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聖誕祭の魔法騎士  作者: 板山葵
ドレグニア王国革命編
25/43

王宮での聖誕祭③

「国王陛下の御成でございます!」


 その声に続き、臣下が扉を開ける。ゆっくりと大広間に足を踏み入れたのは、ドレグニア国王その人だった。

 国王は三十代半ばほどの年齢で、スラリと身長が高く、一目で最高級品だと分かる豪華絢爛なローブを身に纏い、堂々たる佇まいで中央を闊歩する。しかしその顔は、感情が抜け落ちたように無表情だった。


「あれが着せ替え人形か」


 その姿から目を逸らさずに、グレーゲルは眉を顰めて呟いた。アニェスには、かろうじて聞こえたその言葉が何を指すのか分からなかった。


 国王の後ろには、一際派手なドレスに身を包み悠然と微笑む王妃と、あどけない表情を浮かべた幼い王子が続いた。その幼気な王子でさえ、その身に纏う礼服には、平民の生活一生分以上の価値があるだろう。

 彼らは優雅に歩みを進め、大広間の中央を通過し、奥に鎮座する金の装飾が施された玉座にゆっくりと腰を下ろした。


「皆の者、本日はよく参られた」


 国王は無表情のまま声を発した。


「此度は、聖誕一五〇〇年の節目を皆で祝おうと集まってもらった。今宵は飲んで食べて踊って、存分に楽しんでほしい。そして、ドレグニア王国に魂を預けた王侯貴族の結束を今よりさらに強固にし、より良い国づくりをしていこう。挨拶は以上だ」


 国王の挨拶にも関わらず、会場はざわざわと貴族同士の囁き声に包まれ、歓声も拍手も上がらなかった。

 無理もない。聖誕祭の夜は貴族といえども家族で団欒する者が多い。そんなゆっくりできる数少ない日に、わざわざ呼び出されて白々しい挨拶をされたら、ドレグニア王国民は例外なく辟易するだろう。これだけは平民も貴族も関係ない国民性だ。


 だが、そうはいってもこの国の王の言葉。それなりの敬意を払って然るべきだろう。出席者のこの反応は、アニェスには異様に感じられた。


「随分侮られているようですね」


 ざわめきに乗じてグレーゲルは声を顰めてアニェスに話しかけた。


「ええ、せっかくの聖誕祭を邪魔されたっていうのもあるのでしょうけど……陛下がまだ若いからかしら?」


 アニェスも困惑して返す。

 貴族は体面を重んじる生き物だ。国王の御前ならば、敬意を示すのは特に重要だろう。それでも無視されるのは、恐るるに足りずと思われているからだ。しかし一見したところ、その理由は見当たらなかった。


 他の出席者はすでに国王に興味をなくし、料理が並べられたテーブルやダンスホールへと足を向けていた。アニェスたちも、グレーゲルの「ひとまず楽しみますか」という言葉を皮切りに、とりあえず料理を取りに向かうことにした。

 二人は思い思いに料理を取り分け、邪魔にならないようにフロアの端で合流した。


「ねぇ、着せ替え人形ってなんのことなの?」


 アニェスは先ほどからずっと気になっていたことをグレーゲルに尋ねた。グレーゲルはちらりと玉座を見た。


「国王のことです」

「どうして?」


 アニェスは首を傾げた。たしかに美しい身なりをしているし、整った顔は人形のようだ。しかしそれが『着せ替え人形』と呼ばれる理由になりうるだろうか。

 その疑問には、グレーゲルがすぐ答えてくれた。


「あの国王は王妃の言いなりで、実際に政を執り行っているのも王妃だそうです。王妃は金遣いが荒く、自分自身や王、さらには王子を着飾るために浪費を繰り返しているようです」

「政をせずに王妃に着飾られているから『着せ替え人形』ってこと?」


 「その通りです」とグレーゲルは神妙に頷いた。アニェスは視線をグレーゲルから国王へと移す。整った顔立ちに、今は穏やかな笑みを浮かべている。静かに鎮座するその姿は、まさしく血の通っていない人形のようだ。しかし中身まで人形のように王妃の言いなりとは、この国はどうなってしまうのだろう。


