王宮での聖誕祭①
「グレーゲル……私、おかしなところはないかしら?」
「ありませんよ。完璧です」
舞踏会に向かう馬車に乗り込んでから、アニェスとグレーゲルはかれこれ十回はこのやり取りをしていた。
ドレスを着てからというもの、緊張やら着慣れないドレスの違和感やらでずっとそわそわしていた。髪をアップにするのも久しぶりで首筋が心もとない。見せてはいけないものが曝け出されているようで不安なのだ。だから、その不安を和らげるために髪やドレスを弄りたくなるのだが、「せっかく準備したのに崩さないでください!」とジェレミーに必死になって止められ、それもできなかった。
「アニェス様、安心してください。お綺麗ですよ」
グレーゲルは馬車の窓枠に頬杖をつき、アニェスを眺めて緩く微笑みながら言った。
「あ、ありがとう。グレーゲルも……」
いつもと雰囲気が異なる彼に褒められたせいで、つい照れてしまい、もごもごと返す。
正装である軍服を身に纏ったグレーゲルは、とても凛々しく、かっこよかった。
伸ばしっぱなしで無造作に結っていた髪を、丁寧に櫛を通して結い直し、髭をきれいさっぱり剃ると、いつもの野性味ある格好良さとはまた違った、繊細で神秘的な魅力が醸し出されていた。それと同時に、グレーゲルは、アニェスが思っていたよりずっと若かったのだと気づいた。
無精髭がなくなり、はっきりとした顔立ちがよく見えるようになった。凛々しく太い眉、しっかりとした高い鼻梁、普段は真一文字に引き結ばれているが、今はゆるく弧を描く大きな唇、逞しい顎、どこを切り取っても『端正』という言葉がよく似合う。特に冴え渡るアイスブルーの瞳は、アニェスの心を落ち着かなくさせる。
「でも魔法って便利なのね」
着替えたグレーゲルがアニェスのもとに現れて、初めて目の当たりにした瞬間、その洗練された軍服姿にときめいて穴があくほど見つめてしまった。
だが、それと同時に当惑した。どうして出自がはっきりと分かるような服を着ているのか?
疑問を投げかけてみたら、あっさりと「認識阻害の魔法をかけるので、傍から見たら相応しい格好をしているように見えます」と返された。ちなみに、顔まで認識阻害しないのか? と尋ねたら、そこは自分のままでエスコートしたいそうだ。
「私にもかけてほしいくらいだわ」
「おや、なにか隠したいことでも?」
グレーゲルは片眉を上げた。
「全部。全部見られないようにしてほしい」
背もたれに身を預け、ため息をつく。
「それはできません。見せびらかしたいくらいですから」
グレーゲルはアニェスの手を取り、恭しく持ち上げた。
「もう、あなたはいつも通りね」
「ええ、アニェス様はいつもお綺麗ですから」
「……そういうことじゃなくて」
またいつの間にかグレーゲルのペースに呑まれている。彼はいつもアニェスをからかって遊ぶ。
でも、またいつもの冗談だとしても、綺麗だと言ってもらえたことはすごく嬉しい。だから自分も素直になろうと思った。今このタイミングを逃したら、もう伝える機会はないかもしれない。
グレーゲルをちらりと見る。彼はすぐにアニェスの視線に気がついた。
「どうかしましたか?」
「ええっと……その服装」
窓の外を見るふりをして、グレーゲルから顔を隠す。
「ああ、軍服ですか?」
「ええ……その、すごくいいなって」
やっと言えた。また冗談で返されるだろうか。それとも喜んでくれるだろうか。グレーゲルの反応が気になり、顔を上げて彼の様子をそっと窺う。
しかし予想に反して、グレーゲルは微妙な顔をしていた。
「軍服がですか? まあ暖かくはありますが」
全く伝わっていなかった。もう自棄になって身を乗り出す。
「そうじゃなくて!」
「なんですか?」
「あなたがかっこいいってこと!」
勢い余って直截的な表現をしてしまった。顔が熱くなるのを感じる。さっと顔を背けたが、やっぱり反応が気になって、グレーゲルを横目で盗み見る。
「え……?」
アニェスは驚いて口をポカンと開けた。グレーゲルは顔を赤らめ、言葉を失っていたのだ。
「グレーゲル、あなた――」
「アニェス様、到着いたしました」
照れているのかと聞こうとした矢先、ジェレミーに外から声をかけられた。グレーゲルは無言で扉を開けて先に降り、アニェスに手を差し出した。
「さあ、楽しい舞踏会のはじまりです」
到着に乗じてうまく誤魔化されてしまった。不服に思い、しかめ面でグレーゲルを見たが、よそ行きの紳士的な笑みで返されたので、仕方なく諦めることにした。
「ええ、そうね」
アニェスもぎこちない、よそ行きの淑女の笑みを返し、グレーゲルの手を取った。




