神父の微笑み
次の日、ダニエラと仲違いして以来、アニェスは初めて孤児院を訪問した。到着は昼過ぎで、着いてから、まずはダニエラを探した。しかし、彼女はどこにもいなかった。
「ダニエラですか?」
今日も出迎えてくれたイヴォンは、のんびりと馬車の馬に近づき、その鼻面を撫でながら「ようこそいらっしゃいました。アニェス・ヴィスコンティ嬢」と、いつも通り丁寧な挨拶をした。それに気づいたアニェスも「イヴォン神父、ごきげんよう」と返し、ダニエラについて尋ねた。
「ええ……いないかしら?」
「いますよ。朝からずっと裏庭に篭って土いじりをしています。森でもつくる気なのでしょうね」
イヴォンは肩を竦めた。彼でもこんな皮肉を言うのかと少し意外だった。
「私、ちょっと行ってきてもいいかしら? 先日は失礼な態度をとってしまったし」
アニェスはおずおずと言った。
「お話がしたいの」
「分かりました。それは構いませんよ。ですが、ダニエラが先に無礼を働いたことです。気に病むことはありません。むしろ、アニェス・ヴィスコンティ嬢……あなたにも感情があったのだと、驚きましたよ」
予想外の言葉に、目を瞬かせる。
「感情?」
イヴォンはくすりと笑った。
「ええ、この間のことだけではありません。あなたはいつも控えめでしたが、グレーゲルと出会ったあたりからか……積極的に動いてよく笑うようになったと思います。それでまさか、怒るところまでお目にかかれるとは」
「そ、そう?」
気恥ずかしくなって、アニェスは俯いた。
「そうですとも。怒りを少しでも表に出せるようになったのは、とても良い兆候ですよ」
イヴォンの言葉に、アニェスは「そうかしら……」と表情を曇らせた。
「私……あの時は自分のことしか頭になくて、その――」
さらに続けようとすると、イヴォンは人差し指を立て、アニェスの唇の前にそっと伸ばした。
「言う必要はありません。グレーゲルとの問題でしょう? 見たところ解決したようですし、何よりです」
アニェスの背後を見ながら、イヴォンは肩を竦めた。気になって振り返ると、腕を組んで馬小屋にもたれ掛かったグレーゲルがこちらを眺めていた。特に何も変わらない様子に、アニェスは首を傾げる。
「たしかに解決したけど……どうして分かったのかしら?」
アニェスがイヴォンを見つめると、彼は無言で微笑んだ。教えてくれる気はないようだ。
「ええと、なんだか分からないけど、ありがとう。裏庭に行ってきます!」
気にはなったが、仕方なく早足に裏庭に向かうと、イヴォンは振り返って口角を上げ、「お気をつけて」と大声で言った。
***
「随分仲が良さそうだな」
ふいに背後から聞こえた声に、イヴォンは振り向きざまに舌を出した。それを見たグレーゲルは「神父のくせに」と眉をひそめた。
「あなたみたいな少女趣味はありませんよ」
「もうすぐ十七だろう?」
イヴォンは苦い顔をした。
「十以上違います」
「お前はな」
今度はグレーゲルが舌を出す番だった。
「あなたもぎりぎり十違わないだけの九歳差でしょう?」
「その一年は大きな違いだろう? それに年齢は関係ない」
「まあ、そうですけど」
イヴォンはため息をつく。
「くれぐれも傷つけることのないように」
イヴォンが「分かりましたね?」と念を押すと、グレーゲルはにやりと笑って「傷とは何のことだ?」と尋ねた。イヴォンはそれに取り合わず「馬鹿なことを」と首を振り、仕事に戻った。グレーゲルも「神父様とお話しすると、背筋が伸びるよ」と皮肉を言い捨て、馬の世話に向かった。




