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Act,13―命令=仕事=近道―

母さん、今ね、学校でおいかけっこしてます。



うん、横に鬼サンがいてさ


楽しいよ?


え? 逃げないのか、だって?



俺は鬼に服従してる子鬼サ



走り回る


走り回って、回って――



時刻は昼休みとなり、


たどり着いた場所は、屋上でした。





「……えーっと。何で、僕らから逃げるの?」


那智が止める前にもう話し始めていた。早いんだから、もう……。俺は頭を押さえながら近づいていく。4月下旬と言えど日差しが強くて、彼らはちょうど日陰になる所に座っていた。


「理由? そんなもの、鬼の形相して追い掛けられたら逃げたくもなるだろうが!!」


そりゃ、そうだ。昨日からの不機嫌な那智ちゃんは、こいつらが元凶だと言わんばかりの表情で、彼等二人を追い掛けるのだから。

俺はそれを追って、毎回ため息をつくばかりである。


「だっても糞もないよ!! ったくなんで、こんな奴らにつかなきゃなんないのサ!!」


膨れ上がった彼女も可愛いけど、まぁ、今はお仕事中だし、手出しはできないな。可愛いって言って頭を撫でてやりたい!!


という欲望は置いておいて。


「って、おまえらが勝手に追い掛けてきたんだろう?! 勝手に拗ねられても意味がわかんねぇよっ」


ったく楽しいね、この子は。横に市草なんて俺を睨んでそのままの状態なのに。こういう時は騒がしい奴の方が可愛げがあるな。


「仕方がないんですよ、新羅クン。仕事ですから」

「敬語にクン付き?! 気持ち悪っ!」

「……仕事?」


市草がようやく口を開いたが、やはり、顔を歪ませたままだった。俺は、相変わらずの那智は放置し、彼等の方を向いて頷き笑う。


「はい、仕事ですよ。私は嘘など言ってません。ねぇ、那智」

「……よくも、そんなに笑ってられるよね、全く」


ほおを膨らませたままの彼女は、仕方がない、とでも言いたげに俺に近づいた。

まぁ、彼女もやっぱり、俺が社長に従順だからこそ、こんなに怒ってくれているのだろう。昨日も俺は、なにも言わず、彼女は、ずっと叫んでいた。




時刻は昨日に遡る――


『どういう事?! おじさま、正気なの?!』

『あぁ、言ってなかったかな、那智ちゃん。君には、あの腐りきった芸能科をどうにかして欲しい、と、君の父親に言ったはずなんだけどな』

『知ってますょ、知ってますとも! そうじゃなかったら、私はこんな所に入ってない、その上、こんな格好もしてないはずだもの!!』


彼女はあの学園の理事長の娘――そんな、学園の状況が解りやすい立場に居て、あそこに入ろうという輩がおかしい。何か裏があるとは思っていたけれど、そういう事だったのか。


『だからと言って、何故彼が道連れなんです?! 相手の巣にもぐって相手の素性でも探れと? それなら、オーディション受けている方が、勝ち進む近道じゃないですか!!』

『うーん、間違っているよ、那智ちゃん。やることは、相手の売り上げをあげることだ』

『だから、それは!!』


すると、社長はため息をついた。俺は何一つ動じず、社長を見つめる。


『那智、いいよ』


俺が押さえると、彼は俺の発言を待った。

まるで、子供が謎解きで、答えを待ってるかのような、彼は笑顔だった。


『でもっ!』

『……那智、社長命令だよ。俺たちは雇われる側、社長命令は、絶対だ』


その時の、那智の顔が、本当衝撃を受けすぎていて可哀相にも思えた。俺が悠々とマネージャー業を引き受けるのが、そして、ドンと構えている俺の姿がなんとも納得いかないんだろう。




「……仕事ですもの」


にっこりと、那智に笑う。仕事じゃなけりゃこんなこともしない、いや、社長命令でなけりゃ、こんなこと。


「……ま、やっぱり私たちはここには居てはいけない人間の様ですよ。早く済まして、立ち去りましょう、那智」

「僕にまでその敬語を使うな、聞いてて腹が立つ」

「もう、なら、俺に八つ当たりすんなょー」


こちらもぶぅと口を尖らせると、彼女はため息をついた。


「ちょ、さっきから、君らで話を勧められても、あんた等がここに居る理由がわからん。どういう事」


市草の顔が歪みきっている。少しやばいかな?


