Act,12―社長のゲーム―
「……那智ー? 人の部屋で何してんの……」
「物色」
そこに座り込んで俺の部屋をあさる彼女は、なんとも、そこらのこそ泥と同じ事をしていた。
それも始まりはたったの10分前。
そろそろおきなければならない時刻になってきたことを、頭が指し示す。ぼんやりと頭の中がおきていて、そして目はつぶっている、そんな状態だ。
そんなときに、俺の部屋のドアが開いた。
いや、確か昨日戸締りしたはずだから、空いたのは夢の中の自分が自分であけたのだろうか。
「……寝てるな、よし」
……ん?
今、確かに俺の近くで声が聞こえたような気がする……。
…泥棒?!
「あの?」
「あ、いや、うん。女の物を一つでも見つけたくて」
那智だった。つか、本気でこそ泥の格好までしている。そして、先ほどの最初へと戻るわけだが……物色ってあーた、どこの変態泥棒だよ。それも同姓のタンスひっくり返して。
「那智……俺がそんなばれやすい事をしでかすとでも思っているのかい?」
「へ? 違うの?」
「俺は元よりそういうの一切持ってない」
多分、彼女自身は、自分がそういうモノを持っているからこそ、探すのだろう。俺は女としてのアレさえきてないのだ。遅いとかそういう問題じゃすまされないんだろうけど。
だから、彼女の前ではいろんな自分を見せてしまったいたんだろうね。
本当、昔の自分にそのまんまだから。
今もそう。
彼女だから、脱いで全裸を見せてやろうかとも思ってしまった。だから、甘いんだろう、僕という人間は。
「じゃぁ、どこにあるのさ。一応ボクと同じなんでしょ?」
「さーネ。知りたいなら一人前の男になってからだ」
俺は彼女の頭をグシャリと撫でてから、自分のタンスから色々取りだしはじめた。今日は日曜日で何にもやる事が無い――と、言いたいが、昨日、あのイザコザが終わってから、理事長から連絡があり、明日の日曜に、ASCの社長から会いたいという伝言を伝えてもらった。
寝たかったのに。
「……っていうかおじさまも暇だね」
「そうか? 噂に寄れば、結構凄い人だって聞いてるけど。暇ではないだろ」
多分、だ。さすがにそのおじさまとやらに会うのは初めてで、少々緊張もしてる。ただ、緊張だけでなく、ワクワクもしている。間違いなかった。こんな俺でも、凄い人と会うとなれば緊張するものなのだということを、始めて知った気がする。
ASC社長、その歴史は、たった20年程で芸能界の完全なる地位をたたき上げた凄いところでもあるが――反対に、問題が少々あったことだってあった。少し前に言っていた紅桜事件、は芸能界では有名な話である。その頃絶頂の人気を得ていたASCの俳優が人殺しをしていた――という話だ。本当に意外性が大きすぎる話で、今でもその話は芸能人なら誰もが知っている話になっている。そんなイロイロな歴史を乗り越えてきた社長である。
何か普通の人とは違う雰囲気があるに違いない、そう確信しているのだ。
アノ人がもっとも尊敬している人でもあるのだから――
「じゃぁ、なんでたった空一人だけのために時間をとって会おう、なんていうのかな?」
「さぁ……知らん。あれじゃない? これから俺をどう使っていくか見てみたい、とか」
「そうかなぁ……。それなら秘書のリカちゃんにしか会わないことが多いのに……」
「リカちゃん?」
「んー、行ったらわかる」
ちょっと苦笑する那智に首をかしげた。
……ん?
やっぱりこの社長、何かあるんだ――
「……またかいな……」
周りを見渡すと、相変わらずの光景が広がっていた。部屋に入ろうとすれば、中から一枚か二枚の紙が出てくるのは当たり前である。それを拾い、中に入ると、案の定、そこにいるのは紛れもなく、社長である。……一応。
部屋の状況を言うと、無駄に広いのに、あるのはでかいテレビと、その前においてある、客用の広いけどゲームとかでスキマのない机に、ソファ。そして、一応社長らしい机がもう一個。これだけなのに、紙の量が膨大で、そこらへんに飛び散っているのだ。それがさぞ当たり前カのように、仕事をしているのかと思えば、彼は仕事をしておらず、今日も楽しくゲーム三昧だる。
「あのー、社長。俺、呼ばれたから来たんですが……」
「あー、市、草、ク、ン!!!! そこにーーーーぃぃ座っといてぇぇ!!!」
なんちゅうゲームをしているのだ、と突っ込みたくなるその口調。もちろん、彼はそのテレビゲームに載せて上の発言をしたのだが……なんとも、変な社長である。俺は、素直に、客用のソファに座れる範囲を作って座った。
だが、そのノリノリの社長は一瞬にして消え去る。
それがこのなんともいえぬ、足音と雰囲気だ。
この部屋に、鬼女秘書が近づいている証拠!
