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聖誕祭の魔法騎士  作者: 板山葵
ドレグニア王国革命編
40/43

事件の終結

「あーあ。邪魔が入った」


 ティエリーは鋭い目つきでグレーゲルを睨み、器用に口元だけに笑みをつくる。


「ここがよくわかったね?」


 グレーゲルは片眉を上げた。


「まあな。悪いやつの考えることなんてすぐに分かる」

「心外だな。僕たちは悪者にはならないよ」

「なぜそう思う?」


 グレーゲルの問いかけを、ティエリーは小馬鹿にしたように鼻で笑った。


「勝つからさ」


 言うが早いか、ティエリーはチッと舌を鳴らした。その音に反応し、アニェスは身体の自由がじわじわと奪われていくのを感じた。


「うっ……グレーゲル、逃げ……!」


 グレーゲルは訝しげに眉をひそめた。ティエリーの両手はまだ凍りついている。


「なぜだ?」

「馬鹿だね。お前に僕の魔法を防ぐのは不可能なんだよ」

「なんだと? 両手とも凍らせたはずだ。舌打ちとは……魔法神経が複数箇所に集中しているということか?」


 グレーゲルは顎に手を当ててぶつぶつと呟いた。


「推理ごっことは。ずいぶん余裕だね。アニェス、ほらやりな!」


 ティエリーはまた舌を鳴らす。すると、また身体中に力がみなぎり、ビリビリと痺れた感触が戻ってきた。


 ――見るだけでいいのだ。見るだけで、目の前の男を始末できる。アニェスには、何故かそれが分かっている。この迸る力を眼球に送り込めば、すぐにでも魔法が発動する。

 アニェスは、ゆっくりとグレーゲルに視線を向けた。


「……っ!」

「アニェス様?」


 そこまできて、アニェスは気力で顔を背け、無理やり視線を逸らす。


 ――見てはいけない。

 ――見るだけでいい。

 相反する気持ちが脳内で拮抗する。そんな思考に耐えきれず、苦し紛れに、壁に伝う何の変哲もない草に目の焦点を合わせ、勢いよく力を送り込んだ。

 その瞬間、みるみるうちに草が変形し、メキメキと音を立てて大きく成長した。


「これは……!」

「へぇ……これはなかなか、使役とも違う、酔狂な魔法だねぇ」


 グレーゲルが驚き、困惑する一方で、ティエリーはアランを操り、手足の氷を炎で溶かしながら、感嘆の声を上げた。

 その間に、魔法がかかった草は成長を止め、風もないのに動き出した。


「……クソッ!」


 草は成長した太い茎をしならせ、真っ先にグレーゲルを攻撃した。ティエリーの精神操作の魔法によってアニェスの心にグレーゲルを害する気持ちが植え付けられたせいで、魔法にもその感情が乗ったのだろう。

 グレーゲルは剣を抜いて難なく草を一刀両断し、さらにその切断面から全体を凍らせた。


「アラン!」


 すかさずティエリーが舌を鳴らす。今度はアランが襲いかかる番だ。

 炎を纏った拳がグレーゲルを襲う。当たったら火傷では済まないだろう。しかし、彼はそれを剣の側面でいなした。


「乱暴な鍛冶屋だな。打ち直してくれるのか?」

「……」

「返事はないか。完全に操られているようだ」


 確認するように言うと、グレーゲルはアランの攻撃を受け流し続けた。その間にアニェスが植物や小動物に魔法をかけ、グレーゲルに差し向ける。


「で、逃げるだけなの?」


 それを見て、ティエリーはせせら笑った。


「どうかな。遊んでやろうか?」


 グレーゲルは不敵に笑う。アランに強い一撃を食らわせると、彼がひるんだ隙にティエリーに剣を向け、その口と両手を同時に凍らせた。


「こうしたらどうなる?」


 グレーゲルの挑発的な一言に、「アハハ!」と大口を開けてティエリーは笑った。


「無理だって」


 ティエリーはニヤリと笑って足を鳴らした。すると、自分の意思に反して、アニェスは強制的にグレーゲルの方を向かされた。ティエリーの精神は、完全に安定を取り戻していた。