「あぁ、社長から頼まれたんですよ」


また、クスリと笑い、俺は二人を見据えた。


「お二人のマネージャーを」


その場が静寂に包まれて、まわりの音がよく響くようになった。生徒達が騒ぐ声や、風の音、それらが、この空間を通り過ぎてゆく。


俺は笑う。嘲笑う?いや、違うな、彼らを見て、声を出さずに微笑んだ。確か昔、誰かが言っていた。“マネージャーたる者、常に売り物としか見られない彼等の良き理解者、かつ、厳しい指導者であれ”と。こんな所で役に立つとは。


「てめぇ、もう一辺言ってみろ……」


静寂を破ったのは案の定、新羅だった。那智と同じく真っすぐな性格は、すぐに怒るという欠点を持つ。


「マネージャーですよ。那智と二人で、貴方達の」

「なめてんじゃねぇ!!」


彼は、立ち上がって、案の定思いっきり手をあげた。

多分、一番彼がわかっている。俺の顔は売り物であり、傷つけてはいけないものだと。そして、俺ならどける事ができる、とも。


だが、どけなかった。そのまま、その時の状況に俺は身を任す。


―パンッ


叩かれた音はそこに響き渡った。


「空っ?!」

「うぉーイッテー」


頬を手でスリスリしながら、相手を見れば、目が点だ。


「なん……でっ、なんで、どけない?!」

「……何ででもです。今は、あなた方のマネージャーであって、別に売り物でもなんでもありません」

「なんだよ、それっ……! なんだよ、この前言ったばっかりだろ!! 本気でしないとライバルとしても見ないって! おまえは悔しくないのかよ?! 答えろ、城島!!」


俺は、彼を見据えた。手を、ほおから外す。


「おまえは、俺に勝ってほしいとでもほざくのか? 勝負に負けたいのか? 全力を未だ出し切ってない子供が相手の心配なんかすんな」


それは、心からの本音。彼がもっと、いろんな意味で頑張れてば今じゃ、俺には到底手の届かぬ所にいるだろうに。


思い当たる節があるのか、彼はだんまりになって、なにも言わなくなった。


「……では、今日の予定を言わせて頂きます。それだけ言えば退散しますので、それまで我慢して下さい」


取り出す手帳にぎっしり書かれたスケジュール。本当にこの一部だけでも欲しいモノだ。とってもそう、支障は出ないのに。


「今日、5時からインタビューがあるので、4時半に校門前に集合してください。車はこちらで用意します。そして、終わったらその足で、市草クンは、ドラマの撮影に戻るので、今の間に荷物の用意をしておいて下さい。新羅クンは、那智が仕事の手伝います」


スケジュール帳をたたむ。


「じゃ、行こう、那智。では、失礼します」


頭を下げると、那智もそれに始めて習った。おぉ、ようやくヤル気になってくれているみたいだ。屋上を出て、しばらく歩いている間は、彼女は何も言わなかった。ただ、俺の手を引っ張って、どこかに向かっているのは確かだった。


就職黙っている彼女の口は堅く結ばれている。何をそこまで、人も思った。だから、つい言葉を洩らす。


「那智、どうした――」

「――何で?」


彼女は、立ち止まって、俺の言葉を遮り言い放った。


彼女が向かっているのは場所がようやくわかった。保健室だ。多分、俺の頬の事だ。別にそこまで気にする事でも無いのに。


まだ俺は売り物でもないし。


「何が?」

「……とりあえず入って」


押された力はあまりにか弱い。心境的に保健室に無理やり追いやられた俺の目の前には、あの保険医が座っていた。あぁ、彼女が女という事をうっかり口をすべらせた男だ。確か……


「大和兄っ!! 湿布!」

「おぉ、おめぇ等か。久しぶりー」


そうそう、大和兄……いやいや。俺はそうとは呼べないじゃんか。この人の名字なんだっけ? 目の前でニコニコ手を振ってくれるのはうれしいんだが、誰だっけ。タバコを片手に眼鏡をかけたこのお兄さん……というより、おっちゃん?