それが、このコツコツコツという音と、ゴォォォォとでも言いそうな闇オーラだ。
――バンっ!!!
勢いよくあけられたドア。俺の時のように紙が外に出ることはなく、紙は中で舞い散る。
そして、一度、俺に向けられたその目は、一瞬にして、社長をにらむ目つきに変わる。
「こんの糞社長ぉぉぉぉぉ!!!!!!」
そして、彼女は、はいていた高いヒールの靴を脱ぎ、手に持ち、思いっきり投げつけた。
――それも、テレビに。
「Noooooo!!!!!!!!! 俺のみきちゃぁぁぁぁぁぁんっっっ!!!!!!!」
ちなみに、社長がやっていたのはギャルゲーと呼ばれる、女の子とイチャこらつくことが出来る、女の子攻略ゲームである。
「バカかっ!! こんの糞社長!! 私がいなくなったらすぐこれよっ!!!」
「リカちゃんのばかぁぁぁっぁぁっ!!!!」
「バカはどっちよ、このバカ社長!」
見事にテレビに当たった靴は、思いっきりその薄型テレビを壊し、バチバチ言わせている。
「あーもうっ、ごめんね、市草クン。いつものように、ドラマ終わってすぐに飛んできてくれたんでしょう?」
「あはは、そんなわけでもないですよー?」
気遣ってそういったが、そんなわけである。
社長が気まぐれで今、会いたい、などというのだから。本当に気まぐれ。そして、遅れたら怒られるし、今のこの状況をこの鬼女秘書――リカちゃんしか止めるコトはできないのだ。そして、止められなかった場合、それをずっと待たされ、帰ったら、また怒られるのである。
リカチャンという秘書は、黙っていれば、本当にスタイルもいいし、背も高いし、長い黒髪が揺れるコトがあれば、本当に美しい。普通の男なら、一目で惚れてしまう。だがしかし。このバカ社長がこんなせいで、リカちゃん秘書の性格は変貌。今ではこれが日常茶飯事らしい。これは、マネージャーが言っていた話で、本当かどうかはわからないが。
「で……あの、用事って……?」
リカちゃんが、その社長のなんとも言えない部屋を片付けている横で、自分も片付けながら聞いてみる。未だ、社長はいなくなった架空の恋人ミキちゃんとやらを思ってテレビにしがみついたままである。
「んー……今日は特にそう用事はなかったんだけど……もう少しで、ドラマも終わるわよね? 確か、5月の中旬までだったかしら?」
「そうですねーそう、かんがえると今はまだ、4月の終わりですし、長いですよ」
社長のイロイロな紙を集めていくうちに、すぐにこの部屋は綺麗になるのだが、この社長、直す、とか、綺麗にする、とかいう脳がないのか、社長が片付けているところを誰もみたことがないくらいで、売り物である自分達が掃除するなんて、まれではなかった。
「今日は……あ、そうそう。新しい曲のことよ、確か。新羅君がもってくるとか何とかで」
「あれ、やっぱりカズは遅刻やな」
「でしょーね……」
「あー……また、怒られるわ」
「仕方がないわ」
忘れてたといわんばかりの顔つきで言うリカちゃんにちょっとイラつきながらも、俺はその社長室にとどまった。別に行くところなどなかったし、どうせ来るならここであいつをこっぴどくしかりたいくらいである。
「えっ、新羅クンまだ?!」
「はぁ、やっぱりあいつ、俺がいないと寝坊しちゃうみたいで……」
「あー……もう、怒りたいけど今日は怒らないー、今日は楽しい楽しい一日だしぃ?」
……き、きもいけど、何だ?この社長が怒らないって…いつもなら“この社長をまたせるだってぇぇ!?!?! てめぇらそこに座りやがれ、根性叩きなおしてやる云々”と永遠に説教がが始まるのに……。珍しい。俺は夢でもみてんのかな。思わず頬を叩いたが――夢ではないらしい。
「り、リカちゃん、これって幻想?!」
「……うーん、幻想ではないはね、現実ねー」
クスクス笑うリカちゃんは何を知っているのか、まとめた紙たちを社長の机の上にバンッと音を立てて載せにいく。なんだ? リカちゃんは原因を知っている、と?