 しばらく黙ったまま、ときどき食事を口に運びつつ自分の行く末を案じていると、いつの間にかグレーゲルが給仕係から飲み物を受け取って戻ってきた。


「さて、これを飲んだら踊りますか」


 グレーゲルはアニェスに飲み物を渡した。グラスに入った液体は、琥珀色に輝いている。アニェスはそれを受け取りながら肩をすくめた。


「全然上手ではないけどいいかしら?」

「もちろんです。エスコートさせてください」


 不安げなアニェスにグレーゲルはにこりと微笑んだ。


 飲み物を飲み干した二人は、空のグラスと食器を給仕係に渡した。そして、グレーゲルが優雅な振る舞いで手を差し出すと、アニェスはその手を取って二人でダンスホールへと進んだ。アニェスは緊張で何度か足がもつれそうになった。

 曲がかかると、アニェスたちはゆったりとしたペースでステップを踏みはじめた。


「お上手ですね」

「まあ、人並みには」


 踊り始めて数分のところでグレーゲルはアニェスを褒めた。だが、さすがにお世辞だろう、とアニェスは素直に受け取ることができない。そのせいで、皮肉っぽく返してしまった。しかし、そんな素っ気ない反応でも、グレーゲルの賞賛は止まらなかった。


「アニェス様は乗馬もお上手です」

「……う」

「運動が得意でいらっしゃるのですね」

「そ、そうかしら」


 畳み掛けるように言われると、アニェスもさすがに隠しようもなく照れてしまう。そんなアニェスの様子を見て、グレーゲルは満足げに微笑んだ。


「では、もう少し頑張ってもよいでしょう」

「えっ? ちょっと!」


 褒められて気分が良くなって油断していた。アニェスの制止も虚しく、グレーゲルは大胆にステップを踏みだした。


「グレーゲル!」

「楽しいですね」

「それはあなただけでしょう!」


 囁き声を保ったまま、アニェスは器用に声を荒げた。

 特別ダンスが得意なわけでもないから、ついていくのに必死だ。しかし、グレーゲルはとても楽しそうにステップを踏んで、優雅にアニェスをエスコートしている。この差が憎らしかった。




 しばらく踊っていると、アニェスは疲れてヘトヘトになってしまった。疲労の原因である張本人を見上げると、いつの間にかグレーゲルは周囲をちらちらと窺っていた。どうやらなにかに気をとられて、ダンスに集中できていないようだ。


「ねぇ、そろそろ休まない?」

「……ええ、そうですね。こちらへ」


 アニェスの提案にすんなりと頷いたグレーゲルは、彼女を誘導して閉め切られたドアの一つにピタリと身を寄せた。


「何をしているの?」


 グレーゲルの様子を訝しんで、アニェスは問いかけた。彼はまるで扉の向こうに耳をそばだてているようだった。その表情は真剣そのもの。さっきまであんなに楽しそうに踊っていたのに、いったいどんな変化があったのか。アニェスにはまるで見当もつかない。


「アニェス様、よく聞いてください」


 グレーゲルはアニェスの肩に手を置き、真摯な表情で語りかけた。


「これから少し王宮が騒がしくなります。転移の符号を使って抜け出すこともできますが、移動距離が長くなるほど発光が大きくなってしまうので、誰にも知られず王宮の外へ脱出するには不適当でしょう。ですから、今からすぐに、一時的に物置に身を寄せてください。この扉から出て突き当たりの壁ですが、あなたが触れた時だけ扉が出現するよう、認識阻害の魔法をかけております。そこに隠れていてください」


 そう急に言われて、アニェスは事情が全く呑み込めなかった。


「騒がしく……? で、でもあなたは?」

「私はやることがありますので。ご安心ください。私は必ずあなたをお救いします。必ず迎えに行くので待っていてください。それから、誰が来ても開けないように」


 グレーゲルは安心させるように微笑む。まだ困惑はしているが、アニェスは何とか自分のやるべきことは理解できた。


「さあ、どうぞ」


 グレーゲルはアニェスを扉へと促した。だが、扉には錠前が付いていた。


「グレーゲルこれ、ロックされているわ」


 アニェスは困ってグレーゲルを見上げた。


「ああ、忘れていました」


 グレーゲルは焦る様子もなく、錠前に手をかざして横にスライドさせた。すると、カチャリという乾いた金属音が小さく鳴り、錠前が静かに外れた。

 呆気にとられて、アニェスはその様子を見つめた。


「さあ、早く。ぼーっとしている暇はありません」


 グレーゲルはアニェスの背中を押し、アニェスを急かした。

 アニェスはハッとして体当たりするように扉を押した。少しだけ隙間が開くと、そこから大広間を抜け出した。

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