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聖誕祭の魔法騎士  作者: 板山葵
ドレグニア王国革命編
16/43

雪解け

 アニェスは裏庭に着き、ダニエラの様子を窺っていた。ダニエラは土いじりをするわけでもなく、芝生の上に座り込み、ぼんやりとしていた。おそらく、今日アニェスが孤児院に来ることを知って、顔を合わせないようにしているのだろう。それを分かっているから少し決まりが悪かったが、意を決して声をかけた。


「ダニエラさん」


 ダニエラの肩がびくりと跳ねた。彼女は勢いよく振り返った。


「な、なによ! この間のことなら謝らないわよ!」


 やはり、まだ怒っているようだ。何となく予想していた台詞を言われ、苦笑いする。


「ええ、それで構いません。先日は失礼な態度をとって、大変申し訳ございませんでした」


 ダニエラの目を見てはっきりと告げた。彼女は眉をキッと吊り上げた。


「何よそれ……それで勝てたつもり!? 謝れる自分は偉いと? おめでたい頭ね。戦争が何なのか分かっていないのよ!」


 ダニエラは立ち上がり、荒々しい足取りでアニェスに近づいた。


「あんたがお気楽にパーティーしている間、こっちは散々苦しめられたのよ! 今だって苦しんでいる人が沢山いるの! 分かる!?」


 ダニエラのあまりの剣幕にたじろぐ。しかし、こんなところで怖気付いていては、今日ここに来た意味がなくなってしまう。


「パーティーはしていないけれど……たしかにダニエラさんの言う通り、気楽だったことは認めざるを得ません。それと、失礼な態度をとったことは、本当に申し訳なかったと思っています。ただ――」

「何よ?」


 不自然に途切れた言葉に、ダニエラは訝しげに眉をひそめた。

 ダニエラは、はっきり言って怖い。出会ってから常に攻撃的で、古代国家アーネルケンを一夜にして滅ぼしたトゥルクネラ火山のような印象だ。

 アニェスは続く言葉を言うまいかものすごく悩んだが、一呼吸置いた後に腹を決めた。


「ただ、いくら怒られても、私には何もできませんっ!」

「なっ……!?」


 ダニエラは、怒りのあまり真っ赤になって口を開いた。しかし、彼女が何かを言う前に、アニェスは先を続けた。


「先ほど申し上げた通り、あなたに失礼な態度をとったことは、本当に申し訳ございませんでした。でも、戦争をしかけた国王は今、宮廷貴族を重用しているらしくて……あ、いやっ、だからといって無関係とまでは言いませんが、でも私のような領地を治めるだけのしがない封建貴族、それも末の娘ができることは何もなくて、その、怒られてもなーって……」


 最後はなんとも言い訳じみた歯切れの悪いものだったが、アニェスは精一杯自分の考えを伝えた。


 実際はアダンが嬉々としてドレグニア王国の戦勝を知らせてきたことや、ティエリーが王宮で働いていることから、ヴィスコンティ家にも何らかの繋がりはあると考えられるが、アニェスが無力なのは事実なので、余計なことは言わないことにした。


 アニェスが今までやってきたことといえば、孤児院に食べ物や衣服、お金を寄付するなどといった貧困への対症療法くらいだ。それも雀の涙程度の。しかも、それでさえアダンの鶴の一声があれば、いとも簡単に阻止されてしまうだろう。

 その程度の人間が、国際情勢に関わって、ヴィスコンティ家に口を出したり、王族に意見したりなどできるはずがない。

 アニェスには力がないのだ。結局、人はできることしかできない。そうやって人生に折り合いをつけるものだ。


 そう思っての発言だったが、余計にダニエラを怒らせてしまったらしい。当たり前だ。どこからどう考えても、言い訳にしか聞こえない。


「当事者意識!!」

「は、はいっ、すみません! でも、あのっ、今はちゃんと勉強して、将来、平和に貢献したいと、あなたのように苦しむ人々をなくしたいと考えています。グレーゲルにイヴォン神父、それにダニエラさん、あなたのおかげで」


 ダニエラの一喝に気圧されて最初はしどろもどろだったが、言い終わる頃には、アニェスは強い眼差しで彼女を見据えていた。ダニエラは黙ってじっと何かを考えているようだった。

 ややあって、ダニエラは大きなため息をついた。


「分かっているわ。そんなの」


 それまで目を伏せていた彼女は、しっかりアニェスと視線を合わせた。


「あんたが何にもできないってことくらい、分かっているに決まっているじゃない。それより、どうせグレーゲルを侍らせて良い気になって、なんでも受け身で、外の世界で何が起こっているかなんて何にも知らないし興味すらないんでしょって、あんたをひと目見てそう思ったから気に食わなかったの。ちらっとこっちを見ただけですぐに目を伏せて、おどおどして……誰かが常に一緒にいて何でも手伝ってもらえる生活しかしてこなかったんだろうなって思ったから」