「あ、市草クン!! 君って機械詳しい?」
「いえ、全然。っていうか、そのテレビ、誰にも直すことは不可能かと。買いなおした方がいいです」
「やっぱりぃ……? 僕のみきてぃぃぃ……」
あの、哀愁漂う社長はダンディだし、別に背格好・情景は綺麗なんだ。だけどその言葉でぶちこわしてるんですが。っていうか、出来ればその口であまり、喋らないでほしいよ、社長……。
「あ、新羅君、やっと着いたわねー」
そういうと、開けっ放しにされた社長室から見えるのは、全力疾走で駆け抜けてくるカズだ。遅刻したことは自覚しているらしい。そして、周りがちょっとおびえている。駆け抜けてきたカズは、案の定、部屋に入って、ドアを閉めて、息絶え絶えの状態でそこに座り込んだ。
「はぁっ……す、すいません……はぁっ、送れちゃってっ……」
「いいよぉ、今日、僕、本当に気分がいいからネっ!」
「……は?」
カズは案の定、あんぐり口をあけて、その場に座り込んだまま、後ろのドアにへたり込んだ。
「な、なんだ……それならもっとゆっくり来れば……? って違う?! なに、社長、気でも狂ったか?! つか、何。そのテレビ!!!」
「あー、リカちゃんがさー、僕の愛しのミキティを殺したんだよー」
「……要するに、鬼女があのテレビを壊したのに、今日は機嫌がいいのか?! いつもなら八つ当たりで俺等のこといびるくせに?! それも遅刻云々関係なく!」
「ちょ、カズ言い過ぎ。本当に怒られるで? リカちゃんにも」
「いいのよー、今日は社長と同じで気分がいいわ。怒らないであげる」
「な、なんなんだぁぁっぁぁ?!?! 俺、夢でもみてんの?!」
「いや、現実」
俺だって現実じゃないと思った。けど違った。
現実だった。
今日、ここで、何があるのだろう、今日、ここで――いや、この人たちを楽しみにさせているのは……なんだ?
「じゃ、とりあえず、早く打ち合わせを終わらせよーね。はい、曲できた?」
「あ、はい」
カズがいつものとおりに作った曲の音源をリカちゃんに渡した。いつも曲のメロディーを作るのはカズで、歌詞を書くのは俺である。そして、今日は、その歌詞とメロディーの音あわせ的なもので、いつも、社長室でうたわせてもらうのだ。
「蓮、あと撮影何日くらい?」
リカちゃんが用意している間にカズは、俺の横のソファに座った。
「5月の中盤まで」
「まだ、そんな先?」
「まぁ、長いわなぁ……それがどうかしたん?」
「蓮がいない間にイロイロあったから」
「んー、イロイロって?」
「えっと――「――用意、出来たわよ」
リカちゃんが俺等の会話を止めて、曲を流しだした。
相変わらずカズの作るメロディーは俺が一番好きだ。
それは誰にも負けないはず。二人して、苦笑しながら、社長の前に立ち、歌いだした――
「えーっと……城嶋、空って言うんですが、社長室によばれてるんです」
「城嶋、空、さん? 横の那智様ではなくて貴方が呼ばれているんですか?」
「え? あーはい」
横目で那智をいみると、那智は苦笑しながら俺を見た。多分、顔見知りでよくここに遊びにくるのだろう。すると、社長につないだのか、一瞬にして、受付嬢は態度が変わり、俺等は社長室へと通された。
「……ん?」
「どうしたの、空」
「いや、歌、聞こえない? それも、ひどく漉き取った声と……ズシンと、力のある声だ。二人、違う?」
俺はいつの間にか、導かれるかのように、そのドアの前に立っていた。何もおもわず、そのドアを、開けていた。・
そこに広がる異空間とも呼べるそこは、本当に、凄かった。
後ろ向きで誰が歌っているのかさえわからなかったが、羽さえついているような感じ。どこまでも響き渡るその透明感がある声と、どこまでも深く、どこまでもひきずられそうなその声達に、ただ、俺はつったっていることしかできなかった。
「……凄い」
那智はそういうけれど凄いなんてモノじゃなかった。素晴らしいとかじゃない、言い表わす事のできない素晴らしさを持っていたのだ。
終わったとき、思わず拍手していた。はちきれんばかりに。
「っ! てめぇ、何しにきたんだよ!」
「し、新羅?! お前かよー、もうちょっと素がマシなヤツがよかったのにー」
