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聖誕祭の魔法騎士  作者: 板山葵
ドレグニア王国革命編
31/43

必中の狙撃手(ダニエラ視点)

 アニェスが扉から出ていったのを確認し、グレーゲルはゆっくり十数えた。そして、僅かに開いている窓の外へ目配せした。




***




 窓の外には大樹がそびえ立つ。その茂みの中にダニエラはいた。

 強化魔法で飛躍的に向上した視力をもって、グレーゲルからのほんの僅かな合図を受け取る。

 自分の足元から胸元にまで達するほどの細長い銃に火薬と弾丸を込め、肩に銃の持ち手を当てて素早く構える。そして、足元の枝と弾丸に強化魔法をかけ、紋様の描かれた札を取り出し、魔力を込めた。

 この札はキムが描いたもので、身の回りに見えない防御壁を張り巡らせることで、身を守ると同時に結果的に消音にも繋がる優れものなのだ。


 ダニエラの魔法神経は、強化に特化している。

 対象には制限がなく、自分自身や、それ以外の人や物にもかけることができる。しかも、その数や時間にも制限はない。魔法神経が焼き切れない限り、いくらでも発動できるのだ。

 ただし、対象には大きな負荷がかかる。以前、ダニエラは自身の肉体を強化をしすぎて、解いた後、しばらく動けなくなったことがあった。それは無機物でも例外ではなく、魔法を解いた瞬間、その物が反動に耐えきれずに壊れてしまうこともざらにあった。原理は全く分からないが、ダニエラはそれを耐久性の前借りと考えている。


 しかし、デメリットがあるとはいえ、視力や足場、弾丸を強化すれば、どんなに小さな獲物も見逃さず、弾は真っ直ぐに飛んでゆき、どんなに硬いものでも打ち抜くことができる。弾は使い捨てだから、どんなに強化しても問題ない。

 だから、ダニエラはワーゼル王国で『必中の狙撃手』の名を欲しいままにしていた。


 そして、今回の最初のターゲットは――


 ダニエラは静かに、流れるような動作で発砲した。音はなく、真っ直ぐに弾は進んでいく。その軌道を、飛躍的に向上した動体視力によって、目視で確認し、僅かに口角を上げる。

 その直後、王妃の右人差し指が弾け飛び、血飛沫が上がった。


 大広間は騒然となった。


 しかし、騒ぎを起こした張本人であるダニエラは、いたって冷静だった。さらに火薬と銃弾を込め、銃を構え直した。次に狙うのは、ロッテンバーグだ。

 ターゲットの片目に照準を合わせる。そして引き金を引こうとした。その瞬間――


 ――脇から何かが飛び出してきた。引き金は引けたものの、その何かを避けるために弾は逸れ、ロッテンバーグの頭上を通過した。

 グレーゲルも、狙撃の失敗を悟ったことだろう。


「……っ!」


 ダニエラが飛び出してきたものを目を凝らして見ると、それは猛禽類の中でも極めて高い攻撃力を誇る夜のハンター、ブラックトゥールだった。ブラックトゥールは音もなく羽ばたき、ダニエラの視界を塞いだ。


「そんなところで、何してるのかな?」


 不意に、遥か下の方から声を拾う。見下ろすと、そこにいたのはロッテンバーグの腰巾着だとイヴォンから教わっていたティエリー・ヴィスコンティだった。

 にっこりと可愛げに微笑んだ彼を、ダニエラは強化した視力で捉えた。


 思わず舌打ちする。


 ダニエラたちには時間がない。次の一手を瞬時に判断しなくては、生きて帰ることさえできないだろう。今すぐティエリーと交戦し、すぐに制圧した後、再びロッテンバーグを狙う計画が一瞬脳裏をよぎる。だが、ティエリーの戦闘力は未知数だ。それに、彼が何を使役して、準備してきているのかも分からない。先に見つかった時点で、ダニエラは後手に回ってしまったのだ。

 ロッテンバーグも一度弾を外したことが災いして、窓の死角に逃げてしまった。用心深い蛇のような男だ。もはや、今夜狙うことは不可能だろう。


 つまり、狙撃手としてダニエラのできることは、もうない。


 本当はグレーゲルに加勢したかった。だが、ティエリーに見つかった今となっては、もう無理だろう。

 ダニエラは苦渋の決断をして、火薬と銃弾をサッと詰め直し、防御壁を超えるよう腕を伸ばす。そして、空に向かって発砲した。

 その瞬間、大きな発砲音が鳴り響いた。これが、ダニエラの撤退の合図だった。


「……っ! 逃がさないよ!」


 大きな音に驚いて耳を塞いだティエリーだったが、ダニエラの撤退を悟ってブラックトゥールをけしかけた。

 しかし一歩遅く、ひときわ眩い光を放った後、ダニエラはいなくなっていた。




***




「あーあ、逃がしちゃったよ……」


 ティエリーはブラックトゥールを肩に止めて呟く。先ほどの微笑は成りを潜め、彼は無表情だった。ブラックトゥールはそんなご主人様を慰めるように、一つ優しく鳴いた。

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