゆくのですから」

「一番低俗なのはお前だろう!」

「全くだ。すぐに手のひら返しして、若者に媚びを売るとはな」

「そんなつもりはありませんが、終わりよければ全てよしですからね?」


 グレーゲルとキムの抗議など、全く意に介さずに、イヴォンは笑って言った。グレーゲルとキムは苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、一方、アランは安堵の表情になった。

 少し変わったところもあるが、イヴォンはもともと優しい人だ。グレーゲルたちには少し意地が悪いが、孤児院に通っていた時はとても親切にしてもらっていた。

 場が和んで、アニェスはほっと胸をなで下ろした。


 しかし、イヴォンは笑いながら尋ねた。


「それで……この方たちをあなたに受け渡す必要性をまだ感じないのですが?」


 『夜更けのネズミ』に、二度目の静寂が訪れた。

 ピリリと空気が引き締まるのを感じる。イヴォンの目には剣呑な光が宿っており、部屋の温度がグッと下がったように感じられた。

 アランはイヴォンの質問に表情を引き締め、緊張した面持ちで震える唇を開いた。


「私は……この国の王族と貴族は、もう修復不可能なほどに腐っていると思っております」


 アランの言葉に、アニェスは目を伏せずにはいられなかった。『修復不可能なほど腐っている』貴族の最たる家の一つが、ヴィスコンティ家だからだ。

 アランはアニェスをちらりと見て、それからイヴォンに視線を戻し、そのまま続けた。


「このような腐った仕組みなど、一度まっさらに消えてしまった方が良い。ですから――」


 アランは一呼吸おいてから、深く息を吸い、おもむろに口を開いた。


「――国民が皆、議会で平等に意見を交わせる仕組みを作ります」

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