「湿布? あぁ、城島……ってえらくやられたな、おい」

「だ・か・ら、湿布!!」

「何だよ、そんな苛立っちゃって。おめぇ、なんかしたのかー?」

「いや、ちょっと新羅にやられて」

「ん? こいつにやられた訳じゃねぇのか、珍し」


そう言って彼女の頭をポンポンとする彼はまるで、子供をあやす父親だ。


「だからぁっ――」

「急ぐな。おめぇの悪いくせだよ。ん? あーぁ、また泣いてら」

「っ……」


彼女の性格をよく知り、その上での行動だろう。保険医は、彼女の頭を撫でてやっている。昔からの顔見知り、とでもいった所だろうか。


「……ほらほら、城島もボォッとつったってねぇで、ベッドにでも座りなよ」

「ぁ、はい」


うーん、この保険医、もしかしたら女慣れしてると言ったほうがいいのかもなぁ。俺は取り込まれないようにしない……ぁ、女ともバレてないや。ベッドに座ると脇に見えるそれは、間違いなく避妊具だった。


「なんで、なんでそんな普通にいられるのっ……」


彼女が喋りだして、伸ばしかけた手を引っ込めて、彼女に振り替える。やはり、彼女はそこに引っ掛かっていたのか。


「……ん、何でかなー。俺の言いたいことをすべて君が代弁してくれるんだもの」

「違う、違うっ……!! 空は自分の筋が通ってなければ是が非でも、押し通す。今回、君は一切抵抗することなく受け入れた。私を舐めんな! 伊達に一ヵ月一緒に居たんじゃない!」


彼女は、泣いた眼で俺を真っ直ぐ見つめた。うーん、なんとも。勝てないな、この子の真っすぐさには。


「ん、別に、簡単な事だ。俺の性分だよ」


ニカッと笑えば、彼女は案の定また眉間に皺をよせる。一方、保険医は俺の関わることではないと言わんばかりに、そっぽを向いた。


「別に素直に受け入れた気なんてサラサラない。俺にだってプライドはある。SIのマネージャーの話が来た時、体が一瞬凍り付いたよ、何しろ期間は売上二倍になるまで――……もしかしたら一年間以上かかるような事だ。けどね、すべてを君や、新羅は言ってくれたんだもの。あそこで俺だって抗議すりゃよかったのかもしんないな、けど、そうするより他に頭が回った」


頭を指差す。


そう、あの時は――ま、社長に対するいろんな事の苛立ちもあったけれど――それよりも、闘心に火が点いて、何も言わず黙っていた。


「越えてやろう、と思ったよ。あの社長は、人をゲームの駒のように扱う。もちろん、俺もあんたもすべてを。その駒が、思い通りの行動をするのは当たり前――だったら、欺いて、奴の思ったこと以上の結果を残してやろうって思ってね」

「けど、それで一年以上かかったり、君がSIを越えなければ、ここの学校から出ていかなきゃならないんだよ?!」

「別にかまわないよ。俺にとって大事なのは、那智くらいだ。別に、止めても那智とは会える。芸能界活動も続けられる、いいんだよ、それで」

「……」


那智は言葉を失い、いつのまにか俺の話を聞いていた保険医はあんぐりと口を開ける。


「だとしても、おめぇ、結構勉強したんじゃないのか? ここの芸能科に入ろうモンならば並大抵の努力で入られないんだぜ、昔みたいに」


保険医が口を出してきたが、それさえも笑えた。別に、俺がここに入ったのは、芸能界の事を学べるからだ。それ以上のことも、以下のことも期待してはいないんだ。




「それでもいい。俺にとってめざすのは芸能界、それだけだよ」




もう、覚悟なんて遠くの遠くに置いてきた。女の子であるという意識はさらさら無く、もう何もかもが今更なのだ。俺は男、城島空という芸能界で俳優として生きていく事を決めている――夢に見ているわけではない――、そんな16歳の一少年なのだから。