「それは……」


 ダニエラの言葉は、アニェスの人となりを正確に捉えていた。


「ほら、そうやって言葉を濁してばかりなところも」

「え?」

「あんたって出会った時から言葉の続きを濁してばっかりで、何が言いたいのか、どう思ってるのか、全然分からないわ」

「あ……たしかに」


 今まで気づかなかった自分の癖を指摘されて、思わず口に手を当てる。


「そういうところも、何も言わなくても周りが察して先に動いてくれてたんだろうなって、腹が立つの」


 ダニエラは、そっぽを向いて吐き捨てるように言った。

 受け身なのは自覚していたが、言葉の端々にもそれが滲み出ていたと全く気がつかなかった。ダニエラも初対面でかなり感じが悪かったが、アニェスも大概だったのかもしれない。


彼女の人物描写はとても正確で、アニェスの人となりをぴたりと言い当てていた。おそらくそれだけ態度に滲み出ていたということだろう。


「あの、あの日は色々と嫌な思いをさせてしまってごめんなさい。教えてくれて、ありがとうございます。たしかに私は今まで、執事や侍女、最近ではグレーゲルになんでもしてもらっていました」


 アニェスがグレーゲルの名を口にした瞬間、ダニエラはぴくりと眉を動かした。それを見て、しまったと思ったが、一度出てしまった言葉は取り消すことはできない。


「でもこれからは可能な範囲で、自分で考えて生きていきたいと思います!」


 勢いで言い切った後、唇を真一文字に引き結ぶ。

 自分の考えを最後まで言い切るのは、すごく緊張する。訂正はできても、なかったことにはできない。だから責任がともなう。

 でも、なぜか少しだけ清々しかった。


「『可能な範囲で』『いきたい』『と思います』なの?」


 ダニエラは意地悪く笑った。

 はっきりと言い切りはしたものの、内容が不十分だったらしい。


「自分で考えて生きます!」

「いいんじゃないの。勝手にすれば?」


 アニェスは拍子抜けした。自分で言わせたくせに、ダニエラは興味がなさそうに肩を竦めた。


「もういくわ。暇じゃないから」


 そう言うと、ダニエラはアニェスのそばを通り過ぎ、広場の方へと向かった。アニェスは振り返って、その姿を見届けた。


 ダニエラの姿が見えなくなった瞬間、アニェスは全身の緊張が解けて、ふっと重いため息を吐いた。

 決して和解したわけではなく、ましてや仲良くなんて、気が遠くなるくらい先の話だ。だが、ほんの僅かだが、自分の考えを認めてもらえたのではないか? これからの頑張りを期待されているような気もする。

 ダニエラとの関係はこれからどんどん良くなっていくはず、と珍しく前向きな気持ちになっていた。




「アニェス様ー! 遅いー!」


 広場に向かい、イヴォンたちと合流すると、院の子どもたちが口々にアニェスに文句を言った。


「ごめんなさい。今日も一緒に遊んでね」


 にっこりと微笑むと、マリーヌがアニェスの手を掴んで引っ張った。


「ずっと待ってたの! ほら、行こ! 雪がいーっぱいあるよ!」

「そうそう! 待ってたの! スノーマンつくろ!」


 マリーヌに続いて、オレリーがアニェスのもう片方の手を掴んだ。オレリーはマリーヌより少し年下で、マリーヌに良く懐いており、最近では彼女の真似ばかりしていた。マリーヌも満更ではない様子で「オレリーは私の妹!」と嬉しそうにしているのをよく見かけた。


「分かったから、行くから引っ張らないで!」


 それまでダニエラと対峙していた緊張感とのあまりのギャップに、アニェスはついふふっと笑ってしまった。そして、手を引かれるがまま、マリーヌたちについて行った。




***




「なによ。私だって毎日奉仕活動してるのに」


 アニェスたちが去った後、ダニエラは不満げに呟いた。


「アニェス・ヴィスコンティ嬢は、奉仕だと思ってはいないのでは?」


 イヴォンが呆れたように言うと、ダニエラは口を尖らせた。


「だとしても、大方罪滅ぼしとかでしょ?」

「きっかけはそうかもしれません。でも今は心から楽しんでおられるのでしょう」


 イヴォンは「あなたもアニェス・ヴィスコンティ嬢を見習っては?」と肩を竦めた。ダニエラは、ふんと鼻を鳴らした。


「そのうちね」

「おや」


 珍しくアニェスを認めたようなダニエラの発言に、イヴォンは眉を上げた。すると彼女ははっとして、誤魔化すように咳払いをした。


「別にっ……っていうか、なんなのよ? その気取った呼び方は」

「気取った、とは?」

「『アニェス・ヴィスコンティ嬢』って、あんたあからさますぎ」


 イヴォンは「ああ」と返し、悪びれもせず微笑んだ。


「まあ、いいでしょう。こちらでもそういう呼び方をするみたいですし」

「でも主流じゃないでしょ。わざわざフルネームに嬢って付けるのは、今のワーゼル王国あたりの古い風習よ」


 ダニエラは眉を吊り上げた。


「分かりました。外では使いません」

「本当に分かってんの? 絶対にそうしなさいよ!」


 イヴォンは返事の代わりに舌を出した。ダニエラはため息をついて「あんたって本当に神父なの?」と半目で彼を見た。

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