「グレ、ゲッ……にげっ……!」


 もはや、アニェスには抗うことができそうもない。またグレーゲルに迷惑をかけてしまう。アニェスは自身の頬に涙が伝うのを、眠りかけた意識の中で、朧げに感じた。


「なるほどな」


 ところが、グレーゲルがそう呟いた瞬間、アニェスの意識が突如浮上した。それと同時に、ティエリーの叫びが地下に木霊する。


 グレーゲルがものすごい速さでティエリーに近づき、両耳を凍らせたのだ。


「いだィ! 何も聞こえない!! いだいいぃぃぃ」

「ああ、耳の中まで凍らせすぎたか」


 グレーゲルは、まるで世間話でもするかのように、何気ない調子で言った。アニェスにかけられた使役魔法は、綺麗さっぱり消え去っていた。


「聴覚に魔法神経が集中していたんだな。お前が出した音をお前自身が聞いたら、魔法が発動する。だから音の発生源は何でも良かったわけだ」


 グレーゲルは一人で神妙に頷きながら、ティエリーの頚椎に素早く手刀を落として気絶させる。そんなマイペースな彼に駆け寄り、アニェスは思い切り抱きついた。


「グレーゲル! ごめんなさい。私っ」

「アニェス様。ご無事でなによりです」


 グレーゲルは振り向いて、アニェスの腰に勢いよく両腕を回した。


「私があの廊下の扉さえ開けなければ……!」

「いいえ、私たちがしくじって時間をかけすぎたのが悪いのです」

「でも、でもっ……!」


 泣きべそをかくアニェスの肩に手を置き、グレーゲルは安心させるように微笑んだ。


「アニェス様と再びこうしてお会いできて、心の底から嬉しく思います」

「ええ……ええ! 私もよ、グレーゲル。助けに来てくれて本当にありがとう」


 アニェスが涙を流しながら見上げると、グレーゲルは彼女の目尻をそっと拭った。


「アニェス様」

「なに? グレーゲル」


 名前を呼ばれて問い返すと、グレーゲルは真剣な表情で口を開く。


「お慕いしております。アニェス様」


 グレーゲルは、甘く、低い声で囁いた。その澄み渡るアイスブルーの輝きに、思わず目が逸らせなくなる。


「私も。グレーゲル、あなたが危険に晒されていると思うと、すごく怖かった。あなたが無事で、私も心の底から嬉しい」


 アニェスはとめどなく涙を流しながら微笑んだ。無事に再会できた安心感から、様々な感情が溢れて、堤防が決壊してしまったようだ。

 グレーゲルは呆れたように笑い、優しくアニェスの涙を拭った。そして、ゆっくりと顔を近づけた。それに応じるように、アニェスもそっと瞼を閉じる。すぐにひんやりとした柔らかなものが唇に触れる。閉じているはずの目の縁から、また涙が溢れた。

 その唇の冷たさで、昨日は聖誕祭だったことを思い出す。アニェスは、日常が戻ってきたことをしみじみと感じて、また涙が止まらなくなった。


 グレーゲルはゆっくりと唇を離すと、ティエリーに厳しい目を向けた。


「さあ、こいつを連れて帰りましょう」

「……あっ、そうだったわ」


 グレーゲルの視線の先にいる、気絶してぐったりとしたティエリーを見て、アニェスは我に返る。魔法が解かれてから、グレーゲルしか目に入っていなかった。アニェスには、グレーゲルがそれくらい輝いて見えた。


 グレーゲルはアニェスから離れると、強引に首根っこを掴んでティエリーを引きずった。

 その時、ふいに叫び声が聞こえてきた。


「俺を助けろ! 頼む! 金は出す!」


 声のした方を見ると、アランに焼かれた貴族の男だった。困惑してグレーゲルを見上げる。彼はティエリーを引きずったまま、面倒くさそうにゆっくりと男に近づいた。


「あ、ああ……! さあ、俺を助けろ! 俺っ」


 ガッと鈍い音がして、男は倒れた。グレーゲルが男の腹を蹴り上げたのだ。男は蹴られた拍子に強く頭を打ち、そのまま意識を失った。


「こいつは自警団につき出す」


 男二人を片手で引きずり、グレーゲルはアニェスを見た。それまで険しい顔をしていたのが嘘のように、唇は緩く弧を描き、甘い微笑みを浮かべている。


「アニェス様、帰りましょう」


 彼は低く少し掠れた声で言うと、ゆっくりと手を差し出した。久しぶりのグレーゲルのセクシーな声に、アニェスは顔に急激に熱が集中するのを感じる。


「……っそうね」

「まあ、俺もいるんだけどね」


 グレーゲルの色気に当てられて、放心しながらその手を取ろうとした、その時――明らかに忘れられ、半目になってアニェスを見るアランの不満気な声が聞こえた。


「あっ、アラン! グレーゲル、彼も保護しましょう!」

「……承知いたしました」


 グレーゲルは片眉を上げながら返事をする。こちらも少し不満そうだ。


 何はともあれ、こうしてアニェスたちは無事、グレーゲルに救い出されたのだった。

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