「……ぁ、そういや、昨日那智の分も書いておいたから」


ポケットに入ってたスケジュール帳を差し出す。


「……そう、これだって。いつのまにしたの?」


那智が半分呆れた様子も見え隠れさせながら聞いた。


「帰ってからすぐに、女秘書に全て聞いたよ。決まっているものから未定かどうか微妙な物まで。ただし、色々と細工してある」

「何のために? 空自身が一番困るのに。そこまでして……」

「もちろん、彼らを全てにおいて叩き直す為だ。それに、早くすることが、今の俺にとって一番の近道になった。その為にも俺は全力でしなきゃならない。俺があいつらにとって、一番近い存在になった時――その時初めて彼らは売り上げを二倍にする」


我ながら最高の戯言だ。もしそうならなかったらどうすんだ、そうとでも言いたげな保険医の顔にまた笑う。そんな思考など俺にはない。やると言ったからにはやり通す、それが俺のやり方なのだから。


「……“かんぱい”だよ」

「乾杯? 乾杯するなら、成功した後だ。なにもかも」

「違うよ! 負けた意味の完敗!」

「なんで? もしかしてなっちゃん、ここまで来てるのに、社長にもっかい掛け合おうとか思ってたのかい?」

「うん」


率直に答える彼女を、俺だけではなく、保険医もため息をついた。まったくこの子は。


「無鉄砲だし、真っすぐだし……それに――」

「――頑固なのに、泣き虫だ。いつ、何をしでかすかわからねぇや」


そう言うと、俺と保険医は笑い合う。彼女に対する思いは同じらしい。


「ぁ、湿布だ、湿布!」


俺の顔を指差し言う保険医をよそに、那智は衝撃を受けた顔で俺たち二人を見る。


「そうだそうだ」

「こらぁぁぁっ!! どういう意味よっっ」


那智は、怒りながらも笑っていた。仕方がない、とでも言うように。那智の顔に1日ぶりの笑顔が戻る。やはり女の子は笑っているのが一番いいな。なれば、もう一つ、二つ、ネタを。