「うっせぇ!」
正直、今の声の持ち主って人をいじめる人が持つものじゃないだろう、とも思った。そんな奴の声に一瞬でも素晴らしいとか思った自分が憎かった。
「あのー、俺のことは無視なん?」
「へ? ……あぁぁぁ!!知ってる、君は、えっと、市草 蓮!?」
「ちょ、空、人を指差さない!!」
那智が俺の行動を止めるも、自分の興奮は止まなかった。テレビに出ていたあの、市草蓮である。誰でも興奮するのは間違いないだろう。
「おぉ、俺も有名になったもんやなー」
「ドラマ出てるでしょ? 毎回楽しみにしててサ。努力家なんでしょう? 演技するほど君は腕をあげているのが嫌でもわかる」
そう言って、彼の顔をみて、まずった、とだけ思った。彼は素っ頓狂に、顔を唖然とした。だがしかし、次には俺の心を突き飛ばすような冷徹さをもつ笑顔で俺を見るのだ。
「ありがとう」
そう言った言葉は偽善にしか聞こえなかったのである。
ただ、絶望した。
テレビに写る彼と、現実の彼はこんなにも違うのか、と。
「って、てめぇ!! 俺のことは知らなかったのに、なんで蓮は知ってんだよ!!」
「んー、焼きもちかな、新羅」
新羅の声で一瞬にして現実に引き戻された気がした。
「あーのー!! 僕を忘れないでくれるかな、君達!!」
今日、一番会うのを楽しみにしていた人がそこにいた事を知ったのは、社長室に入ってからしばらくの事だった。
新羅と市草の打ち合せが終わり、彼らはその場所から出ていった。その場には、俺と那智と、秘書の女の人と、社長だけになっていた。
「ったく、空クンも薄情だよね、入ってきていきなり、ここの人全員の注目を奪っちゃったんだもん」
「いえ、俺はただ、彼らの歌声に導かれて――入ってきたまでです」
そうニッコリ微笑めば、社長がいやらしく笑う。
「そっくりだ」
「……何がでしょう?」
俺は、彼が言いたいことをすぐに察知した。だけれども、彼が何と言おうとも、自分の“スタンス”を突き通す。
「その目といい、鼻筋といい。そして、態度、オーラ……瓜二つだ」
「ぉ、おじさま? 誰にですか?」
そういう那智に、ニッコリとしか微笑み返さない、社長も狸である。ニコニコして、腹のうちを見せぬ、稀な賢い狸だ。
そして、俺はこの狸に、少々怒りを覚えている。
「今日、君に会うのは本当に楽しみにしていたよ。ねぇ、リカちゃん」
「そうですね。私も同じく」
社長は秘書の事をリカちゃんと呼ぶらしい。変わっているのは――そう、天才と呼ばれる人々特有の現象である。
だが。やっぱり、彼を、彼らを憎むことしかできない、子供だった――
「空、彼ら二人を見て、どう思った」
唐突な質問に、那智は驚いていたけれど、俺は何も思わず、さっき思ったことをそのまま言っていた。
「歌声は素晴らしかった。本当に惹かれました。ですが――」
社長は、眉一つ動かさなかった。俺がその答えを出すのを解っていたかのように。
「……彼等に何があったのかは知りません。ですが……ひねくれすぎている」
その言葉は、あまりにももっともで、正直すぎる解答、だったのだろう。社長は、それを喜ぶかのようにして、ニッコリ笑った。
なにもかも解りきっているという彼の表情はあまりにも、自分を誰かに重ねられているのがわかり、無償に腹がたった。会う前の楽しみとは一変、憎しみに変わっていた。自分をあれの生き写しとしかみない奴らと変わらない、程度の低さ故に――
「……確か、SIと一年間でどちらが大きくなるかの対決、してるんだよねー。那智ちゃんから聞いたよ」
社長はまたその眼で俺を見ながら、身体を起こした。もちろん、こちらも少し、身構える。
「僕の事務所に入ったからって、そう簡単にでかくなれる訳が無い――……っと、それぐらい、わかってるかな?」
「はい、全て承知の上です」
「なれば、どうやって、ここからスタートしようとしていたのだ?」
その質問は俺にとって愚問だった。先々のことを考えずにここまで来たんではない。なれば、やることなど一つである――だがしかし――……俺の解答は、社長にとっては愚答でしかなかったのだ――
「オーディション三昧、ですかね」