「はいはい、なっちゃん、イイモノあげるよ」

「物で機嫌を取ろうたってそうはいかな……ぇ、何これ」

「城島、貼るから来い来い」

「はーい。なっちゃん、ちなみに、それはここのベッドの上にあったんだよー」


そう言うと、保険医の横に行き、湿布を貼ってもらう。ひんやりと、その痛みを押さえてくれるそれは、やっと、頬にやすらぎを与えてくれる。


が。


「和田先生?」


おぉ、そんな名字か、この人。那智が高い声で呼び掛けた。俺は、少々笑いを止めながらそれを観察する。


「これは何ですかねー?」

「そ、それはっっっ!!」


大いに心当たりがある、和田先生は、その避妊具を見て、ひるんだ。いやぁ、楽しい。


「まった、女遊びしてるのね、大和兄!! だからあんたは彼女が逃げてくのよっっ! そこに座りなさい! 床よ、ゆ・か!」


あれまぁ、楽しいことで。結局、彼女の説教は、永遠と続いたとさ――












――時刻は少し動いて、午後5時。校門の前にいる俺たちは、案の定遅れている二人を待っていた。


「持田さーん、時間大丈夫?」

「大丈夫ですよ。と言うより……わかってて聞いてらっしゃいますね」

「さぁて、どうだろうか」

「そんなこと、よくぬけぬけと言ってられるよね、空ったら!」


空の読みは完璧当たっていた。あいつらが、わざと遅れてくる事だ。最初は怒っていたが、横で悠々と構えている空を見ると何も言えなくなる。


「っていうか、何でスーツ着てるのさ、空は! 僕なんか普通に普段着なのに!」

「もちろん、少しでもマネージャーとしての役割を果たすため」


にこやかに笑う彼は、すでにマネージャーモードに入っている。いいよ、私も親父に頼んで用意してもらおう。


「……ぉ、来た来た」


そこに現われたのは荷物を持った二人の姿で、案の定ニヤニヤしていた。


「ちょっとっ!! なに、遅れてんの!! 言った時間よりも30分も遅れてるんだよ! 今から相手サン、待たせなきゃならないだろうがっ!!」

「……ぁ? こっちは聞かれている身なんだよ、あっちが聞きたいって言ってるの。俺等が遅れても待つのが主流だっての!」

「なにぉぅっ!! 何様だよ、お前!」

「俺様だよー」


むかつく、野郎っ!! こんなのにキャーキャー言う女の子に見せてやりたいねっ!


とは言っても相変わらず喋らずじまいの、市草は、こちらの私よりも向こう側にいる空を睨んでいた。私には一切の興味がないらしい。


そんな中、空が落ち着けと言わんばかりに私の頭を押さえた。


「まぁまぁ。お荷物をお貸しください、後ろに積みますから」


そう言って空が出てきて手を差し伸ばしたが、市草は無視して、勝手に乗せた。一方、真っすぐな性格の新羅は空の顔を見て固まっていた。頬の湿布である。


「絶対謝らねぇからなっ! 俺は悪いことなんてしてねぇ!」

「左様。私も、謝ってほしいなんて思っていません」


にこり、と微笑む彼の、いや、空の姿は本当の執事のようで少し主旨間違ってんじゃないの、と言いたかったが、空は空なりに考えがあるものとして、何も言わなかった。新羅のカバンをとって、後ろに積むと、黒いワゴン車は持田秘書の手によって動きだした。


勿論、真ん中にSIの2人、助手席に空、一番後に私が座る事となった。


「そういえば……新羅クン、何故荷物を持ってきてたんですか?」


空が振り返り、言った。そう言えば、そうだ。今日は新羅は荷物は要らない、なのに何故彼は荷物を……。


「ふんっ、一緒のホテルに泊まるんだよ、わりぃか」

「……そうでしたか。なれば、ツインを取らなければなりませんね、連絡しておきます。那智、お前はインタビュー中に一回戻って荷物取りに帰れ。持田さん、頼めますか?」

「……どーせ、最初からそのつもりでしょう、貴方は」

「そうですかね? とりあえず、ホテルに連絡しますので少々、お待ちください」


なんだなんだ。何で、そこ、そんなに仲良いのっ!! 私の空ちゃん取るなよ……などと、私が戯言を考えている間に空は電話をおわっている。無事、部屋を3つ取れたようだ。


持田さんの運転は安全第一で、急ぐことは一切しなかった。と言うより、本当にゆっくり運転している。


「……空、急ごうよっ!! やっぱり、30分も遅刻とかはまずいってっ!」

「阿呆、急いでどうする。一応この車には二人もアイドル乗せてるんだ。事故にでもなってみろ。それこそ一大事だ。それに比べたら30分の遅刻なんか微々たるもんだ。それに。……俺はともかく、持田さんも、お前も理事長にとっちゃかなり大事なのに。俺は人を殺したくないんだよ」

「そこまで言ってない! ただっ……」

「言いたい事はわかったから、とりあえず、今は黙っとれ」


空がそうとだけ言い捨てると、私が不服な顔をする前に、前の二人が、空を睨んでいた。片方はなんにも感じさせない無表情、片方はむかついている事を表に出す奴だ。すると、その片方の顔が歪む。市草だった。そのまま、新羅に耳打ちする。何をする気だ……?


「……おい、マネージャー、トイレ行きたいんだけど」

「……もう少しでつくので我慢してください」


にこっと笑った顔を崩さぬ空の顔に、先程まであったはずの愛敬がなくなったような気がした。気のせいだと思った。


「今すぐしてぇんだよ、降ろせよ!」

「だめです。これ以上遅れてはいけません」

「ふん、大事なアイドル様の命令は聞けないってか?!」

「私はあなた方の執事ではありません、あくまでもマネージャーです、吐き違えないでください」


いや、気のせいではなかった。先程まであったはずの一欠片の愛情はなくなり、空はただ、顔を笑ったようにみせかけただけで、目は笑っていなかった。


「んじゃ、ここでしてもいいのかよ!」


フフン、勝ったぞ。

そうとでも言いたげな顔だった。

あまりにも黙っていられなくて、私は喋りそうになったが、彼女はそれさえも許してくれなかった。


それ以前に、トイレに行くことさえも――


「したいなら、そこでして下さいな。私はかまいません。それで、あなたの気が納まるのなら」


そう言った時に、車が止まった。目の前には今日、インタビューを申し込んできた会社が。


「と、言うより、おもらしなんて事、今の年ではできないでしょう」


その時見た、空の顔は今まで以上に、笑っていた。皮肉にも、勝ったぞ、と言いたげに――


「持田さん、ありがとうございます。一度、那智を連れて学校に戻って下さい。こちらには……そうですね、7時頃に戻ってきてください」

「わかりました」


持田秘書は相変わらず、サングラスをかけて、表情は見えなかったが、彼の口は笑っているようにも思えた。


「では、降りますよ。トイレもあるので行ってください」


空が降りて、後部座席のドアを開ける。二人は、何も言わず降りながらも、空を睨んでいた。


「……では、私は謝りに言ってくるので――」


そんな言葉が聞こえながら、ドアは閉められる。私は、後ろから真ん中の席に移った。そして、持田秘書をじぃっと見つめた。


車が走りだして、横目に見える空たちを見ずにいると、持田秘書は、私をみて口を笑わせた。


「那智お嬢様、どうかなされましたか?」

「貴方ってそんなに笑う人だった?」

「おぉ、失礼。あの人の前ではどうも気がゆるむんです」


苦笑ともとれる、その顔に、私はため息をついた。


「空は特別、って言いたい?」

「さぁ、どうなんでしょうね……ただ、彼女が凄いのは確かです。それに、今日は1分たりとも遅れてはいません」


時刻は、5時24分……明らか、5時をすぎている。


「……何だって?」

「遅れてはいないのですよ、彼の策の一つです」


持田秘書は相変わらずのポーカーフェイスで、淡々と言ったのであった――









――着いた時、スタジオに姿を見せると、途端騒めきがおこった。それは想定の範囲内だった。とりあえず、二人をスタイリストに任せて、今日のカメラマンであろう人に話し掛けた。


「こんばんわ。私は、今日からSIのマネージャーとなった城島 空と言います。よろしくお願いします」


深々と下げられた頭。45度、昔に父親からならった。こうやって世の中を渡っていくのだ、と。


「ぇ、君、モデルとかそういうのじゃねぇの?!」


カメラマンの男の人がタバコ片手に酷く驚いている。俺は顔をあげてにっこりと“営業すまいる”を張りつける。


「はい。17歳ですが、先日ASCに入り、社長より、最初はこの世界を知るためにマネージャーをやれ、と言われて」


もちろん、んな事一切言われていない。嘘である。


「……新人なのによくも、時間どおりに連れてきたねー、よくやるよ。あいつら、一時間とか二時間遅れるの当たり前だから、全然用意してねぇ」

「あぁ、その事なんですが、時間どおりに来ていることは、二人に内緒にして下さい。二人には5時に始めると言って連れてきたので」


そういうと、カメラマンは、加えていたタバコをぐしゃり、と灰皿に押し潰すと、ニヤリ、と笑った。彼は承知してくれた、と思ったが、少々俺は甘かったみたいだ。


「んじゃ、条件付きだ」

「な、何でしょう?」

「お前も撮らせろ。顔、整ってんから、女として。いいな?」

「へ……?」


俺はただ、愕然とするしかなかった。









――命令=仕事=近道――終了

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