「それで、SIに勝てると?」
「今のSIなれば、確実に」
今日は、いろんな現実を突き付けられた日だったのだ。もちろん、二人が凄いのは色々と那智から教えてもらって知っていた。だがしかし、あそこまで技術が凄いとは思わなかったのだ。市草の演技力もそう。見ていて凄いのはわかる、だが――……あの人程じゃない。いや、到底及ぶものでもなかったのだ。
彼等の質を落としているのは間違いなく――中身だ。
「ほお、それは何故?」
「性格、そらが彼等の質を半分以上落としているから。新羅は何を思ったのか一番強いと思い込み、
市草は人を拒絶し――きっと嘲笑ってる」
無論、何があったのかなんて一切知らない。人は誰しもが元より悪いわけではない。そう――……人は、白いキャンパスに色んな色を乗せて初めて人として誕生し、その色によって人は性格を決めると思う。俺はそれを信じて止まないから、彼等をあえてそう見るのだ。
「……なれば、性格を変えれば倍になると?」
「まぁ、簡単に言ってしまえばそうですね。簡単な事ではないと思いますが……」
社長はまた、顔色一つ変えず、にっこり笑った顔で、でも身構えて、俺を見て、言った。
「じゃ、オーディション三昧の日々を送ってもらうのは、少し後にしてもらおう」
「……と、言いますのは?」
「ん? 君には早速仕事を与えよう、そういう意味さ。俳優を目指しているんだろう? 那智ちゃんに聞いたさ」
この人はいきなり俺に、何らかの俳優の仕事を与える、なんて戯言をほざいているのか?――いや、違う。そうも簡単にこの人は人を喜ばせることをしないんだ。それは、彼の口癖で何度も聞いた。そして、彼が手の内で人を転ばすことが凄く好きだということも。ならば、俺になんの仕事を与える?
「素人の俺に、仕事があるなんて……なんていう戯言をおっしゃるんですか」
少し呆れた様子で言う、俺を、少々驚き気味の那智が俺を見た。
「あぁ。正確に言えば、君だけじゃなく、那智ちゃんと二人で仕事だ」
「わ、私もですか?! 私はただ、細々と劇団の一員にでもなって、サブ役やってりゃそれでいいんですケド……」
「いんや、君も一緒に仕事をしてくれ」
社長はにんまりと笑うが、那智は納得のいかぬ様子で、ただ、社長を見つめているだけだった。俺も同じく、そうするしかほかなく、彼をじっと見た。
「で、仕事とは?」
「マネージャーをして欲しい」
彼は笑い、俺と那智は凍りつく。それでも尚、口は勝手に動いた。
「誰の、ですか?」
「……うむ。先日、またSIのマネージャーが自主退職を願い出てきてね。そこで、君等にSIのマネージャーをやって欲しい。そして期間は……そうだな、人気を倍にしたら、にしよう」
にっこりと笑った社長の顔は、本当につぶしてやりたいほど、朗らかだった――
「子供だね、まだまだ」
社長が、そう言って、窓から眺める景色はいつのまにか夕焼け色で、東京の街を煌びやかにしていた。ビルの下には、二人の帰る姿が見て取れたが、明らか彼の姪は怒ったままらしい。空が急いで彼女をおう形になっていた。
「まぁ、どうせ、アナタのゲーム。すべてがアナタの手の内にあるんでしょう、糞社長」
「うわぁ、雰囲気ぶち壊し」
社長がその社長室独特な椅子に座ってうなだれた。相変わらず、リカちゃんは、キリッとした表情で東京の街を見ている。そして、社長を呆れた様に目を細めて言った。
「いつもの事でしょう。貴方が、売り物で遊んだり、わけのわからぬコンピューターの女性相手に遊ぶのも」
「コンピューター相手は楽しいものだよ。彼女等は意外な所に突破口を置いてくるんだ」
「アナタは変わりませんね」
「君もだ」
静かな社長室。未だ壊れたテレビは、そのまま放置されていて、先程までの騒がしさなど何のことやら。
「けど、彼は……そうだな。素直だ。そしてまっすぐ、まるであの二人のいいところどりをした奴になってんな」
「そうですね。多分、貴方の手の内に納まりきるかどうか、危ういところですよ」
「それでこそ面白いんだよ、ゲームというものは」
クスリと笑った社長の顔がオレンジ色に染まる。
彼等の活動は、まだ、始まったばっかりである――
―社長のゲーム―終




